Re:鮫人間

マイきぃ

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本編

第五話 血の臭い

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 ──そして────
 ────目が覚めた──

 もう、さっきまでの出来事は悪夢ではない、現実に起こったことだと俺は認識した。
 前回、前々回の記憶が鮮明に残っている。
 そしてまた、海の見える道を車で走っている所からやり直しだ。
 
 もう、時間の巻き戻りが発生したことは事実として認識せざるを得ない。

 それと、少女にもらった腕輪だ。
 そっと、左腕のリングを確認する。



 黒くなった鱗が一枚増え、5枚になった。
 まだ、かなりの数がある。おそらく100枚弱だ。
 だが、もしこれが全部真っ黒になったら、俺は一体どうなるのだろうか。

 こういった力には、おそらく代償が必要。
 やはり、寿命が吸われていたりするのだろうか。
 だとすれば、この効果に頼り切るのは危険だ。
 とにかく一度、この状況をどうにかしなければならない。

 そういえば、京谷は、前回のことを知っているのだろうか。
 俺は、京谷に尋ねた。
「京谷、鮫人間って見た事あるか?」
「鮫人間? なんだそりゃ?」
「鮫の体に人間がくっついたやつだよ」
「まあ、鮫人間だからな。そんな感じなんだろうな。それより隆司、もうすぐ林道だ。窓しめとけ。蚊が入る」
 反応が薄い。やはり、京谷には、前の記憶がないらしい。
 だからといって、無理に止めようとすれば、おそらく俺は変人扱いされて終わる。

──それなら──

「京谷、ストップ」
「どうした?」
「ここの林道はおそらく地盤がゆるい。梅雨明けで崩れているかもしれない」
 もちろん、口から出まかせだ。
「あ~そういえばそうだな。無理して通る必要もないか。近道するつもりが余計遠回りになってしまうからな」
 そう言うと京谷は車を止め、カーナビを操作して別の道を調べ始めた。
 うまく京谷を納得させ、ルートを変更することに成功した。言ってみるものだ。

 京谷は、広い場所を探して車をUターンさせる。一度戻って迂回して部長たちのいる民宿を目指す。
 …………という手はずだったのだが……。

──パァンパァン!──
 激しい爆発音とともにタイヤがパンクした。
 その瞬間、車の挙動がおかしくなる。

「なんだ、パンクか?」
 京谷はイラついた様子で叫ぶとすぐに車を止め、車を降りてタイヤを確認する。
「なんだよこれ、タイヤが2個も死んでるじゃんかよ! スペア一本しかねえのに、これじゃあ走れねえ……」
 道路に転がっている小石を思い切り蹴飛ばす。

 パンクしたタイヤは、前輪タイヤ2個だ。

「ち……しょうがねえ……歩いて林道を抜けるか……わりいな隆司」
 林道……このままではまた林道に行くはめになってしまう。
「林道以外に道はあるか……俺、蚊が苦手なんだ」
「諦めろ隆司。それじゃあ夜が更けちまう」

 いい案が浮かばない。一か八かで正直に話してみることにする。

「なあ……さっきも話したけど、鮫人間って本当にいるんだ」
「お、お前……本格的にオカ研にハマってきたな」
「いや……まじで、あの林道の先に生息しているんだ」
「おいおいおい! そいつはやべえな! もちろん、見つけたら捕まえるんだよな……って……隆司、お前……今日ちょっと変だぞ」

 京谷が俺の襟元をつかむ。どうやら機嫌を悪くさせてしまったようだ。。
 無理もない。ただでさえ愛車がパンクで動かない状況で、こんなおかしなことを言われれば、誰だって腹が立つ。

「ああ、おかしいのかもしれない。きっと……疲れてる」
「なんだよ、疲れてるならそう言えよ」

 京谷はため息をついて、襟元をつかんでいた手を放す。

「で、どうするよ。行くか、帰るか」
「おまえはどうするつもりだ」
「もちろん行くに決まってる。行かないと、あとで萌々香ももかしずくがうるさいからな。おまえだって、なつめに文句言われるだろ」
「棗と俺はそんなんじゃねえよ」

 萌々香と雫。京谷がナンパして、強引にオカ研に入部させた大学一年の後輩だ。
 棗は、昔の幼馴染。まさか、こんな大学で、しかも、こんなサークルで一緒になるとは思わなかった。
 昔から霊感が強いタイプでオカルトに感心があった。だから、オカルト研究会に入っていてもおかしくはないが……。

