Re:鮫人間

マイきぃ

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本編

第十六話 廃工場

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 小鳥のさえずるようなやさしい声が聞こえる。
「……きて……隆司くん……起きて……」
「な……棗!」
 俺は、叫び声をあげて目を覚ました。

 開いた車のドアの先に棗がいる。
 戻ることができた……棗の生きている時間に……。

 しかし、本当に厄介だ。自然の驚異だけはどうしようもない。

「隆司くん……どうしたの、汗……すごい……」
「棗……そうだ。廃村に行かなきゃ」
「廃村? そっか、隆司は連絡受けてたんだね。私は今日知らされたから……みんな先に廃村に行ったみたい。私は隆司が起きるまでお留守番」
「そうか……」

 それにしても、あの蚊だけは厄介だ。
 音もなく近づき、俺たちに気付かれることなく血を吸っていく。
 ならば、方法はただ一つだ。刺されたら、潰さずに我慢するしかない。

 俺は車から自分の荷物の入ったリュックを下ろす。
 そして、棗に一言告げる。

「今から廃村に行く。でも、注意してもらいたいことがあるんだ」
「え……なあに?」
「蚊に刺されたら、絶対に潰しちゃだめだ」
「ふむふむ……わかったわ。たしかに、吸われてるときに潰したら、かゆみが増すっていうしね」
「そ、そうそう……(この際、理由はどうでもいい)」

 一応、棗は理解してくれたようだ。

 すると、次の瞬間……
「あ、そうだ。実は……」
 棗はそう言うと、ワンピースを軽くめくり上げ、太ももをあらわにした。
「なんだ、棗?」
 俺はちょっとびっくりした。何をしようというのだろうか。

「秘密兵器があります」
 と、棗は自慢げに、太ももを強調する。

「秘密兵器?」

 そこには、ホルスターのついたガーターリングが装着されていた。
 棗は、そのホルスターからペンシルタイプのスプレー缶を取り出し、「ジャッジャーン! 虫除けスプレー!」と、どや顔でスプレーを見せつけた。

「そ……それは……!」
 普通なら銃やナイフを装備するのに使うものだ。
 こんな使い方をする棗に少々感心してしまった。

 他に2本、スプレー缶があった。一つは、黄色と黒の危険マークの入ったもの。もう一つは、冷却スプレーのようなものだ。
 なぜガーターホルスターを付けているのかすごく気になったが、あえて、そのスタイルについては指摘しないことにした。

 棗は自慢げにスプレーを見せる。

「ね、これがあれば虫に刺されないよ」
「ああ……確かに、それがあるのがわかっていれば……」
「ん……どうしたの?」
「ああ、なんでもない。棗、使っていいか?」
「いいよ。刺されるの嫌だもんね」

 これは、準備していた棗に感謝しなくてはならない。
 俺たちは、虫よけスプレーを吹き付け、準備万端で廃村へと向かった。

 駐車場の裏手にある細い路地を歩き、廃村へと向かう。
 道は枯れ葉や雑草などで埋め尽くされ、整備されていない。
 道の両側には、誰もいない民家が立ち並び、異様な雰囲気をかもしだしている。



 さっきはこの先で虫に刺された。だが、今回は虫除けが効いている。
 だからといって、その効果を過信しているわけではない。
 とにかく、刺されても潰さない。血をばら撒かない。これが最低条件だ。

 それにしても、部長たちは、蚊に刺されたり、血を流したりしていないだろうか。
 もしそうなら、とっくの昔に鮫人間に捕食されている可能性もある。
 急いで無事を確かめなければならない。

 早歩きで細い一本道を抜けると、ボロボロになった民家があった。
 道はそこで終わっている。あとは森林地帯だ。
 ひとまず、その家を調べてみることにした。



 外張りの板は剥がれ落ち、ボロボロになっている。残った壁には緑色のコケが付着している。
 補修の跡がみられるが、家自体は相当古いものだ。
 壊れたアルミサッシの中を覗くと、そこには荷物が置いてあった。
 荷物は、カメラ機材を入れるカバーや、女物のスポーツバックに買い物袋などだ。おそらく、これは部長たちのものだ。ここを拠点に動いているということで間違いない。

「おそらく、この近くに部長たちがいるはずだ。(生きていれば……)」
「うん。でも……なんだか、胸騒ぎがする」

 不安そうに棗が声をこぼす。
 棗の胸騒ぎはフラグのようなものだ。急いでみんなと合流しなければならない。
 何かある。この先、誰かが死ぬ。もしかすると、全滅の可能性だってある。
 俺の考えすぎならよいのだが……。

