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本編
第十二話 島に伝わる人魚伝説
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小鳥のさえずるようなやさしい声が聞こえる。
「……きて……隆司くん……起きて……」
その声で、俺は、ハッと目が覚めた。
──棗は……液体の化け物──
「あ、起きた……」
「棗……お前!」
俺は、怯えるように退いた。
だが、車の中は狭い。逃げ場はない。
「どうしたの隆司。顔が青いよ……なんか変……」
「くっ……来るなあ!」
「えー……ひっどーい。会った早々に化け物扱い~」
棗は口をとがらせて文句を言い始めた。
「あ、あれ……(いつもの棗の反応だ……それに、香水の匂いがしない……)」
「でも、良かった……元気そうで。京谷さんと部長たちは隆司が寝てる間に廃村に行っちゃったよ。少し遅くなるって言ってたから、先に民宿で夕飯食べようよ」
「あ……ああ……そうだな……民宿……でも、民宿は……」
少し冷静に考えた。まず、今回は棗に風呂で襲われた。
これによって、女将と棗、両方が怪しいことになる。
となると、この棗は本物なのだろうか、実は正体を隠しているだけなのだろうか。それとも、あの緑の物体が棗をコピーしていたのだろうか。
いろいろな考えが頭の中を交錯する。今回は、前回同様、緑色の何かが関係している。
緑色の人間、液状化。これだけでは相手が一体何者かわからない。
共通して言えるのは、相手は直接狙ってこない。必ず動きを封じてから襲ってくる。眠り薬やしびれ薬、そういった類のものを使ってくるのだ。
そして、最初の緑色のやつはチェーンソーで俺を刻んだ。つまり、武器を使うことのできる知能を持っているという事だ。
俺はゆっくりと車をおりた。「民宿……行かないの?」と、棗がせかす。
ひとまず、棗が本物かどうかを確認するため、棗本人にしかわからない質問をしてみた。
「棗、そういえば、俺の誕生日って何月だった?」
「えっと……11月でしょ……11月の8日。もしかして、京谷さんの運転で記憶でも飛んだの?」
「あ……ああ……そんなところ」
「そっか。京谷さん、謝ってたけど、そんなにひどい運転だったのなら、私から言っておくね」
「あ……ああ……」
どうやら、棗本人であることは間違いないようだ。やはり、風呂場にいたあの棗は、別な何かだったのだろうか。それを確認するためにも、もう一度民宿に赴かなければならない。
民宿に着いた。今回は、ここに来るまでの道中、璃星の腕輪をくれた少女は出会わなかった。いったい彼女は何者なのだろうか。
引き戸を開け、棗と中に入る。すると、民宿の女将が出迎えてくれた。
「こんにちは。お連れの方ですね。ようこそいらっしゃいました。お部屋は二階になっております。案内いたします」
若くて綺麗な女将の出迎えだ。
この女将が怪しいのは十中八九間違いない。女将が棗に変身して風呂に現れた可能性も無きにしも非ずだ。
俺たちは、女将に案内され、二階への階段を上り、二階の部屋につく。
「こちらが部屋になっています」
この後の行動だ。もちろん、飯はだめだ、そして、風呂も危ない。
「先に夕飯お召し上がりになりますか? それとも露天風呂でも……」
「風呂……か……」
すると、女将は少しにやついて話す。
「露天風呂は混浴になっております、お二人でどうですか? ふふっ」
「え、混浴?」
「隆司、入ろっか」
たしかに、風呂は危ない。だが、俺はこの誘いを前回断った。そのせいで、俺の見ていないところで棗が取って代わられた可能性もある。
なので、今回俺はその誘いを受けることにした。
「ああ、俺は構わないぜ」
「へ~ちょっと意外。結構大胆になったんだね。私、子供の時とは違うんだよ」
「へ……へぇ~どの位違うか見てやるよ」
「きっと驚くよぉ~」
棗とずっと一緒にいれば、取って代わられる心配はないはずだ。もし、これで棗が緑色の液体に変化するようなら、正体は棗で確定だ。
部屋についた俺たちは、浴衣に着替え、露天風呂へと出向いた。
棗は浴衣をゆっくり脱ぐ。服の中は、水色の水着だった。
色気のない、普通のビキニタイプの青い水着だ。おそらく、民宿で用意された物だろう。
