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第一章 増える黒柴犬
20話 政治
しおりを挟む我が家は自然豊かな立地にあるので、外食は遠いし、出前もほとんど届かない。
なので、美味しいものを食べるために、俺も最低限の調理や味付けは出来るようになっていた。
肉を焼くとか揚げるとかその程度で、凝った料理はしないけどな。
分厚い鉄板で肉を焼きつつ、母さんと今後の世界情勢に付いて話す。
俺と母さんの認識は、ほぼ同じだった。
ダンジョン時代も、アメリカの一強は続く。
いっとき中国で、全国民に祝福を取得させて、覇権国家を目指そうという機運が高まったが、あっさりと鎮火した。今はアメリカを猛追するよりも国内の安定化を優先しよう、大国として国際的な責任を果たそうという論調が強くなっている。
世界の権力者が最も恐れているのは、ダンジョンの魔物ではなかった。
同規模の敵対的国家が近隣にいる国は、その国を恐れるし、ない国は自国民の反逆を何よりも恐れていた。
ダンジョン災害で15万人が死んだが、その後の2ヶ月では400万人以上の人間が、人間によって殺されている。
ヤバい祝福を手にした者による下剋上。
それを未然に防ぐための、少数民族や敵対勢力の虐殺。
小規模国家同士による戦争もある。
世界にとって無秩序な祝福の獲得は、核兵器以上の脅威となっている。
現在国連では、中国、インド、欧州が中心となって、祝福の無秩序な拡散を防ぐ方向で、話し合われている。
中国もインドも、広大な国土の中には、独立機運の高い地方政府が幾つも存在する。民主化圧力、カースト制度、事情は違うがどちらの国も手放しで自国民に祝福という見えない武器を配れない事情があった。
しかし隣国が祝福を拡大した場合、自国民を恐れている場合ではなくなり、自国も同規模以上の祝福取得を急ぐ必要が出てくる。
なので、世界全体で祝福の取得者数を制限しませんか? しないとあちこちで紛争が起きて制御不能になって破滅しちゃいますよ? と、まあ支配者層としては、核や大量破壊兵器でやってきたルール作りをやっているだけだ。
ただ、アメリカや一部の国は、この話し合いに参加していない。
アメリカはアメリカンドリームの国で、自由と成り上がりを歓迎する国なのだ。
優れた祝福を神から授かった者は、すでにセレブであり、いずれは英雄となるだろう。
やべえ奴がテロるかもしれないが、アメリカの正義が負けるはずがない。むしろヒーローが生まれるチャンスなのだ。
USA! USA! USA! USA! USA! USA!
まあね。アメリカ以外の国は命がけで覇権国家を目指す必要がない。なれなくても現状維持だから。しかしアメリカはナンバーワンの誇りがあるし、他国に軍事力で抜かれることを恐れている。今まで頭を押さえつけられていた反米国家が世界最大の軍事力を手にした時、何が起こるのかなんて、そいつらにしか分からないのだ。
そもそも中国やインドが祝福獲得を制限するのは今だけだ。
支配者層と軍隊が祝福を獲得して鍛え上げた後は、管理できる数の国民にも祝福を与えるのは目に見えている。
中国の事情に合わせて同じタイミングで拡大競争を繰り広げた場合、3倍近い人口を誇る中国に、アメリカは勝つことが出来ない。
だからアメリカは祝福を使った国内テロの発生を覚悟しながら、全国民の祝福獲得をガチで実行しようとしている。
中国よ。付いてこなけりゃ置いていくぜ。付いて来ようとすればクラッシュするだろうがなぁ! HAHAHA!
