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本編
第二十話 仇討ち
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「もう……疲れた……」
棗は苦しそうに息切れを起こす。ちょっと引きずり回し過ぎたようだ。
その甲斐あって廃工場に早めに着くことができた。
「ああ。ごめん……」
そっと手を放し、棗が回復するのを待つ。
前より15分早く着いた。もし、少女の件がなければあと5分は縮められただろう。
「キャアアアアアア!」
工場の裏から悲鳴が聞こえた。
「部長の声!?」
嫌な予感がする。俺はすぐに悲鳴のする方へと足を向けた。
工場内は、何度も痛い目を見ているので、今回は外から行くことにした。
雑草の茂る小道を通って裏へ回る。
するとそこには……
首を食いちぎられた京谷が、大の字になって倒れていた。
「な……京谷……!」
他のオカ研のメンバーも、その場に立ち会っていた。
まだ、辺り一帯、血生臭い。
俺は、部長に声をかける。
「奴か……奴が現れたのか!」
「鮫……鮫……」
部長は驚いているばかりだ。ショックを受けて錯乱している部長の代わりに副部長が話す。
「今さっき、鮫人間が現れて、京谷の首を食いちぎった。その後、俺たちに向かってきたんだが、どういうわけか、やつはすぐに逃げた。思わずびっくりして写真を撮るのを忘れたが……これは大発見になるかもしれない」
俺は、その言葉に頭が沸騰した。
「副部長……京谷が死んだんですよ! それなのに……」
「あ……ああ……すまない……あまりに非現実な出来事が目の前で起こったので、つい京谷の死に実感が持てなかった……本当にすまない……残念だ……」
「京谷は……私と雫をかばって……もう少し早く気づいていれば……」
萌々香が悔しそうに歯をかみしめている。
「京谷さん……ううっ……」
雫は、ずっと目を閉じて涙を流していた。
どうやら、少し遅かったようだ。副部長は「今さっき」と言っていた。
俺たちが黒髪の少女に気を取られなければ、おそらく京谷が襲われる前にたどり着けたはずだ。
こうなったら、死んでまた時間を巻き戻すしか方法はない。
──早く、奴を見つけて殺してもらわなければ──
「奴はどこだ!」
俺は、奴を探しに工場裏の茂みに入り込もうとした。
その時…………
…………腰元に後ろから何かが巻き付いてきた。それは、棗の腕だった。
「隆司くん、ダメだよ。京谷さん、死んだんだよ。それにまだ、胸騒ぎが終わってない……行っちゃだめ……」
「いや、そうじゃない。今行かないと……」
「京谷さん死んだの! 隆司も死ぬ気なの?」
棗の言葉で、俺は我に返った。
俺は何度も死んで戻ってを繰り返したせいで、生死に関しての感覚が麻痺していたようだ。
──今一度、落ちつこう……今、京谷が死んだ──
「くっ……京谷……」
少し、悔しがって見せた。だが、なんだか演技のような気がして自分があざとく感じた。だが、周りの空気を壊してはいない。
それにしても妙だ。今回の鮫人間は京谷の首だけを食べて逃げてしまった。
つまり、つまみ食いして逃げただけで終わっている。
すべて捕食する気はなかったのだろうか。
他のメンバーのざわめきが止まる。どうやら落ち着いたようだ。
その後、副部長が冷静に話す。
「一度、民宿へ戻ろう。今日はもう日が暮れる。こんなことがあったばかりだ。それに、また……奴が現れるかもしれない。遺体は島の人に頼もう。島の人に頼めば、早く済むはずだ。今は気の毒だが、このブルーシートを被せておくしかない」
部長は、持っていたスポーツバッグから、ブルーシートを取り出し、京谷にかぶせた。
まだ、チャンスはある。民宿だ。あそこでなら、死ぬことができる。あの緑の液状の物体。そして、緑色の男。チェーンソーに触れないでおけば、多分大丈夫だ。これでなんとか逝けるはずだ。
俺たちは、無念の京谷を見送って、廃村を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
民宿へ着いた。副部長は女将に事の経緯を話す。
「私のサークルのメンバーが、凶悪な何者かによって殺されました。警察に連絡をしてもらってもよろしいですか?」
「あらまあ……そんなことが……大変なことになってしまいましたね……今すぐに連絡いたします」