「へっへ~裸だと思った? 残念でした。今どんな気持ち?」
棗がからかってくる。
「うるせえ! 俺で遊ぶな!」
やはり、今はこれが俺の棗の距離なのかもしれない。
前の緑色の棗は、やっぱり棗ではない。今ここにいる棗が本物なのだ。
俺は、タオルを当てて服を脱ぐ。俺だけ裸なので少し恥ずかしい。
脱衣所で服を脱ぎ、戸を開けて大量の湯気の中を進む。するとその先には、小さくて綺麗な岩風呂があった。
「先に入っちゃだめだよ」
「わかってるよ。先に洗う」
洗い場で体を洗う。
「背中流してあげよっか」
「いい、自分でやる」
「小さいころからそうだよね、なんでも自分でやる、とかいって、無理して……そんなところ、ちっとも変ってない」
「どうせ俺は子供ですよ」
「それが今じゃ、こんな大きい背中になってる」
棗は勝手に背中を流し始めた。
今回もこのパターンになった。
だが、違うことがある。前回のようないい匂いがしない。
それに、体は思うように動く。
「なに緊張してるのかな。私にドキドキした?」
「そんなんじゃねえよ」
「はいはい」
やはり、棗は本物だ。おそらく、前の裸だった棗は偽物だったということになる。
「なんだかね、今日……すごく胸騒ぎがする。それがだんだん強くなってる。もしかすると、誰か死んじゃうんじゃないかって……」
「よせ、縁起でもない(確かに死んでいるのだが……)」
「だから、こうして隆司の顔を見れたことにすごく安心してる」
「そうか……」
俺が小さいころ、棗と一緒にいて彼女に胸騒ぎがした時、俺は2度ほど人が死ぬのを見た。
一度目は小二の頃、近くの踏切で人身事故。そして二度目は小三の頃、海で誰かが溺れて死んだ。
俺は、単なる偶然だと思っていたが、そうではなかったようだ。
その後、俺は別な場所へ引っ越してしまったのだが、おそらく、それ以後も何度も同じような経験をしているのだろう。
申し訳なさそうな声で棗が話す。
「本当はここへ来るのは嫌だったんだけど、もう、来ちゃったから……」
「ふざけるな。おまえの胸騒ぎで人がポンポン死んでたまるか」
「それもそうだね。隆司……ありがと」
俺が言えるのはこのぐらいだ。
だが、棗の死に対する霊感の鋭さは、びっくりするものがある。
多分、今回も俺は死ぬのだろう……そんな気さへしてくる。
「はい、おしまい」
と、棗は俺の体についた泡を桶のお湯で流した。
さっぱりして気持ちがいい。あとは、湯に浸かるだけだ。
「ああ、ありがとう」
俺は、軽く礼を言って岩風呂へと向かった。
右足を湯に付け、湯加減を見る。ちょうど良い湯加減だ。
「さて、一番風呂、いただきます」
そう言ってゆっくりと岩風呂に浸かる。
岩に寄りかかり、足を延ばして全身の力を抜いた。
さっきまでの疲れが嘘のように吹っ飛んでいく。極楽にいる気分だ。
それに、今はなぜか安心できた。たぶん、傍に棗がいるおかげだろう。
棗も湯に浸かり、リラックスしている。満足そうな表情でよりだ。
ふと、棗と目が合った。棗も、心配そうに俺を見る。
「ねえ、隆司。何か心配事でもあるの?」
「ん……特には……」
「それならいいんだけどね。できれば、昔みたいに話して欲しいな」
「ああ……落ち着いたらな」
「うん……」
しばらくして、浴場への入り口の戸が開く音がした。
誰かが浴場へ入ってくる。
湯気をまとって現れたのは美しい体の女将さんだった。
「あら、お楽しみのところ邪魔しちゃったかしら」
「いえ……そんなことは……」
まさか、こんな展開になるとは予想していなかった。
棗は女将を風呂へと誘う。
「女将さんもどうぞどうぞ」
「じゃあ遠慮なく入るわね」
「隆司はこっち見ちゃダメ」
「はいはい……」
俺は、鼻を利かせた。生臭い臭いも、いい匂いもしない。
「皆さんは、どうしてここへ」
「はい、人魚伝説の調査です」
「そう……人魚……ね……。そういえば、こんな話を聞いているわ」
女将は語り始める。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
ある日、漁師をしている島の若者と人魚が出会う。
その後、若者は人魚と恋に落ちた。
しばらくして、若者は島の村長の娘に結婚をせまられる。
だが、その若者はその話を断った。
村長の娘は、怒りのあまり、断った原因を探る。
