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本編
第十三話 勘違い
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小鳥のさえずるようなやさしい声が聞こえる。
「……きて……隆司くん……起きて……」
「な……棗!」
俺は、叫び声をあげて目を覚ました。
やはり、京谷の車の中だ。ドアは開いている。
そのドアの先で、棗が俺を心配そうな目で見つめていた。
「隆司くん……どうしたの、汗……すごい……」
「棗……生きてる……よ、良かった……」
まだ、気が動転していた。目の前で棗が溶けるところを目撃してしまったのだ。動転しないほうがおかしい。
「私が死んでたみたいじゃない……どんな夢みてたの?」
「夢……そう……夢、夢だよ。化け物に襲われる夢」
「正夢だったら怖いね」
「そ、そうだな……(今さっき、現実にあったことだ……というより、この先で起こったことだが……)」
「きっと、京谷さんの運転がひどかったんだわ。そのせいでうなされたのね」
「ああ……それより、みんなは廃村に行ってるのか?」
「うん。よくわかったね。隆司が寝てる間に調査とかいって、部長たち、先に行ってるみたい。遅くならないうちに帰るっていってたけど……」
「そうか……」
今回の一件で、民宿の女将が危険なことがわかった。
飯を食べてはダメ。風呂もダメ。おそらく、部屋で何もしないで部長たちを待った方がいいのかもしれない。
風呂は、どうやらあの緑色のドロドロが活発に動ける場所のようだ。そこに近づかなければおそらく女将は何もしてこないはずだ。だが、匂いには注意しないといけない。
それと、緑色の裸の男だ。あいつも、女将同様、ドロドロになるのだろうか。
「とにかく、一度民宿へ行こう。夕食は、みんなが帰ってきてからでいいな」
先手を打って、棗を何もしない方向へと誘導する。
「うん。それまで本でも読んでるね」
「ああ、そうしよう。棗、暇潰せる本あるか?」
「ラノベならあるけど……これはちょっと……」
「ん……どうした?」
「ううん、なんでもない」
ひとまず、うまくごまかせたようだ。
その後車を降り、俺たちは駐車場を出て向かい側の民宿へと向かった。
引き戸を開け、棗と中に入る。すると、民宿の女将が出迎えてくれた。
今思えば、女将が危険なことに間違いはない。けれども、もし女将もあの緑色に乗っ取られたのだとすれば、今の女将は安全の可能性はある。
でも、それはあくまで可能性だ。この女将が怪しいことには変わりない。警戒するのは匂いと水場だけだ。
そして、部長たちがここへ帰ってきてからは、俺だけでも夕食を食べず、風呂では見張りをしなければならない。
今日を乗り切ろう。全てはそれからだ。
二階の部屋につく。
「こちらが部屋になっています」
と、女将が部屋の戸を開けた。
部屋は20畳ほどの広さだ。障子の戸に畳、新築の木材の香りがする落ち着く和室だ。
「先に夕飯お召し上がりになりますか? それとも露天風呂でも……」
「いいえ、今はみんなが帰ってくるのを待ちます」
「ああ……そうですか……わかりました。じゃあ夕食はそれまで温めておきますね」
「そういえば、夕食は何ですか?」
「フカヒレの姿煮です。ここのはおいしいですよ」
「そうですか、楽しみにしています」
「ふふっ。残さず食べてくださいね」
嬉しそうな表情で女将は部屋を立ち去った。
この女将は、何が何でもフカヒレの姿煮を俺たちに食べさせたいようだ。
もちろん、俺は食べたふりをする。それでもし、皆が眠ったら俺もわざと眠り、それから起こる出来事を監視するつもりだ。何としても、この惨劇を阻止しなければならない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺と棗は浴衣に着替え、しばらく部屋で休んでいた。
棗は自分の世界に入って本を読んでいる。
俺も真似をして、棗から借りた本を読む。
…………。
薔薇が咲いて散るお話は俺には合わなかった。
棗が俺に本を渡すとき、棗の表情がニヤついていたのだが、今その理由が分かった気がする。
しょうがないので俺は本を置き、ストレッチを始める。
それからかれこれ二時間が過ぎ、日が落ち始めた。
いい加減ストレッチも飽きてきた。イライラしてきた俺は棗に愚痴をこぼす。
「部長たち、まだ、帰ってこないのか」
あくびをしながら棗は答える。
