東京パラノーマルポリス -水都異能奇譚-

右川史也

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終章 水都に湧く想い

第57話 最終話

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 涙を流し続ける雪海の背中をポンポンと優しく叩き続ける。

 ――そのとき、ふとズズズッと聞こえてきた。
 鼻をすするような音、だが雪海ではない。扉の方からだ。

「あ、やべっ、気付かれた!」
「ほら! 去川先輩が男のくせに泣くから」
「先輩もだけど、そう言う杏樹もボロボロじゃないか」
「というかぁ、どうするぅ? どうやってごまかすのぉ?」
「いい加減にしろ貴様ら。事ここに至れば潔く入る他無いだろ」

「え? え? なに?」と雪海は怯え、扉をじっと見つめる。
 その瞬間、扉がズバッと開かれた。出てきた面々に冬鷹は問いかける。

「なんでここに?」
「私は『あとで顔を出す』と言ったはず。この者たちは郡司家居住区の扉の前でうろついていたのでな。私が中に入れた」
 佐也加は相変わらず堂々としていた。

「俺は、根本から冬鷹が目ェ覚ましたって聞いたから、お見舞いつぅか、そんなん」
 去川は涙を流しながら何故か満面の笑みを作っている。

「僕はその付き添ぉい」
 根本はやはり、平時通り眠たそうだ。

「僕は冬鷹を探してたら途中で先輩たちと会って、ここかなって思って」
 英吉はどこか申し訳なさそうにしている。

「私は雪海の顔を見に」
 杏樹は涙で顔を歪ませている。

「まったくね、アンタ、あういうの、ひとに見せんじゃないわよ。兄妹じゃなかったら、ただの熱い告白と変わらないわよ」

 その瞬間、雪海がバッと冬鷹の胸から離れた。

「ち、違うし! っていうか杏ちゃんたちが勝手に見てたんでしょ!」

 冬鷹は「そうだそうだ」と強く頷き、細やかな加勢した。

「そんなの、入れるわけないでしょ。ズズズッ」

 まったくだ。と杏樹には去川が味方するようだ。

「兄貴の覚悟と妹の素直な気持ち――そんなとこに入ったら野暮ってもんだろ!」
「あー、じゃあ僕らぁ完全に『野暮』になったねぇ」
「そうみたいですね。アハハ……ごめん、冬鷹」
「いや、英吉が謝る事じゃ……っていうかなんだこの状況?」

 冬鷹が混乱しかけるなか、杏樹は「雪海ー!」と泣きながら抱き付いた。

「私だって、アンタがいなくなんのはイヤよ。だから『消えたい』だなんて二度と言わないで」
「少なくともなー、俺たちは『迷惑だ』なんてちっとも思ってねえからッ!」

 たぶん一度しか会った事の無い去川の強い情熱に、雪海はオロオロしている。

「えっとな、雪海。この人は去川先輩で、あっちの人は根本先輩だ。二人とも、俺が雪海を助けに行くのを手伝ってくれたんだ」
「あぁ、」「おいっ、冬鷹! それは、」
「え? …………あッ!」

 英吉の焦る顔に、一拍遅れ冬鷹も気が付いた。
 やってしまった。根本と去川が協力者だった事は、この場ではマズイ。

「今は勤務時間外だ。気付かなかった事にする」

 思わぬ佐也加の言葉に一同戸惑いつつもホッと胸を撫で下ろす。

「それと、この際だから言っておくが、黒川杏樹のバイク窃盗幇助ほうじょ、二ノ村英吉の命令違反及び無免許運転などの交通違反も、今後話に上らぬ限り全て不問とする。あらゆる罪と罰は、各々が得るはずだった栄誉と内々に相殺したものと思ってくれ」

 バレていたのか――と思うも、それが最大限の譲歩なのだろうと納得したのか、皆は静かに頷いた。

「あ、あの、みなさん」
 雪海は改まり姿勢を正すと、頭を下げた。

「この度は、ありがとうございました! こんな私のために――、」
「『こんな』と言うのは止めろ、雪海」
「佐也加さんの言う通りよ。みんな『こんな』なんて人のために動いたんじゃないわ」