そして、若者と人魚が逢引するのを目撃した。
村長の娘は噂を流す。
美しい人魚の姿をした、島に災いを呼ぶ悪魔が出た、と。
その後、島の人々の手により、あっというまに人魚がつかまる。
綺麗な鱗は高く売れる。
涙はやがて、真珠に変わる。
その肉は、不老不死の薬に。
血は、飲んではいけない悪魔の血。
人魚は、鱗を全て剥ぎ取られる。
鞭で叩かれ、真珠の涙を流す。
包丁で肉を少しづつ削がれる。
人魚は絶命する。
悪魔は去り、島のみんなは大喜び。
村長の娘も大喜び。
けれども、若者は怒りに狂い、人魚の心臓を取り出し、血をすする。
そして、そのまま海へと飛び込み、どこかへ消えてしまった。
それから一月、島の人々もどこかへ消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「たしか、こんな感じの話だと思ったわ」
「少し、私たちが聞いてたのと違います」
「そう、じゃあ、あなたたちが聞いたのはどんな伝説かしら」
棗は語り始める。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人間と人魚。
愛し合う二人。
陸と海との境界は近いようであまりにも遠い。
それでも、人間は意を決して人魚の血を飲み海に飛び込んだ。
けれども、人間は海で生きることが難しかった。
環境に適さず、無理をした人間は帰らぬ人となる。
だが、二人の愛は実っていた。
人魚に宿った子種は……人魚と人間の血を持つハーフの女児を産んだ。
女児は、人間に拾われ、この地で人間として今もなお生き続ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……という伝説だったと思ったんです」
棗の話は俺の聞いていたものと同じだった。
だが、女将の話は信憑性がある。けれども、島に誰もいなくなったのに、どうして伝説が残ったのだろうか。
女将は、棗に言葉を返す。
「それはきっと、誰かが伝説を美化して伝えちゃったのね。でも、その方がロマンチックでいい気がするわ。島に人を呼べるものね」
棗は納得したように答えた。
「やっぱり、都合よく話が捻じ曲げられて伝えられていくんですね」
「でも、良かったじゃない。少しだけ、この島の伝説に近づけたのだから……うふふ」
「はい。とても良い話が聞けました。ありがとうございます」
結局、伝説なんてものは、誰かが勝手に作ってしまうものなのかもしれない。
この島は、まだ開発されていない島だ。
スマホの電波すら届いていない。使えるのは島の中だけでの電話のみだ。
定期にフェリーが寄るだけの、そんな孤島。
ここもおそらく開発が進む。それでも、こんな何もない孤島に立ち寄る人は少ない。伝説でもなければ、誰も立ち寄らないだろう。
「じゃあ、そろそろ俺は上がるよ」
謎のいい匂いもしないし、今回は大丈夫そうだ。女の長話に付き合っていたら、こっちがのぼせてしまう。
そう思い、体を動かした。
だが、体が非常に重くなっていた。原因は湯だ。硬いゲル状になっていて動かせない。
「あれ、この温泉……入浴剤でもいれました?」
棗が何かに気付いたようだ。
俺もとっさに湯を確認する。よく見ると、湯は薄い緑色に変化していた。
(まさか……これは……)
「あれ……動けない……隆司……この風呂……変だよ……」
棗もどうやら同じ状態のようだ。
湯の色は、どんどん緑色に染まっていく。
そして、あのいい匂いがし始めた。
女将は言う。
「大丈夫ですよ。心配はいらないです。この湯……たまに色が変わるんです」
棗が不思議そうに、それに答える。
「そうなんですか……あれ……何かが変な所に入ってくる……いや……やめて……」
棗がよがり始めた。おそらく、この緑色はあの液状の物体だ。そして、俺の体にもそれは侵食してくる。
「女将……いったいこれは、どういうことだ!」
俺が怒鳴ると、女将の表情が凶悪な形相へと変化していった。
口が割れ、皮膚の色が緑色に変化し、溶け始める。
「おや……あなた……気付いてる……気付いているのね……でも、もう遅いの……さあ、みんなで一つになりましょう」
棗が悲痛な声を上げる。
「隆司……助けて……」
「う……動けないんだ……くそっ!」
だが俺は……確かめることに成功した。