「そうか……なら、俺も行く」
 もちろん、逃げたい。
 俺一人なら逃げることはできる。
 だが、京谷がどうなるか目に見えている。
 それを黙って見過ごすことなど、俺にはできない。

 俺と京谷は、車から荷物を下ろし、それを担いで林道へと向かった。

 ほぼ、間違いなく鮫人間はいる。
 あの蔵の近くに。
 遭遇せずに通過することはできないだろうか。

 そういえば、あの蔵の裏手に小道があったような気がする。
 そこを通ってやり過ごすことはできないだろうか。

 些細なことだが、ルートを変更すれば、何かが変わるかもしれない。
 そう考えた俺は、それを実行に移すことにした。

 石段のある場所へ差し掛かる。
 生臭い臭いはしない。まだ、奴はここへは現れていない。
 それとも、前より遅い時間に着いているので、移動している可能性もある。

「京谷、少しだけ休もう」
「そうだな、俺も一服したいと思っていた」

 俺は、缶コーヒーを開け、京谷は煙草を吸い始めた。
 軽くその辺をふらつきながら、蔵の後ろの道を確認する。
 道は細いが、今歩いている林道へつながっていそうな道だ。
 おそらく、ここを歩いて行っても問題ないだろう。

 京谷は前回と同じく蔵に興味を持ち、蔵に入るが、今回も神棚には何もなかった。
 元はと言えば、京谷がこれを見つけたことから始まったきがする。
 もし、京谷がこれを見つけていなければ、また話は変わったのかもしれない。

 だが、そんなことを考えても仕方がない。
 とにかく、京谷を誘導して、この道から逃げるしかない。

「京谷、こっちの細い道、何かありそうだ」
「子供みたいなこと言うなあ隆司。まっ、どうせ暇だし、松茸生えてたらラッキーだしな」
「そうだな、それも見ていこう」

 なんとか京谷を誘導できた。
 鼻を利かせてゆっくり小道を進む。
 必ず奴が出るときには生臭い異臭がする。
 その臭いを少しでも感じたら逃げるしかない。見つかったら終わりだ。

 しばらくして、京谷が声を上げる。
「痛っ……なんだこれ……棘か……なんか刺さった。毒じゃないよな」
「どうした?」

 よく見ると、薔薇のような蔓が伸びていた。

「薔薇の棘だな。心配なら、血、吸ってやろうか」
「よせよ! 俺にそんな趣味はねえぜ」
「冗談だ。先を急ごう」

 軽く冗談を混ぜて気を紛らわす。
 だが、ここを抜けるまでは油断はできない。
 しっかり心を引き締め、周囲に集中する。

 だが、そんな緊張感は、一気に恐怖へと変わる。
 生臭い臭いが急激に強くなった。

「なんだ……生臭いぞ……」
 京谷も異変に気づいた。
 前よりも強烈な臭いだ。気が付かないわけがない。
 もうだめだ、奴が来る!

 その時、ガサっという物音が聞こえた。
「どこだ!」

 その瞬間、京谷の真上から黒い何かが落ちてきた。
 その何かは、京谷の体をすっぽりと覆うように被さった。

「ギャッ!」

 一瞬だけ京谷の悲鳴が聞こえた。
 そして、静かになった。

 京谷を覆ったそれは……鮫人間だった。

──チノ……ニオ……イ……ウマ……ソウ……──

 かすれた低い声。
 そして、その言葉。
 血の臭い。

(まさか……やつは、血の臭いに反応して現れるのか!)

──キョウハ……ゴチソウ……イッパアアアアアアイ!──

 京谷を咀嚼し、飲み込んだ鮫人間は、俺に向かって飛びかかってくる。
 一瞬だが、俺の足が動いた。
 鋭い牙のついた大きな口が、俺の左横を通る。

(かわした!)

 だが、次の瞬間、左肩を食いちぎられてしまった。

「うあああああああああああああああああ!」

 とたんに激痛が走る。

「いっいでぇっ!」

 俺は地面に転がった。だが、さらに鮫人間は大口を開け、こんどは足に咬みつく。

「うあああああああああああああああああ!」

 痛みのオンパレードだ。もう、何が何だかわからない。
 これが、弱肉強食の世界で、食われる側の痛みなのだろうか。



 動けなくなった俺は、鮫人間に咀嚼され、激しい激痛の最中、意識を失った。

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