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2巻
2-2
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自然と、私の目からも涙があふれる。
「エリステラの涙なんて、初めて見たわね。人前では、泣かないんじゃなかったの?」
ナディお姉さんが、エリステラさんをからかうように言う。
でもその声は、少し湿っぽかった。
「うっさい……もらい泣きしてる貴女には、言われたくない」
「……それもそうね」
気が付けば、ナディお姉さんも泣いていた。エリステラさんに指摘されて、初めて自分が涙を流していることがわかったみたいに、手の甲で目元を拭う。
かと思ったら、ナディお姉さんは左右に首を振って、パンッ! と手を叩いた。
「さぁ! 気を取り直して!」
しんみりした空気を振り払うような、底抜けに明るい声。わざとなんだろうなぁ。
でも、ナディお姉さんのおかげで、雰囲気がちょっとだけ明るくなった。
すると、エリステラさんが何かを思い出したらしく、「あ」と声を漏らす。
「……忘れるところだったわ」
そして、乗ってきた馬車に駆け寄ると、中から箱を取り出した。
……エリステラさんが両手で抱えられるくらいの大きさだけど、かなり重そう。
箱を三つ、地面に下ろしたエリステラさんは、満足そうに頷く。
「これでよし。さてと……ナディやエリーは、知っているからいいとして……」
エリステラさんは私たちを順に見て、ガルのところで視線を止めた。
「そちらの御仁は、初めましてですわね。私は商人、エリステラ・ジェイファーと申します。先ほどは、お見苦しいところをお見せしました」
(おぉ……きれいなカーテシー)
乱れた髪や服を一瞬で直して、自己紹介をするエリステラさん。
思わず見惚れてしまうほど美しくて、まさに淑女の挨拶って感じがする。
それを受けたガルは、若干気まずそうな表情で口を開く。
「我はガルという。丁寧な口調は、どうも苦手でな……ナディを相手にするように接してはくれぬか」
「それは……いえ、そう。これでいいのね?」
エリステラさんが悩んだのは一瞬で、すぐに口調を直した。
「うむ、そのほうがよい」
ガルはそれを聞いて頷く。エリステラさんは順応が早いね……商人なだけあって、いろんな状況に合わせられるのかな。
なんて思っていたら、興奮気味のナディお姉さんが、エリステラさんの肩をガシッと掴んだ。
「ガルはすごいのよ! 何せ、せ――」
ナディお姉さんの声が、不自然に途切れた。でも、口はちゃんと動いている。
(ガルの風かぁ……)
どうやら、ガルが風を操って声を消したらしい。
ナディお姉さんは、多分ガルが聖獣だってことを言いたかったんだと思う。
けど、ガルは隠したいみたいだね。
エリステラさんには、自分が「聖獣リルガルム」だということを言うつもりはないらしい。
(そう、それが普通なんだよね……)
聖獣は、本来神に近いとまで言われる存在。こうして人と一緒に行動しているほうが珍しい……というか、それこそおとぎ話のような出来事なので、誰彼構わず言いふらしていたら大騒ぎになっちゃう。
当たり前のように一緒にいるから、感覚がマヒしていたのかもしれない。
……私も、うっかり口を滑らせないようにしないと。
「……! ……⁉」
ナディお姉さんは自分の声が消えてアワアワしている。
エリステラさんは、そんなナディお姉さんを冷ややかな目で見ながら、ガルに尋ねた。
「……ナディの声を消したのは、貴方?」
「うむ、我の魔法だ。風はそれなりに扱えるのでな」
「すごいのね……」
ほぅ、とエリステラさんが感心したようにため息をつく。
すると、ガルがナディお姉さんのところに行って、耳元で何かを囁いた。
ナディお姉さんが高速で首を縦に振ってる……ガルの正体を言わないようにって、釘を刺されたのかな。
ガルが離れると同時に、ナディお姉さんは声を取り戻した。
エリステラさんは、ガルについてはそれ以上何も聞かずに、私に近づいてきてしゃがむ。
「それはそうと、ずっと気になっていたのだけど……」
そう言って、私の目の前で指を一本立てて、左右にゆっくりと振る。
思わず目で追っていると、エリステラさんは不思議そうに首を傾げた。
「やっぱり……フィリスの目、見えているわね。これはどういうこと?」
「フィーちゃんの《ギフト》よ。エルブレンで『選定の儀』を済ませてきたのだけれど、視覚に作用する能力をいただけたの」
私の代わりに、ナディお姉さんが答えた。
エリステラさんは一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに納得したのか頷いた。
「なるほど……そういうことね」
以前エリステラさんと会ったときには、私は《ギフト》を持っていなかった。
私が王都に向かう途中で事故に遭ったから、エリステラさんはまだ《ギフト》をもらっていないと思ってたみたいだね。
……盲目の私が、急に目が見えるようになってたら、それは気になるよね。
「ふぅ。とりあえず、貴方たちの現状はわかったわ」
エリステラさんはそう言って立ち上がると、さっき取り出した箱を指した。
「今度は貴方たちが、エイス王国の『今』を知る番よ」
箱に入っていたのは、小さな文字がたくさん書かれた紙束……新聞だった。
日付は……私が橋から落ちた日から今日まで、全部ある。
「フィリスやガルはともかく、ナディとエリーは自由に動けないでしょう。いずれ必要になると思って、集めていたのよ」
「感謝するわ、エリステラ!」
「……こんなに早く、必要になるとは思わなかったけど」
目を輝かせるナディお姉さんに、エリステラさんは苦笑する。
あまり集められなかったと言っているけど、エイス王国の現状をほとんど知らない私たちにとっては、これでも十分すぎる。
……とはいっても、私はまだ新聞に使われるような、難しい文字は読めない。
(読むのは、ガルたちに任せようっと)
こればっかりは仕方ない。みんなが一斉に新聞を読み始めたので、私は大人しく待つ。
しばらくすると、大量の新聞を黙々と読んでいたナディお姉さんが、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「フィーちゃんの名前も出ているわね。でも、流石にこれはないわ」
「憶測で描かれたものでしょうが……誰ですか、これ」
「これはまた、なんとも……」
ナディお姉さんが読んでいる新聞を覗き込んだエリーとガルは、顔をクシャッと歪めた。魔力も、なんとも言えない不快感を示している。どうやら、新聞でも私のことが話題になってるらしい。
(いったいどんな……え?)