────この緑色の液体の正体は……女将!────
俺たちは、この緑色の液体に侵食され、一つになった。
「……きて……隆司くん……起きて……」
その声で、俺は、ハッと目が覚めた。
──棗は……液体の化け物──
「あ、起きた……」
「棗……お前!」
俺は、怯えるように退いた。
だが、車の中は狭い。逃げ場はない。
「どうしたの隆司。顔が青いよ……なんか変……」
「くっ……来るなあ!」
「えー……ひっどーい。会った早々に化け物扱い~」
棗は口をとがらせて文句を言い始めた。
「あ、あれ……(いつもの棗の反応だ……それに、香水の匂いがしない……)」
「でも、良かった……元気そうで。京谷さんと部長たちは隆司が寝てる間に廃村に行っちゃったよ。少し遅くなるって言ってたから、先に民宿で夕飯食べようよ」
「あ……ああ……そうだな……民宿……でも、民宿は……」
少し冷静に考えた。まず、今回は棗に風呂で襲われた。
これによって、女将と棗、両方が怪しいことになる。
となると、この棗は本物なのだろうか、実は正体を隠しているだけなのだろうか。それとも、あの緑の物体が棗をコピーしていたのだろうか。
いろいろな考えが頭の中を交錯する。今回は、前回同様、緑色の何かが関係している。
緑色の人間、液状化。これだけでは相手が一体何者かわからない。
共通して言えるのは、相手は直接狙ってこない。必ず動きを封じてから襲ってくる。眠り薬やしびれ薬、そういった類のものを使ってくるのだ。
そして、最初の緑色のやつはチェーンソーで俺を刻んだ。つまり、武器を使うことのできる知能を持っているという事だ。
俺はゆっくりと車をおりた。「民宿……行かないの?」と、棗がせかす。
ひとまず、棗が本物かどうかを確認するため、棗本人にしかわからない質問をしてみた。
「棗、そういえば、俺の誕生日って何月だった?」
「えっと……11月でしょ……11月の8日。もしかして、京谷さんの運転で記憶でも飛んだの?」
「あ……ああ……そんなところ」
「そっか。京谷さん、謝ってたけど、そんなにひどい運転だったのなら、私から言っておくね」
「あ……ああ……」
どうやら、棗本人であることは間違いないようだ。やはり、風呂場にいたあの棗は、別な何かだったのだろうか。それを確認するためにも、もう一度民宿に赴かなければならない。
民宿に着いた。今回は、ここに来るまでの道中、璃星の腕輪をくれた少女は出会わなかった。いったい彼女は何者なのだろうか。
引き戸を開け、棗と中に入る。すると、民宿の女将が出迎えてくれた。
「こんにちは。お連れの方ですね。ようこそいらっしゃいました。お部屋は二階になっております。案内いたします」
若くて綺麗な女将の出迎えだ。
この女将が怪しいのは十中八九間違いない。女将が棗に変身して風呂に現れた可能性も無きにしも非ずだ。
俺たちは、女将に案内され、二階への階段を上り、二階の部屋につく。
「こちらが部屋になっています」
この後の行動だ。もちろん、飯はだめだ、そして、風呂も危ない。
「先に夕飯お召し上がりになりますか? それとも露天風呂でも……」
「風呂……か……」
すると、女将は少しにやついて話す。
「露天風呂は混浴になっております、お二人でどうですか? ふふっ」
「え、混浴?」
「隆司、入ろっか」
たしかに、風呂は危ない。だが、俺はこの誘いを前回断った。そのせいで、俺の見ていないところで棗が取って代わられた可能性もある。
なので、今回俺はその誘いを受けることにした。
「ああ、俺は構わないぜ」
「へ~ちょっと意外。結構大胆になったんだね。私、子供の時とは違うんだよ」
「へ……へぇ~どの位違うか見てやるよ」
「きっと驚くよぉ~」
棗とずっと一緒にいれば、取って代わられる心配はないはずだ。もし、これで棗が緑色の液体に変化するようなら、正体は棗で確定だ。
部屋についた俺たちは、浴衣に着替え、露天風呂へと出向いた。
棗は浴衣をゆっくり脱ぐ。服の中は、水色の水着だった。
色気のない、普通のビキニタイプの青い水着だ。おそらく、民宿で用意された物だろう。
「へっへ~裸だと思った? 残念でした。今どんな気持ち?」
棗がからかってくる。
「うるせえ! 俺で遊ぶな!」
やはり、今はこれが俺の棗の距離なのかもしれない。
前の緑色の棗は、やっぱり棗ではない。今ここにいる棗が本物なのだ。
