転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん

文字の大きさ
21 / 35
2巻

2-3

 すると森を抜けたとたん、ガルが顔をしかめた。

「……これは一体、どういうことだ」

 黒煙と、何かがげるようなにおいがただよっている。
 爆発音がしていたのは、多分ここ。
 ……そこに広がっていたのは、私たちが全く予想していなかった光景だった。
 森を切り開いたような広い空間に、突然現れた大きな屋敷。
 もちろん初めて見たけど、ここが目指していたアシュターレ伯爵の屋敷で間違いない。

「なに、これ……」

 目の前で起こっていることが理解できない私の口から、小さな声が漏れた。
 屋敷の門の前には、たくさんの人が集まっていた。
 近くの村に人がいなかったのは、みんなここに集まっていたかららしい。
 空気を震わせるほどの罵声ばせい怒号どごうい、中には持っていたものを屋敷に向かって投げる人もいる。
 嫌な感情が波のように押し寄せてきて、私に向けられているわけじゃないのに体が震える。

(一体、何が……)

 さっきから聞こえていた爆発音は、誰かがった火属性の魔法が、どこかに着弾した音だったらしい。くさいにおいと黒煙は、周囲の木が燃えて発生したもの。
 とんでもない状況に私が呆然としていると、意識を引き戻すように、ガルに強めに頭を撫でられた。

「襲撃……いや、あの群衆は、何かを訴えておるのか?」
「え?」

 そして、ガルは私を抱えたまま、ゆっくりと人が集まっているところに向かう。
 村人たちは前世でいうデモ活動みたいにアシュターレ家に不満をぶつけているらしい。

(う……耳が痛い。うるさい)

 いろんな大声や爆音が響き渡って、耳がキーンとする。
 誰が何を言っているかはわからないけど……誰も、私とガルがまぎれ込んだことなんて、気にしていないみたいだった。
 まるで、屋敷以外は見えていないとでもいうように。

いかり、にくしみ、不安、不満……嫌な感情があふれてる。気分が悪くなる……)

 私の……《祝福の虹眼》には、ここでマイナスの感情がドロドロと渦巻うずまいているのが映っている。
 ……混ざり合った負の感情は、深く暗い、やみのような色に視える。
 暗い色があふれて、私を押しつぶそうとしているように感じてしまう。
 チカチカと、視界がかすんでいく。感覚がなくなっていって、呼吸が浅くなる。
 気を抜いた瞬間に意識が飛びそうになるのをなんとかこらえて、声をしぼり出す。

「ガル……わたし、だめっ……」
「むっ⁉」

 かすれた声でどうにか伝えると、ガルは一瞬あせったような表情になった。

「それはいかん。急ぎ、ここを離れるとしよう」

 ガルは冷静に言うと、体を滑らせるように人混みを抜け出して、その場を離れた。
 どうやらガルは、私が感情を読み取れることを忘れていたらしい。

(力が……入らない)

 一気に大量の負の感情にさらされたからなのか、アシュターレ伯爵邸から離れて安心したからなのか、体から力が抜ける。手足が震えて、思うように動かせない。

「ひとまず、ここまで来れば大丈夫か……?」

 屋敷がギリギリ見えるところまで離れて、ガルが私を地面に下ろす。

「なんとか……」

 私はガルに答えたあと、木を背もたれにして体を休ませた。
 まるで、金属のかたまりを抱えているみたいに体が重い。

(強すぎる感情は、私にとっては毒や攻撃と同じ……)

 手をかざして自分の魔力を確かめると、輝きがいつもよりもかなり薄くなっていた。
 多分、私には耐えきれないほどの負荷だったから、魔力を使って体を守ってたんだと思う。
 体が重く感じるのは、魔力切れ寸前だからかな。
 いくら強い能力でも、限界はあるみたいだね……覚えておこう。

「すまぬな、フィリス。おぬしの《ギフト》を失念しておった」
「ううん、だいじょうぶ」

 ガルが申し訳なさそうに頭を下げたけど、ガルは悪くない。私の《祝福の虹眼》は、ガルもその効果を知らない《ギフト》なんだし、何が起こるのかわからなくても仕方がない。
 むしろ、完全に魔力が切れる前に、限界を知れてよかったと思う。