 突然、棗が声を上げる。
「ねえ、この蛍光テープ何?」
 どうやら棗は、何か見つけたようだ。

「蛍光テープ?」

 俺は、そのテープを確認する。
 小さな小枝にタグのように付けられている。
 もしやと思い、周囲を確認する。すると、ちょっと離れた所に同じように蛍光テープが貼られていた。

「おそらく、目印だろう」
「そっか……迷ったら大変だしね」
「これを追っていこう」
「うん」

 俺たちは、蛍光テープの目印を頼りに森林を進む。
 思ったより森林は深くなく、あっさりと抜け出ることができた。
 抜けた先は、舗装された道があり、ちょっと新しい民家が立ち並ぶ。
 だが、廃村には変わりはない。人が住まない家は、どうやら老朽化するのも早いようだ。
 所々、ボロボロになっている箇所が見え隠れする。



 家の裏路地の小枝に目印があった。
 目印のタグは、蛍光テープが重なり×の字になっていた。
 おそらく、ここを調査したか、重要な場所としたのだろう。

 けれども、周囲に物音はない。さらに、目印はその先にも続いている。
 つまり、部長たちは先へ向かったということだ。
 俺たちは、ここをスルーして先へと進んだ。

 途中、棗は放置された水槽のようなものの中に、怪しく綺麗な貝殻があるのを見つけた。
「ねえ、これ……何?」
 棗は水槽から貝殻を取り出すと、珍しそうに観察する。



「何の貝殻だろう……」
 よく見ると小さく穴があけられていた。なにかの飾りかもしれない。

「不思議な力を感じる……なんだか、安心する」
 棗は、貝殻を胸に当て、気持ちを落ち着かせていた。

 俺は軽く声をかける。
「お守りに持ってたらどうだ?」
「うん……そうする……」
 棗はそう言って、貝殻を小さなポシェットに入れた。

 それは、気休めかもしれない。
 また、恐ろしいことが起こるかもしれない。
 もし本当にお守りになってくれるなら願ったり叶ったりだ。
 皆、何事もなく無事でいてくれればそれでいいのだから。

 先へ進み、民家の裏路地を抜ける。
 すると、駐車場のような場所に出た。
 アスファルトは割れ、至る所に雑草が生えている。
 もう、何年も整備されていない状態だ。

 さらに、その駐車場の奥には小さな廃工場があった。
 外壁はボロボロ、蔓が生い茂り、何者をも寄せ付けない雰囲気を漂わせている。



「工場か……」
 嫌な場面が頭をよぎる。
 工場といえば、血の惨劇しか思い浮かばない。
 これも、トラウマになってしまったようだ。

 できれば、ここへ入るのは避けたい。
 だが、うまくいけば武器になるものを調達できる可能性もある。

 棗は、不安そうに声を出す。
「ここにいるのかな」
「ああ、きっとそうだ……そうに違いない……」
 俺も棗の声につられて不安になる。だが、まずは確認しなければならない。
 ここは、俺が殺された場所なのかどうかを。

 工場の扉を開け、中に入る。工場内は、少しだけ明るかった。
 棗と奥へ進む。もちろん周囲の警戒は怠らない。

「なんだか、夢に出てきそうな場所ね」
「そうだな……」

 辺りは静かだ。コンベアのところに小型の機材がいくつも並ぶ。
 金型がいくつも散乱し、どれもさび付いていた。

「何を作っていたのかしら」
「この設備があれば、ほとんどの物は作れるんじゃないかな」

 金型を見ると、何かを入れる小さなボトルのような窪みになっていた。
 おそらく、何かを入れるための容器を作っていたのだろう。
 他にも、いろいろな形の容器の金型が散乱している。

 その先へ進むと、ステンレスでできた作業台が並べられたスペースに着いた。

「う……ここは……」

 見覚えのある場所だった。
 この作業台の上に寝かされ、緑色の男に首を切られたシーンが何度も頭の中を駆け巡る。
 俺にとっては、ここは処刑場のような……そんな場所だ……。

「どうしたの? 顔が青いよ」
 心配そうに棗は俺の顔を見る。
 俺は、それを悟られないようにごまかす。
「多分、薄暗いからそう見えるんだ。気にするな」

 作業台の奥に木で出来た箱が見えた。
 吸い寄せられるように俺はその中を覗く。
 中に入っていたものは、チェーンソーだった。
(これは……緑色の男が俺の首を切るのに使った……)

 俺は、そのチェーンソーをそっと持ち上げた。

「キャアッ」
 突然、棗はびっくり声を上げる。
「どうした?」
「あれ……何……?」
 棗は、工場の裏口の方を指差した。
「な……こ、こいつは……!」
 そこにいたのは…………



 …………鮫人間だった。

「ここで会ったが100年目だ! ここで息の根を止めてやる!」
 俺は、チェーンソーのスターターを引いた。

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