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第一章 増える黒柴犬
19話 母さん
しおりを挟む俺がメッセージを送って3日後。
警備員の詰め所から大慌ての連絡があった。
母さんが帰還したそうだ。
こちらで確認できる監視カメラの映像にも、白いスカイラインが向かってくるのが見える。
おいおい。非常識だな、早朝の3時だぜ。俺じゃなきゃ寝ちゃってるぜ。
そもそも帰るなら帰るって返信してくれたら良いのに。
俺のメッセージには次の日に「殺すぞ」の返信しかなかったのだ。これでは警備の人たちに母さん帰ってくるかもよーとは伝えられないのである。
久しぶりに母さんと会うのだから、俺としても出迎えたい気持ちはあるが、しかし残念なことにマッチングした所なのである。試合を途中で切断するなど、人倫にもとる行為は出来ない。ペナルティ受けちゃうし。
熱戦を終えて玄関に向かうと、ちょうど母さんが合鍵で入ってきたところだった。
「おかえり」
軽く手を上げて挨拶する俺に、母さんは無言。
お互いが歩み寄って。
母さんの手がゆっくりと上がる。俺は逆に上げていた手を下ろしていく。
2人が立ち止まった時に、ちょうどその手は、同じ高さで、すれ違った。
母さんの右手は上がり続けて、俺の眉間を掴んで止まった。
「何米式の挨拶? 母さん。いつまでも子供じゃないんだから。握手くらい普通に日本式でしようよ?」
呆れたように言う俺に、母さんは微笑んだ。
ぐぐぐっ、と指に力が入ってきて。
ぐぐぐっ、と力を入れ続け。
母さんは、眉をひそめてから、ぐぐぐっ、と更に力を入れてから、指をほどいた。
母さんは目を瞑り。腹式呼吸をして精神を整え始めた。
空手の構えを取って。
おいおい、冗談だろ?
と思うまもなく、俺の鳩尾に中段からの全力正拳突き。
「久しぶりにあった母親の奇行に、息子としては不安になるのですが?」
「ぷにぷにした鍛えられてない腹のくせに、不思議な抵抗があるな。……何処にダンジョンが出来た?」
俺の戯言を無視して、俺の目を見ながら、母さんが尋ねてくる。
「ダンボール部屋」
「やはりあそこか」
母さんは存外あっさりと納得して頷いた。
特に体を鍛えていない俺がこれだけ頑丈になっているのだ。ぷにぷにのままに。……いや、いたって普通に痩せ型なんだが、ぷにぷにしてるか? ……まあいいか。母さんは俺の超人化を時勢的に祝福とすぐに結びつけた。じゃあダンジョンもあるはずで、どこだ? ってなったら、やはりあそこしか無い。
世界全体で5000以上出現したダンジョン。
原則としてダンジョンは、人の手が加わった場所に出現している。
大きな駅の構内や、電波塔。
国会や大企業の敷地内。USJや後楽園などのテーマパーク。
寺社仏閣。有名校の敷地内。博物館。
危険性が有名なスラム街。
商店街など。
荒野や山奥など、人との関わりが薄い場所に出現した例は、今のところ報告されていない。
5000のうち2000は、ある程度まんべんに、人類生息地を網羅するように発生し、5000のうち3000は、科学や文明の発展した地域に、集中するように発生している。
という推論も外国の研究機関で出されたが、配置傾向としては概ねその様になっていた。
日本の場合は東京に25箇所と突出して多く出現しているが、全都道府県に1つ以上のダンジョンが出現している。
そんなダンジョン発生だが、21件の特殊例が報告されている。
偉人ダンジョン、というカテゴリー。
歴史的な偉業を達成した物理学者や化学者と、関わりの深い場所にも、21件だけダンジョンの発生が確認されていた。
彼らが長く暮らした住居や、晩年を過ごした別荘、または手記の保存場所。
アインシュタインダンジョンや、エジソンダンジョンなどと偉人名をつけられて呼ばれている。
その法則でいうと、我が家ダンジョンは父の名前を付けて、祥太朗ダンジョンと名付けるべきかもしれないな。正直父さんは世間の評価的に彼らの領域には至ってなかったと思う。でも、いずれは届いていたのかもしれないと、ダンジョンに認められたと考えれば、息子的には少し嬉しかったりもする。
母さんは深々とため息を付いて、しゃがみ込んだ。
「良かった。宗教始める馬鹿な息子は何処にも居なかった」
「世界の何処かには存在してると思うけどね」
増えてるからね。新興宗教。
4大魔王の1人も新興宗教始めて教祖様を名乗っている。
「はあ。疲れた。シャワー浴びてくる。つまめるものを用意しといて」
被っていたベレー帽をソファーに投げ捨て、母さんは勝手知った家の奥に歩いていった。
\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\/\
テーブルの上にはソーセージとピザ、そしてラガービール。
食べながら、これまでの経緯を全部話す。
ダンジョンで死にかけた事も、怠惰LRの事も、黒柴犬の事も、オーブの事も全部話した。
で、母さんも使うなら使って良いよと持ちかけた。
何ならお仲間を連れてきても良い。出来るなら可愛らしいアイドルを希望。