(あのまま感情を浴び続けたら、多分私は……死ぬ)

 聖獣のガルに匹敵する魔力量の私が、短時間でほぼ魔力をなくすほどのダメージ。
 そんなものを、なんの保護もされていない体で受けたら、間違いなく私は命を失う。
 ……これからは、負の感情が集まる場所には、なるべく近寄らないようにしよう。

「もう、へいき」

 少し休んだらだるさが消えた。魔力が回復するのは早いらしい。

「……もう少し休め。魔力が回復するには、今しばらくかかろう」
「だいじょうぶだよ」

 ガルは心配そうだけど、本当にもうなんともない。確かに、まだ完全に魔力が回復したわけじゃないけど、歩くことはできる。
 私が立ち上がって歩いて見せると、ガルは安心したように息を吐いた。

「無理だけは、するでないぞ」
「うん」

 ガルに、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。心配と安心がじって、力加減を間違えたみたい。

(さて、これからどうしようかな)

 私が落ち着いたとはいえ、屋敷の様子を確かめるために、また近づくわけにはいかない。
 でも、私だけここで待っているわけにもいかない。何かが起きたとき自分の身を守るには、私の力は不十分だから。
 私には、魔力を聖獣に近い性質のものに変えて、魔物に狙われにくくなる《ギフト》……《神気しんき》というものがある。だけど、それも絶対じゃない。一人のときに敵に襲われてしまったら、対処できるかどうかわからない。

(ん? 魔力反応?)

 どうしたものかと私たちが悩んでいると、屋敷のほうから、誰かがゆっくりと近づいてくるのがわかった。
 魔力が視える私の感知範囲は、かなり広い。私たちを捜しているような反応は、少しずつ……でも確実に近づいてくる。

「だれかくるよ」
「敵か?」

 私が小声で伝えると、ガルは素早く刀に手をかけて、私が指したほうをにらんだ。
 私は視えた魔力反応から、自分に害をなそうとしている相手なのかどうかは判別できる。今近づいてきている人からは、怪しさや害意は感じない。
 まぁ、判別できるといっても、完璧かんぺきじゃないから……一応、警戒は解かないでおくけどね。

「……ちがうとおもう」
「そうか、では会ってみるか」

 ちょっと気を張りつつも、私が首を横に振ると、ガルはあっさりと刀から手を離した。
 もっと警戒してもいいんじゃないかなぁ……ガルがいいならいいけど。
 そして少しすると、私たちの前にあるやぶがガサガサと揺れた。

「……!」

 やぶをかき分けて現れたのは、一人の高齢の女性だった。いきなり私たちと遭遇そうぐうしたからなのか、くすんだ銀の髪に葉っぱをつけたまま、動きを止めてしまってる。

(なんだろ……この顔、見覚えがあるような?)

 目の前で固まる女性とは、間違いなく初対面。なのに、なぜかその顔には見覚えがある。
 それどころか、なんだか懐かしいとさえ思ってしまう……なんでだろう。


 私がもやもやしていると、ガルが女性の顔をじっと見て声をかける。

「おぬし……もしや、フィリスの縁者か?」
「え? ……あっ」

 ガルの言葉で、私のもやもやは一瞬で吹き飛んだ。

(そっか、この人……フィリスに似てるんだ!)

 見覚えないわけがない。だって、毎日鏡で見てる顔とそっくりなんだもん。
 ……でも、フィリスに縁のある高齢の女性なんていたっけ。
 なんて思っていると、ようやく復活した女性が、やぶから飛び出して深く頭を下げた。

「ごめんなさいね……あとをつけるような真似をして。私は、ライラというの」

 女性は謝罪と同時に名乗ってくれたけど……ライラという名前に聞き覚えはない。
 若干警戒していると、ライラさんは私をじっと見て息を吐いた。

「やっぱり、似ているわね」
「え?」
「あなたは、アリアという女の子を知っているかしら?」
「! ……はい」

 いきなりアリアさんの名前が出てきて、私は驚いて目を見張った。
 知っているも何も、アリアというのはフィリスの母親の名前。
 私が生まれた直後に亡くなってしまっていて、実際に会ったことはないけど、ナディお姉さんから名前は聞いていた。
 私が頷くと、ライラさんは嬉しそうに微笑む。

