転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~

丹辺るん

文字の大きさ
表紙へ
21 / 35
2巻

2-3

しおりを挟む
 すると森を抜けたとたん、ガルが顔をしかめた。

「……これは一体、どういうことだ」

 黒煙と、何かがげるようなにおいがただよっている。
 爆発音がしていたのは、多分ここ。
 ……そこに広がっていたのは、私たちが全く予想していなかった光景だった。
 森を切り開いたような広い空間に、突然現れた大きな屋敷。
 もちろん初めて見たけど、ここが目指していたアシュターレ伯爵の屋敷で間違いない。

「なに、これ……」

 目の前で起こっていることが理解できない私の口から、小さな声が漏れた。
 屋敷の門の前には、たくさんの人が集まっていた。
 近くの村に人がいなかったのは、みんなここに集まっていたかららしい。
 空気を震わせるほどの罵声ばせい怒号どごうい、中には持っていたものを屋敷に向かって投げる人もいる。
 嫌な感情が波のように押し寄せてきて、私に向けられているわけじゃないのに体が震える。

(一体、何が……)

 さっきから聞こえていた爆発音は、誰かがった火属性の魔法が、どこかに着弾した音だったらしい。くさいにおいと黒煙は、周囲の木が燃えて発生したもの。
 とんでもない状況に私が呆然としていると、意識を引き戻すように、ガルに強めに頭を撫でられた。

「襲撃……いや、あの群衆は、何かを訴えておるのか?」
「え?」

 そして、ガルは私を抱えたまま、ゆっくりと人が集まっているところに向かう。
 村人たちは前世でいうデモ活動みたいにアシュターレ家に不満をぶつけているらしい。

(う……耳が痛い。うるさい)

 いろんな大声や爆音が響き渡って、耳がキーンとする。
 誰が何を言っているかはわからないけど……誰も、私とガルがまぎれ込んだことなんて、気にしていないみたいだった。
 まるで、屋敷以外は見えていないとでもいうように。

いかり、にくしみ、不安、不満……嫌な感情があふれてる。気分が悪くなる……)

 私の……《祝福の虹眼》には、ここでマイナスの感情がドロドロと渦巻うずまいているのが映っている。
 ……混ざり合った負の感情は、深く暗い、やみのような色に視える。
 暗い色があふれて、私を押しつぶそうとしているように感じてしまう。
 チカチカと、視界がかすんでいく。感覚がなくなっていって、呼吸が浅くなる。
 気を抜いた瞬間に意識が飛びそうになるのをなんとかこらえて、声をしぼり出す。

「ガル……わたし、だめっ……」
「むっ⁉」

 かすれた声でどうにか伝えると、ガルは一瞬あせったような表情になった。

「それはいかん。急ぎ、ここを離れるとしよう」

 ガルは冷静に言うと、体を滑らせるように人混みを抜け出して、その場を離れた。
 どうやらガルは、私が感情を読み取れることを忘れていたらしい。

(力が……入らない)

 一気に大量の負の感情にさらされたからなのか、アシュターレ伯爵邸から離れて安心したからなのか、体から力が抜ける。手足が震えて、思うように動かせない。

「ひとまず、ここまで来れば大丈夫か……?」

 屋敷がギリギリ見えるところまで離れて、ガルが私を地面に下ろす。

「なんとか……」

 私はガルに答えたあと、木を背もたれにして体を休ませた。
 まるで、金属のかたまりを抱えているみたいに体が重い。

(強すぎる感情は、私にとっては毒や攻撃と同じ……)

 手をかざして自分の魔力を確かめると、輝きがいつもよりもかなり薄くなっていた。
 多分、私には耐えきれないほどの負荷だったから、魔力を使って体を守ってたんだと思う。
 体が重く感じるのは、魔力切れ寸前だからかな。
 いくら強い能力でも、限界はあるみたいだね……覚えておこう。

「すまぬな、フィリス。おぬしの《ギフト》を失念しておった」
「ううん、だいじょうぶ」

 ガルが申し訳なさそうに頭を下げたけど、ガルは悪くない。私の《祝福の虹眼》は、ガルもその効果を知らない《ギフト》なんだし、何が起こるのかわからなくても仕方がない。
 むしろ、完全に魔力が切れる前に、限界を知れてよかったと思う。

(あのまま感情を浴び続けたら、多分私は……死ぬ)

 聖獣のガルに匹敵する魔力量の私が、短時間でほぼ魔力をなくすほどのダメージ。
 そんなものを、なんの保護もされていない体で受けたら、間違いなく私は命を失う。
 ……これからは、負の感情が集まる場所には、なるべく近寄らないようにしよう。