「ん……んん~遅いね~。あ、そうだ……ちょっと行ってくるね」
「行く? どこへ? 俺も行こうか?」
俺は、逃げるように部屋から出ていく棗を追いかけた。
「ダメ! トイレよ。言わせないでっ!」
棗は怒鳴り声を上げる。
怒られた。これは俺が悪い。
どうやら俺は疲れているようだ。棗もお腹が空いて気が立っているのだろう。
ひとまず、畳の上に横になって頬杖をつき、棗を待つ。
しばらくして、棗がスッキリした顔で戻ってきた。
「お待たせ~」
「何がお待たせなんだか……」
「ええ~待ってたんでしょ……」
その時、棗からいい匂いがした。
その匂いは、水場で嗅いだ死の香りだった。
「ここで、いいことするの……」
そう言って棗は浴衣をはらりと脱いだ。綺麗な肌が露出する。
「おい……棗……まさか……」
「皆遅いから、ここでしちゃいましょ……」
妖艶な態度で棗は俺に迫る。
もちろん、この棗の変貌ぶりに気付かない俺ではない。
完全に油断した。水場は風呂だけじゃない。トイレもそうだ。
これでなんとなくだが正体がわかった。奴は水場に住む何かだ。
だが、今はそれを考えても仕方がない。
もうわかっている、今回もジエンドだということを。
「殺せ……一体おまえは何者だ!」
俺は一言、言い放った。
すると、目の前にいる棗はあきれ顔で答える。
「勘のいい人間ね……いいことしてあげようと思ったのだけど……なんだか面倒になったわ……でも、殺すわけじゃないから安心してね……一つになるの……うふふ……」
そして、緑色の液体に変化を始めた。
「俺たちは、体を持ち、自分の意志を持つ人間だ。そんな緑色の液体と一緒になったら、死んだと同じことなんだよ」
この緑色の液体は、水場じゃなくても活動でき、人を取り込み擬態する化け物。
俺はどこかで勘違いをしていたようだ。もう、この民宿に近づくことはできない。
「い・た・だ・き・ま・す……」
緑色の棗は、そう言い放つと全身を液状化し、俺の体に絡みつく。
もちろん、抵抗しても無駄だ。それに、ここで死んでおかなければ、棗は救えない。
「うあああああああああああああああああ!」
俺は、無抵抗のまま、緑色の液体の侵食されていく。
匂いの効果が薄いのか、体内に侵入され、少しずつ、体が溶けていくのがはっきりとわかる。臓器を侵食され、骨を侵食され、やがて、それは脳へと入り込み、俺の意識を奪っていった。
「……きて……隆司くん……起きて……」
「な……棗!」
俺は、叫び声をあげて目を覚ました。
やはり、京谷の車の中だ。ドアは開いている。
そのドアの先で、棗が俺を心配そうな目で見つめていた。
「隆司くん……どうしたの、汗……すごい……」
「棗……生きてる……よ、良かった……」
まだ、気が動転していた。目の前で棗が溶けるところを目撃してしまったのだ。動転しないほうがおかしい。
「私が死んでたみたいじゃない……どんな夢みてたの?」
「夢……そう……夢、夢だよ。化け物に襲われる夢」
「正夢だったら怖いね」
「そ、そうだな……(今さっき、現実にあったことだ……というより、この先で起こったことだが……)」
「きっと、京谷さんの運転がひどかったんだわ。そのせいでうなされたのね」
「ああ……それより、みんなは廃村に行ってるのか?」
「うん。よくわかったね。隆司が寝てる間に調査とかいって、部長たち、先に行ってるみたい。遅くならないうちに帰るっていってたけど……」
「そうか……」
今回の一件で、民宿の女将が危険なことがわかった。
飯を食べてはダメ。風呂もダメ。おそらく、部屋で何もしないで部長たちを待った方がいいのかもしれない。
風呂は、どうやらあの緑色のドロドロが活発に動ける場所のようだ。そこに近づかなければおそらく女将は何もしてこないはずだ。だが、匂いには注意しないといけない。
それと、緑色の裸の男だ。あいつも、女将同様、ドロドロになるのだろうか。
「とにかく、一度民宿へ行こう。夕食は、みんなが帰ってきてからでいいな」
先手を打って、棗を何もしない方向へと誘導する。
「うん。それまで本でも読んでるね」
「ああ、そうしよう。棗、暇潰せる本あるか?」
「ラノベならあるけど……これはちょっと……」
「ん……どうした?」
「ううん、なんでもない」
ひとまず、うまくごまかせたようだ。
その後車を降り、俺たちは駐車場を出て向かい側の民宿へと向かった。
引き戸を開け、棗と中に入る。すると、民宿の女将が出迎えてくれた。
今思えば、女将が危険なことに間違いはない。けれども、もし女将もあの緑色に乗っ取られたのだとすれば、今の女将は安全の可能性はある。