気になって見てみると、そこには私とは似ても似つかない子どもの姿が、デカデカと描いてあった。
……ふくよかなボディーに鋭い目つき。髪色も銀じゃないし、特徴が何ひとつ一致してない。
(こ、これは……)
なんていうか、名前が同じだけの別人だね。
この姿で認知されてるなら、「私がフィリスです」って出ていったとしても、絶対にバレない自信がある。……でも、絵姿はともかく、周囲に存在すら知られていなかった私の名前が、どうして新聞に載っているんだろう?
なんて思っていると、新聞をつついて私の絵姿に文句を言っていたナディお姉さんが、ふと何かを思い出したように顔をあげた。
「エリステラ、フィーちゃんの容姿について、情報は流したの?」
「まさか。アリシアやテテルに教えたのも、名前だけよ」
「そうよねぇ……」
首を横に振るエリステラさんに、ナディお姉さんがため息をつく。
「ねぇさま、どういうこと?」
二人の会話の意味がわからず聞いてみたら、ナディお姉さんとエリステラさんは顔を見合わせてから説明してくれた。
新聞に私の名前が出ているのには、二人が関係しているらしい。
なんでも、ナディお姉さんがアシュターレ伯爵家に嫌がらせをするために、ずっと父ゲランテが隠してきた私という秘密を、エリステラさんに頼んでお友達経由でばらまいたらしい。
そして、その噂が大好物だというお友達のおかげで、あっという間に広まったんだとか。
公開した情報は名前と年齢だけだったそうだけど、そこから噂に尾ひれがついて、最終的によくわからない絵姿になったっぽい。
「フィーちゃんのことを悪く書いているわけではないから、別にいいけれど……なんだか複雑ね」
「間違っても、『フィリスの正しい姿はこうよ!』……とか言って、新聞社に乗り込んだりしないでよね。今までの努力が無駄になるわ」
「流石に、そんなことしないわよぅ」
エリステラさんが、ナディお姉さんにジトッとした視線を送っている。
……私も、ナディお姉さんならやりかねないとか思ってしまった。ナディお姉さんは、私が絡むと暴走しがちだから。
「それよりも、貴女は自分のことに注目したらどうなの?」
ため息をついたエリステラさんが、持っていた新聞をナディお姉さんに投げ渡した。
それを横から見たエリーが、感嘆の声を漏らす。
「わ、ナディさまの絵姿は、正確に特徴が捉えられていますね」
「それは貴女もね、エリー」
「……はい」
エリステラさんの鋭いツッコミに、エリーがガクリと肩を落とす。
その新聞は、ナディお姉さんとエリーが家出した直後のものらしく、二人の姿が細かく描かれていた。
……屋敷で生活していたころのナディお姉さんは、髪が長くてドレスを着ていたはずだし、エリーもメイド服を着ていたはず。ところが、新聞に描かれたナディお姉さんは、とても動きやすそうな格好をしている。エリーもメイド服じゃない。
家出するとき、ナディお姉さんは屋敷に髪の毛を残してきたらしいから、髪が短くなっているのは、まぁわかる。でも服装が、今の二人を見て絵を描いたって言われても違和感がない仕上がりなのは、なんでだろう。
二人は誰にも会わずに家を出たっていうから、これは誰かが想像で描いたんだろうけど……それにしては正確に描かれてる。
私のとは大違いだね。これが知名度の差ってことかな。
「むぅ」
不満そうに口を尖らせるナディお姉さんに、エリステラさんが大きなため息をついた。
「ナディは特に、《水神の加護》を持っているってことで、注目度も段違いよ」
「ぐぬぅ……」
「イタサみたいな大きな街じゃなくても、貴女が出歩けばすぐバレるでしょうね」
「ぐぬぬぅ」
エリステラさんの言葉に、ナディお姉さんが悔しそうに呻く。
ナディお姉さんは、伯爵令嬢で魔法の天才。おまけに神様の加護までもらっている。
エリステラさんいわく、「普段から社交界では注目の的」だったらしい。
そんな人が、貴族女性の美しさの象徴とも言える髪の毛を切り落として、それを残して行方不明になれば、上を下への大騒動になるのも当然のこと。
むしろ、今まで誰にも見つかっていなかったのは、運がよかったのかもしれない。
「くぅ……一度屋敷に戻って、おバカさんたちを引っ叩いておきたかったのに……せめて様子見だけでも……」
そんなことを言うナディお姉さんを、エリステラさんは呆れたように見た。
「貴女ね、今屋敷に戻ったら、確実に捕まるわよ?」
「そうよね……」
流石のナディお姉さんも、新聞を見て屋敷に行くのは無理だと悟ったらしい。……と思ったら、どうやったらバレずにアシュターレの屋敷を見に行けるのか……ってことについて、エリステラさんとエリーと議論を始めた。
