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本編
第二十一話 近道
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今までとは違うパターンだ。
京谷が死んだ後、すぐに鮫人間はいなくなった。
そして、民宿の料理を食べても何も起こらない。
何かが変わった。
原因はいったい、何なのだろうか。
時間のずれ、黒髪の少女、貝殻と髪飾り、巻き戻り回数(黒い鱗、現在17個目)、考えられることは多い。
だが、どれも憶測でしかない。
それよりも、今はこの状態をどう変化させるかが問題だ。
ひとまず俺は、棗と二階の部屋へと向かう。
しばらくして、萌々香と雫が温泉から戻ってきた。
浴衣の湯気と石鹸の香りを漂わせている。
戻ってこれたということは、何もなかったということだ。
女将と部長たちが話をしているせいなのかもしれない。
二人とも表情は落ち着いていた。
どうやら、気持ちを紛らわすことができたようだ。
「風呂、入ってきたぜ。先輩方も、行ってくるといいっすよ」
「いい湯でした。本当に……」
萌々香と雫はそう言うと、ゆっくりと敷いてある布団の上に座り込んだ。
その後、二階に上ってくる足音が聞こえてきた。
おそらく、部長と副部長だ。女将との話し合いが終わったのだろう。
とすれば、女将はこの二人を襲わなかったということになる。
だが、油断できない。もしかすると、二人のうちのどちらかが、もしくは両方が緑色の液体の可能性もありうる。
俺は、さりげなくその後の動向を聞くことにした。
「部長、お疲れです。話し合いが終わった後、すぐにここへ来たんですか?」
「特に、用事はないわよ」
「副部長もですか?」
「ああそうだ。何かあったか?」
「いや、別に……なんでもないです」
「まあ、気を落とすな。辛いのはわかる。だが、これからのことを考えろ。もう、京谷は……」
「はい……残念で……ならないです……」
二人の雰囲気は変わっていない。どうやら、乗っ取られたりはしていないようだ。
確認を終えた俺は、浴衣を抱えて風呂へと向かうことにした。
「棗、先に風呂に行ってくる」
「うん、……行ってらっしゃい。私は本読んでるから」
だいぶ落ち込んでいた。声に元気がない。
京谷の死がだいぶ精神的にこたえているようだ。
「まだ、胸騒ぎ……するか?」
「ちょっと落ち着いた……でも、まだ同じ感覚は続いてる。私が怖がってるだけなのかもしれないけど……」
「そうか……落ち着くまで、ゆっくり休んでろよ」
「うん……そうする……」
二階の部屋を後にした。
その後、浴場へと向かう。
ここでは、あの緑色の物体に変化する女将に成す術なく殺された場所だ。
今回、俺はここで死ぬことができるのだろうか。
本当は、こういう考え方は馬鹿げているのかもしれない。
あえて自分から死の選択をしている。
本当に自分の命を投げ売ってまで救わなきゃいけないのだろうか。そんな考えまで浮かんでくる。
どうやら、俺は疲れているようだ。
もう、この温泉でずっとゆっくりしていたい。
服を脱ぎ、浴場の扉を開けた。
誰もいる様子はない。
洗い場で体を洗い、その後、温泉に浸かる。
まだ、何も起こらない。
俺は、そんな状況に安心し始めていた。
このまま何も起こらない。これ以上誰も死なない。
そして、明日を迎えて、京谷の死を口実にすぐこの島を出る。
実際は、後処理とかで誰かが残ることになるだろうけど、それは俺じゃない。もちろん棗でもない。
部長たちが処理してくれるはずだ。
でも……そう考えようとしている俺を、別の俺が苦しめる。
それでいいのか、大事な友人を見殺しにしたままでいいのか、仲間を犠牲にしてもいいのか、と。
もうまっぴらだ。
いったい俺に何ができる。
ただ、時間を戻せるだけの能力しか持たない俺に、何をしろというのだ!
