魔女の巣から

栢野すばる

文字の大きさ
6 / 7

始まりはただのナンパだった。

しおりを挟む
 チカさんは女の子に対しては基本クズなわけです……。
 何故かと言うと、普通のサラリーマンは一回どっかで顔を見かけただけの他人に声を掛けて、一緒に飯を食ったりしないワケ! やだ。またやっちゃったナンパ! だってナンパするとだいたい友だちになれるじゃん? 俺友達増えるの好きだもん。違う? そう思うの俺だけ?
 ああ、店の奥から鉄ちゃんがじとーっと俺を見てる。
 あの目は『俺の店汚しやがったら許さねえ』という目だ。
 安心しろよ。俺はまことの禁欲お兄さんになったの。
 真っ昼間から初対面の女子を口説いて、彼女がのちのセフレである……みたいな展開にはしません。
「りんごに乗せて食べたら美味しいですね……」
 俺の目の前に腰掛けた女の子が、アイスをすくい、ぎくしゃくした表情で言った。
 黒目がちの目にサラサラの黒い髪、真っ白な肌。すごく地味にしてるけど掛け値なく美人さんである。
 俺のナンパに乗ってくるくらいだから遊んでるのかな? と思ったけどそうでもないみたいで新鮮だ。緊張してるのか、スプーンをプルプル震わせてて、気弱なうさぎの子みたいな感じがする。

 俺はつくづくと、過去に一度だけ見かけたことのある『りっちゃん』を見つめた。
 こんなおとなしそうな女の子が、『あの』間宮くんとなんの関係があったんだろう?
 なにか言われて、泣きながら飛び出していった、ってことは、間宮くんになにか言われたんだろうなぁ……。

 間宮くんっていうのは、外資金融の超大手に勤めるエリート君で、最近その名刺を武器に、俺の交友関係の一部に食い込んできた肉食獣である。
 どうも、成り上がり願望強いみたいなんだよね。
 そういう人はきらいじゃないんだけど……女を使うことを第一手段にしちゃってるのがちょっとね。目障り。
 まあ、目障りだからって何をする気もないけどさ、しょせん他人の人生だし……。
 で、まあ、俺が友達と飯食いに入ったレストランで、その間宮くんが、目の前のりっちゃんを泣かせていたのだ。
 りっちゃんは泣きながら椅子を倒して走り去っていった。
 今でもあの光景が妙に目に焼き付いてるんだよね。
 りっちゃんが美人だったからというのと、間宮くんが泣かせてた、っていう二重の理由で、だと思うけど。
「はい、りっちゃん、もう一回クマのツボ押してご覧」
 俺は、今にも消え入りそうなりっちゃんに明るく声を掛けた。
 この子がこんなに元気ないのは間宮くんのせいなのかな?
 ま、俺には関係ないけどさ……綺麗な女子がげっそりうつろな目をしてるのをほっとけないんだよね。
 美容が趣味だからかね。
 さすが元オカマだよね。
「はい……」
 鈴を振るような小さい声で返事をして、りっちゃんが素直に目の下を押した。
 おとなしやかな仕草が非常にお上品だ。
 ますます良くわからん。
 こんな子がナンパに乗ってくるなんて……世界は広いな。神様可愛いお友達をくれてありがとう。
 俺はアップルパイを頬張って、あらためて「りっちゃん」を見つめた。
 あーあ。それにしても、マジでもったいない。
 本来はピチピチなのであろうお肌が荒れている。明らかに何も手入れしてないからだと思われる。
 放置してたらせっかくのもち肌がシミになりかねない。
 チカちゃんお気に入りの美容液を三回に分けてたっぷり塗り込めた後、毛穴が全部引き締まるまで美白パックをしてあげたい……。
 あと、「りっちゃん」は、化粧でチョイスしてる色もヘンだ。なんで緑のアイラインを引いてんの? アイシャドウはブラウン系なのに何故?
 そして、そこに淡いローズピンクのチークをいれてみた理由は何? 左右でチークの位置が違うよ?
 あと髪の毛、せっかくサラサラ真っ直ぐなのに、右だけちょっと寝ぐせが……嗚呼、頼む、俺にやらせろ、いやセックスじゃなくていわゆるメイクアップというやつをだ!
「あの……」
 じーっと自分を見つめている俺の視線に気づいたのか、りっちゃんが怯えたように俺に声をかけてきた。
「アップルパイ食べないの? 熱々のウチが美味しいよ」
 俺は、笑顔で話をそらした。女の子の顔に美容液を塗り込める趣味が異常なのは、俺自身も認めているからだ。
 りっちゃんが素直に慌てて、素直にアップルパイを口に押し込んだ。
「美味しい?」
「もご」
 これまた素直に答えようとしたりっちゃんが、口いっぱいに頬張ったアップルパイに目を白黒させる。
 可愛いなー。
 何でこんなに可愛いんだろう。
 素直な美人さんってなんかキュンと来るわぁ……。
 え?
 キュン……?

