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第一章 増える黒柴犬
42話 神の子と剣鬼
しおりを挟む【神の子】は出来て日の浅い組織だ。
全員が同じ地域の出身者で、その地域には3つのダンジョンが出現していた。
1つを治安当局が押さえ、1つをマフィアが押さえた。
もう1つは土着宗教の聖堂の中に生まれ、多くの信徒たちを試練へといざなった。宗教団体は次々と信徒たちを招き入れ、祝福を取得させていった。
【神の子】の7人は、全員が土着宗教の関係者で、神から類まれなる寵愛を受けた者達だった。
【神の子】の1人、アド25歳は焦っていた。
見えない獣が彼を取り囲んでいる。追い立てている。
祝福は全人類に平等に与えられるものではない。
神は過酷な環境に耐え偲んできたもの、強靭な生きる意志を持つもの、神を信じるものに、大きな愛を授けてくださる。それが祝福であり、【寵愛者】だ。
だから先進諸国には【寵愛者】は少ない。特に日本のように飽食の中で国民の祝福取得を制限している国に、強い【寵愛者】が居るはずはなかった。
狭い宗教の中に育ち、類まれな祝福を授かった彼らは心から自分たちが特別だと信じていた。
それは根拠のない思い込みだが、彼らにとっては真実だった。
高度な教育を受けてる先進諸国の国民ですら、自分たちは勤勉で賢く、勇敢で力強く、誠実で愛にあふれていると、悦に入りながら他国の人間を見下している。民衆は自国に英雄系の祝福者が多いと、根拠なく思い込んでいる。
また、宗教関係者は自らの祝福をLRやURと偽って公表する傾向が強い。
治安の悪い国ではダンジョンの奪い合いで血みどろの抗争から名を売る祝福所持者が多いが、先進諸国は治安が安定しているので、不必要に高レアリティの祝福所持者を見せびらかさない傾向もある。
【神の子】たちは虚実混ざった見えている情報と思い込みで、彼我の戦力差を見誤ってしまった。
「何だよこの怪物はっ!」
アドは獣を追い払いながら。追い立てられながら叫ぶ。
日本は弱い国のはずだ。
話が違う。違いすぎる。
日本は弱い国だが、しかし旧態然とした近代装備は充実している。
あのトナティウですら、兵器によって討ち取られた。
【神の子】たちもそれは理解していたから、常に【首塚】と行動をともにしていた。【首塚】が人質を取り、【首塚】が略奪を行い、アドたち【神の子】は日本の半端な【寵愛者】を駆逐する。
そのつもりだったのにアドは見えない獣に追い立てられ、【首塚】から引き離されてしまっていた。
逃げながら反撃し、相手を見極めようと必死のアドは、いつの間にか河川敷に誘導されていた。
その河川敷に、人影は1人。
「剣鬼っ!」
アドは叫んだ。
「よーこそヘラクレス。不法侵入並びに色々な罪状で逮捕します」
髪を真っ赤に染めた女性は、ぬるりと腰の日本刀を抜く。
つばを飛ばしてまくしたてるアドに、斬り掛かった。
アドは腕を交差して、その剣を受ける。
アドは〔頑強SR〕を授かっていた。URと偽っていたがSRで、その事はすでに【神眼】によって見抜かれていた。
〔UR剣鬼〕の右手一本での片手切りは、薄皮を容易く切って肉を斬り裂き、骨に阻まれた。骨を両断とは行かなかったが、剣身はガリガリと骨を削りながら滑り、両腕を半ばまで破壊して振り抜かれた。
アドは声にならない悲鳴を上げて、うずくまった。
「ひゃっはっは。硬いねぇ君」
血塗られた日本刀をヒュンと振って血を飛ばして剣鬼は喜ぶ。
次はちゃんと両手で握って、頭からケツまで真っ二つにしてやろう。
上段に構える剣鬼に、しかしアドはしくしくと座って泣いている。
「さあ。立って抵抗しようぜ。根性見せようぜ? 男の子だろぉ? 座ったまま斬られて死ぬなんて格好悪いぜ? 彼女も故郷で応援しているぜ?」
剣鬼の励ましは、しかし言葉が通じないので届かないし響かない。
ぐずぐず泣くアドに、剣鬼はガリガリと頭をかいてから、溜息。刀を納めた。
「あーーー。最初から斬っときゃよかった。斬りがいのある相手かと期待したがそうでもなかった。もう持ってって」
無抵抗の人間を切り捨てるのは外聞が悪い。
さすがにテレビ中継はしていないが、撮影はしている。
同盟諸国にその映像は渡される約束となっている。
黒柴犬の飼い主は目立つのを拒否したし、治安組織にも体面がある。
かと言って秘匿している隊員を見せたくもない。
そういう事情で剣鬼に回ってきた仕事だ。
自称URの異能集団を、タイマンで斬り捨てる。
心躍る任務のようで、意外にこれが退屈だった。
アドの前にも一人斬っていたが、祝福ガチャに勝利しただけの元一般人は、死ぬ覚悟の足りないやつが多すぎるのだ。ちなみにそいつも自称URの事実SRだった。
機動隊の拘束部隊が河川敷に降りてきて、アドを拘束する。
泣いているアドは、薬物で眠らされて、装甲車に運ばれている。黒柴犬が付き添うので逃亡のリスクはない。
「黒っち。次頼むわ」
あぉん、と見えない黒柴犬が小さく吠える。
次の神の子が河川敷に導かれてくる。
次の相手は〔冥王UR〕
強そうな祝福だが、スケルトンを召喚するだけの能力だ。
黒柴犬と同じようにオーブ集めに力を注いでいたら、あるいは恐ろしい存在に至ったかもしれない。しかし彼はこの力を地域抗争の雑兵や、雑務の労働力として使役していた。
電気も通らない山奥の聖堂。
水くみ掃除洗濯、食材の確保と全てが日本と比べて大変な環境だ。
彼の使役するスケルトンは大変に重宝されただろう。
剣鬼はスケルトンを砕いていく。
「我らは【神の子】。神なき時代に無法をなした邪な国々の秩序を破壊して、神ある時代に正しき秩序をもたらすもの」
冥王はスケルトンを再生しながら、説法を始めた。
「祝福の制限などあってはならない。日本は間違っている。神の愛に背く行為だ。誰もが平等に祝福を授かり、祝福によって人の価値は決まるべきなのだ」
冥王URの真骨頂は、格安再生。
スケルトンの召喚コストはわずか10。
スケルトンが潰された場合、その場でスケルトンを再生する為のコストは、わずか1。
召喚数の上限はレベル依存。
「神はかつて人の上に人を作らなかった。しかし今は人の上に人を作った。祝福がまさにそれだ。我々は選ばれたのだ。愛されたのだ。期待されているのだ。正さなければならない。豊かな国の豊かな家に生まれただけの見放されしものたちが、無法をなす悪夢を。寵愛者を虐げる絶望を。我らはその悪夢を破壊しに参った。寵愛者を救いに参った」
しかし彼のスケルトンは2階層のゴブリン程度の力しかなかった。
最初は潰しても湧き出るスケルトンに闘争心を刺激された剣鬼も、つまらなそうな顔になっている。これでUR? 舐めてるのと。
それに比して、冥王の焦りは深くなる。
「何故だ。何故お前はそれだけの力がありながら愚物に従うのだ。何故神の意志に背くのだ。今からでも遅くはない。我らと一緒にぐわぁあああっ!!!」
剣鬼は袈裟斬りに斬り捨てた。
彼の説法は、やはり言葉が通じないので届いていなかった。
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