「もう、へいき」

 少し休んだらだるさが消えた。魔力が回復するのは早いらしい。

「……もう少し休め。魔力が回復するには、今しばらくかかろう」
「だいじょうぶだよ」

 ガルは心配そうだけど、本当にもうなんともない。確かに、まだ完全に魔力が回復したわけじゃないけど、歩くことはできる。
 私が立ち上がって歩いて見せると、ガルは安心したように息を吐いた。

「無理だけは、するでないぞ」
「うん」

 ガルに、ちょっと乱暴に頭を撫でられた。心配と安心がじって、力加減を間違えたみたい。

(さて、これからどうしようかな)

 私が落ち着いたとはいえ、屋敷の様子を確かめるために、また近づくわけにはいかない。
 でも、私だけここで待っているわけにもいかない。何かが起きたとき自分の身を守るには、私の力は不十分だから。
 私には、魔力を聖獣に近い性質のものに変えて、魔物に狙われにくくなる《ギフト》……《神気しんき》というものがある。だけど、それも絶対じゃない。一人のときに敵に襲われてしまったら、対処できるかどうかわからない。

(ん? 魔力反応?)

 どうしたものかと私たちが悩んでいると、屋敷のほうから、誰かがゆっくりと近づいてくるのがわかった。
 魔力が視える私の感知範囲は、かなり広い。私たちを捜しているような反応は、少しずつ……でも確実に近づいてくる。

「だれかくるよ」
「敵か?」

 私が小声で伝えると、ガルは素早く刀に手をかけて、私が指したほうをにらんだ。
 私は視えた魔力反応から、自分に害をなそうとしている相手なのかどうかは判別できる。今近づいてきている人からは、怪しさや害意は感じない。
 まぁ、判別できるといっても、完璧かんぺきじゃないから……一応、警戒は解かないでおくけどね。

「……ちがうとおもう」
「そうか、では会ってみるか」

 ちょっと気を張りつつも、私が首を横に振ると、ガルはあっさりと刀から手を離した。
 もっと警戒してもいいんじゃないかなぁ……ガルがいいならいいけど。
 そして少しすると、私たちの前にあるやぶがガサガサと揺れた。

「……!」

 やぶをかき分けて現れたのは、一人の高齢の女性だった。いきなり私たちと遭遇そうぐうしたからなのか、くすんだ銀の髪に葉っぱをつけたまま、動きを止めてしまってる。

(なんだろ……この顔、見覚えがあるような?)

 目の前で固まる女性とは、間違いなく初対面。なのに、なぜかその顔には見覚えがある。
 それどころか、なんだか懐かしいとさえ思ってしまう……なんでだろう。


 私がもやもやしていると、ガルが女性の顔をじっと見て声をかける。

「おぬし……もしや、フィリスの縁者か?」
「え? ……あっ」

 ガルの言葉で、私のもやもやは一瞬で吹き飛んだ。

(そっか、この人……フィリスに似てるんだ!)

 見覚えないわけがない。だって、毎日鏡で見てる顔とそっくりなんだもん。
 ……でも、フィリスに縁のある高齢の女性なんていたっけ。
 なんて思っていると、ようやく復活した女性が、やぶから飛び出して深く頭を下げた。

「ごめんなさいね……あとをつけるような真似をして。私は、ライラというの」

 女性は謝罪と同時に名乗ってくれたけど……ライラという名前に聞き覚えはない。
 若干警戒していると、ライラさんは私をじっと見て息を吐いた。

「やっぱり、似ているわね」
「え?」
「あなたは、アリアという女の子を知っているかしら?」
「! ……はい」

 いきなりアリアさんの名前が出てきて、私は驚いて目を見張った。
 知っているも何も、アリアというのはフィリスの母親の名前。
 私が生まれた直後に亡くなってしまっていて、実際に会ったことはないけど、ナディお姉さんから名前は聞いていた。
 私が頷くと、ライラさんは嬉しそうに微笑む。

「……アリアは、私の娘なのよ」
「ふぇ、えぇぇ⁉」

 ピシャーン! と、体に電流が走った……ような気がした。
 衝撃のあまり、私の口から変な音が出る。感情以外に、相手のうそも感知できる《祝福の虹眼》でも、ライラさんが本当のことを言っているのがわかった。

(うそは言ってない……つまり、ライラさんは、フィリスのおばあちゃん⁉)

 ……まさに青天の霹靂へきれき
 にこにこと笑みを浮かべるライラさんは、なんと私の祖母に当たる人だった。

「フィリスに縁があるとは思っておったが……血縁であったか」

 ガルも相当驚いたように呟いた。
 ……私とライラさんの顔がそっくりだったのは、偶然じゃなかったんだね。
 すると、ライラさんが何かを思いついたらしく、「あ」と声を出した。

「私の家にいらっしゃらない? あなたのことを、もっと知りたいわ」

 私とガルは、顔を見合わせる。

(いいのかな?)