それを聞いていて、ふと思いついた。
(それ、私とガルなら……)
新聞でも顔がわからない私たちなら、堂々と出歩ける。でも、提案するかどうか、ちょっと悩んだ。
(仕方ない。また、ナディお姉さんたちと離れちゃうけど……)
少し考えたけど、結局これしかないと思って、私はナディお姉さんたちに声をかけた。
「……わたしが、いく」
「えっ⁉ フィ、フィーちゃん?」
急な提案に驚いたのか、ナディお姉さんが弾かれたように私を見た。
ナディお姉さんの目を見つめて、私はちょっとだけ語気を強める。
「わたしと、ガルで、みにいく」
「えぇぇ⁉」
ナディお姉さんが、激しく動揺している。
……けど、もうすぐ日が暮れちゃうし、いつまでも森のそばにいるわけにはいかない。
ナディお姉さんには申し訳ないけど、ちょっと強引に話を進める。
「ガルがいっしょなら、あんしん」
「それは、そうだけれど……」
ガルの名前を出せば大丈夫だと思ったけど、まだナディお姉さんを納得させるには足りない。
いくらガルが強いといっても、離れるのはやっぱり嫌みたい。
そこで、直接説得してもらおうと、私はガルを見る。
それだけで、ガルは私が何をしてほしいのかわかったらしい。
「……我とフィリスだけであれば、まず気付かれまい」
ガルが優しい口調で、ナディお姉さんを諭す。
「ナディが気になるという屋敷の様子を見てくるのも容易い。フィリス一人であれば、我は確実に守り通せる」
「うーん……確かに……」
ガルには、目が見えない私を守り続けて、ナディお姉さんと再会させたって実績がある。
それをわかっているから、ナディお姉さんも悩んでいるっぽい。
しばらく考え込んだナディお姉さんは、いきなりパンッ! と自分の頬を叩いた。
「そうね。偵察はガルに……いえ、ガルとフィーちゃんに任せるわ」
「ありがと、ねぇさま」
よかった、ナディお姉さんも納得してくれた。
「た・だ・し!」
「うみゅ⁉」
……と思ったら、突然ナディお姉さんに、思いっきり顔を両手で挟まれる。
私の口から、変な音が漏れた。
「ただし、絶対に帰ってくること。無茶は許さないわよ?」
「ふぁい」
「よろしい」
……もしナディお姉さんが行っていたら、私よりも無茶しそうだなぁ、と思ったのは黙っておこう。
いつものように頬を揉まれながら、私はナディお姉さんに注意事項を叩き込まれた。
(遠足の前の日みたい……)
私のことが心配なのはわかるけど、ガルもいるし……大丈夫だと思うけどなぁ。
結局、呆れたエリステラさんが止めてくれるまで、ナディお姉さんは私の頬を揉み続けた。
(……ところで)
私たちと離れている間、ナディお姉さんたちはどうするんだろう。
イタサの街にナディお姉さんとエリーが泊まるのは、まず不可能なはず。
まさか、ずっと野営ってわけにもいかないだろうし。
……なんて思っていたら、エリステラさんがナディお姉さんたちに何かを渡した。
「ナディ、エリー。貴女たちは、しばらく私が匿ってあげるわ。それはうちの従業員に持たせてる札よ。まぁ、偽造だけど」
エリステラさんが渡していたのは、従業員を識別する魔道具らしい。
なるほど……エリステラさんは、かなり大きな商家の娘さん。
ナディお姉さんたちを従業員に紛れ込ませて、街につれていくつもりかな。
「それは助かるけれど……いいのかしら? バレたらあなたも大変よ?」
ナディお姉さんが、嬉しさ半分、不安半分といった感じでエリステラさんに問いかける。
エリステラさんは、額に手を当ててため息をついた。
「ここまで巻き込んでおいて、今さらなんの心配をしてるのよ。言っておくけど、タダで匿ったりしないから」
「……え?」
エリステラさんの言葉に、ナディお姉さんが動きを止める。
それを見たエリステラさんの魔力が、一瞬だけゆらっと大きくなった。
「二回も私のお部屋を壊したんだから、当然弁償はしてもらうわ。フィリスたちが帰ってくるまで、私のところで働きなさい!」
「えぇぇ~⁉」
ビシッ! とエリステラさんに人差し指を向けられて、不満そうに頬を膨らますナディお姉さん。
……自分がやったのに、まるで反省してない。匿ってもらえるんだから、文句を言わずに頑張ってください。
「当然の報いですね……頑張ります」
一方のエリーは、ため息をつきながらも納得していた。
ぶつぶつと文句を言うナディお姉さんを馬車に押し込みながら、エリステラさんは私とガルに声をかける。
