海のこと

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04 ー touch ー

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それから地元の駅に着いて、階段を上りながら、この買い物をどうしようかと気付く。
自分の買った物ではあるけれど、彼のものだ。
そう思い、いつか自分が倒れた時にそうしてもらったみたいに、ドアノブに掛けて行こうと彼の家に向かった。

戻って来るのはいつだろう。今日の夜か、明日かも知れない。
でも、肉は真空パックだったから、腐るものでも匂いが出るものでもない。苺も、この寒さだしすぐに悪くはならないだろう。

エレベーターを使って、彼の部屋のドアの前に立つ。
不思議な事に、そうしていると、いつもみたいにそのドアが開いて、やあいらっしゃい、と彼が迎えてくれるような錯覚がある。
さっき沢山の人とどこかへ行くのを見送ったばかりなのに、そんな事がある訳は無い。
しばらくぼんやりと、ドアの前に佇む。

今日は、この部屋で過ごすはずだった。
この買い物で料理を作って、またごちゃごちゃ言われながら、色々詰め込まれて、巻き込まれて、いっぱいになって、そんな夜。

買い物袋を、落ちないように少し縛ってドアレバーに下げる。
贈り物をする日だというので、彼の洗面所で見た同じメーカーのトワレを買った。
きちんと包装はされているけれど、食べ物と一緒に入れて大丈夫だろうか、と思いながら、真空パックの隣に置いた。

それから、そのまま、ドアレバーを握ってみる。
氷のような、金属の感触。
訪れる度いつも温かいと思った部屋の、人のいない寒々しさを改めて感じて、ため息をついて、ようやくそこから立ち去ることができた。


ドアレバーのせいですっかり冷たくなった手をポケットに突っ込むと、販売機から回収してきた煙草に触れた。
自分が買ったものじゃないのに、これだけは持って来てしまった。

通りの店で安いライターを買い、いつもの公園のベンチで、煙草のパッケージを開ける。
一本取り出して、乾いた唇にフィルターを咥えた。
ガスライターは、彼の使ってるオイル式よりも簡単に着火して、咥えた先端に小さな火が灯る。
ひと口、深く吸って、やっぱり少しむせる。まだ吸い方が下手なんだ。

けれど、いつもの匂いがする。
いつもの匂い、と言うには他の要素が色々足りない気がするけれど、この煙草の香りだけでも、ほんの少し、落ち着く気がして、誰もいない木立の暗がりを見つめた。


何だか、酷く愚かな真似をしたのかも知れない。
でもその一方で、こうして良かったのだと思う。
今頃、どうしてるだろうか。楽しいだろうか。
煙草はあれから、またどこかで買っただろうか。

俺はどうにも、煙草の吸い方だけじゃなく、煙の吐き方も下手みたいで、やたら目に食らってる。
二本目でまたむせて諦め、いい加減寒くなって来たので、家に帰った。

部屋着に着替えて、もう一度煙草に火をつけ、今度は彼に言われたように、吸わないで、皿の上で燃えて行くのをただ眺めるだけにした。

煙は静かに立ち昇り、狭い部屋の中を漂う。
小さな火は紙と葉を少しずつ焼いて、白い灰になってゆく。
その灰が煙草の形そのままに残っていて、抜け殻のようだと思った。

燃え尽きるまでその灰をじっと見つめていた。
それからベッドに入り、煙草の匂いの残る中で、目を閉じた。

予定なんて、あっても、こんなふうになった。
今日は、本当はどういう日のはずだったのだろう。
そうだったら、明日はどうなっていたのだろう。
それからその先の日々は?

車のテールライトの残像が目の奥に残る。
呼ぼうとして、声が出なかった。

もし、あそこで、隠れてなかったら。
声が出せていたら。
呼べていたら。

今日はどういう日になっていたのだろうか。


考えても仕方がないと思い、今まで考えなかった事を、ずっとずっと考えている。

昨日と、明日と、その先のこと。
過去と、今と、その先のこと。




今年もまた、一人で過ごす、静かな夜のなか。

 
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