女将は、民宿のフロントにある黒電話でダイヤルする。
普通に対応しているが、この女将は人間じゃない。普通の人間と同じ行動をしているだけの化け物だ。
だが、俺はその存在を、ただ、殺されるためだけに利用しようとしている。
本当は、誰も死なせてはいけない。だが、このままだと、京谷は死んだままだ。
できる事なら、全員でこの島を脱出したい。
女将は、困った顔で声をこぼす。
「おかしいですね……電話……出ませんねぇ……どうしたのかしら……」
「じゃあ、本土に連絡を入れてみてくれませんか」
と、副部長は催促した。
「申し訳ございませんお客様。まだ、本土の方へは繋がってないんですよ。電波の基地局もないし……たいへんご不便をおかけします……」
「いいえ……こちらこそ無理を言ってすいません。その辺の事情は知っていたのですが……つい……」
「明日でよければ、うちの支配人を呼んで、対処してもいいのですけど……」
「そうですか。今日はもう遅いようだし……それでお願いできますか?」
「はい、かしこまりました……ご友人のご冥福をお祈り申し上げます。今日はゆっくりお休みください」
申し訳なさそうに女将は頭を下げる。
人間の真似が本当にうまい。でなければ、こんなところで民宿をすることはできないのも事実。
今は、気付かないふりをしておこう。
一度、二階の部屋へ行く。
そこで、全員でこれからのことを話し合う。
オカ研部長の香奈江がその場を仕切った。
「ごめんなさい。ご迷惑をかけました。今は気も落ち着いているので大丈夫です」
まだ少し、落ち込んだ様子が見えるが、さすが部長だ。
きちんと役割を果たそうとしている。
「今回、私たちは鮫の姿をした人間と遭遇しました。そして、私たちのサークルのメンバーである杉本京谷さんがお亡くなりになりました。まずは杉本さんのご冥福を祈りたいと思います」
部長はつつましく話す。
「杉本……結構いいやつだったのに……」
「私たちじゃ……何もできませんでした……」
萌々香と雫は、目に涙を浮かべながらうつむいていた。
俺は、棗にさりげなく小声で今の状況を確認する。
「棗……まだ胸騒ぎ……するか?」
「え……ごめんなさい……言おうと思ったのだけど……まだ……終わってない……」
「そうか……ありがとう……」
「ごめんなさい……大事なことなのに……」
棗の胸騒ぎは続いていた。
おそらく、まだ死ぬチャンスはあるということだ。
しばらくして、夕食の時間がきた。
みんなで食事処へと移動する。
円卓を囲んで女将を待つ。
しばらくして例のアレを女将が運んできた。
「フカヒレの姿煮でございます。冷めないうちにどうぞ」
女将は、食事を盛り付けると、すぐに部屋から出て行った。
これを食べれば、あとは睡眠薬か何かで眠ってしまえる。
あとは、緑色の男に殺されるだけだ。
だが、みんなの様子は変だった。
誰一人として食べようとしない。
「鮫かよ……」
「気分が悪くなりました……ごめんなさい……」
萌々香と雫が、嫌そうな表情で答えた。
それもそのはずだ。京谷を殺したのはあの鮫人間だ。
フカヒレなど、食べれる心境にはなれない。
部長は二人を気遣い、声をかける。
「別に、この民宿が悪いわけじゃない……何も言わなかった私たちが悪い……でも、言ったところで信じては……とにかく、無理して食べなくてもいいわ」
「俺は、杉本の仇を取る! 食ってやるぞ、鮫野郎!」
副部長がフカヒレに口を付けた。どことなく、前回の自分を見ているようだった。
「私も!」
棗もその後に続いた。
もちろん、俺もその後に続いてフカヒレを食す。
結局最後は、全員で京谷の仇を取る形となった。
これで、全員がフカヒレを食べたことになる。
おそらく、これで全員が寝てしまうはずだ。
そして……俺も……。
…………。
「腹、膨れたな……こんな時だけど、私は風呂いってくるぜ。雫、入るか」
「はい……温まりたいです」
萌々香と雫が部屋を出ていく。
「私と仁人は、もう一度女将に明日のことについて話しをしてくるわ。あとで報告するから、今はゆっくりしててね」
香奈江と仁人も、同じく部屋を出る。
おかしい……前と展開が違う。
「隆司くん……私たちも……いこっ……」
棗の意識もはっきりしている。
本当ならここで眠くなるはずだ。
なのに、どうして眠くならない……!