俺は、タオルを当てて服を脱ぐ。俺だけ裸なので少し恥ずかしい。
脱衣所で服を脱ぎ、戸を開けて大量の湯気の中を進む。するとその先には、小さくて綺麗な岩風呂があった。
「先に入っちゃだめだよ」
「わかってるよ。先に洗う」
洗い場で体を洗う。
「背中流してあげよっか」
「いい、自分でやる」
「小さいころからそうだよね、なんでも自分でやる、とかいって、無理して……そんなところ、ちっとも変ってない」
「どうせ俺は子供ですよ」
「それが今じゃ、こんな大きい背中になってる」
棗は勝手に背中を流し始めた。
今回もこのパターンになった。
だが、違うことがある。前回のようないい匂いがしない。
それに、体は思うように動く。
「なに緊張してるのかな。私にドキドキした?」
「そんなんじゃねえよ」
「はいはい」
やはり、棗は本物だ。おそらく、前の裸だった棗は偽物だったということになる。
「なんだかね、今日……すごく胸騒ぎがする。それがだんだん強くなってる。もしかすると、誰か死んじゃうんじゃないかって……」
「よせ、縁起でもない(確かに死んでいるのだが……)」
「だから、こうして隆司の顔を見れたことにすごく安心してる」
「そうか……」
俺が小さいころ、棗と一緒にいて彼女に胸騒ぎがした時、俺は2度ほど人が死ぬのを見た。
一度目は小二の頃、近くの踏切で人身事故。そして二度目は小三の頃、海で誰かが溺れて死んだ。
俺は、単なる偶然だと思っていたが、そうではなかったようだ。
その後、俺は別な場所へ引っ越してしまったのだが、おそらく、それ以後も何度も同じような経験をしているのだろう。
申し訳なさそうな声で棗が話す。
「本当はここへ来るのは嫌だったんだけど、もう、来ちゃったから……」
「ふざけるな。おまえの胸騒ぎで人がポンポン死んでたまるか」
「それもそうだね。隆司……ありがと」
俺が言えるのはこのぐらいだ。
だが、棗の死に対する霊感の鋭さは、びっくりするものがある。
多分、今回も俺は死ぬのだろう……そんな気さへしてくる。
「はい、おしまい」
と、棗は俺の体についた泡を桶のお湯で流した。
さっぱりして気持ちがいい。あとは、湯に浸かるだけだ。
「ああ、ありがとう」
俺は、軽く礼を言って岩風呂へと向かった。
右足を湯に付け、湯加減を見る。ちょうど良い湯加減だ。
「さて、一番風呂、いただきます」
そう言ってゆっくりと岩風呂に浸かる。
岩に寄りかかり、足を延ばして全身の力を抜いた。
さっきまでの疲れが嘘のように吹っ飛んでいく。極楽にいる気分だ。
それに、今はなぜか安心できた。たぶん、傍に棗がいるおかげだろう。
棗も湯に浸かり、リラックスしている。満足そうな表情でよりだ。
ふと、棗と目が合った。棗も、心配そうに俺を見る。
「ねえ、隆司。何か心配事でもあるの?」
「ん……特には……」
「それならいいんだけどね。できれば、昔みたいに話して欲しいな」
「ああ……落ち着いたらな」
「うん……」
しばらくして、浴場への入り口の戸が開く音がした。
誰かが浴場へ入ってくる。
湯気をまとって現れたのは美しい体の女将さんだった。
「あら、お楽しみのところ邪魔しちゃったかしら」
「いえ……そんなことは……」
まさか、こんな展開になるとは予想していなかった。
棗は女将を風呂へと誘う。
「女将さんもどうぞどうぞ」
「じゃあ遠慮なく入るわね」
「隆司はこっち見ちゃダメ」
「はいはい……」
俺は、鼻を利かせた。生臭い臭いも、いい匂いもしない。
「皆さんは、どうしてここへ」
「はい、人魚伝説の調査です」
「そう……人魚……ね……。そういえば、こんな話を聞いているわ」
女将は語り始める。
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ある日、漁師をしている島の若者と人魚が出会う。
その後、若者は人魚と恋に落ちた。
しばらくして、若者は島の村長の娘に結婚をせまられる。
だが、その若者はその話を断った。
村長の娘は、怒りのあまり、断った原因を探る。
そして、若者と人魚が逢引するのを目撃した。
村長の娘は噂を流す。
美しい人魚の姿をした、島に災いを呼ぶ悪魔が出た、と。
その後、島の人々の手により、あっというまに人魚がつかまる。
綺麗な鱗は高く売れる。