 ちょっと迷ったけど、どうせここにいてもアシュターレ家のことはわからないし……私も、ライラさんのことは知りたい。

「ガル、いいかな?」

 私が聞くと、ガルは笑って頷いた。

「では、招かれよう」

 ガルもいいと言うので、初めて会ったおばあちゃんの家に行くことに。
 ライラさんの家は、屋敷に向かう途中に寄った、人がいない村の外れにあった。

「どうぞ。狭いところだけど……」
「お、おじゃまします……」

 こぢんまりとした家には誰もおらず、シンと静まり返っていて、なんだか寂しく感じる。
 リビングの家具は一人分しかなかったようで、ライラさんが奥から私たちのぶんの椅子を持ってきてくれた。私たちがその椅子に腰かけると、ライラさんがほぅ……とため息をつく。

「……まるで、昔のアリアを見ているみたいだわ」

 嬉しそうに、でもどこか寂しそうに、ライラさんがポツリポツリと話し始めた。
 私が使わせてもらっている椅子は、アリアさんが子どものときに使っていたものらしい。
 当時のアリアさんは、私とほぼ同じ体格だったと、ライラさんは懐かしそうに教えてくれた。

「こうしてあなたと巡り合えたのは、運命なのかしらね」

 ライラさんが、私を見て微笑む。
 ……私が家から出なければ、多分ライラさんと会うことはなかった。
 そしてガルやナディお姉さんがいなければ、私はここにはいない。
 そう考えれば、運命というのも納得できる。

(不思議なことってあるんだなぁ)

 それから私たちは、夕食をごちそうになりながら、いろいろなことを話した。
 私が知らない、アリアさんの話。ライラさんが知らない、フィリスの話。
 楽しい思い出も、つらい思い出も……時間を忘れてしまうほど話し込んだ。
 その途中で、ライラさんに一緒に暮らさないかって提案をされた。
 ……当然、私はものすごく悩んだよ。でも、ライラさんには申し訳ないけど、私はガルと……ナディお姉さんたちと一緒にいることを選んだ。
 ライラさんも、わかっていたって微笑んでくれた。
 話が一区切りついたところで、ライラさんがアリアさんの遺品が入った箱を持ってきた。
 そしてそれを、私に見せてくれる。

「あの子の遺品を持ってきてくださったのは、ナディ様だったのよ」
「え」

 なんと、ライラさんはナディお姉さんとは面識があるんだそう。
 ……全然知らなかった。

「これは、五年前から一度も開けていないから……私も中を見るのは初めてね」

 ライラさんがそう言って、しっかりと封がされていた箱を開けた。
 中に入っていたのは、アリアさんが着ていた服や、よく読んでいたという古い本。
 ひとつひとつ遺品を見ていくうちに、どんな人なのかわからずあやふやだった母親の姿が、だんだん形になっていくのを感じた。
 私がアリアさんに思いをせていると、ライラさんがため息をついた。

「アリアは、『自分が死んだら、遺品は母に届けてほしい』と、ナディ様に頼んでいたそうなの。ナディ様は、しっかりと約束を守ってくださったのね」
(そうだったんだ……)

 しばらく沈黙が続いたあと、ガルが口を開く。

「フィリスの存在は、そのときから知っておったのか?」
「えぇ。ナディ様から、『アリアがフィリスという女児を産んだ』とは聞いていたの」

 ガルの問いかけに、ライラさんは頷いた。
 ナディお姉さんとライラさんの交流は、ゲランテに隠れてこっそりとおこなわれていた。だから、ゲランテがおおやけにしていない私を屋敷から連れ出すこともできず、ライラさんに会わせることはできなかったらしい。
 でも、名前と成長記録みたいなものだけは、ナディお姉さんから欠かさず手紙で届いていたんだって。

(ナディお姉さん……そんなことまでしてたんだね)

 それならそうと、言ってくれたらよかったのに……って、私はまだ幼児だし、それは無茶か。

「あら、これは……」

 そのとき、ライラさんが、箱の中に何かを見つけたらしい。
 ライラさんが大切そうに手に取ったのは、古びた腕輪アミュレット

(魔道具……? なんだろう、この感じ……)