「……アリアは、私の娘なのよ」
「ふぇ、えぇぇ⁉」

 ピシャーン! と、体に電流が走った……ような気がした。
 衝撃のあまり、私の口から変な音が出る。感情以外に、相手のうそも感知できる《祝福の虹眼》でも、ライラさんが本当のことを言っているのがわかった。

(うそは言ってない……つまり、ライラさんは、フィリスのおばあちゃん⁉)

 ……まさに青天の霹靂へきれき
 にこにこと笑みを浮かべるライラさんは、なんと私の祖母に当たる人だった。

「フィリスに縁があるとは思っておったが……血縁であったか」

 ガルも相当驚いたように呟いた。
 ……私とライラさんの顔がそっくりだったのは、偶然じゃなかったんだね。
 すると、ライラさんが何かを思いついたらしく、「あ」と声を出した。

「私の家にいらっしゃらない? あなたのことを、もっと知りたいわ」

 私とガルは、顔を見合わせる。

(いいのかな?)

 ちょっと迷ったけど、どうせここにいてもアシュターレ家のことはわからないし……私も、ライラさんのことは知りたい。

「ガル、いいかな?」

 私が聞くと、ガルは笑って頷いた。

「では、招かれよう」

 ガルもいいと言うので、初めて会ったおばあちゃんの家に行くことに。
 ライラさんの家は、屋敷に向かう途中に寄った、人がいない村の外れにあった。

「どうぞ。狭いところだけど……」
「お、おじゃまします……」

 こぢんまりとした家には誰もおらず、シンと静まり返っていて、なんだか寂しく感じる。
 リビングの家具は一人分しかなかったようで、ライラさんが奥から私たちのぶんの椅子を持ってきてくれた。私たちがその椅子に腰かけると、ライラさんがほぅ……とため息をつく。

「……まるで、昔のアリアを見ているみたいだわ」

 嬉しそうに、でもどこか寂しそうに、ライラさんがポツリポツリと話し始めた。
 私が使わせてもらっている椅子は、アリアさんが子どものときに使っていたものらしい。
 当時のアリアさんは、私とほぼ同じ体格だったと、ライラさんは懐かしそうに教えてくれた。

「こうしてあなたと巡り合えたのは、運命なのかしらね」

 ライラさんが、私を見て微笑む。
 ……私が家から出なければ、多分ライラさんと会うことはなかった。
 そしてガルやナディお姉さんがいなければ、私はここにはいない。
 そう考えれば、運命というのも納得できる。

(不思議なことってあるんだなぁ)

 それから私たちは、夕食をごちそうになりながら、いろいろなことを話した。
 私が知らない、アリアさんの話。ライラさんが知らない、フィリスの話。
 楽しい思い出も、つらい思い出も……時間を忘れてしまうほど話し込んだ。
 その途中で、ライラさんに一緒に暮らさないかって提案をされた。
 ……当然、私はものすごく悩んだよ。でも、ライラさんには申し訳ないけど、私はガルと……ナディお姉さんたちと一緒にいることを選んだ。
 ライラさんも、わかっていたって微笑んでくれた。
 話が一区切りついたところで、ライラさんがアリアさんの遺品が入った箱を持ってきた。
 そしてそれを、私に見せてくれる。

「あの子の遺品を持ってきてくださったのは、ナディ様だったのよ」
「え」

 なんと、ライラさんはナディお姉さんとは面識があるんだそう。
 ……全然知らなかった。

「これは、五年前から一度も開けていないから……私も中を見るのは初めてね」

 ライラさんがそう言って、しっかりと封がされていた箱を開けた。
 中に入っていたのは、アリアさんが着ていた服や、よく読んでいたという古い本。
 ひとつひとつ遺品を見ていくうちに、どんな人なのかわからずあやふやだった母親の姿が、だんだん形になっていくのを感じた。
 私がアリアさんに思いをせていると、ライラさんがため息をついた。

「アリアは、『自分が死んだら、遺品は母に届けてほしい』と、ナディ様に頼んでいたそうなの。ナディ様は、しっかりと約束を守ってくださったのね」
(そうだったんだ……)

