海のこと

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03 ー slowly ー

11-2

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荷物を手に取って、二人で外に出る。
夜の道を歩いて通りを抜け、公園に入る。

オンボロ街灯は点いたり消えたりしていて、遊歩道は相変わらずの薄気味悪さだ。
けれど海は歩き慣れた感じで進んで行く。

「じゃあ、もうここで……」

そう言う彼を、少し速足で追い越し、雑木林の少し奥を指差す。

「見て、まだちょっと早いけど、咲いてるよ」


夜の中、そこだけほの白く浮き上がったような一群。

桜の木が何本か並んで、その薄桃色の花を少しずつ、咲かせ始めている。

長く楽しめるように、早咲きや遅咲きなど、品種改良されたものがこうして公園内に何箇所か植えられていた。まだどこにも人は来ていなくて、静かだった。

「ああ……」

海は顔を上げて、雑木林の奥に固まる、柔らかい幻のような景色を透かし見る。

「あの辺りはサクラが何本か並木になってる。うちの部屋からも、ちょっとだけ見えるんだ。花見、して行こうよ」

「……夜に、こんなの、見た事なかった……」

「うん。夜見るのも綺麗だね」

「あそこだけ、明るい」

海は少し駆けるように桜の木立に歩み寄って、紫陽花を初めて見た時のようにうっとりと、街灯に照らされる桜の樹を見上げる。

夢の中の景色のようだった。
淡い桃色の薄い雲が、夜空に広がっている。

まだ少し寒く、夜風に揺れて、花弁はなびらが何枚か、ひらひらと散り落ちる。

明るい雲の中から静かに降ってくる雪のように、美しくて、一つ一つの動きが全部違っていて、生きているみたいにふわりと天から降りて来る。

いつかの冬の日、ここで一人横たわって、落ちて来る雪を見上げていた時のように、空に向け手を伸ばして、落ちて来たその花弁を受け取った。

それは、あの日の雪片のように白くて綺麗だけれど、冷たくはない。溶けて無くなってしまったりもしない。

滑らかで薄い手触りの、小さく儚い重さ。
散った生命のかけらの感触を、じっとその手のひらで感じていた。

しばらく見つめていると、班長が「上手くキャッチ出来た?」と言って覗き込んで来る。

「アッ、うん」

驚いて頭を上げると、その覗き込んだ班長の頭にごつんとぶつかって、ぐっ、と声が聞こえた。

「あっ、ごめんっ……」
 
また頭突きになってしまった。前回より強く当たらなかったのが救いだった。

「久々に頭突かれた。痛ぇ」

「驚いたから、ごめん……」

「この前よりは全然マシだ。そっちは?」

海は花弁を握り締め、首を振る。

「俺は当てた方だから、そんなに痛くない」

「そうか。良かった」

「アンタが急に、近くに、来るから……」

「……」

またそれかい。
班長は額を押さえて笑う。

近い、近いって……

「近くちゃいけない?」

そもそも、前の時も、今も、君が毎度毎度ビックリし過ぎるから、結果、ぶつける羽目になったんだ。
近くたっていいじゃん、もう。
電車の中でも、寄りかかっても来ない。
何なんだ。結界でも張ってるのか。
ほんと、いい加減慣れてくれ。

思い切って、ぐっと近くに顔を寄せる。

「うっ」

海は驚いて何歩か後退り、サクラの樹に背中をぶつける。
そのままサクラを背にさせて追い詰め、遠慮なく、その黒い頭にごん、と額をつけた。

「んあっ」

「頭突き返し」

「……」

頭と頭をくっ付けたまま、二人でしばらく固まる。

海はそれこそ目をドングリのように見張って、すぐに逸らし、みるみる困った表情に変わる。

「近い、離れろ」

花弁を握ったままの手がオロオロと上がって、何とか肩に触れ、押し返すような動きをする。

「駄目だ。近くても慣れて」

「もうだいぶ慣れた」

「ハァどこが?」

こっちも負けずにぐいと額を押し付けて、そこだけで動きを封じようとする。デコ相撲とでも言うべきか。

「じゃあこのまま何分耐えられるか計ってみる?」

「何の実験。いいから離れてくれ」

「そんなんじゃニラメッコにも勝てないぞ」

「こんなの、しないから」

額を付き合わせたまま、どうでもいいような会話をする。
どうでもいい会話なんだけど……
間近に、彼のこじんまりとした顔があって、冷たい鼻先と、動く唇がすぐそこにある。
 

動揺して喘ぐ、彼の吐息を感じる。
体温の低い人は、息の温度も低い。
ただ、額は少しだけ熱を持っているように思える。

自分はと言えば、この間は酔っていて、今日は素面シラフなのだけれど、この距離で覗き込む黒い瞳にやはり見惚れていた。

黒い睫毛は伏せられ、目を逸らしている。

肩口を拳で弱く押していたが、海はやがて諦めたように手を下ろし、背後の樹にもたれて腕を組み、目を閉じる。

電車の中で、混雑に耐えるために彼が毎朝やっている、沈黙の修行スタイルになってしまった。

 
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