「貴方たちはどうするの? イタサで一泊するのなら、いい宿を紹介するわよ?」
「エリステラさんの、ところ?」
「いいえ、流石にそれは無理ね。別の宿になるわ」
私が聞くと、エリステラさんは首を横に振った。
まさかとは思っていたけど、やっぱりエリステラさんの宿には泊まれないらしい。
私も一度行っているから、顔を覚えられているかもしれないもんね。
でも、どこかの宿を紹介してもらえるのはとても助かる。私とガルは顔を見合わせて、そろって頷いた。
「よろしく頼む」
「おねがいします」
「えぇ、任せなさい。ナディたちの面倒も、しっかり見ておくから」
エリステラさんが頼もしく微笑んでくれた。
ナディお姉さんとエリーは、エリステラさんの馬車に隠れてこっそり街に入るということで、ここでいったんお別れ。先に街に入ったエリステラさんが、私たちが泊まる宿を手配してくれるらしい。
「フィーちゃーん……!」
「ナディ、引っ込みなさい。見つかっても知らないわよ」
ガラガラと音を立てて離れていく馬車の中から、すごい情けない表情のナディお姉さんが顔を出して、エリステラさんに怒られていた。
その様子を見ていたガルが、呆れたようにため息をつく。
「フィリスのほうが落ち着いておるとはな……これでは、どちらが姉かわからぬわ」
「あははは……」
(まぁ、中身は大人だからね……)
乾いた笑い声をあげながら、私は内心で呟いた。
ナディお姉さんの、姉の威厳がどんどん崩れていく。とても頼りになるお姉さんのはずなのに、どうしてあんなに残念なんだろう。……いくら考えても、わからないんだけどね。
そんなことよりも、そろそろ完全に日が沈む。夜になると強い魔物が増えるらしいから、私たちは足早にイタサの街へ。
二人で旅をしていたときみたいに親子のふりをしたら、検問も簡単に突破できた。
これからも、これでなんとかなりそうだね。
イタサの街に着いた、翌日。私たちは予定通りエリステラさんに手配してもらった宿で一晩過ごして、早速アシュターレ伯爵の屋敷へと移動を始めた。
……のはいいんだけど、私はその場所を知らない……もちろん道もわからない。
ということで、昨日エリステラさんに用意してもらった地図を使って、ガルに連れていってもらうことに。
イタサの街から屋敷までは、馬車で半日くらいかかる。街道を歩いていくとかなり遠いから……私たちは、途中にある森を突っ切って進むことにした。
人目につかない森の中では、ガルは狼姿になって私を乗せて歩く。
そして、真上にあった太陽が傾き出したころ……私たちは、森を抜けて街道に戻ってきた。
そこからガルは、また人型に変身して、私を抱えて歩く。でも、今は目が見えるし危なくはないはず……ということで、途中で自分で歩きたいと言って下ろしてもらった。
「はぁ、はぁ……はぁ」
ところが、少し歩いただけで、簡単に息が切れてきた。足が思うように動かず、少しの段差にも躓いてしまう。
いくら運動不足気味の五歳児とはいえ、これはちょっと問題。
(ずっと、目に頼らずに生活してた弊害かな……)
視覚に頼らず、【空間把握】でバランスを保っていたときとは違う。足がつく場所を見る癖がついてないから、小さな段差を見逃してしまう。街中ならともかく、舗装されていない道を歩くのは、私には難しすぎたらしい。
(か、体が重い……ん?)
そのとき、私に合わせてゆっくりと歩いていたガルが、ぴたりと足を止めた。
「屋敷が近いな。フィリス、歩くのはここまででよいか?」
「はぁっ、はっ……うん、もういい……」
どうやら私が思ったよりも進んでいて、もうすぐ目指していた屋敷みたい。
疲れてうまく話せないけど、なんとか返事をする。
「うむ。では行くぞ」
ガルは頷いて、ぐったりした私を抱き上げて歩き出した。
(あ、涼しくて気持ちいい……ありがとう、ガル)
周囲からはわからない程度に、ガルが私にそよ風を当ててくれてる。
火照った体に、冷たい風が心地いい。
だんだん空が赤く染まっていく中進んでいると、小さな村のようなところに着いた。
(あれ? 何かがおかしい? ……あっ)
ふと変な感じがして、ぐるりと辺りを見回すと、おかしなことに気が付いた。
なんと、この村にはどういうわけか、人の気配がほとんどない。
街道では、普通に人とすれ違ったりしたのに、ここは廃墟かと思うくらい閑散としている。
まるで、建物を残して、人だけが消えてしまったみたいに。
「……これは妙だな。魔物に襲われた、というわけでもあるまい」
ガルも、その不可思議な光景が気になったみたい。
(魔物っぽい気配はない……ん?)