それでも、今だけは温泉温かさが、俺を安心させてくれる。
もしかすると、何度も地獄を見たせいで恐怖感が麻痺してしまったのかもしれないが。
だが、このままいけば、最悪の結果を招いてしまう。
そして、それをコントロール術は俺にはない。
ひたすら、難を避ける道を探すしかない。これが現実だ。
温泉で十分温まった体を冷やすため、風呂を出る。
その瞬間、絶望感が重くのしかかってくる。
その重さに耐えながらゆっくりと浴場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二階の部屋に戻った。
クーラーが効いている。涼しいを通り越して、ひんやりするぐらいの強さだ。
リモコンの温度設定は、18度。そのせいでか、棗と萌々香と雫は布団に入って丸まっている。
「ちょっとこれ、寒くない?」
と、今の感想を述べてみる。
「このぐらい寒い方が、気が落ち着くんすよ。こういう事があった日は」
堂々と答えたのは萌々香だ。
「そんなものなのか」
これは、本能的に何かに包まっていたいという衝動なのだろう。
クーラーを強くしたのは、きっと、夏の暑さでは布団に包まることができないからだ。
もちろん、ここに鮫人間が来ないとは限らない。怖いのも当然だろう。
ここも危険な事にはかわりないのだが……。
そういえば、副部長の姿がない。一度、部長に副部長の居場所を聞く。
「部長、副部長は?」
副部長は浴衣を二重に羽織っていた。
眺めていた手帳を閉じて話す。
「今、外の見回りをしてるわ。あの鮫の化け物がこないとも限らないからって。私は止めたんだけど……」
「そう……ですか……。そうだ、今、風呂空いてますよ」
「ああ、あとで行くよ」
いろいろと大変そうだ。
それもそのはずだ。サークルで死人を出してしまったのだ。
対応を間違えれば、大変な事になる。
それよりも、どうにかして全員生きて戻れるというシナリオを完成させなくてはならない。
そのためには、より多くの情報を集めて、死を選ぶ。
それが、ハッピーエンドへの近道……。
「棗、行ってこいよ」
「うん、部長と一緒に行く」
「そうか」
一人で行くのは、不安なようだ。
それはそれで構わない。誰かと行動を共にしておけば、おそらく被害はないだろう。
「俺は別なところで涼んでくる」
さすがに風呂上がりでこの寒さは厳しい。
「うん、いってらっしゃい」
部屋を離れ、二階の廊下を歩き、中庭に面したバルコニーの丸いテーブルに着く。
内観は、ほぼ、改装されて新しい建築になっている。
さすがに古いままでは、いつかボロボロになってしまうが……。
俺は涼みながら状況を整理した。
まず、鮫人間は京谷を殺し、その場から消えた。
消えた理由がわからない。
これがまず一つ目の問題。
二つ目は、女将の行動。
女将は、一人の時しか襲わない。
もしくは、客が多い場合は、何もしない可能性もある。
狡猾だということだ。
ならば、1対1で会い、こちらが正体を知っていることを明かしたらどうなるだろうか。
おそらく、消しにかかるはずだ。
考えが決まった。
この作戦を取ることにする。
果たして、女将は俺を殺ってくれるだろうか。
涼み終えた俺は、女将を探した。
カウンター、浴場、調理場、控室、食事処、宴会場、etc……
だが、女将の姿は見当たらない。外出でもしているのだろうか。
二階の奥へと足を踏み込む。
するとそこに、怪しげな天井裏への入り口を見つけた。
「ここにいるのか……」
俺は、天井裏への梯子を上った。
京谷が死んだ後、すぐに鮫人間はいなくなった。
そして、民宿の料理を食べても何も起こらない。
何かが変わった。
原因はいったい、何なのだろうか。
時間のずれ、黒髪の少女、貝殻と髪飾り、巻き戻り回数(黒い鱗、現在17個目)、考えられることは多い。
だが、どれも憶測でしかない。
それよりも、今はこの状態をどう変化させるかが問題だ。
ひとまず俺は、棗と二階の部屋へと向かう。
しばらくして、萌々香と雫が温泉から戻ってきた。
浴衣の湯気と石鹸の香りを漂わせている。
戻ってこれたということは、何もなかったということだ。
女将と部長たちが話をしているせいなのかもしれない。
二人とも表情は落ち着いていた。
どうやら、気持ちを紛らわすことができたようだ。
「風呂、入ってきたぜ。先輩方も、行ってくるといいっすよ」
「いい湯でした。本当に……」
萌々香と雫はそう言うと、ゆっくりと敷いてある布団の上に座り込んだ。
その後、二階に上ってくる足音が聞こえてきた。
おそらく、部長と副部長だ。女将との話し合いが終わったのだろう。
とすれば、女将はこの二人を襲わなかったということになる。
だが、油断できない。もしかすると、二人のうちのどちらかが、もしくは両方が緑色の液体の可能性もありうる。
俺は、さりげなくその後の動向を聞くことにした。
「部長、お疲れです。話し合いが終わった後、すぐにここへ来たんですか?」
「特に、用事はないわよ」
「副部長もですか?」
「ああそうだ。何かあったか?」
「いや、別に……なんでもないです」
「まあ、気を落とすな。辛いのはわかる。だが、これからのことを考えろ。もう、京谷は……」
「はい……残念で……ならないです……」
二人の雰囲気は変わっていない。どうやら、乗っ取られたりはしていないようだ。
確認を終えた俺は、浴衣を抱えて風呂へと向かうことにした。
「棗、先に風呂に行ってくる」
「うん、……行ってらっしゃい。私は本読んでるから」
だいぶ落ち込んでいた。声に元気がない。
京谷の死がだいぶ精神的にこたえているようだ。
「まだ、胸騒ぎ……するか?」
「ちょっと落ち着いた……でも、まだ同じ感覚は続いてる。私が怖がってるだけなのかもしれないけど……」
「そうか……落ち着くまで、ゆっくり休んでろよ」
「うん……そうする……」
二階の部屋を後にした。
その後、浴場へと向かう。
ここでは、あの緑色の物体に変化する女将に成す術なく殺された場所だ。
今回、俺はここで死ぬことができるのだろうか。
本当は、こういう考え方は馬鹿げているのかもしれない。
あえて自分から死の選択をしている。
本当に自分の命を投げ売ってまで救わなきゃいけないのだろうか。そんな考えまで浮かんでくる。
どうやら、俺は疲れているようだ。
もう、この温泉でずっとゆっくりしていたい。
服を脱ぎ、浴場の扉を開けた。
誰もいる様子はない。
洗い場で体を洗い、その後、温泉に浸かる。
まだ、何も起こらない。
俺は、そんな状況に安心し始めていた。
このまま何も起こらない。これ以上誰も死なない。
そして、明日を迎えて、京谷の死を口実にすぐこの島を出る。
実際は、後処理とかで誰かが残ることになるだろうけど、それは俺じゃない。もちろん棗でもない。
部長たちが処理してくれるはずだ。
でも……そう考えようとしている俺を、別の俺が苦しめる。
それでいいのか、大事な友人を見殺しにしたままでいいのか、仲間を犠牲にしてもいいのか、と。
もうまっぴらだ。
いったい俺に何ができる。
ただ、時間を戻せるだけの能力しか持たない俺に、何をしろというのだ!