 それを見て、私は何とも言えない違和感を覚えた。
 うっすらと魔力をまとっているから、多分魔道具なんだろうけど……魔力が不安定というか、ノイズがあるというか。今まで視てきた魔道具に、こんな視え方をするものはなかったはず。
 すると、その腕輪アミュレットを見たガルの魔力が、驚いたように大きく揺れた。

「む、それは、まさか……」

 珍しく、ガルがちょっと動揺してる。

(あの腕輪アミュレットに、何かあるのかな?)
「ガル、どうしたの?」
「……いや、なんでもない」

 理由を聞こうとしたけど、適当にはぐらかされた。今は言いたくないらしい。

(……まぁ、私に関わるようなことだったら、そのうち教えてくれるかな)

 なんて考えていると、ライラさんが持っていた腕輪アミュレットを、私に差し出してきた。

「これは、我が家の女児に、代々受けがれてきたものなのよ」
「へぇ……」

 すごいものなんだなぁ……と思いつつ、なんとなく受け取ると、なぜかライラさんが満足そうに頷いた。

「というわけで、フィリス。それはあなたにあげるわ」
「ぅえっ⁉」

 にっこりと笑ったライラさんが、急にとんでもないことを言うから、私はあせって腕輪アミュレットを取り落としそうになる。

(あ、危な……)

 なんとかキャッチして、私は安堵あんどの息をついた。
 代々受けがれてきたっていう大切なものを、なんの躊躇ためらいもなく私にくれるなんて驚き。そんな気軽に渡していいものじゃないでしょ。
 あわてて返そうとした私の手を、ライラさんが制する。

「私はアリアにそれを渡したの。そのアリアが産んだ女の子なら、ちゃんと受けぐべきでしょう?」
「それは……でも」
「いいの。それはあなたが持っているべきよ、フィリス」

 ……ライラさんは本気らしい。私が何を言っても、この腕輪アミュレットを私に渡すという意志は変わらなそう。
 それに、ライラさんは、私を孫として扱ってくれている。これで断るのは、ライラさんに失礼かな。

「……だいじに、します」
「ふふふ、よろしくね」

 結局、私は根負けして受け取ることにした。ライラさんは、嬉しそうに微笑んでいる。

(こ、壊さないようにしよう……)

 家宝ともいえるような、不思議な腕輪アミュレット……うっかり壊しちゃいました、なんてことは絶対にしちゃいけない。私が腕輪アミュレットのプレッシャーと戦っていると、ライラさんが眉尻を下げてこっちを見た。

「それで、ひとつだけお願いがあるのだけど……」
「はい?」

 ……これは、腕輪アミュレットの対価?
 どんなことを言われるんだろうと、私は思わず身構える。

「今晩は、ここに泊まっていってくれないかしら? 一度でいいから、孫と一緒に寝てみたくて……」

 ライラさんが言ったのは、私の意表いひょうをつくなんとも可愛らしいお願い。
 すると、それを聞いていたガルが、ポツリと呟く。

「ふむ……もう日も落ちてしまった。今からイタサに戻るのは不可能だな」

 ガルは、遠回しだけど、私がライラさんの家に泊まることを了承した。
 変に気を遣わせないように、わざとこういう言い方をしてるんだなって、私にはわかるけど……ライラさんはまだ不安そうな顔をしている。ガルの意図が、いまいち伝わってないみたい。
 そこで私とガルは、顔を見合わせて頷いた。遠回しに……じゃなくて、直接言っちゃおう。

「ガル、とまっていいよね」
「うむ。せっかくの誘いだ。今晩はここに厄介やっかいになるとよかろう」

 ガルの言葉に、ライラさんの魔力が嬉しそうに揺れた。
 私も、まだまだライラさんとは話し足りないし、お泊まりはわくわくする。

(ところで……)

 ガルはどうするんだろうと思って見上げると、それだけで言いたいことがわかったらしく、こっそりと耳打ちで教えてくれた。

「我はアシュターレ家の様子を探っておく。ここで変身を解くわけにはいくまい?」
「……たしかに」

 ガルは眠らなくても平気だから、夜通しアシュターレ伯爵邸を見張っていられる。
 そして何より、ガルが完全な人型に変身できる時間は限られてるんだよね。
 ライラさんには正体を明かしていないから、おおかみの姿に戻っちゃうと大変なことになる。