で、日本政府だが。
「ネットで噂になっているあれ、上級国民の祝福獲得。あれは事実だ」
「ああ。やっぱり」
現在の日本では、判明している全てのダンジョンを政府が管理下に置くことに成功している。
自衛隊と警察官を中心に対ゴブリン部隊も編成して、ダンジョンに突入させている。
またいつダンジョンに拉致されるかわからないので、50メートル圏内の住民には退去勧告と、退去した者には経済支援も行っている。
まずは全力で国民の生活を守る、その姿勢を鮮明にしている。
一般国民の祝福獲得はしばらく極小数に制限され、大多数への拡大はその後になる。その後にはやると約束している。
日本は世界的に見ても国民の祝福取得が最も制限されている国の1つだろう。
そのおかげもあって、祝福犯罪は公表されている範囲では、かなり少なく押さえられている。
対ゴブリン部隊は、自衛隊や警察などから選抜されているが、国民やマスコミからの強い要望に答える形で、一般公募でも募集している。ダンジョン災害時に祝福を取得した人もスカウトされている。
とてつもなく沢山の応募者の中から、非公開のフィルターにかけられて、祝福獲得者が選ばれている。無用な軋轢を防ぐため、誰が獲得したかは非公開だし、守秘義務がある。
犯罪歴がないとか健康だとか防衛任務に携われる時間があるとか、幾つかの項目が発表されているが、全ての条件を満たしている必要はなく、総合評価で選ばれている。
選抜された場合は、指導員のサポートを受け祝福を授かり、その後も指導員の監視下で活動させられる。祝福についての情報は完全に政府に握られることになる。利用できるダンジョン階層や時間も制限される。と、公表されている。
「日本政府と地位ある連中が恐れている、というより嫌っているのは、ダンジョンの怪物でも、近隣諸国からの侵略でもない。今ある格差と秩序をぶっ壊されることさ。だから国民の祝福取得を限界まで遅らせると、各方面への根回しは完了している。その間に自分たちの祝福取得を急ぎ、知識を深め、レベルアップを急ぐ。ダンジョン関連の時限立法が幾つかなされたが、故意に開けられた穴を活用して、すでに政治家やその子息、上級官僚やその子息が裏口で祝福を授かっている。公募枠も公平に選ばれては居ない。本当の意味での一般国民の当選者は、10人も居ない」
ま、驚きはしない。ほとんど全ての国で似たことをやっているだろう。
日本はアメリカの庇護下にある。アメリカが世界最強で居続ける限り、日本の安全が脅かされることはない。むしろ日本が祝福獲得を増やすと、周辺諸国を刺激してしまう。それは日本の既得権益者も、周辺諸国も、アメリカも望まない。
だから日本の既得権益者が、一般人の祝福獲得を少しでも遅らせようと頑張るのは、自己の利益だけでなく、国家の利益、国際社会の利益にも則している。日本は弱者でなければならないのだ。
ぶっちゃけ俺も世界中で祝福獲得を遅らせてほしいと思っている。
その分だけすでに取得している俺が相対的に有利になっていくのだから。
しかしね。大がつくとは言え女優さんが、なんでそんなに詳しいんですかね?
「母さんさ。政治家の愛人やってない?」
「やってない。やってる友だちは居る」
「ほう。詳しく」
「テレビ業界や経済界にも、この特権は開放されていく。私も誘われたが断った」
「なんで?」
「これだけ露骨にやっていれば確実に露見する。政府も露見する前提でやっている。その時に数名がスケープゴートになる。国民の本格的なダンジョン開放はそれからだ。マスコミやネットの話題は、不正からダンジョン開放に誘導される。この流れでいつものように有耶無耶になるだろうと老人たちは考えているが、ならないかもしれないと私は思っているよ」
「まあ、ならないかもね」
もしも万が一。ダンジョンとは無関係に地上の全てにゴブリンが溢れたら何が起こるだろう? 沢山の人が死んで、沢山の人がゴブリンを殺して、祝福を授かる。口だけの無力な国民が、武力を持つ国民に生まれ変わるのだ。
まあ流石にそこまでいきなりな展開はないだろうけど。
この先も何が起こるかわからないのだから、更にその先も分かるわけがない。
偉い人が決めたとおりになる保証は何処にもない。
ダンジョンという意味不明のものが現れた世界。
その意味不明なものに俺は拉致されて殺されかけた。
そしてとびっきりの力を与えられた。
政府はダンジョン50~60メートル範囲を強制的に立ち退かせる為の法整備を急いでいるが、次も50メートル範囲とは限らない。
次は1キロ範囲の国民がダンジョンに招待されるかもしれないし、10倍近いダンジョンが発生するかもしれないのだ。
「現状ではツアー参加も後ろ指さされるが、ルールに違反しているわけじゃない。金持ちの特権を金を払って享受したが、国民を騙したわけじゃない。どちらで取得したほうがリスクが少ないかで、私はツアー参加を選択した」
うん、と俺は頷いた。
そりゃツアーに参加できるならそっちのほうが無難だね。たぶん。分からんけど。
朝日が登るまで、母さんとは色んな話をした。
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