涙はやがて、真珠に変わる。
その肉は、不老不死の薬に。
血は、飲んではいけない悪魔の血。
人魚は、鱗を全て剥ぎ取られる。
鞭で叩かれ、真珠の涙を流す。
包丁で肉を少しづつ削がれる。
人魚は絶命する。
悪魔は去り、島のみんなは大喜び。
村長の娘も大喜び。
けれども、若者は怒りに狂い、人魚の心臓を取り出し、血をすする。
そして、そのまま海へと飛び込み、どこかへ消えてしまった。
それから一月、島の人々もどこかへ消えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「たしか、こんな感じの話だと思ったわ」
「少し、私たちが聞いてたのと違います」
「そう、じゃあ、あなたたちが聞いたのはどんな伝説かしら」
棗は語り始める。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
人間と人魚。
愛し合う二人。
陸と海との境界は近いようであまりにも遠い。
それでも、人間は意を決して人魚の血を飲み海に飛び込んだ。
けれども、人間は海で生きることが難しかった。
環境に適さず、無理をした人間は帰らぬ人となる。
だが、二人の愛は実っていた。
人魚に宿った子種は……人魚と人間の血を持つハーフの女児を産んだ。
女児は、人間に拾われ、この地で人間として今もなお生き続ける。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……という伝説だったと思ったんです」
棗の話は俺の聞いていたものと同じだった。
だが、女将の話は信憑性がある。けれども、島に誰もいなくなったのに、どうして伝説が残ったのだろうか。
女将は、棗に言葉を返す。
「それはきっと、誰かが伝説を美化して伝えちゃったのね。でも、その方がロマンチックでいい気がするわ。島に人を呼べるものね」
棗は納得したように答えた。
「やっぱり、都合よく話が捻じ曲げられて伝えられていくんですね」
「でも、良かったじゃない。少しだけ、この島の伝説に近づけたのだから……うふふ」
「はい。とても良い話が聞けました。ありがとうございます」
結局、伝説なんてものは、誰かが勝手に作ってしまうものなのかもしれない。
この島は、まだ開発されていない島だ。
スマホの電波すら届いていない。使えるのは島の中だけでの電話のみだ。
定期にフェリーが寄るだけの、そんな孤島。
ここもおそらく開発が進む。それでも、こんな何もない孤島に立ち寄る人は少ない。伝説でもなければ、誰も立ち寄らないだろう。
「じゃあ、そろそろ俺は上がるよ」
謎のいい匂いもしないし、今回は大丈夫そうだ。女の長話に付き合っていたら、こっちがのぼせてしまう。
そう思い、体を動かした。
だが、体が非常に重くなっていた。原因は湯だ。硬いゲル状になっていて動かせない。
「あれ、この温泉……入浴剤でもいれました?」
棗が何かに気付いたようだ。
俺もとっさに湯を確認する。よく見ると、湯は薄い緑色に変化していた。
(まさか……これは……)
「あれ……動けない……隆司……この風呂……変だよ……」
棗もどうやら同じ状態のようだ。
湯の色は、どんどん緑色に染まっていく。
そして、あのいい匂いがし始めた。
女将は言う。
「大丈夫ですよ。心配はいらないです。この湯……たまに色が変わるんです」
棗が不思議そうに、それに答える。
「そうなんですか……あれ……何かが変な所に入ってくる……いや……やめて……」
棗がよがり始めた。おそらく、この緑色はあの液状の物体だ。そして、俺の体にもそれは侵食してくる。
「女将……いったいこれは、どういうことだ!」
俺が怒鳴ると、女将の表情が凶悪な形相へと変化していった。
口が割れ、皮膚の色が緑色に変化し、溶け始める。
「おや……あなた……気付いてる……気付いているのね……でも、もう遅いの……さあ、みんなで一つになりましょう」
棗が悲痛な声を上げる。
「隆司……助けて……」
「う……動けないんだ……くそっ!」
だが俺は……確かめることに成功した。
────この緑色の液体の正体は……女将!────
俺たちは、この緑色の液体に侵食され、一つになった。
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