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本編
第十七話 過失
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軽快なエンジン音が工場内にこだまする。
その音にびっくりしたのか、鮫人間は、慌てふためき、足を滑らせて転んだ。
そして、みっともなく腕を前に出して、待ってくれと言わんばかりのポーズをしていた。
やはり、鮫人間でも命は惜しいようだ。
だからといって、見過ごすわけにはいかない。
再び立ち上がる前に始末しなければこちらが殺られてしまう。
フル回転させたチェーンソーを鮫人間の首に当てる。
ものすごい返り血だ。だが、それをものともせず、俺は鮫と人間の部分を切断した。
その後、鮫人間はピクリとも動かず、その場に沈黙。
あっけない勝利だった。
「これでもう、俺たちが殺される心配はない……」
「いやあああああああ!」
棗が悲鳴を上げた。無理もない……こんな場面、本当は見せたくなかった。
「棗、これでもう大丈……」
──バシッ!──
気が付くと、俺は棗に強力な平手を食らっていた。
まるで、殴られたかのような衝撃だった。
棗は、涙目で悲痛な声を上げる。
「それ、副部長だよ……普通に考えてよ……こんなのいるわけないじゃない……」
「副部長!? ……そ……そんなわけ……」
と、もう一度、倒した鮫人間を見た。
切り離した頭は鮫。そして、体は腕と足のある人間だ。
その時、おかしな点に気付いた。
今まで出会った鮫人間に、腕はなかった。
腕のついた鮫人間。
もしやと思い、俺は、頭の鮫を触った。
どことなく、ビニールのような感触がある。いや、あきらかにビニール素材だ。
おそらくこれは、鮫の浮き輪だ。
じゃあ、人間の部分は……。
俺は恐る恐る、鮫の腹の部分を見た。
よく見ると、腹の部分に窪みがある。そこに頭が突っ込まれていた。
穴から髪の毛がはみ出ている。明らかに普通の人間の頭だ。
顔を見ずに副部長だと確定したのは、左手の薬指にあるペアリングだ。
オカ研副部長の藤堂仁人は、部長の藤崎香奈江と付き合っている。
珍しいリングで、仁人のリングと香奈江のリングを合わせると、北斗七星の形ができるというものだ。
俺は、鮫人間がしていたリングの星を見て、放心状態に陥った。
「人の首を……切ってしまった……」
もちろん、そんなつもりはなかった。
だが、つもりがなければ、殺していいのか……。
そんなわけはない。
──俺の過失だ──
俺の浴びた返り血は、仁人の血だ。
鉄のような生臭い臭い……人間の血液。
手の平は、その血で赤く染まっていた。
(俺は、人を殺してしまった……)
あまりのショックに吐き気が催してくる。
後ろで棗が泣いている。
こんな状況を作ってしまったのは、もちろん俺のせいだ。
しばらくして、部長と京谷たちが慌てた様子で現れた。
「おい、隆司……お前……なんてことをしてくれたんだ!」
京谷が怒鳴る。
「こんなことになるなんて……ああ……仁人……」
黒髪のショートヘア。ちょっと背の高い真面目な顔立ちの部長、香奈江は膝を突いて泣き崩れた。
その頃、残りのオカ研部員二人が工場の裏口から現れる。
「これはいったい何の騒ぎっすか?」
金髪のショートヘア。ボーイッシュで活発な背の低い女性、山峰萌々香。
そして…………。
「さては、出たのですか?」
ブラウンの髪でロング。静かでちょっと天然な性格の背の高い女性。白戸雫。
二人は、京谷に誘われてオカ研に入った後輩だ。
京谷が叫ぶ。
「おまえら! 来るな! 一度ここから出ろ」
すると萌々香は、不満そうな声を上げる。
「京谷先輩、そんなに怒鳴らないでくださいよ。何があったかぐらい、説明してほしいっすよ」
「きっと、やばいものを見たのですよ。祟られたら大変です……行きましょうか、萌々香さん」
「そうか……雫が言うなら……ったく、しょうがねえな。後でちゃんと教えてくださいよ、京谷先輩」
京谷は二人を遠ざけた。
「ねえ……隆司……どうしてこんなことしたの……」
香奈江は、近くにあった1メートル近いバールのようなものを手にし、立ち上がった。