原因がわからず二人で首を傾げていると、どこからか爆発音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、かすかに、でも連続して爆発音がする。
(この音は、そんなに遠くない)
近くで誰かが戦っているのかな。
もし誰かがいるのなら、この村に人がいない理由を知っているかも。
「あっち!」
村の様子も気になるけど、まずは音の正体を確かめに行きたい。
ガルも私の意図を察してくれたらしく、音がするほうへ足を向けた。
「顔は隠せ。行くぞ」
「うん!」
ガルは、私が顔を隠したのを確認すると、風を操って足音を消しながら走り出した。
ただ魔物が暴れているんだったら、近づいても危険なだけ。
だからガルは、わざと道を逸れて、木々に隠れながら進む。
これなら、こっそりと確かめられるからね。
「っ⁉」
そのとき、私たちのすぐ近くで、とても大きな爆発音が聞こえた。
震動がお腹に響いて、思わず体が強張る。
ガルが風で衝撃を和らげてくれたおかげで、すぐなんともなくなったけど。
「近いな……この向こうか」
ガルはそう言って、慎重に足を進める。
「エリステラの涙なんて、初めて見たわね。人前では、泣かないんじゃなかったの?」
ナディお姉さんが、エリステラさんをからかうように言う。
でもその声は、少し湿っぽかった。
「うっさい……もらい泣きしてる貴女には、言われたくない」
「……それもそうね」
気が付けば、ナディお姉さんも泣いていた。エリステラさんに指摘されて、初めて自分が涙を流していることがわかったみたいに、手の甲で目元を拭う。
かと思ったら、ナディお姉さんは左右に首を振って、パンッ! と手を叩いた。
「さぁ! 気を取り直して!」
しんみりした空気を振り払うような、底抜けに明るい声。わざとなんだろうなぁ。
でも、ナディお姉さんのおかげで、雰囲気がちょっとだけ明るくなった。
すると、エリステラさんが何かを思い出したらしく、「あ」と声を漏らす。
「……忘れるところだったわ」
そして、乗ってきた馬車に駆け寄ると、中から箱を取り出した。
……エリステラさんが両手で抱えられるくらいの大きさだけど、かなり重そう。
箱を三つ、地面に下ろしたエリステラさんは、満足そうに頷く。
「これでよし。さてと……ナディやエリーは、知っているからいいとして……」
エリステラさんは私たちを順に見て、ガルのところで視線を止めた。
「そちらの御仁は、初めましてですわね。私は商人、エリステラ・ジェイファーと申します。先ほどは、お見苦しいところをお見せしました」
(おぉ……きれいなカーテシー)
乱れた髪や服を一瞬で直して、自己紹介をするエリステラさん。
思わず見惚れてしまうほど美しくて、まさに淑女の挨拶って感じがする。
それを受けたガルは、若干気まずそうな表情で口を開く。
「我はガルという。丁寧な口調は、どうも苦手でな……ナディを相手にするように接してはくれぬか」
「それは……いえ、そう。これでいいのね?」
エリステラさんが悩んだのは一瞬で、すぐに口調を直した。
「うむ、そのほうがよい」
ガルはそれを聞いて頷く。エリステラさんは順応が早いね……商人なだけあって、いろんな状況に合わせられるのかな。
なんて思っていたら、興奮気味のナディお姉さんが、エリステラさんの肩をガシッと掴んだ。
「ガルはすごいのよ! 何せ、せ――」
ナディお姉さんの声が、不自然に途切れた。でも、口はちゃんと動いている。
(ガルの風かぁ……)
どうやら、ガルが風を操って声を消したらしい。
ナディお姉さんは、多分ガルが聖獣だってことを言いたかったんだと思う。
けど、ガルは隠したいみたいだね。
エリステラさんには、自分が「聖獣リルガルム」だということを言うつもりはないらしい。
(そう、それが普通なんだよね……)
聖獣は、本来神に近いとまで言われる存在。こうして人と一緒に行動しているほうが珍しい……というか、それこそおとぎ話のような出来事なので、誰彼構わず言いふらしていたら大騒ぎになっちゃう。
当たり前のように一緒にいるから、感覚がマヒしていたのかもしれない。
……私も、うっかり口を滑らせないようにしないと。
「……! ……⁉」
ナディお姉さんは自分の声が消えてアワアワしている。
エリステラさんは、そんなナディお姉さんを冷ややかな目で見ながら、ガルに尋ねた。
「……ナディの声を消したのは、貴方?」
「うむ、我の魔法だ。風はそれなりに扱えるのでな」
「すごいのね……」
ほぅ、とエリステラさんが感心したようにため息をつく。
すると、ガルがナディお姉さんのところに行って、耳元で何かを囁いた。
ナディお姉さんが高速で首を縦に振ってる……ガルの正体を言わないようにって、釘を刺されたのかな。
ガルが離れると同時に、ナディお姉さんは声を取り戻した。
エリステラさんは、ガルについてはそれ以上何も聞かずに、私に近づいてきてしゃがむ。
「それはそうと、ずっと気になっていたのだけど……」
そう言って、私の目の前で指を一本立てて、左右にゆっくりと振る。