 いやいや、だからそういう汚れた触手を出すんじゃねえよ俺。
 俺は禁欲お兄さんになったんだろうが。いいかげんにしろよ。

「どうしたの?」
 俺のことを警戒の眼差しでじっと見ているりっちゃんに微笑みかけると、不意にぽっと赤くなった。
 やだ! 可愛いっ……。
 なんか、子猫とか子犬が可愛いのと同じかんじで可愛い!
 りっちゃんは、きっと真面目で素直な優等生なんだろうな。
 多少勉強ができても根っこがクズい俺と逆で面白い。
 彼女は普段、友達とか彼氏にはどんな顔を見せるんだろうなぁ……。もう少し明るかったり積極的だったりするのかな。
「あ、あの、美味しいです、アイスもアップルパイも全部おいし……けほけほ」
 必死にアップルパイを押し込んでいたりっちゃんが、律儀に感想を教えてくれ、挙句に咳き込んだ。
「ゆっくりお食べ」
 俺はそう言って、あらためてりっちゃんを『かわいいなぁ』と思って眺めた。だって可愛くね? 化粧変だけど。
 あ、そうだ。
 りっちゃん可愛いから、次回のデートのお誘いしよ。
 このように俺というクズは、女の子を誘うハードルが異常に低いのである。
 人間何かの精神的ハードルが異常に低い奴は、おしなべてどうかしてるのだが、俺の場合は……いや、落ち込むからよそう……。
 俺はカフェの名刺を一枚取り、そこに普段使いのメールアドレスを書き込んだ。
「はい」
「え……?」
 りっちゃんが再びびくりとして、おそるおそる俺のメルアドを受け取った。
「またお茶しよ。よかったら連絡して」
 だーかーらー! この女口説くとき用の笑顔はもう永遠に葬ろうよ、俺! 
「……れんらく……はい……今度……」
 釈然としない顔でりっちゃんがつぶやき、逡巡の後、かばんに名刺をしまってくれた。
 おお、その辺において帰られなくって良かった。

 これで縁あれば、また俺とりっちゃんはめでたくお茶出来るであろう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

敵に貞操を奪われて癒しの力を失うはずだった聖女ですが、なぜか前より漲っています

藤谷 要
恋愛
サルサン国の聖女たちは、隣国に征服される際に自国の王の命で殺されそうになった。ところが、侵略軍将帥のマトルヘル侯爵に助けられた。それから聖女たちは侵略国に仕えるようになったが、一か月後に筆頭聖女だったルミネラは命の恩人の侯爵へ嫁ぐように国王から命じられる。 結婚披露宴では、陛下に側妃として嫁いだ旧サルサン国王女が出席していたが、彼女は侯爵に腕を絡めて「陛下の手がつかなかったら一年後に妻にしてほしい」と頼んでいた。しかも、侯爵はその手を振り払いもしない。 聖女は愛のない交わりで神の加護を失うとされているので、当然白い結婚だと思っていたが、初夜に侯爵のメイアスから体の関係を迫られる。彼は命の恩人だったので、ルミネラはそのまま彼を受け入れた。 侯爵がかつての恋人に似ていたとはいえ、侯爵と孤児だった彼は全く別人。愛のない交わりだったので、当然力を失うと思っていたが、なぜか以前よりも力が漲っていた。 ※全11話 2万字程度の話です。

処理中です...