 佐也加と杏樹はじっと見つめる。その眼差しを受け、雪海は深く頷いた。

「うん。……みなさん、助けてくれて、本ッ当に、ありがとうございましたッ!」

 力一杯に告げられた感謝にみな微笑みで応える。
 下げられた顔からポタポタと落ちる雫にも気付かないフリをして。

 再び顔を上げた時、雪海は笑っていた。
 それが彼女の今ある感情を表しているのだと、冬鷹は信じたかった。

「さて貴君ら、今日はここで食事をすると母が言い出してな。あとで父も来る事になっている」
「それじゃあ、僕らはそろそろおいとました方が良いですね」
「そうね、それじゃあ、また」
「いや、待ってくれ黒川、二ノ村。それに根本、去川両先輩方も。良ければ同席してくれないか。賑やかな方が雪海も良かろう?」
「うん。あの、良かったら?」

 佐也加と雪海、二人にそう言われては対極の意味で断れないのだろう。だが杏樹たち四人は嬉しそうに頷いてくれたので、冬鷹は内心ホッと胸を撫で下ろした。

「あーでも、やべー。冬鷹たちのお父さんって総司令だろ。あー、どうしよう。緊張してきた」
「サルは粗相しない様に黙ってたほうが良いかもねぇ」
「あ、あの、お父さん、家じゃそんなに怖くないですよ」
「そうそう。ビビらなくても、ちょっと見た目イカツイだけで、普通にしてれば大丈夫よ」
「杏樹、『イカツイ』はいくらなんでも、ちょっと失礼じゃないか?」

 客人と妹の会話を見つめていた佐也加は、冬鷹にだけ聞こえるような小さな声で告げた。

「冬鷹、良き友や先輩方を持ったな」
「ああ。それに良い上官や良い師匠、良い姉もいる」
「――ッ! ……そうか。ならば私も嬉しい」

 一瞬驚いた顔を見せた――ような気がした佐也加は、口も僅かに上げ、涼しく笑った。

「良き妹や弟、良き両親もいるのだから、我らは良き家族というわけか」
「もちろん」

 佐也加はまた笑った。二回も笑うなど、今日はよく笑う日のようだ。

「貴様は人運に恵まれている様だ――それは羨むべき才だ。鍛錬と同じくらい交友に励むと良い。名君の周りには良き人間が集まるとも言う。絆はいずれ貴様の力となろう。夢を追うのに『力』は多いに越した事はない」

 ふと、『佐也加はそんな相手が入るのだろうか?』と思ってしまった。

 見習うべき先輩。切磋琢磨できる好敵手。心安らげる友人。
 幼き頃から大人の世界で、大人以上の力を振るってきた佐也加には、先に立つ先輩も、肩を並べる好敵手も、話の合う友人もいなかったのかもしれない。

 邪推は止せ、佐也加はまたも笑った。

「言ったであろう。私などまだまだ未熟だ。全ての者は我が先達せんだつだ。友と呼べる相手も少ないがいる――だが、確かに好敵手はおらぬな」

 佐也加はふと冬鷹を一瞥した。
 そして、淡々と告げる。

「だからな冬鷹。貴様はさっさと私に追い付け。そして好敵手となれ」
「…………えっ、は? ええ? なッ、何を、」

 耳を疑い、意味を疑い、自分の頭を疑った。
 しかし、佐也加は焦る冬鷹を意に介さず、尚も淡々と言葉を紡ぐ。

「これはある種の代償だ。私は貴様を鍛える。貴様は私に追い付き、私を高みに昇らせろ」
「えッ、な、何を言ってるんだ? そんな、姉さんは重陽で五本の指に入ると言われてる実力者だよ? そんな――、」
「特能課は日本最高峰の異能組織だ。入るのならばこの街の五本の指と肩を並べるぐらい最低限の事だと思え」

 佐也加の言う通りだった。
 目標は高い。だが、もう雪海を悲しませたくない――ゆっくりなどしていられない。

「彼らとならばできるはずだ」

 そうだ。一人じゃない。助けを借りる事で成し遂げられると知った。それが力になる。

「――はい。待っていてください」
「うむ。励め。期待している」

 いつになるかわからない。どんな困難や壁が待っているのかもわからない。
 それでも、上るしかない。
 あらゆる『力』を身に付けて辿り着いたその先に、妹の普通の幸せがあると信じて。


                  了
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