東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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終章 水都に湧く想い

第54話

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「これでよかったんですか?」

 面会室を出て廊下を進みながら冬鷹は一人呟く。

『ああ、ありがとう』

 周りを見ても誰もいない。しかし確かに冬鷹の頭に――心にその声は響いていた。

『君には色々と面倒をかけてしまって、妹さんにも……本当に申し訳ない』
「いえ、別に…………あの、やっぱり俺納得できません。本当に良かったんですか? ここにいる、って教えるくらい、今からでも――、」
『いいんだ』

 怜奈の兄――美堂俊助しゅんすけはそっとした声で遮った。

『僕の霊魂は妹が魔術で現世に留めていたにすぎない。ただその効果も、もう長くはなさそうだった。だから怜奈は今回のような手段に出てしまったんだ。
 僕がまだいると知ったら、怜奈はまた凶行に出てしまうかもしれない。また君たちや多くの人々に迷惑をかけるかもしれない。だから良いんだ。怜奈が僕のために頑張ってくれた、その気持ちだけで僕は十分だ』
「生き返りたい――生きたいとは思わないんですか?」

 酷く冷静な俊助の言葉に、冬鷹は訊かずにはいられなかった。

『人は死んだら生き返らない。それはごくごく自然の事だ。受け入れなければいけないし、怜奈もいずれ受け入れられるさ』
「……そういう事じゃなくて。もっと……何て言うか…………自分の気持ち、みたいな話です」
『妹が成長する姿を見守りたくない兄などいるかい? って君には愚問だね』

 穏やかな俊助の雰囲気が、却って物悲しくあった。

『勉強や部活に励み、職に就き、パートナーを見付け、結婚し、いずれは母になる。妹が大人になる過程を、どんな大人になるのかを、近くでもっと見ていたかったさ。でもこればかりは仕方が無いんだ』
「……そう、ですか」

 俊助は研究者らしく整然と応える。しかし妹を遺す兄の哀しい響きは隠せていない。
『生きたい』と思う願い。それは、『生きられない』という現実と、『生きていてはいけない』という倫理観に押され、『生きたかった』という思い出に変わる。

 ただ、それすらも俊介は口にはしなかったが。

『……それじゃあ、ありがとう。僕はもう逝くよ』
「はい……その、お元気で、っておかしいですかね?」
『どうだろう? 魂や死後の分野は異能界でもまだまだ未熟だからね、よくわからないよ。ただ、手向けなら、そんな言葉よりも僕は現実的な安心の方がずっと嬉しいね』
「現実的な安心? ――ってなんですか?」
『こんな事を言えた義理じゃないのは充分に理解している。だけど、僕の代わりに妹をよろしく頼みたいんだ。ほんの短い付き合いだったけど、怜奈のリボンにいた時から君を見てきた。君なら信用できる――もっとも、今の僕には君ぐらいしか頼める相手がいないんだけどね』
「ええ、わかりました。任せてください」

 冬鷹は二つ返事で力強く応えた。

『君ならそう言ってくれると思っていたよ。君たち兄妹を傷付けたのに、君は僕たち兄妹にずっと優しかった。……本当に、ありがとう』

 それを最後に頭の中の声は消えた。
 いくら呼びかけても、それは冬鷹の独り言になってしまった。
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