そして犬は光を見た

栢野すばる

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だらしのない男と、金の王子:2

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 その夜、イザークは紫の目の男を買いに行った。
 黄金の髪に紫紺の瞳の美しい少年。そんなものが居たら、金が続くまで買い占めて、抱きつぶしてしまいたい。彼の頭の中を支配しているのは、ただそれだけの混じり気のない獣欲。彼の名前すら覚えようとはしなかった美貌の王子の姿が、イザークの脳裏から離れようとしないのだった。
 だが、裏町で彼の夢想は脆くも崩れ去る。支度済みの、男に抱かれるのに慣れた男娼、かつ紫の目ともなれば、裏町の女衒も頭を抱えるほどに数が少ない。歳若の美しい少年という条件であればなおさらだった。
「あと3万カルティン詰んでもらわないと無理だな、好みがうるさすぎるよ、あんた」
 その筋では顔の利く彼が無茶な額を吹っかけてきたということは、そんな条件に当てはまる男娼はいない、ということだ。
 あきらめて「じゃあ女でいい」と言い、イザークは適当に痩せた紫の目の女を買って、宿に連れ込んだ。甘えることが特別な奉仕だと言わんばかりの女を転がし、後ろから突っ込んで腰を振った。女くささに辟易したが、肉が薄く、少年のように見えなくもなかった。
 二度、女の中で果てた後、イザークは思った。――どうせ顔を見ないのであれば、紫の目なんて高くつく条件を付けなければ良かった、と。小銭をせびる女に数枚の銅貨を押し付け、悪態を背に彼は宿を出た。
 狂おしく身を火照らす熱が引かない。あの空にきらめく星のように穢れない紫紺の瞳を、手元にどうしても引きずりおろし、精が枯れるまで犯したい。イザークはため息をついて首を振った。
 美しい少年を抱きたいというイザークの悪い病気は、どうにもおさまらなかった。
 まさか王太子殿下に手を出すわけにはいかないのに。流民であるイザークの存在など、あの希少な宝石のごとき少年の前では、路傍の石程度の存在にすぎないというのに……。
 イザークは女と己の体液で汚れた体を公衆浴場の濁った水で洗い、日の当たらない薄暗いねぐらへ戻った。いつ洗ったかもわからない敷布の寝台に腰をどかりと下ろし、王宮からの借り物の上着を、椅子の背に投げた。
 体の芯に灯った異様な熱は、引くそぶりすら見せなかった。
 
 
 
「股肱、でございますか」
 父王の言葉に、ジュリアス王子が女のようにぱっちりとした、きらめく紫紺の目を見開いた。王子は華奢で、城の人間からは『線が細い』『頼りない』と陰口をたたかれてはいる。だが、その美貌はだれもが口をそろえて褒め称えるほどのものだった――いわく、王子は金の花弁に紫の花芯を持つ奇跡の花だと。
「そう、股肱。お前はこの言葉の意味を知っているか」
「腹心の部下……という意味だと思いますが」
「うん、それで意味は正しい」
 王子によく似た金の髪をした王は、たくましい腕を伸ばして王子の頭に掌を置いた。
「正しいが、それだけではない。一国の王に必要なのは、己の命を預けるに足る部下の存在だ。国家という重荷を共に背負い、この国のために、お前と心を共有する人間」
 大きく目を見張ったままの王子の頭を、王は優しく撫でた。
「股肱という存在は、私が結局手に入れられなかったものだ。どの人間も、私を『失政者の息子』としか見ておらぬ。必死で一人あがき、失せた民の信頼を必死で取り戻すことだけが、私の人生になってしまった。だからこそ、お前には教えておかねばと思う。これからのカルター王国の未来は、おそらく王ひとりの肩に背負えるほど軽いものではなくなるだろう」
 王子によく似た目に、強い光を宿らせて王は言った。
「お前には、股肱を得て欲しい。国を背負うお前のために、ためらいなくその人生を差し出すような人間を」
「父上……」
 ジュリアスは、麗しい面を曇らせて父の腕にすがった。
「では父上、私が父上の股肱になります、私が一日も早く大きくなって、リーザと共に父上のお役に」
 だが、王は王子の言葉に首を振った。
「ジュリアス、言いたくはないが……お前はいずれ父を失い、ただ一人で『王位』という虚空に放り出される身なのだ。リーザはいずれ嫁ぐだろう、故にあの子をあてにしてはならぬ。どうか、どうか父の言葉を忘れないでほしい、お前は、お前自身の『生涯の股肱』を探さねばならないんだ……」
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