 しばらく沈黙が続いたあと、ガルが口を開く。

「フィリスの存在は、そのときから知っておったのか?」
「えぇ。ナディ様から、『アリアがフィリスという女児を産んだ』とは聞いていたの」

 ガルの問いかけに、ライラさんは頷いた。
 ナディお姉さんとライラさんの交流は、ゲランテに隠れてこっそりとおこなわれていた。だから、ゲランテがおおやけにしていない私を屋敷から連れ出すこともできず、ライラさんに会わせることはできなかったらしい。
 でも、名前と成長記録みたいなものだけは、ナディお姉さんから欠かさず手紙で届いていたんだって。

(ナディお姉さん……そんなことまでしてたんだね)

 それならそうと、言ってくれたらよかったのに……って、私はまだ幼児だし、それは無茶か。

「あら、これは……」

 そのとき、ライラさんが、箱の中に何かを見つけたらしい。
 ライラさんが大切そうに手に取ったのは、古びた腕輪アミュレット

(魔道具……? なんだろう、この感じ……)

 それを見て、私は何とも言えない違和感を覚えた。
 うっすらと魔力をまとっているから、多分魔道具なんだろうけど……魔力が不安定というか、ノイズがあるというか。今まで視てきた魔道具に、こんな視え方をするものはなかったはず。
 すると、その腕輪アミュレットを見たガルの魔力が、驚いたように大きく揺れた。

「む、それは、まさか……」

 珍しく、ガルがちょっと動揺してる。

(あの腕輪アミュレットに、何かあるのかな?)
「ガル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」

 理由を聞こうとしたけど、適当にはぐらかされた。今は言いたくないらしい。

(……まぁ、私に関わるようなことだったら、そのうち教えてくれるかな)

 なんて考えていると、ライラさんが持っていた腕輪アミュレットを、私に差し出してきた。

「これは、我が家の女児に、代々受けがれてきたものなのよ」
「へぇ……」

 すごいものなんだなぁ……と思いつつ、なんとなく受け取ると、なぜかライラさんが満足そうに頷いた。

「というわけで、フィリス。それはあなたにあげるわ」
「ぅえっ⁉」

 にっこりと笑ったライラさんが、急にとんでもないことを言うから、私はあせって腕輪アミュレットを取り落としそうになる。

(あ、危な……)

 なんとかキャッチして、私は安堵あんどの息をついた。
 代々受けがれてきたっていう大切なものを、なんの躊躇ためらいもなく私にくれるなんて驚き。そんな気軽に渡していいものじゃないでしょ。
 あわてて返そうとした私の手を、ライラさんが制する。

「私はアリアにそれを渡したの。そのアリアが産んだ女の子なら、ちゃんと受けぐべきでしょう?」
「それは……でも」
「いいの。それはあなたが持っているべきよ、フィリス」

 ……ライラさんは本気らしい。私が何を言っても、この腕輪アミュレットを私に渡すという意志は変わらなそう。
 それに、ライラさんは、私を孫として扱ってくれている。これで断るのは、ライラさんに失礼かな。

「……だいじに、します」
「ふふふ、よろしくね」

 結局、私は根負けして受け取ることにした。ライラさんは、嬉しそうに微笑んでいる。

(こ、壊さないようにしよう……)

 家宝ともいえるような、不思議な腕輪アミュレット……うっかり壊しちゃいました、なんてことは絶対にしちゃいけない。私が腕輪アミュレットのプレッシャーと戦っていると、ライラさんが眉尻を下げてこっちを見た。

「それで、ひとつだけお願いがあるのだけど……」
「はい?」

 ……これは、腕輪アミュレットの対価?
 どんなことを言われるんだろうと、私は思わず身構える。

「今晩は、ここに泊まっていってくれないかしら? 一度でいいから、孫と一緒に寝てみたくて……」

 ライラさんが言ったのは、私の意表いひょうをつくなんとも可愛らしいお願い。
 すると、それを聞いていたガルが、ポツリと呟く。

「ふむ……もう日も落ちてしまった。今からイタサに戻るのは不可能だな」

 ガルは、遠回しだけど、私がライラさんの家に泊まることを了承した。
 変に気を遣わせないように、わざとこういう言い方をしてるんだなって、私にはわかるけど……ライラさんはまだ不安そうな顔をしている。ガルの意図が、いまいち伝わってないみたい。
 そこで私とガルは、顔を見合わせて頷いた。遠回しに……じゃなくて、直接言っちゃおう。