(だから、いったん離れたほうが都合がいい……と)
「じゃあ、よろしく」
「任されよう」

 ガルはそうささやいて、私の荷物だけを置いたあと、ライラさんの肩に手を添えた。

「明日の朝、迎えに来るとしよう。それまでは、おぬしにフィリスを任せるぞ」
「気を遣わせてしまったわね。でも、ありがとう」
「よいよい」

 ひらひらと手を振りながら、ガルはライラさんの家を出ていった。
 ライラさんになら、私を預けても大丈夫だと思ったらしい。
 まぁ、私が心を開いている相手を、ガルは疑ったりしないだろうけどね。

「えぇっと……じゃあ、よろしくね」
「はい!」

 緊張しているのか、若干声が硬くなっていて、動きがぎこちないライラさん。
 そんなライラさんを安心させようと、私は明るい声で返事をする。
 それから寝室に案内されて、ライラさんと一緒にベッドに横になったはいいものの、話が尽きることはなかった。
 ……結局、あたりが明るくなるまで、ずっと話し込んでしまっていた。


 そして翌朝。
 私を迎えに来たガルは、目の下にくまを作る私たちを見て、大きなため息をついた。

「なんだ、おぬしら。寝ておらぬのか」
「ふぁ……たのしく、なっちゃって」
「ごめんなさいね。すっかり話し込んでしまったわ」

 いつもなら日が落ちる頃には眠くなるんだけど、昨日は興奮していたからか、全く眠くならなかったんだよね。でも、ライラさんとたっぷり話せたから、結果オーライ。
 あくびをしながら笑う私を見て、ガルが肩をすくめた。

「まぁよい。ところで、アシュターレの様子だが……」
「あ、うん」

 ……ここに来た本来の目的を忘れていた。
 ガルはどんな情報を持ってきたのかと、私は気を引き締める。

「……屋敷の中に人はおるようだが、一向に出てくる気配はないな。籠城ろうじょうでもしておるのやもしれん」
(ありゃ……)

 ガルがあきれたように首を振った。
 せっかくガルが張り込んでくれたのに、アシュターレ家の現状については、ほぼわからなかったみたい。流石さすがに、夜は村人たちのデモ活動もなかったらしいけど、それでもゲランテたちが出てくることはなかったんだそう。

(ゲランテは新聞にもってたし、橋も落ちたままだし……)

 橋の事件に関係しているということで、ゲランテは大々的に新聞に取り上げられていた。
 もちろん絵姿もっていたし、高位貴族だから注目度も高いはず。
 そんな状態で、屋敷から出て、どこかの宿に泊まっているとは思えない。
 橋がまだ直ってないから、王都側に行くのは無理。
 他国に逃げるのも……難しいよね。検問で止められそうだし。

(ここにいるのは、間違いないんだろうけど……)

 ゲランテたちに出てくるつもりがないなら、多分いつまで待っても無駄に終わりそう。

「一度、イタサに戻るか」
「……うん。それがいいかも」

 ガルの提案に、私は頷く。私は気長に張り込んでも構わないけど、イタサで待っているナディお姉さんが我慢できなくなりそう。れたナディお姉さんが私たちのあとを追ってこないうちに、現状報告のために戻ったほうがいいよね。

「そう……もう行ってしまうのね」
「……ごめんなさい。でも、いかなきゃ」

 私たちの会話を聞いていたライラさんが、寂しそうに呟いた。
 すごく名残惜なごりおしいけど、私はずっとここにいるわけにはいかない。

「えぇ、わかっているわ。私も、あなたを縛るつもりはないの」

 ライラさんはそう言いながら、私をぎゅっと抱きしめた。その声は、少し震えている。

「私のことを、忘れないでいてくれたら、それで十分よ」
「ぜったい……ぜったい、わすれません」
「ありがとう、フィリス」

 私を強く抱きしめたまま、ライラさんが涙を流す。
 我慢するつもりだったけど、私も泣いてしまった。


しおりを挟む
表紙へ
感想 275

あなたにおすすめの小説

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

夫が妹を第二夫人に迎えたので、英雄の妻の座を捨てます。

Nao*
恋愛
夫が英雄の称号を授かり、私は英雄の妻となった。 そして英雄は、何でも一つ願いを叶える事が出来る。 そんな夫が願ったのは、私の妹を第二夫人に迎えると言う信じられないものだった。 これまで夫の為に祈りを捧げて来たと言うのに、私は彼に手酷く裏切られたのだ──。 (1万字以上と少し長いので、短編集とは別にしてあります。)

もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。