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第一章 増える黒柴犬
1話 祝福
しおりを挟むFPSゲームしてたら視界がぐにゃりと歪んだ。
なんだなんだと慌てた次の瞬間、俺は出刃包丁を片手に、石畳の通路に佇んでいた。
石畳の通路は、おおよそ幅3メートル、高さも3メートルはある。
窓も灯りも見当たらないのに、30メートルくらい先まではっきりと視認できた。その先は逆に不自然な闇となって見通せない。
肌寒く、空気は湿気っている。
ゲームの中に入り込んだような、そういう異世界に転生したような。
しかしステータスと言ってみても何も表示されないし、特別な力に目覚めた感じもない。
全くもって意味が分からないが、このまま此処に佇んでいるのは良くない気がする。
いったい俺はどうなったのか。何が起きたのか。何をすべきか、何が出来るのか。
混乱する頭で行動を検討していた時間は、1分弱。
30メートル先の暗がりから、毛のない猿のような怪物が現れたことで、シンキングタイムは強制終了を迎えた。
「ギャオっ!」
怪鳥のような短い歓喜の声を上げ、前のめりで怪物が走り寄ってくる。
筋肉質の細身の体で、身長は俺より低く、武器らしきものは持っていない。
どうすべきか。
決まっている。
俺は腰だめに包丁を構えて向かっていった。
1分弱のシンキングタイムで俺は結論に達していた。
これは夢だ。
明晰夢なのだ。
常識的に考えてそれ以外にあるわけもない。
着衣はさっきまで着ていた推しTとジャージのズボンのままだが、足には履き慣れた運動靴を履いている。
手の出刃包丁は、間違いなく我が家の台所にある出刃包丁だ。
自室でゲームをしていたのに、この謎な場面転換。
履いてなかった靴を履いていて、持ってなかった出刃包丁を持っている。
脈略のなさはまさに夢だ。
夢ならビビるだけ損だ。
親の遺産で遊んで暮らす25歳、無職男性を舐めんなやと。
1日12時間くらいは、ゲームやマンガを嗜んでいるエリート娯楽人やぞ。
俺は全力で怪物に体当りして、出刃包丁を腹に突き刺して捻りまでくわえてやった。
出刃包丁の尖った先は、怪物の腹を貫き背中から出て、持ち上がるように怪物の足が浮いた。ぶつかりあった強い衝撃と怪物の重さ、更には怪物の血で、強く強く握りしめていたつもりの俺の手が、包丁の柄を滑った。
あ、まずいと思った時には指に強烈な痛みと熱さを感じていた。
「あああああああああああっ!!!!!!!」
俺は包丁を手放し、右手を抱えて転がった。
痛え。痛え。指が。あ。2本。ない。
ないなった。
指。
指。
俺の指。
あった。落ちてる。
落ちちゃった。
俺の指。
「ギャオっ!」
怒りに満ちた怪物の声で、俺は振り返った。
ぐちゃぐちゃの腹から緑色の粘液と臓物を垂れ流す怪物が、すぐそこに居た。
俺に覆いかぶさってくる。
とっさに両腕で怪物を押し止める。
あ、しまったと思った時には、怪物は俺の両手を両手で掴み、大きな口に放り込んだ。
怪物の牙が、俺の両手に突き刺さり、沈み込んでいく。
痛い。痛い。痛い。やめろやボケがっ!!
俺は噛みつかれたまま怪物を壁に叩きつける。
涙で前が見えない。
畜生ミスった。夢じゃねえのか。そんな馬鹿な。
手が痛い。痛いけど俺は怪物を壁に叩きつける。何度も何度も。
手を包む重さが唐突に消えた。
滲む視界が虹色に染まって、俺はしゃがみ込んだ。
体の中に不思議な力と僅かな知識が満ちてくる。
ああ。ありがとう。
祝福だ。これは神様からの祝福。
怪物を倒したことで、神様が祝福を与えてくれた。
〔怠惰LR〕Lv1 MP200
【黒柴犬召喚】【最大召喚数∞】【獲得MP極大】
神様は俺の怠惰を祝ってくれている。応援してくれている。ありがとう。ありがとう。
どうやら黒柴犬しか喚べない召喚系の能力らしい。
でもLRで虹色の演出だからきっと凄い。
召喚にはMPを使うようで、MPはミラクルポイントの略みたいだけまあどうでもいい。
召喚コスト30。
喚んでいる間は、最大値が減る感じ。
一匹喚ぶと200/200が170/170になる。
召喚を維持している間は、上限の回復はない。
祝福を授かったけど、手の怪我は治っていなかった。
両手ともぐちゃぐちゃだ。
痛い。つらい。
両手もう駄目だ。
失う前に祝福が欲しかった。
これは夢じゃない。夢じゃなかった。
何が神だ。どちくしょうが。
でも。まずは生きなきゃ。
脱出しなきゃ。
僅かに与えられた知識。此処はダンジョンの第一階層だ。出口を見つければ、生きて帰ることが適う。どうせなら出口の位置も教えて欲しかった。
俺の足元に小さな石と、牙が落ちている。
さっきの怪物のドロップアイテム。
こいつを召喚の材料にしたら、少しだけ黒柴犬が強くなるって感覚で理解できた。
MPがゼロになっても不都合はないようなので、黒柴犬を六連続で召喚する。
石と牙を使った黒柴は、他の子より数%だけ強くなった。
ステータス的な何かが見えるわけじゃないけど、多分間違ってない。
精悍ながらどこか愛嬌のある黒柴犬たち。
君たちが俺の生命線だ。
お願いします。地上に連れて帰ってください。
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