思わず目で追っていると、エリステラさんは不思議そうに首を傾げた。
「やっぱり……フィリスの目、見えているわね。これはどういうこと?」
「フィーちゃんの《ギフト》よ。エルブレンで『選定の儀』を済ませてきたのだけれど、視覚に作用する能力をいただけたの」
私の代わりに、ナディお姉さんが答えた。
エリステラさんは一瞬驚いたような表情を浮かべて、すぐに納得したのか頷いた。
「なるほど……そういうことね」
以前エリステラさんと会ったときには、私は《ギフト》を持っていなかった。
私が王都に向かう途中で事故に遭ったから、エリステラさんはまだ《ギフト》をもらっていないと思ってたみたいだね。
……盲目の私が、急に目が見えるようになってたら、それは気になるよね。
「ふぅ。とりあえず、貴方たちの現状はわかったわ」
エリステラさんはそう言って立ち上がると、さっき取り出した箱を指した。
「今度は貴方たちが、エイス王国の『今』を知る番よ」
箱に入っていたのは、小さな文字がたくさん書かれた紙束……新聞だった。
日付は……私が橋から落ちた日から今日まで、全部ある。
「フィリスやガルはともかく、ナディとエリーは自由に動けないでしょう。いずれ必要になると思って、集めていたのよ」
「感謝するわ、エリステラ!」
「……こんなに早く、必要になるとは思わなかったけど」
目を輝かせるナディお姉さんに、エリステラさんは苦笑する。
あまり集められなかったと言っているけど、エイス王国の現状をほとんど知らない私たちにとっては、これでも十分すぎる。
……とはいっても、私はまだ新聞に使われるような、難しい文字は読めない。
(読むのは、ガルたちに任せようっと)
こればっかりは仕方ない。みんなが一斉に新聞を読み始めたので、私は大人しく待つ。
しばらくすると、大量の新聞を黙々と読んでいたナディお姉さんが、ぶつぶつと何かを呟き始めた。
「フィーちゃんの名前も出ているわね。でも、流石にこれはないわ」
「憶測で描かれたものでしょうが……誰ですか、これ」
「これはまた、なんとも……」
ナディお姉さんが読んでいる新聞を覗き込んだエリーとガルは、顔をクシャッと歪めた。魔力も、なんとも言えない不快感を示している。どうやら、新聞でも私のことが話題になってるらしい。
(いったいどんな……え?)
気になって見てみると、そこには私とは似ても似つかない子どもの姿が、デカデカと描いてあった。
……ふくよかなボディーに鋭い目つき。髪色も銀じゃないし、特徴が何ひとつ一致してない。
(こ、これは……)
なんていうか、名前が同じだけの別人だね。
この姿で認知されてるなら、「私がフィリスです」って出ていったとしても、絶対にバレない自信がある。……でも、絵姿はともかく、周囲に存在すら知られていなかった私の名前が、どうして新聞に載っているんだろう?
なんて思っていると、新聞をつついて私の絵姿に文句を言っていたナディお姉さんが、ふと何かを思い出したように顔をあげた。
「エリステラ、フィーちゃんの容姿について、情報は流したの?」
「まさか。アリシアやテテルに教えたのも、名前だけよ」
「そうよねぇ……」
首を横に振るエリステラさんに、ナディお姉さんがため息をつく。
「ねぇさま、どういうこと?」
二人の会話の意味がわからず聞いてみたら、ナディお姉さんとエリステラさんは顔を見合わせてから説明してくれた。
新聞に私の名前が出ているのには、二人が関係しているらしい。
なんでも、ナディお姉さんがアシュターレ伯爵家に嫌がらせをするために、ずっと父ゲランテが隠してきた私という秘密を、エリステラさんに頼んでお友達経由でばらまいたらしい。
そして、その噂が大好物だというお友達のおかげで、あっという間に広まったんだとか。
公開した情報は名前と年齢だけだったそうだけど、そこから噂に尾ひれがついて、最終的によくわからない絵姿になったっぽい。
「フィーちゃんのことを悪く書いているわけではないから、別にいいけれど……なんだか複雑ね」
「間違っても、『フィリスの正しい姿はこうよ!』……とか言って、新聞社に乗り込んだりしないでよね。今までの努力が無駄になるわ」
「流石に、そんなことしないわよぅ」
エリステラさんが、ナディお姉さんにジトッとした視線を送っている。
……私も、ナディお姉さんならやりかねないとか思ってしまった。ナディお姉さんは、私が絡むと暴走しがちだから。
「それよりも、貴女は自分のことに注目したらどうなの?」
ため息をついたエリステラさんが、持っていた新聞をナディお姉さんに投げ渡した。
それを横から見たエリーが、感嘆の声を漏らす。
「わ、ナディさまの絵姿は、正確に特徴が捉えられていますね」
「それは貴女もね、エリー」
「……はい」
エリステラさんの鋭いツッコミに、エリーがガクリと肩を落とす。
その新聞は、ナディお姉さんとエリーが家出した直後のものらしく、二人の姿が細かく描かれていた。
……屋敷で生活していたころのナディお姉さんは、髪が長くてドレスを着ていたはずだし、エリーもメイド服を着ていたはず。ところが、新聞に描かれたナディお姉さんは、とても動きやすそうな格好をしている。エリーもメイド服じゃない。