棗は苦しそうに息切れを起こす。ちょっと引きずり回し過ぎたようだ。
その甲斐あって廃工場に早めに着くことができた。
「ああ。ごめん……」
そっと手を放し、棗が回復するのを待つ。
前より15分早く着いた。もし、少女の件がなければあと5分は縮められただろう。
「キャアアアアアア!」
工場の裏から悲鳴が聞こえた。
「部長の声!?」
嫌な予感がする。俺はすぐに悲鳴のする方へと足を向けた。
工場内は、何度も痛い目を見ているので、今回は外から行くことにした。
雑草の茂る小道を通って裏へ回る。
するとそこには……
首を食いちぎられた京谷が、大の字になって倒れていた。
「な……京谷……!」
他のオカ研のメンバーも、その場に立ち会っていた。
まだ、辺り一帯、血生臭い。
俺は、部長に声をかける。
「奴か……奴が現れたのか!」
「鮫……鮫……」
部長は驚いているばかりだ。ショックを受けて錯乱している部長の代わりに副部長が話す。
「今さっき、鮫人間が現れて、京谷の首を食いちぎった。その後、俺たちに向かってきたんだが、どういうわけか、やつはすぐに逃げた。思わずびっくりして写真を撮るのを忘れたが……これは大発見になるかもしれない」
俺は、その言葉に頭が沸騰した。
「副部長……京谷が死んだんですよ! それなのに……」
「あ……ああ……すまない……あまりに非現実な出来事が目の前で起こったので、つい京谷の死に実感が持てなかった……本当にすまない……残念だ……」
「京谷は……私と雫をかばって……もう少し早く気づいていれば……」
萌々香が悔しそうに歯をかみしめている。
「京谷さん……ううっ……」
雫は、ずっと目を閉じて涙を流していた。
どうやら、少し遅かったようだ。副部長は「今さっき」と言っていた。
俺たちが黒髪の少女に気を取られなければ、おそらく京谷が襲われる前にたどり着けたはずだ。
こうなったら、死んでまた時間を巻き戻すしか方法はない。
──早く、奴を見つけて殺してもらわなければ──
「奴はどこだ!」
俺は、奴を探しに工場裏の茂みに入り込もうとした。
その時…………
…………腰元に後ろから何かが巻き付いてきた。それは、棗の腕だった。
「隆司くん、ダメだよ。京谷さん、死んだんだよ。それにまだ、胸騒ぎが終わってない……行っちゃだめ……」
「いや、そうじゃない。今行かないと……」
「京谷さん死んだの! 隆司も死ぬ気なの?」
棗の言葉で、俺は我に返った。
俺は何度も死んで戻ってを繰り返したせいで、生死に関しての感覚が麻痺していたようだ。
──今一度、落ちつこう……今、京谷が死んだ──
「くっ……京谷……」
少し、悔しがって見せた。だが、なんだか演技のような気がして自分があざとく感じた。だが、周りの空気を壊してはいない。
それにしても妙だ。今回の鮫人間は京谷の首だけを食べて逃げてしまった。
つまり、つまみ食いして逃げただけで終わっている。
すべて捕食する気はなかったのだろうか。
他のメンバーのざわめきが止まる。どうやら落ち着いたようだ。
その後、副部長が冷静に話す。
「一度、民宿へ戻ろう。今日はもう日が暮れる。こんなことがあったばかりだ。それに、また……奴が現れるかもしれない。遺体は島の人に頼もう。島の人に頼めば、早く済むはずだ。今は気の毒だが、このブルーシートを被せておくしかない」
部長は、持っていたスポーツバッグから、ブルーシートを取り出し、京谷にかぶせた。
まだ、チャンスはある。民宿だ。あそこでなら、死ぬことができる。あの緑の液状の物体。そして、緑色の男。チェーンソーに触れないでおけば、多分大丈夫だ。これでなんとか逝けるはずだ。
俺たちは、無念の京谷を見送って、廃村を後にした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
民宿へ着いた。副部長は女将に事の経緯を話す。
「私のサークルのメンバーが、凶悪な何者かによって殺されました。警察に連絡をしてもらってもよろしいですか?」
「あらまあ……そんなことが……大変なことになってしまいましたね……今すぐに連絡いたします」
女将は、民宿のフロントにある黒電話でダイヤルする。
普通に対応しているが、この女将は人間じゃない。普通の人間と同じ行動をしているだけの化け物だ。