そして、俺に向かってそれを振り下ろす。
もちろん、俺は避けない。
俺は、香奈江の大事な人を殺してしまった。いわば殺人者だ。
恨まれて当然だ。
「だめえーーーー!」
突然、棗が俺と香奈江の間に割って入った。
バールのくの字に曲がった先端が、棗の頭蓋を直撃し、頭蓋は陥没。その後、棗は血を流しながら崩れるように倒れた。
(そんな……棗、おれの身代わりになるなんて……)
それは、予想外の出来事だった。何もできない自分がくやしい。
「おい……落ち着けよ……何してんだよおまえら……」
京谷は慌てふためく。
「いいわ、これでお相子ね。でも、わたしの好きな人はもういない。生きてる意味がないの。だから私は死ぬわ。でもそれじゃあ収まりがつかない。あなたも道連れよ」
香奈江は目をうつろにして、狂い始めた。ここまで暴走した香奈江を見るのは初めてだ。
だが、それもそのはずだ。そして、その原因を作ったのは俺だ。
それに、俺はもう死を覚悟している。
もし、できることなら、こうなる前に戻りたい。
「「「キャーーーーーーーー!!」」」
その時だ。裏口から悲鳴が聞こえた。雫と萌々香の声だ。
「何があった!」
京谷は、そう怒鳴るとすぐに裏口から出て外へと向かう。
二人の悲鳴を聞いた香奈江は我に返った口調で話す。
「あれ、わたし……どうして……血のついたバールを……どうして、棗さんを……あ……ああ……」
我に返った香奈江はバールを落とし、頭を抱えて苦しみ始めた。
「か……香奈江さん……」
俺は、苦しむ香奈江を見て、自分も苦しくなった。
(ここで我に返られたら、このまま二人が死んだ状態になってしまう……)
だからと言って、我に戻った香奈江に俺を殺すように差し向けることはできない。
出来るのかもしれないが、俺はそういう事のできる人間じゃない。
まだ、腕輪には綺麗な鱗が沢山ある。
俺はこれを全部使っても構わない。この状況を回避できるなら、俺の命ぐらい、いくらでも使ってやる。
と……そのつもりだった。
だが、この状況ではそれができない。
ましてや、自殺なんて、生存本能のある自分にできるはずがない。
不可抗力の中でしか、死ぬことができない。
他力本願での死しか望めない。
……俺は……臆病者だ……
そんな自分に、俺は落胆した。
急に外が騒がしくなる。
しばらくして、京谷が怒鳴り声と叫び声を発した。
「なんだよおまえは! 雫を……萌々香を……返せ! この野郎! う……うあああああああ!」
──ウーーーーメーーーー!──
そして、もう一つ声が聞こえた。
……歓喜の雄叫びのような低い声。
それは、俺を奈落のどん底へと押しやった張本人。
…………本物の鮫人間…………
──ゴチソウ! ゴチソウ!──
鮫人間は、上を向いて京谷を咀嚼しながら、工場へと入ってきた。生臭い臭いが周囲を埋め尽くす。
──ゴクン……ウメーーーー!──
そして、京谷を飲み込んだ。
「ああ、仁人……そこにいたのね。早くその薄気味悪い被り物を取って……」
香奈江は、そうつぶやきながら鮫人間に近づいていく。
「だめだ! それは仁人じゃない! 本物の……」
俺の引きとめる声は、香奈江には届かなかった。
──グシャアアアア!──
──ウーーーーメーーーー!──
鮫人間は、香奈江をあっさりと飲み込んでしまった。
どの腹にそれだけの人間を飲み込むスペースがあるのだろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。
(これで、死ねる……)と、そう思った。
だが……。
──ゴチソウサマデシタ!──
そう言って鮫人間は工場を立ち去ろうとする。
「ふ……ふざけるな! 俺を、食ってみろ! ちくしょおおおおおお!」
俺は、立ち去ろうとする鮫人間を追いかけ、後ろを取る。そして、唸るチェーンソーを振りかぶり、上から鮫人間の体めがけて振り下ろした。
だが鮫人間は、振り下ろす瞬間ひょいと振り向き、チェーンソーを鋭い牙で挟んで勢いよく回転する歯をピタッと止めたのだった。
「ば……化け物め……」
──オマエ……コロス……──
「ようやくその気になったか鮫野郎!」
次の瞬間、鮫人間は首をバタバタと振り、持っていたチェーンソーを俺の手元から引きはがす。
