黒柴犬召喚

第二章 セカンドシーズン

49話 犬チューバー

　すでにゴブリンたちが10キロ円から出られないことは、報道されている。
　群衆は円形の被災地区を囲んで、避難してくる人を待っている。善意と野次馬根性と、どちらが多いかは分からんが。
　武器を手に、被災地区に入った人もいる。
　祝福を得るためだったり、大切な人を探すためだったり、まあ色々だろう。

　我が家ダンジョン近隣のダンジョン被災地に、黒柴犬部隊が到着。
　囲む群衆に大歓声で迎えられる。
　黒芝犬はそのまま被災地区に突入していく。

　30匹ずつの小規模部隊も、到着次第、突入していく。

　八大ダンジョンの冒険者達も、各地のダンジョンに移動を始めているようだ。
　ただ、道路状況は最悪だからね。
　人間の移動は、犬よりも時間が掛かる。

　地獄のような一夜が明けても、地獄は終わらない。
　ゴブリンの殲滅と救助活動は続く。
　自衛隊や警察の冒険者部隊も、被災地区に到着。
　小町ちゃんや、いずなさんも頑張ってるね。

　ゴブリンは人を見ると一目散に襲ってくるが、しかし隠れている人を見つけるほどの知能は無いようだった。
　災害円の外からその事実をスピーカーで教えている。必ず救助が向かうと、救助隊が近くに来ても呼びかけるまで家の中から出てこないようにと、軽率な行動を慎むようにと、必ず助かると、何度も告げている。

　2日目、3日目と救助活動が進んでいく。
　余裕の出来た地域から、過酷な地域へと黒柴犬を移していく。

　現場は頑張っている。
　ただ、なあ。

　政府との口裏合わせは、やらないことにした。
　あまりに評判が悪すぎる。
　実際あまりにお粗末だ。
　政府高官たちは、ヘリに乗って早々に東京を脱出していた。

　しかしヘリに搭乗できる人数など限られている。
　中級以下の官僚や政治家の秘書の8割は置いていかれた。合流できなかった家族も多く半数は置いていかれた。
　大勢が死んだか行方不明だが、生き残りも多く。
　その人達から幾つもの暴露話が飛び出している。
　書類なんかも置いて行ってるから、証拠が残りまくりなんだよなぁ。

　あと政治家が自衛隊や警察のヘリまで回させたために、精鋭冒険者を災害地域に派遣できずに救助活動が遅れた事実もある。

　こんな状況なので、4月から政府と仲が良かった設定は、逆に俺の首を絞めかねない。

　実際今もそういう意見が出始めている。
　結局黒柴犬も政府の犬で、不正を知りながら黙認していたか、加担していたんだろうって。
　俺は不正と関わらないよう、小規模利用のダンジョンには黒柴犬を派遣していなかった。ただ、多くの不正が明るみに出て、死者と行方不明者が何十万人と出ている現状、その言い訳は通らないだろう。
　4月から政府の下で働きつつ、知れる力を持ちながら、知ろうとしなかった、それが罪に、ヘイトの理由にされてしまう。

　正直に事実を伝えたほうが、俺の傷は浅くなりそうだ。
　ダンジョンは隠蔽していた。封印ダンジョンで好き勝手していた。夏頃政府にバレて秘密契約を結んだ。身元はずっと隠していた。今回のスタンピードでバレちゃったと。
　程々にクズのほうが、善人を演じるより、この先は身軽に行動しやすくなりそうだしね。

　そんなわけで、カミングアウトしてしまいましょう。
　黒柴犬が特務官として報酬を貰い働いていた事実が、まるで政府の守護者かのように、尾ひれを付けて広がりつつあるし、タイミングとしては今だろう。

『正体がバレちゃった黒柴犬チャンネル』で配信サイトに登録っと。
　Ｖチューバーならぬ犬チューバーとして今日から毎日動画投稿を目指そうか。

　あの日、ダンジョン内に拉致されて死にかけてから、今日までの事実。
　ぼちぼち脚色しながら嘘はつかずボイスロイドを駆使して黒柴犬にコミカルに語らせる。
　撮影は我が家を背景に、庭からスタート。室内に入って、ダンジョンに入っていく。

　世界中からアクセスが殺到し、登録者が1日で200万人を超えた。

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　セカンドシーズンから5日が経った。
　都心ではまだ取り残された人が居るが、被災円の大半で救助が完了している。

