黒柴犬召喚

第一章 増える黒柴犬

21話 剣豪ゴブリン

　母さんは朝イチで帰っていった。
　ちなみにスカイラインは、母さんが運転していたわけではない。
　その運転手さんは、ずっと車で待たされていた。
　まあ寝ていたみたいだが。

　母さんには黒柴犬を1匹連れて行くか提案したが、溜息を吐かれながら断られた。

「馬鹿たれ。私の心配は不要だ。あの犬は誰にも見せるな。教えるな。ネットにも上げるなよ。バズってすぐに警察が来るぞ。お前は危ない橋を渡っている自覚が致命的に足りてないな。もしかしたら私には見えない先が見えているのかもしれないが、お前はたまに迂闊だから気をつけろよ。世間様はお前が思っているより殺気立ってるんだよ。頼むから大人しく引きこもっててくれ。それがこの母の願いだよ」

　心外な。
　金を稼ぐ必要がないんだから、ネット配信なんてしません。
　と言いたいところだが、確かにまあ、母さんの言うとおり、働かず引きこもっている俺には世間の空気はわからない。
　バリバリ世間で働いている母さんがそう言うなら、殺気立ってんだろうな。

　母さんを仲間に引き込んだら、その次は学生時代の友人や、警備員さん、従兄弟たちに声かけようかなって、ちょっと妄想が広がっていた。
　独占し、俺だけが強くなっていく事に不安と申し訳無さを感じていた、のもある。
　でも。俺自身の最大利益を優先するなら、誰かをダンジョンに誘うのはナシだな。
　動くとしてももっと世界が混沌になった場合だ。
　今の段階では俺もだが、誘われる側も覚悟が足りないだろう。
　母さんと話してて理解した。
　俺は五分五分くらいでいずれ文明が滅びると思ってるけど、母さんはその可能性をかなり低く見積もっている。ネットやテレビもそんな感じだし、世間の空気はそんな感じなんだろうな。まあ悲観的な予想をすると途轍もない数の反論で袋叩きに合うし、自然と楽観よりの空気にもなるか。

「まあとりあえず……寝るか」

　俺は欠伸をしつつ、寝室に足を向けた。

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　夕方起きて、今日の分のオーブを黒柴犬から3つ受け取る。

　黒柴犬【体術5】【MP+220】【アイテムボックス2】をコスト24で召喚できるようになった。

　オーブを持ってきた子を送還して、召喚し直す。
　黒柴犬たちは持ち場を交代しながらダンジョンを攻略している。召喚されたばかりの黒柴犬はダンジョンの下層を目指し、下層でMPを使い切った黒柴犬は、ダンジョンを上がりながら俺のもとに帰ってくる。

　MPの無くなった黒柴犬も召喚し直せばMP最大だ。
　触れながらの送還ならコストが丸ごと返ってくるので、回復代わりに気軽に使えるようになっている。
　マッピングが終了して、全階層で女神像の転移が開放されたら、ダンジョン内の移動が激速になって、オーブ集めは更に安定するだろう。

　まあ、ダンジョンの深さと難易度次第では、まだまだ強くなる必要があるけど。
　ダンジョン最下層、何処なんだろうな？

　実は9階層のボス部屋を黒柴犬が1日前に発見していた。
　しかしボスを倒してダンジョン消滅は、この手の話の定番なのだ。
　その可能性を警戒して、進むのを躊躇していた。

　9階層の情報は、1週間も前に発信されている。
　そろそろボスの討伐報告もあるんじゃないかと思っている。
　というか、とっくに倒していてもおかしくないんだよな。
　最近はどこもリアルタイムでは情報を出さず、出し惜しむ傾向があるので。
　高レアを集めた大国の攻略チームなんかは、全く情報を出さなくなったけど、倍くらい深く潜っていてもおかしくはない。LR抱えている組織なら余裕だと思うんだよな。

　なのに何処のダンジョンも消えてないってことは、9階層のボスを倒して進んだくらいじゃ、ダンジョンは消滅しない、はずなのだ。

　行くべきか待つべきか。悩むねぇ。

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　2時間悩んで、結局、行くことにした。
　9階層の突破報告は数日で出ると思う。けれど10階層、11階層の情報は何週間も先だろう。
　ボスを倒せば称号が貰えて、黒柴犬の召喚数を増やすことが出来る。
　新しい階層に進めば新しいオーブが手に入り、総獲得数の上昇も期待できる。
　進出する実力があるのに留まるのは、黒柴犬の成長を諦めるのに等しい。

　結局は何処かで決断しなければいけないわけで、ならもう行っちゃえと。
　万が一ダンジョンが消えるような事態になったら、その時は母さんに泣きつこう。
　良い弁護士を紹介してもらって、アメリカで冒険者活動に勤しもうと思う。
　ダンジョンが消えるなら、隠蔽していた証拠も消えるわけで。
　俺最初から最強だけど何かしちゃいました？　みたいな顔してれば問題ないんじゃない？

　それに黒柴犬は転移以外で女神像を利用できない。だからダンジョンの最下層にたどり着いても、俺がそこに行かない限りはクリア条件を達成できないんじゃないかと思っている。

　黒柴犬30匹が、9階層のボス部屋に進軍。
　ボス部屋の大きさは今までと同じ。

　中央には、ザコゴブリンより少し大きい程度の真っ白いゴブリンが1匹だけ正座している。戦国時代風の軽装な鎧で、兜は被ってない。ゴブリンの横には、1本の刀が置かれている。

　黒柴犬一匹が、加速二重オーラで突撃。
　そして、斬られた。

　え？　斬られた？

　とてつもなく速い動きだが、俺にも辛うじて見えた。斬られた瞬間以外は。
　でも前後の状況で、何が起きたかは理解できた。
　黒柴犬の加速二重オーラ攻撃を、鎧ゴブリンは立ち上がりながら居合で斬って捨てたのだ。

　一匹が瞬殺された。
　まじかぁ。いやまあ黒柴犬は加速二重オーラ攻撃を放ってたので、守りのオーラは無くなってたからな。
　カウンターでクリティカルで入れば一撃もありえるか。
　しかしあの速さを躱しながら合わせるのか。
　鎧ゴブリンつーより剣豪ゴブリンだな。

　剣豪ゴブリンは、ゆったりと正眼に構えていた。
　あごをくいっと引いて、何時でも来いと余裕の態度。

　黒柴犬が1匹、一歩前に出た。
　ほう。なかなかやるじゃねえか。

　別の黒柴犬が、また前に一歩。
　だが奴は黒柴犬組で最弱。

　次の黒柴犬は唾を吐きながら前に出た。
　あいつを倒したくらいで調子に乗るんじゃねーぜ。

　一番奥に居た黒柴犬が、前足で器用に首を掻き切る動作をした。
　野郎ども、やっちまえーぃ。

　うおおおおお、と黒柴犬は全匹で襲いかかった。
　まあ、言語を発したわけじゃなく、吠え声と、俺に対しての以心伝心だけど。多分あいてのゴブリンには通じてない。

　俺も黒柴犬も最近アニメとか見てる影響だろう。
　技の参考っていうか、ネットの情報を見ても取得するオーブは祝福を受けた本人の行動や思想に合ったものが出るみたいだから、チート能力な作品を優先的に見ている。
　まあ黒柴犬は何故かやられ役の極道たちを気に入っちゃったみたいだけど。コミカルだからね、あいつら。

「さて。ゲームでもするか」

　カメラ役の黒柴犬も戦闘に参加しちゃったので、リアルタイムで見るのは諦めた。

　1時間後、黒柴犬は見事に勝利を収めた。