そして、チェーンソーをくわえたまま首をひねり、俺の頭にぶつけてきた。
俺は、何も出来ずに頭を潰され、秒殺された。
その音にびっくりしたのか、鮫人間は、慌てふためき、足を滑らせて転んだ。
そして、みっともなく腕を前に出して、待ってくれと言わんばかりのポーズをしていた。
やはり、鮫人間でも命は惜しいようだ。
だからといって、見過ごすわけにはいかない。
再び立ち上がる前に始末しなければこちらが殺られてしまう。
フル回転させたチェーンソーを鮫人間の首に当てる。
ものすごい返り血だ。だが、それをものともせず、俺は鮫と人間の部分を切断した。
その後、鮫人間はピクリとも動かず、その場に沈黙。
あっけない勝利だった。
「これでもう、俺たちが殺される心配はない……」
「いやあああああああ!」
棗が悲鳴を上げた。無理もない……こんな場面、本当は見せたくなかった。
「棗、これでもう大丈……」
──バシッ!──
気が付くと、俺は棗に強力な平手を食らっていた。
まるで、殴られたかのような衝撃だった。
棗は、涙目で悲痛な声を上げる。
「それ、副部長だよ……普通に考えてよ……こんなのいるわけないじゃない……」
「副部長!? ……そ……そんなわけ……」
と、もう一度、倒した鮫人間を見た。
切り離した頭は鮫。そして、体は腕と足のある人間だ。
その時、おかしな点に気付いた。
今まで出会った鮫人間に、腕はなかった。
腕のついた鮫人間。
もしやと思い、俺は、頭の鮫を触った。
どことなく、ビニールのような感触がある。いや、あきらかにビニール素材だ。
おそらくこれは、鮫の浮き輪だ。
じゃあ、人間の部分は……。
俺は恐る恐る、鮫の腹の部分を見た。
よく見ると、腹の部分に窪みがある。そこに頭が突っ込まれていた。
穴から髪の毛がはみ出ている。明らかに普通の人間の頭だ。
顔を見ずに副部長だと確定したのは、左手の薬指にあるペアリングだ。
オカ研副部長の藤堂仁人は、部長の藤崎香奈江と付き合っている。
珍しいリングで、仁人のリングと香奈江のリングを合わせると、北斗七星の形ができるというものだ。
俺は、鮫人間がしていたリングの星を見て、放心状態に陥った。
「人の首を……切ってしまった……」
もちろん、そんなつもりはなかった。
だが、つもりがなければ、殺していいのか……。
そんなわけはない。
──俺の過失だ──
俺の浴びた返り血は、仁人の血だ。
鉄のような生臭い臭い……人間の血液。
手の平は、その血で赤く染まっていた。
(俺は、人を殺してしまった……)
あまりのショックに吐き気が催してくる。
後ろで棗が泣いている。
こんな状況を作ってしまったのは、もちろん俺のせいだ。
しばらくして、部長と京谷たちが慌てた様子で現れた。
「おい、隆司……お前……なんてことをしてくれたんだ!」
京谷が怒鳴る。
「こんなことになるなんて……ああ……仁人……」
黒髪のショートヘア。ちょっと背の高い真面目な顔立ちの部長、香奈江は膝を突いて泣き崩れた。
その頃、残りのオカ研部員二人が工場の裏口から現れる。
「これはいったい何の騒ぎっすか?」
金髪のショートヘア。ボーイッシュで活発な背の低い女性、山峰萌々香。
そして…………。
「さては、出たのですか?」
ブラウンの髪でロング。静かでちょっと天然な性格の背の高い女性。白戸雫。
二人は、京谷に誘われてオカ研に入った後輩だ。
京谷が叫ぶ。
「おまえら! 来るな! 一度ここから出ろ」
すると萌々香は、不満そうな声を上げる。
「京谷先輩、そんなに怒鳴らないでくださいよ。何があったかぐらい、説明してほしいっすよ」
「きっと、やばいものを見たのですよ。祟られたら大変です……行きましょうか、萌々香さん」
「そうか……雫が言うなら……ったく、しょうがねえな。後でちゃんと教えてくださいよ、京谷先輩」
京谷は二人を遠ざけた。
「ねえ……隆司……どうしてこんなことしたの……」
香奈江は、近くにあった1メートル近いバールのようなものを手にし、立ち上がった。
そして、俺に向かってそれを振り下ろす。
もちろん、俺は避けない。
俺は、香奈江の大事な人を殺してしまった。いわば殺人者だ。
恨まれて当然だ。