でも、それはあくまで可能性だ。この女将が怪しいことには変わりない。警戒するのは匂いと水場だけだ。
そして、部長たちがここへ帰ってきてからは、俺だけでも夕食を食べず、風呂では見張りをしなければならない。
今日を乗り切ろう。全てはそれからだ。
二階の部屋につく。
「こちらが部屋になっています」
と、女将が部屋の戸を開けた。
部屋は20畳ほどの広さだ。障子の戸に畳、新築の木材の香りがする落ち着く和室だ。
「先に夕飯お召し上がりになりますか? それとも露天風呂でも……」
「いいえ、今はみんなが帰ってくるのを待ちます」
「ああ……そうですか……わかりました。じゃあ夕食はそれまで温めておきますね」
「そういえば、夕食は何ですか?」
「フカヒレの姿煮です。ここのはおいしいですよ」
「そうですか、楽しみにしています」
「ふふっ。残さず食べてくださいね」
嬉しそうな表情で女将は部屋を立ち去った。
この女将は、何が何でもフカヒレの姿煮を俺たちに食べさせたいようだ。
もちろん、俺は食べたふりをする。それでもし、皆が眠ったら俺もわざと眠り、それから起こる出来事を監視するつもりだ。何としても、この惨劇を阻止しなければならない。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
俺と棗は浴衣に着替え、しばらく部屋で休んでいた。
棗は自分の世界に入って本を読んでいる。
俺も真似をして、棗から借りた本を読む。
…………。
薔薇が咲いて散るお話は俺には合わなかった。
棗が俺に本を渡すとき、棗の表情がニヤついていたのだが、今その理由が分かった気がする。
しょうがないので俺は本を置き、ストレッチを始める。
それからかれこれ二時間が過ぎ、日が落ち始めた。
いい加減ストレッチも飽きてきた。イライラしてきた俺は棗に愚痴をこぼす。
「部長たち、まだ、帰ってこないのか」
あくびをしながら棗は答える。
「ん……んん~遅いね~。あ、そうだ……ちょっと行ってくるね」
「行く? どこへ? 俺も行こうか?」
俺は、逃げるように部屋から出ていく棗を追いかけた。
「ダメ! トイレよ。言わせないでっ!」
棗は怒鳴り声を上げる。
怒られた。これは俺が悪い。
どうやら俺は疲れているようだ。棗もお腹が空いて気が立っているのだろう。
ひとまず、畳の上に横になって頬杖をつき、棗を待つ。
しばらくして、棗がスッキリした顔で戻ってきた。
「お待たせ~」
「何がお待たせなんだか……」
「ええ~待ってたんでしょ……」
その時、棗からいい匂いがした。
その匂いは、水場で嗅いだ死の香りだった。
「ここで、いいことするの……」
そう言って棗は浴衣をはらりと脱いだ。綺麗な肌が露出する。
「おい……棗……まさか……」
「皆遅いから、ここでしちゃいましょ……」
妖艶な態度で棗は俺に迫る。
もちろん、この棗の変貌ぶりに気付かない俺ではない。
完全に油断した。水場は風呂だけじゃない。トイレもそうだ。
これでなんとなくだが正体がわかった。奴は水場に住む何かだ。
だが、今はそれを考えても仕方がない。
もうわかっている、今回もジエンドだということを。
「殺せ……一体おまえは何者だ!」
俺は一言、言い放った。
すると、目の前にいる棗はあきれ顔で答える。
「勘のいい人間ね……いいことしてあげようと思ったのだけど……なんだか面倒になったわ……でも、殺すわけじゃないから安心してね……一つになるの……うふふ……」
そして、緑色の液体に変化を始めた。
「俺たちは、体を持ち、自分の意志を持つ人間だ。そんな緑色の液体と一緒になったら、死んだと同じことなんだよ」
この緑色の液体は、水場じゃなくても活動でき、人を取り込み擬態する化け物。
俺はどこかで勘違いをしていたようだ。もう、この民宿に近づくことはできない。
「い・た・だ・き・ま・す……」
緑色の棗は、そう言い放つと全身を液状化し、俺の体に絡みつく。
もちろん、抵抗しても無駄だ。それに、ここで死んでおかなければ、棗は救えない。
「うあああああああああああああああああ!」
俺は、無抵抗のまま、緑色の液体の侵食されていく。
匂いの効果が薄いのか、体内に侵入され、少しずつ、体が溶けていくのがはっきりとわかる。臓器を侵食され、骨を侵食され、やがて、それは脳へと入り込み、俺の意識を奪っていった。
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