　黒柴犬の膨大なMPも、救助活動で枯渇するほど減少していた。
　手の空いた黒柴犬たちは、各地のダンジョン女神像の間で、MPの回復に務めさせる。

『えむぴーつきた』のタイトルで黒柴犬たちの寝ている姿を動画投稿。

　30分に1のMP回復が、休息していると、1分から10分の範囲で短くなる。
　女神像の間に滞在していると、10分短くなる。
　つまり拠点や女神像の間で熟睡すると、10分少々で1回復するようになる。

　3倍早くなっても、1000回復させるのに1週間必要なんよな。
　50000MPの回復に必要な時間は考えたくもない。

　MPを割合で回復してくれるポーションや、完全回復系の泉、ゲームなら普通にあるので、たぶんダンジョンの何処かで見つかると思うけど。
　早く見つけないと、膨大なMP最大値も宝の持ち腐れになる。

　最近は俺も拠点にベッドを持ち込んで、中で休むようにしている。
　拠点も拡張して空き部屋を増やして、漫画やアニメやゲームなんかを避難させている。まあ、無駄かもしれんけどね。
　神さんが文明をリセットしたいなら、娯楽も処分されておかしくはない。

　ただ、【乗車】や【射撃】みたいな科学を前提としたオーブスキルも多いんよな。
　そのせいで神さんがどこまで許して、何を許さないのかがいまいち読みにくくなっている。
　考えるだけ無駄だと思うので、買えるものは買い込んでいる。ネットは機能しないんで、黒柴犬に直接買わせている。

　遠征先で黒柴犬が持っていたオーブは全て持ち帰らせてMP最大値を増やした。
　遠征先に貯めていたドロップアイテムも、どんどんと持ち帰らせている。

　俺と接触したがる人が大勢いるが、全て無視している。
　先行き不透明すぎる今は、誰ともどんな約束もしたくない。

　スタンピードで家の周りの山林には、ゴブリンがばら撒かれたままなので、良い感じに人よけになっている。
　我が家に近づかない個体は、しばらく放置しておこう。

　母さんはスタッフとともに軽井沢の別荘に避難している。
　俺のことで政府や同業者から接触があるようだが、その全てはマネージャーに押し付けているようだ。彼女は若いのにのらりくらりと頼りになる図太さだ。
　まあ適材適所だな。
　この先にどう行動していくかは、政情の安定度を確認してからにするそうだ。
　そもそも母さんは一貫して映画大好きの女優だからね。
　映画が撮れるなら、世界が終わるその日まで撮影してたいってさ。
　母さんに付けている黒柴犬たちは、母さんのお願いで、撮影機材をたんまりと収納している。

　とにかく、地獄の騒動は一段落した。

　黒柴犬が騒動中に収納した車両や物資は、全て然るべき場所で出して返却した。
　使用した分の補填と復興支援の名目で、100億円を俺の資産から被災地に振り込む約束もした。

　日本だけでも80万人が犠牲になった。
　ただ、日本の被害は、世界平均で見て意外なことに低かった。
　黒柴犬の活躍もあるが、治安部隊も誠実に頑張った。
　取り残された人たちも、冷静かは分からないが大人しく救助を待っていた。
　完全に戦う力を持たなかったことが、逆に被害を少なくしたのかもしれない。

　総理を中心とした閣僚級、次官級の重要人物の大半は、群馬に逃れて臨時の閣僚会議を開いている。それ以外の政治家は群馬に集うものと、地元に帰るもので半々だ。

　与野党の党首会談で野党は即時解散を要求。
　総理は政治に空白期を作るべきではないと拒否。
　更に総理は記者会見を開いて、全国民の祝福取得を早急に行うと宣言。
　手厚い被災民への保証と生活支援も約束。
　ダンジョンの20階層攻略で全ての領土を取り戻す宣言を行った。
　その後の解散総選挙も約束した。

　その裏で、政治家や官僚たちは、東京のあちこちに残された重要書類を、自衛隊や警察に回収するように命令。
　しかしすでに大半が持ち去られていた。
　それに自衛隊や警察もその命令を無視したり、回収した後に公開したりした。

　幅広い汚職の実態や、政治家や官僚やその子息たちが、祝福を授かっていた事実も広く知られてしまった。
　非常事態に防衛を担う建前での取得だ。なのに、自分たちだけヘリで逃げ出していたわけで。

　株は大暴落の途中に取引停止しているし、世界中で生産も流通も崩壊している。
　群衆によるデモは、祝福持ちも混ざってどんどんと過激になって拡大している。

　そろそろダンジョン探索を再開しようか。