「だめえーーーー!」
突然、棗が俺と香奈江の間に割って入った。
バールのくの字に曲がった先端が、棗の頭蓋を直撃し、頭蓋は陥没。その後、棗は血を流しながら崩れるように倒れた。
(そんな……棗、おれの身代わりになるなんて……)
それは、予想外の出来事だった。何もできない自分がくやしい。
「おい……落ち着けよ……何してんだよおまえら……」
京谷は慌てふためく。
「いいわ、これでお相子ね。でも、わたしの好きな人はもういない。生きてる意味がないの。だから私は死ぬわ。でもそれじゃあ収まりがつかない。あなたも道連れよ」
香奈江は目をうつろにして、狂い始めた。ここまで暴走した香奈江を見るのは初めてだ。
だが、それもそのはずだ。そして、その原因を作ったのは俺だ。
それに、俺はもう死を覚悟している。
もし、できることなら、こうなる前に戻りたい。
「「「キャーーーーーーーー!!」」」
その時だ。裏口から悲鳴が聞こえた。雫と萌々香の声だ。
「何があった!」
京谷は、そう怒鳴るとすぐに裏口から出て外へと向かう。
二人の悲鳴を聞いた香奈江は我に返った口調で話す。
「あれ、わたし……どうして……血のついたバールを……どうして、棗さんを……あ……ああ……」
我に返った香奈江はバールを落とし、頭を抱えて苦しみ始めた。
「か……香奈江さん……」
俺は、苦しむ香奈江を見て、自分も苦しくなった。
(ここで我に返られたら、このまま二人が死んだ状態になってしまう……)
だからと言って、我に戻った香奈江に俺を殺すように差し向けることはできない。
出来るのかもしれないが、俺はそういう事のできる人間じゃない。
まだ、腕輪には綺麗な鱗が沢山ある。
俺はこれを全部使っても構わない。この状況を回避できるなら、俺の命ぐらい、いくらでも使ってやる。
と……そのつもりだった。
だが、この状況ではそれができない。
ましてや、自殺なんて、生存本能のある自分にできるはずがない。
不可抗力の中でしか、死ぬことができない。
他力本願での死しか望めない。
……俺は……臆病者だ……
そんな自分に、俺は落胆した。
急に外が騒がしくなる。
しばらくして、京谷が怒鳴り声と叫び声を発した。
「なんだよおまえは! 雫を……萌々香を……返せ! この野郎! う……うあああああああ!」
──ウーーーーメーーーー!──
そして、もう一つ声が聞こえた。
……歓喜の雄叫びのような低い声。
それは、俺を奈落のどん底へと押しやった張本人。
…………本物の鮫人間…………
──ゴチソウ! ゴチソウ!──
鮫人間は、上を向いて京谷を咀嚼しながら、工場へと入ってきた。生臭い臭いが周囲を埋め尽くす。
──ゴクン……ウメーーーー!──
そして、京谷を飲み込んだ。
「ああ、仁人……そこにいたのね。早くその薄気味悪い被り物を取って……」
香奈江は、そうつぶやきながら鮫人間に近づいていく。
「だめだ! それは仁人じゃない! 本物の……」
俺の引きとめる声は、香奈江には届かなかった。
──グシャアアアア!──
──ウーーーーメーーーー!──
鮫人間は、香奈江をあっさりと飲み込んでしまった。
どの腹にそれだけの人間を飲み込むスペースがあるのだろうか。
だが、そんなことはどうでもいい。
(これで、死ねる……)と、そう思った。
だが……。
──ゴチソウサマデシタ!──
そう言って鮫人間は工場を立ち去ろうとする。
「ふ……ふざけるな! 俺を、食ってみろ! ちくしょおおおおおお!」
俺は、立ち去ろうとする鮫人間を追いかけ、後ろを取る。そして、唸るチェーンソーを振りかぶり、上から鮫人間の体めがけて振り下ろした。
だが鮫人間は、振り下ろす瞬間ひょいと振り向き、チェーンソーを鋭い牙で挟んで勢いよく回転する歯をピタッと止めたのだった。
「ば……化け物め……」
──オマエ……コロス……──
「ようやくその気になったか鮫野郎!」
次の瞬間、鮫人間は首をバタバタと振り、持っていたチェーンソーを俺の手元から引きはがす。
そして、チェーンソーをくわえたまま首をひねり、俺の頭にぶつけてきた。
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