それでも、今だけは温泉温かさが、俺を安心させてくれる。
もしかすると、何度も地獄を見たせいで恐怖感が麻痺してしまったのかもしれないが。
だが、このままいけば、最悪の結果を招いてしまう。
そして、それをコントロール術は俺にはない。
ひたすら、難を避ける道を探すしかない。これが現実だ。
温泉で十分温まった体を冷やすため、風呂を出る。
その瞬間、絶望感が重くのしかかってくる。
その重さに耐えながらゆっくりと浴場を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
二階の部屋に戻った。
クーラーが効いている。涼しいを通り越して、ひんやりするぐらいの強さだ。
リモコンの温度設定は、18度。そのせいでか、棗と萌々香と雫は布団に入って丸まっている。
「ちょっとこれ、寒くない?」
と、今の感想を述べてみる。
「このぐらい寒い方が、気が落ち着くんすよ。こういう事があった日は」
堂々と答えたのは萌々香だ。
「そんなものなのか」
これは、本能的に何かに包まっていたいという衝動なのだろう。
クーラーを強くしたのは、きっと、夏の暑さでは布団に包まることができないからだ。
もちろん、ここに鮫人間が来ないとは限らない。怖いのも当然だろう。
ここも危険な事にはかわりないのだが……。
そういえば、副部長の姿がない。一度、部長に副部長の居場所を聞く。
「部長、副部長は?」
副部長は浴衣を二重に羽織っていた。
眺めていた手帳を閉じて話す。
「今、外の見回りをしてるわ。あの鮫の化け物がこないとも限らないからって。私は止めたんだけど……」
「そう……ですか……。そうだ、今、風呂空いてますよ」
「ああ、あとで行くよ」
いろいろと大変そうだ。
それもそのはずだ。サークルで死人を出してしまったのだ。
対応を間違えれば、大変な事になる。
それよりも、どうにかして全員生きて戻れるというシナリオを完成させなくてはならない。
そのためには、より多くの情報を集めて、死を選ぶ。
それが、ハッピーエンドへの近道……。
「棗、行ってこいよ」
「うん、部長と一緒に行く」
「そうか」
一人で行くのは、不安なようだ。
それはそれで構わない。誰かと行動を共にしておけば、おそらく被害はないだろう。
「俺は別なところで涼んでくる」
さすがに風呂上がりでこの寒さは厳しい。
「うん、いってらっしゃい」
部屋を離れ、二階の廊下を歩き、中庭に面したバルコニーの丸いテーブルに着く。
内観は、ほぼ、改装されて新しい建築になっている。
さすがに古いままでは、いつかボロボロになってしまうが……。
俺は涼みながら状況を整理した。
まず、鮫人間は京谷を殺し、その場から消えた。
消えた理由がわからない。
これがまず一つ目の問題。
二つ目は、女将の行動。
女将は、一人の時しか襲わない。
もしくは、客が多い場合は、何もしない可能性もある。
狡猾だということだ。
ならば、1対1で会い、こちらが正体を知っていることを明かしたらどうなるだろうか。
おそらく、消しにかかるはずだ。
考えが決まった。
この作戦を取ることにする。
果たして、女将は俺を殺ってくれるだろうか。
涼み終えた俺は、女将を探した。
カウンター、浴場、調理場、控室、食事処、宴会場、etc……
だが、女将の姿は見当たらない。外出でもしているのだろうか。
二階の奥へと足を踏み込む。
するとそこに、怪しげな天井裏への入り口を見つけた。
「ここにいるのか……」
俺は、天井裏への梯子を上った。
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