「ガル、とまっていいよね」
「うむ。せっかくの誘いだ。今晩はここに厄介やっかいになるとよかろう」

 ガルの言葉に、ライラさんの魔力が嬉しそうに揺れた。
 私も、まだまだライラさんとは話し足りないし、お泊まりはわくわくする。

(ところで……)

 ガルはどうするんだろうと思って見上げると、それだけで言いたいことがわかったらしく、こっそりと耳打ちで教えてくれた。

「我はアシュターレ家の様子を探っておく。ここで変身を解くわけにはいくまい?」
「……たしかに」

 ガルは眠らなくても平気だから、夜通しアシュターレ伯爵邸を見張っていられる。
 そして何より、ガルが完全な人型に変身できる時間は限られてるんだよね。
 ライラさんには正体を明かしていないから、おおかみの姿に戻っちゃうと大変なことになる。

(だから、いったん離れたほうが都合がいい……と)
「じゃあ、よろしく」
「任されよう」

 ガルはそうささやいて、私の荷物だけを置いたあと、ライラさんの肩に手を添えた。

「明日の朝、迎えに来るとしよう。それまでは、おぬしにフィリスを任せるぞ」
「気を遣わせてしまったわね。でも、ありがとう」
「よいよい」

 ひらひらと手を振りながら、ガルはライラさんの家を出ていった。
 ライラさんになら、私を預けても大丈夫だと思ったらしい。
 まぁ、私が心を開いている相手を、ガルは疑ったりしないだろうけどね。

「えぇっと……じゃあ、よろしくね」
「はい!」

 緊張しているのか、若干声が硬くなっていて、動きがぎこちないライラさん。
 そんなライラさんを安心させようと、私は明るい声で返事をする。
 それから寝室に案内されて、ライラさんと一緒にベッドに横になったはいいものの、話が尽きることはなかった。
 ……結局、あたりが明るくなるまで、ずっと話し込んでしまっていた。


 そして翌朝。
 私を迎えに来たガルは、目の下にくまを作る私たちを見て、大きなため息をついた。

「なんだ、おぬしら。寝ておらぬのか」
「ふぁ……たのしく、なっちゃって」
「ごめんなさいね。すっかり話し込んでしまったわ」

 いつもなら日が落ちる頃には眠くなるんだけど、昨日は興奮していたからか、全く眠くならなかったんだよね。でも、ライラさんとたっぷり話せたから、結果オーライ。
 あくびをしながら笑う私を見て、ガルが肩をすくめた。

「まぁよい。ところで、アシュターレの様子だが……」
「あ、うん」

 ……ここに来た本来の目的を忘れていた。
 ガルはどんな情報を持ってきたのかと、私は気を引き締める。

「……屋敷の中に人はおるようだが、一向に出てくる気配はないな。籠城ろうじょうでもしておるのやもしれん」
(ありゃ……)

 ガルがあきれたように首を振った。
 せっかくガルが張り込んでくれたのに、アシュターレ家の現状については、ほぼわからなかったみたい。流石さすがに、夜は村人たちのデモ活動もなかったらしいけど、それでもゲランテたちが出てくることはなかったんだそう。

(ゲランテは新聞にもってたし、橋も落ちたままだし……)

 橋の事件に関係しているということで、ゲランテは大々的に新聞に取り上げられていた。
 もちろん絵姿もっていたし、高位貴族だから注目度も高いはず。
 そんな状態で、屋敷から出て、どこかの宿に泊まっているとは思えない。
 橋がまだ直ってないから、王都側に行くのは無理。
 他国に逃げるのも……難しいよね。検問で止められそうだし。

(ここにいるのは、間違いないんだろうけど……)

 ゲランテたちに出てくるつもりがないなら、多分いつまで待っても無駄に終わりそう。

「一度、イタサに戻るか」
「……うん。それがいいかも」

 ガルの提案に、私は頷く。私は気長に張り込んでも構わないけど、イタサで待っているナディお姉さんが我慢できなくなりそう。れたナディお姉さんが私たちのあとを追ってこないうちに、現状報告のために戻ったほうがいいよね。

