Re:鮫人間

マイきぃ

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本編

第十八話 注意力

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 小鳥のさえずるようなやさしい声が聞こえる。
「……きて……隆司くん……起きて……」
 その声を聞いて、俺は、ハッと目を覚ます。

 やはり、俺が起きた場所は車の中だ。
 そして、開いた車のドアのところで立っているのは、棗だ。

「また……戻ったのか……」
「隆司、寝ぼけてる? おーい」

 棗は、俺の顔に手を近づけ、左右に振る。
 俺は思わず、その手を思い切りつかんでしまった。

「な、何……」
「俺……仁人を……あ……あ……」
「ええ? 副部長は他のみんなといっしょに廃村に行ってるわよ」
「え?」

 そこで俺は正気を少しだけ取り戻す。
 時計を見て、時間が戻ったことを再確認する。
 ということは、俺が仁人を殺したことは、なかったことになる。

 だが、チェーンソーで彼を刻む感触がまだ消えていない。
 俺は思わず両手で頭を抱えて叫んだ。

「あああああああああああああ!」

「落ち着いて! ねえ、落ち着いてよ隆司! いったいどうしたの?」
 棗は俺の肩を手で叩き、心配そうに俺を見る。

「あ……違うんだ……あれは、あれは鮫人間だと思ったから……」
「鮫人間?」
 俺は気がつくと、必死で前回の行動の言い訳をしていた。

 始めて人を殺した感触。例え、それがなかったことであっても、罪の意識が俺を蝕んでくる。
 さらに、部長の香奈江を発狂させ、棗を犠牲にし、鮫人間に仲間を食われ、挙句の果てに敵も取れずじまい。
 そんな無力感が俺の心を折る。
 ただ、突っ走ることしかできない自分に腹が立つ。

 しばらく自己嫌悪に陥っていると、突然、棗がスマホに保存していた画像を俺に見せてきた。
 それを見せて棗は語る。
「確かに中国では鮫人こうじんっていう人魚に似た生き物の伝説があるわ。それに、鮫の卵は人魚の財布とも言われているし」

 俺は、そのスマホの画像を覗き込んだ。
 その画像には、袋のようなものがあり、その中におたまじゃくしのような生き物の影がある。



「これが人魚……鮫人……?」
「違うよ……鮫の卵だよ……」
 棗は、俺の反応を見て残念そうな声を上げる。

「そ……そうか……」
 ちょっと馬鹿にされた気分だ。だが、棗の少し知的な会話のおかげで心が落ち着いた。
 それにしても、不思議な袋だ。本当に人魚が入っているような、そんな気さえしてくる。
 話には聞いていたが、見るのは初めてだ。

 棗は、笑いながら答える。
「もしかすると、人魚って、鮫のことなのかもしれないね」
「ハハハ……そう……かもな……」

 棗の言うように、人魚が鮫人だったとすれば……この島に残る人魚伝説がただの綺麗事なのだとしたら……。
 人魚は恐ろしい化け物……つまり、鮫人間だったということになるのかもしれない……。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 この後、俺と棗は部長たちのいる廃工場へと足を向けた。
 もちろん、虫除けスプレーも万全だ。

 今度は間違わない。
 腕のある鮫人間は副部長の藤堂仁人だ。
 俺が余計なことをしなければ、何事もなく話が進む。

 それと、廃工場にあるチェーンソーだ。
 これをこっちが先に入手しておけば、おそらく首を切られることはないだろう。 もちろん、あるのは一つだけとは限らないが、鮫ではない緑色の化け物へなら、なんらかの対策にもなるはずだ。
 おそらく、緑色の化け物は、それほど強くない。

 蛍光テープの目印を追い森林地帯を抜け、別な廃村につく。
 ここでは、棗が水槽から綺麗な貝殻を見つけたこと以外、何もないはずだ。
 


 ふと俺は、棗が貝殻を取り出した水槽を眺める。
 だが、そこには、綺麗な貝殻はなく、ガラクタだけが入っていた。

(あれ……前回は、あの水槽に怪しく光る貝殻があったはず……)

「ねえ、なに水槽見てるの? 何か掘り出し物でも見つけた?」
「いいや……なんでもない」

 おかしい。たしかにあの貝殻があったはずだ。
 貝殻が入っていたのは別の水槽だったのだろうか。

 考えても仕方がない。俺はこの場をやり過ごし、先へと進む。
 俺と棗は民家の裏路地を抜け、工場へと到着した。



 中へ入る。辺りは静かだ。コンベアのところに小型の機材がいくつも並ぶ。
 金型がいくつも散乱し、どれもさび付いていた。

「何を作っていたのかしら」
「この設備があれば、ほとんどの物は作れるんじゃないかな」

 なるべく同じ会話で変化を最小限にとどめようと思った。
 どうしてかはわからないが、その方が自分でもわかりやすくていいような気がした。

 その先へ進むと、ステンレスでできた作業台が並べられたスペースに着いた。
 前回は、ここで俺が間違いを犯した。
 だが、今回は大丈夫だ。一度ミスを経験しているのだ。間違うはずはない。

 作業台の奥に木で出来た箱が見えた。
 中にはチェーンソーが入っている。俺は、そのチェーンソーをそっと持ち上げた。

 これで武器を入手した。あとは副部長のいたずらを適当にやり過ごせば、ここは大丈夫だ。

「キャアッ」
 突然、棗はびっくり声を上げる。おそらく、鮫人間の浮き輪を被った副部長だ。
「どうした?」
「あれ……何……?」
 棗は、工場の裏口の方を指差した。
「な……こ、こいつは……!」
 もしろんそこにいるのは…………



 …………副部長の藤堂仁人だ。
 何だか生臭いが、おそらく演出か何かだろう。

「棗、そいつは副部長だ。ったく……仁人さん……やめてくださいよ。怒りますよ……もう」
「なーんだ……副部長のイタズラだったんだ……」
 棗は副部長の被った浮き輪を手で撫でた。
 その瞬間……



「い…………いた……い……」

 棗が浮き輪を撫でようとして差し出した手は消え、その腕から血が流れ出した。

「棗!」
 生臭い臭いで警戒するべきだった。
 よく見れば、この鮫人間は腕が付いていない。

 こいつは、本物の…………



 …………鮫人間だったのだ。

「いやああああああ!」
 棗は悲鳴を上げる。その瞬間、鮫人間は棗を頭から飲み込んだ。
 そして、悲鳴が聞こえなくなったころ、ゆっくりと咀嚼を始めた。

──ウーーーーメーーーー!──

「な……なんで本物の鮫人間がいるんだよ……あああああ!」
 俺は怒りに任せ、チェーンソーのスターターを引いた。
 だが……エンジンはかからない。

「うそ……だろ……」

──キョウハ……ゴチソウ……ウレシ……イナアアアア!──

「くそ……かかれ……かかれよエンジン……早く!」
 俺は、何度もチェーンソーのスターターを引く。だが、エンジンはかからない。
 そして、無慈悲に鮫人間は近づいてくる。

 この時、たとえエンジンがかかったとしても、このチェーンソーは鮫人間には通用しないことを思い出した。
 俺は、自分の注意力のなさに落胆し、チェーンソーを投げ捨て、鮫人間を挑発した。

「いいよ! 食えよ! 食いやがれよこのやろう!」

──イタダキ…………マアアアアス!──



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