家出するとき、ナディお姉さんは屋敷に髪の毛を残してきたらしいから、髪が短くなっているのは、まぁわかる。でも服装が、今の二人を見て絵を描いたって言われても違和感がない仕上がりなのは、なんでだろう。
二人は誰にも会わずに家を出たっていうから、これは誰かが想像で描いたんだろうけど……それにしては正確に描かれてる。
私のとは大違いだね。これが知名度の差ってことかな。
「むぅ」
不満そうに口を尖らせるナディお姉さんに、エリステラさんが大きなため息をついた。
「ナディは特に、《水神の加護》を持っているってことで、注目度も段違いよ」
「ぐぬぅ……」
「イタサみたいな大きな街じゃなくても、貴女が出歩けばすぐバレるでしょうね」
「ぐぬぬぅ」
エリステラさんの言葉に、ナディお姉さんが悔しそうに呻く。
ナディお姉さんは、伯爵令嬢で魔法の天才。おまけに神様の加護までもらっている。
エリステラさんいわく、「普段から社交界では注目の的」だったらしい。
そんな人が、貴族女性の美しさの象徴とも言える髪の毛を切り落として、それを残して行方不明になれば、上を下への大騒動になるのも当然のこと。
むしろ、今まで誰にも見つかっていなかったのは、運がよかったのかもしれない。
「くぅ……一度屋敷に戻って、おバカさんたちを引っ叩いておきたかったのに……せめて様子見だけでも……」
そんなことを言うナディお姉さんを、エリステラさんは呆れたように見た。
「貴女ね、今屋敷に戻ったら、確実に捕まるわよ?」
「そうよね……」
流石のナディお姉さんも、新聞を見て屋敷に行くのは無理だと悟ったらしい。……と思ったら、どうやったらバレずにアシュターレの屋敷を見に行けるのか……ってことについて、エリステラさんとエリーと議論を始めた。
それを聞いていて、ふと思いついた。
(それ、私とガルなら……)
新聞でも顔がわからない私たちなら、堂々と出歩ける。でも、提案するかどうか、ちょっと悩んだ。
(仕方ない。また、ナディお姉さんたちと離れちゃうけど……)
少し考えたけど、結局これしかないと思って、私はナディお姉さんたちに声をかけた。
「……わたしが、いく」
「えっ⁉ フィ、フィーちゃん?」
急な提案に驚いたのか、ナディお姉さんが弾かれたように私を見た。
ナディお姉さんの目を見つめて、私はちょっとだけ語気を強める。
「わたしと、ガルで、みにいく」
「えぇぇ⁉」
ナディお姉さんが、激しく動揺している。
……けど、もうすぐ日が暮れちゃうし、いつまでも森のそばにいるわけにはいかない。
ナディお姉さんには申し訳ないけど、ちょっと強引に話を進める。
「ガルがいっしょなら、あんしん」
「それは、そうだけれど……」
ガルの名前を出せば大丈夫だと思ったけど、まだナディお姉さんを納得させるには足りない。
いくらガルが強いといっても、離れるのはやっぱり嫌みたい。
そこで、直接説得してもらおうと、私はガルを見る。
それだけで、ガルは私が何をしてほしいのかわかったらしい。
「……我とフィリスだけであれば、まず気付かれまい」
ガルが優しい口調で、ナディお姉さんを諭す。
「ナディが気になるという屋敷の様子を見てくるのも容易い。フィリス一人であれば、我は確実に守り通せる」
「うーん……確かに……」
ガルには、目が見えない私を守り続けて、ナディお姉さんと再会させたって実績がある。
それをわかっているから、ナディお姉さんも悩んでいるっぽい。
しばらく考え込んだナディお姉さんは、いきなりパンッ! と自分の頬を叩いた。
「そうね。偵察はガルに……いえ、ガルとフィーちゃんに任せるわ」
「ありがと、ねぇさま」
よかった、ナディお姉さんも納得してくれた。
「た・だ・し!」
「うみゅ⁉」
……と思ったら、突然ナディお姉さんに、思いっきり顔を両手で挟まれる。
私の口から、変な音が漏れた。
「ただし、絶対に帰ってくること。無茶は許さないわよ?」
「ふぁい」
「よろしい」
……もしナディお姉さんが行っていたら、私よりも無茶しそうだなぁ、と思ったのは黙っておこう。
いつものように頬を揉まれながら、私はナディお姉さんに注意事項を叩き込まれた。
(遠足の前の日みたい……)
私のことが心配なのはわかるけど、ガルもいるし……大丈夫だと思うけどなぁ。
結局、呆れたエリステラさんが止めてくれるまで、ナディお姉さんは私の頬を揉み続けた。
(……ところで)
私たちと離れている間、ナディお姉さんたちはどうするんだろう。
イタサの街にナディお姉さんとエリーが泊まるのは、まず不可能なはず。
まさか、ずっと野営ってわけにもいかないだろうし。
……なんて思っていたら、エリステラさんがナディお姉さんたちに何かを渡した。
「ナディ、エリー。貴女たちは、しばらく私が匿ってあげるわ。それはうちの従業員に持たせてる札よ。まぁ、偽造だけど」
エリステラさんが渡していたのは、従業員を識別する魔道具らしい。
なるほど……エリステラさんは、かなり大きな商家の娘さん。