「そう……もう行ってしまうのね」
「……ごめんなさい。でも、いかなきゃ」

 私たちの会話を聞いていたライラさんが、寂しそうに呟いた。
 すごく名残惜なごりおしいけど、私はずっとここにいるわけにはいかない。

「えぇ、わかっているわ。私も、あなたを縛るつもりはないの」

 ライラさんはそう言いながら、私をぎゅっと抱きしめた。その声は、少し震えている。

「私のことを、忘れないでいてくれたら、それで十分よ」
「ぜったい……ぜったい、わすれません」
「ありがとう、フィリス」

 私を強く抱きしめたまま、ライラさんが涙を流す。
 我慢するつもりだったけど、私も泣いてしまった。


感想 275

あなたにおすすめの小説

五年後、元夫の後悔が遅すぎる。~娘が「パパ」と呼びそうで困ってます~

放浪人
恋愛
「君との婚姻は無効だ。実家へ帰るがいい」 大聖堂の冷たい石畳の上で、辺境伯ロルフから突然「婚姻は最初から無かった」と宣告された子爵家次女のエリシア。実家にも見放され、身重の体で王都の旧市街へ追放された彼女は、絶望のどん底で愛娘クララを出産する。 生き抜くために針と糸を握ったエリシアは、持ち前の技術で不思議な力を持つ「祝布(しゅくふ)」を織り上げる職人として立ち上がる。施しではなく「仕事」として正当な対価を払い、決して土足で踏み込んでこない救恤院の監督官リュシアンの温かい優しさに触れエリシアは少しずつ人間らしい心と笑顔を取り戻していった。 しかし五年後。辺境を襲った疫病を救うための緊急要請を通じ、エリシアは冷酷だった元夫ロルフと再会してしまう。しかも隣にいる娘の青い瞳は彼と瓜二つだった。 「すまない。私は父としての責任を果たす」 かつての合理主義の塊だった元夫は、自らの過ちを深く悔い、家の権益を捨ててでも母子を守る「強固な盾」になろうとする。娘のクララもまた、危機から救ってくれた彼を「パパ」と呼び始めてしまい……。 だが、どんなに後悔されても、どんなに身を挺して守られても、一度完全に壊された関係が元に戻ることは絶対にない。エリシアが真の伴侶として選ぶのは、凍えた心を溶かし、温かい日常を共に歩んでくれたリュシアンただ一人だった。 これは、全てを奪われた一人の女性が母として力強く成長し誰にも脅かされることのない「本物の家族」と「静かで確かな幸福」を自分の手で選び取るまでの物語。

お飾りの妻として嫁いだけど、不要な妻は出ていきます

菻莅❝りんり❞
ファンタジー
貴族らしい貴族の両親に、売られるように愛人を本邸に住まわせている其なりの爵位のある貴族に嫁いだ。 嫁ぎ先で私は、お飾りの妻として別棟に押し込まれ、使用人も付けてもらえず、初夜もなし。 「居なくていいなら、出ていこう」 この先結婚はできなくなるけど、このまま一生涯過ごすよりまし

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました

放浪人
恋愛
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。 だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。 「彼女は可哀想なんだ」 「この子を跡取りにする」 そして人前で、平然と言い放つ。 ――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」 その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。 「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」

魔法が使えない令嬢は住んでいた小屋が燃えたので家出します

怠惰るウェイブ
ファンタジー
グレイの世界は狭く暗く何よりも灰色だった。 本来なら領主令嬢となるはずの彼女は領主邸で住むことを許されず、ボロ小屋で暮らしていた。 彼女はある日、棚から落ちてきた一冊の本によって人生が変わることになる。 世界が色づき始めた頃、ある事件をきっかけに少女は旅をすることにした。 喋ることのできないグレイは旅を通して自身の世界を色付けていく。

冷遇王妃はときめかない

あんど もあ
ファンタジー
幼いころから婚約していた彼と結婚して王妃になった私。 だが、陛下は側妃だけを溺愛し、私は白い結婚のまま離宮へ追いやられる…って何てラッキー! 国の事は陛下と側妃様に任せて、私はこのまま離宮で何の責任も無い楽な生活を!…と思っていたのに…。

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。