だが、俺はその存在を、ただ、殺されるためだけに利用しようとしている。
本当は、誰も死なせてはいけない。だが、このままだと、京谷は死んだままだ。
できる事なら、全員でこの島を脱出したい。
女将は、困った顔で声をこぼす。
「おかしいですね……電話……出ませんねぇ……どうしたのかしら……」
「じゃあ、本土に連絡を入れてみてくれませんか」
と、副部長は催促した。
「申し訳ございませんお客様。まだ、本土の方へは繋がってないんですよ。電波の基地局もないし……たいへんご不便をおかけします……」
「いいえ……こちらこそ無理を言ってすいません。その辺の事情は知っていたのですが……つい……」
「明日でよければ、うちの支配人を呼んで、対処してもいいのですけど……」
「そうですか。今日はもう遅いようだし……それでお願いできますか?」
「はい、かしこまりました……ご友人のご冥福をお祈り申し上げます。今日はゆっくりお休みください」
申し訳なさそうに女将は頭を下げる。
人間の真似が本当にうまい。でなければ、こんなところで民宿をすることはできないのも事実。
今は、気付かないふりをしておこう。
一度、二階の部屋へ行く。
そこで、全員でこれからのことを話し合う。
オカ研部長の香奈江がその場を仕切った。
「ごめんなさい。ご迷惑をかけました。今は気も落ち着いているので大丈夫です」
まだ少し、落ち込んだ様子が見えるが、さすが部長だ。
きちんと役割を果たそうとしている。
「今回、私たちは鮫の姿をした人間と遭遇しました。そして、私たちのサークルのメンバーである杉本京谷さんがお亡くなりになりました。まずは杉本さんのご冥福を祈りたいと思います」
部長はつつましく話す。
「杉本……結構いいやつだったのに……」
「私たちじゃ……何もできませんでした……」
萌々香と雫は、目に涙を浮かべながらうつむいていた。
俺は、棗にさりげなく小声で今の状況を確認する。
「棗……まだ胸騒ぎ……するか?」
「え……ごめんなさい……言おうと思ったのだけど……まだ……終わってない……」
「そうか……ありがとう……」
「ごめんなさい……大事なことなのに……」
棗の胸騒ぎは続いていた。
おそらく、まだ死ぬチャンスはあるということだ。
しばらくして、夕食の時間がきた。
みんなで食事処へと移動する。
円卓を囲んで女将を待つ。
しばらくして例のアレを女将が運んできた。
「フカヒレの姿煮でございます。冷めないうちにどうぞ」
女将は、食事を盛り付けると、すぐに部屋から出て行った。
これを食べれば、あとは睡眠薬か何かで眠ってしまえる。
あとは、緑色の男に殺されるだけだ。
だが、みんなの様子は変だった。
誰一人として食べようとしない。
「鮫かよ……」
「気分が悪くなりました……ごめんなさい……」
萌々香と雫が、嫌そうな表情で答えた。
それもそのはずだ。京谷を殺したのはあの鮫人間だ。
フカヒレなど、食べれる心境にはなれない。
部長は二人を気遣い、声をかける。
「別に、この民宿が悪いわけじゃない……何も言わなかった私たちが悪い……でも、言ったところで信じては……とにかく、無理して食べなくてもいいわ」
「俺は、杉本の仇を取る! 食ってやるぞ、鮫野郎!」
副部長がフカヒレに口を付けた。どことなく、前回の自分を見ているようだった。
「私も!」
棗もその後に続いた。
もちろん、俺もその後に続いてフカヒレを食す。
結局最後は、全員で京谷の仇を取る形となった。
これで、全員がフカヒレを食べたことになる。
おそらく、これで全員が寝てしまうはずだ。
そして……俺も……。
…………。
「腹、膨れたな……こんな時だけど、私は風呂いってくるぜ。雫、入るか」
「はい……温まりたいです」
萌々香と雫が部屋を出ていく。
「私と仁人は、もう一度女将に明日のことについて話しをしてくるわ。あとで報告するから、今はゆっくりしててね」
香奈江と仁人も、同じく部屋を出る。
おかしい……前と展開が違う。
「隆司くん……私たちも……いこっ……」
棗の意識もはっきりしている。
本当ならここで眠くなるはずだ。
なのに、どうして眠くならない……!
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