「いらん。お前にアイドルは紹介しない。アイドル以外の業界人もだ」
と母さんは切って捨てた。
マジメな目で、俺を見据える。
「なあ、信玄。お前はダンジョンをどうしたい? このまま隠して入り続けるつもりか? それとも負担だから穏便に返上したいのか? どっちだ」
信玄は俺の名だ。
別に両親とも戦国ファンというわけではない。
お酒飲みながら名前を考えていたら何故か朝起きた時に信玄と記載されていたそうだ。記憶がなくてどういう経緯でそうなったのかは不明だが、しかしどういう経緯にしろそうなったのは事実だから、まあ良いかとそのまま出したらしい。字は父さんの字だったらしい。
「入り続けたいと思っている。出来ればこのダンジョンも家も渡したくはない。だけど固執するつもりはないよ。必要なら今すぐにでも政府に明け渡して、アメリカで冒険者になっても良いかなって思っている」
「だろうな。最初からそういう顔をしている。なら、誰にも言うな。私にも一々報告する必要はない。どうしても重荷になったらその時に言え。手は貸してやる。あとアメリカに渡るのは止めておけ。英語が中途半端なお前はどうしようもなく不利な契約を押し付けられるぞ」
「大丈夫。アメリカに渡るなら英語の得意な日本人をネットで雇うから。でも、母さんは良いの? 母さんの信頼する人なら何人か受け入れてもいいけど」
人より早くレベルを上げることと、オーブを集める重用さは、俺はすでに語って聞かせて居る。黒柴犬の凄さも見せた。
アメリカのツアーに参加してまで祝福を授かろうとしている母さんだ。ダンジョンを自由に使える優位性は、俺が教える前から、認識していたと思うけど。
「……外国に行くときは言え。弁護士を紹介してやる。信玄、私とお前はどんな家族だ?」
「どんな、と言われても」
「お互い自分勝手で好きに生きている、世間一般からは後ろ指さされる家族だ」
「まあ、そうかもね」
「そんな親だが私はお前に祝福を身に着けさせてやりたいと思ったし、お前は隠し続けたいと思っているダンジョンを、私や私のスタッフにも使わせようとしている。泣けるじゃないか?」
「まあ」
親に面と向かって言われると照れるのだが?
「で、だ。真っ当な家庭を持つ人間が家族よりも、私や私の息子を優先し続けると思うか? 私たちですら、こうなのだぞ?」
「でも、母さんのスタッフって、新興宗教並みに忠誠心高い人多いよね?」
「忠誠心などその組織に属している間だけの仮初めのものにしか過ぎんよ」
「……いや……ドライだな……」
「お前に分かりやすいように説明するとだな。うちにいる大和田。お前も覚えているだろう、あの忠犬大和田だ。あいつは私に気持ち悪いくらい心酔していて忠実だが、高校球児時代には同期のエースに心酔していて、監督には忠実だった。さて、その大和田に。元監督と、プロになったエースピッチャー、私のそれぞれが命令したとして、誰の命令に従うと思う?」
「それは、母さんだろう?」
「そうだな。私の組織に属しているからな。今なら確実に私に従う。信玄、忠誠心なんてものはな。永遠には続かないんだよ。お前が思うよりも大人の世界では別れと裏切りは日常茶飯事なんだよ。……子どもの世界でもそうだったかもしれないがな」
「まあ、そうだね。子供も残酷だからね」
「で、さっきの話だ。真っ当な家庭を持つ人間が、家族よりも私やお前を優先し続けると思うか? 結婚を誓いあった恋人が、自分だけ祝福を授かり、内緒にし続けると思うか?」
「人によるかな?」
「誰にだって特別な人間は居る。その特別な人間にも特別な人間が居る。誰かを受け入れたら、別の誰かの受け入れを求められるだろう。お前はその全てを断り続けることが出来るのか? …………お前なら断り続けそうだが、私のスタッフや懇意にしている業界人の顔を思い出してみろ。あらゆる手を使ってくるぞ? 間違いなく、お前には御せないとだけ、断言しておいてやる。…………いや、お前ならあるいは制御するかもしれないが、私には無理だ。彼らはそれぞれの分野においての一流だ。私の下に居るからといって、私より劣っているわけでは決してない。私なんて、単に演技が飛び抜けて上手く、顔が誰よりもべっぴんで、スタイルが際立って良いだけの女でしかない」
「……うん?」
「そもそも、この家も土地もお前のものだが、ダンジョンはルールとしてお前のものじゃない。貸しを作れたつもりになっても、相手がその貸しを貸しと認識しなければ、弱みを握られているだけだ。教えた時点でお前は脅される立場になるんだよ。…………そうなったらお前は脅し返すだろうが、私は巻き込まれたくはない」
「気のせいかもしれないけど母さんの中の俺のイメージ、おかしくないかな?」
「ま、分かったようだからこの話は終わりにしよう。ついでだ。私の知っている政府の動きや、これからの世界の予想もしておこうか。その前に、肉を焼いてくれ。一番いい肉を頼む」
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