ナディお姉さんたちを従業員に紛れ込ませて、街につれていくつもりかな。
「それは助かるけれど……いいのかしら? バレたらあなたも大変よ?」
ナディお姉さんが、嬉しさ半分、不安半分といった感じでエリステラさんに問いかける。
エリステラさんは、額に手を当ててため息をついた。
「ここまで巻き込んでおいて、今さらなんの心配をしてるのよ。言っておくけど、タダで匿ったりしないから」
「……え?」
エリステラさんの言葉に、ナディお姉さんが動きを止める。
それを見たエリステラさんの魔力が、一瞬だけゆらっと大きくなった。
「二回も私のお部屋を壊したんだから、当然弁償はしてもらうわ。フィリスたちが帰ってくるまで、私のところで働きなさい!」
「えぇぇ~⁉」
ビシッ! とエリステラさんに人差し指を向けられて、不満そうに頬を膨らますナディお姉さん。
……自分がやったのに、まるで反省してない。匿ってもらえるんだから、文句を言わずに頑張ってください。
「当然の報いですね……頑張ります」
一方のエリーは、ため息をつきながらも納得していた。
ぶつぶつと文句を言うナディお姉さんを馬車に押し込みながら、エリステラさんは私とガルに声をかける。
「貴方たちはどうするの? イタサで一泊するのなら、いい宿を紹介するわよ?」
「エリステラさんの、ところ?」
「いいえ、流石にそれは無理ね。別の宿になるわ」
私が聞くと、エリステラさんは首を横に振った。
まさかとは思っていたけど、やっぱりエリステラさんの宿には泊まれないらしい。
私も一度行っているから、顔を覚えられているかもしれないもんね。
でも、どこかの宿を紹介してもらえるのはとても助かる。私とガルは顔を見合わせて、そろって頷いた。
「よろしく頼む」
「おねがいします」
「えぇ、任せなさい。ナディたちの面倒も、しっかり見ておくから」
エリステラさんが頼もしく微笑んでくれた。
ナディお姉さんとエリーは、エリステラさんの馬車に隠れてこっそり街に入るということで、ここでいったんお別れ。先に街に入ったエリステラさんが、私たちが泊まる宿を手配してくれるらしい。
「フィーちゃーん……!」
「ナディ、引っ込みなさい。見つかっても知らないわよ」
ガラガラと音を立てて離れていく馬車の中から、すごい情けない表情のナディお姉さんが顔を出して、エリステラさんに怒られていた。
その様子を見ていたガルが、呆れたようにため息をつく。
「フィリスのほうが落ち着いておるとはな……これでは、どちらが姉かわからぬわ」
「あははは……」
(まぁ、中身は大人だからね……)
乾いた笑い声をあげながら、私は内心で呟いた。
ナディお姉さんの、姉の威厳がどんどん崩れていく。とても頼りになるお姉さんのはずなのに、どうしてあんなに残念なんだろう。……いくら考えても、わからないんだけどね。
そんなことよりも、そろそろ完全に日が沈む。夜になると強い魔物が増えるらしいから、私たちは足早にイタサの街へ。
二人で旅をしていたときみたいに親子のふりをしたら、検問も簡単に突破できた。
これからも、これでなんとかなりそうだね。
イタサの街に着いた、翌日。私たちは予定通りエリステラさんに手配してもらった宿で一晩過ごして、早速アシュターレ伯爵の屋敷へと移動を始めた。
……のはいいんだけど、私はその場所を知らない……もちろん道もわからない。
ということで、昨日エリステラさんに用意してもらった地図を使って、ガルに連れていってもらうことに。
イタサの街から屋敷までは、馬車で半日くらいかかる。街道を歩いていくとかなり遠いから……私たちは、途中にある森を突っ切って進むことにした。
人目につかない森の中では、ガルは狼姿になって私を乗せて歩く。
そして、真上にあった太陽が傾き出したころ……私たちは、森を抜けて街道に戻ってきた。
そこからガルは、また人型に変身して、私を抱えて歩く。でも、今は目が見えるし危なくはないはず……ということで、途中で自分で歩きたいと言って下ろしてもらった。
「はぁ、はぁ……はぁ」
ところが、少し歩いただけで、簡単に息が切れてきた。足が思うように動かず、少しの段差にも躓いてしまう。
いくら運動不足気味の五歳児とはいえ、これはちょっと問題。
(ずっと、目に頼らずに生活してた弊害かな……)
視覚に頼らず、【空間把握】でバランスを保っていたときとは違う。足がつく場所を見る癖がついてないから、小さな段差を見逃してしまう。街中ならともかく、舗装されていない道を歩くのは、私には難しすぎたらしい。
(か、体が重い……ん?)
そのとき、私に合わせてゆっくりと歩いていたガルが、ぴたりと足を止めた。
「屋敷が近いな。フィリス、歩くのはここまででよいか?」
「はぁっ、はっ……うん、もういい……」
どうやら私が思ったよりも進んでいて、もうすぐ目指していた屋敷みたい。
疲れてうまく話せないけど、なんとか返事をする。
「うむ。では行くぞ」
ガルは頷いて、ぐったりした私を抱き上げて歩き出した。
(あ、涼しくて気持ちいい……ありがとう、ガル)
周囲からはわからない程度に、ガルが私にそよ風を当ててくれてる。
火照った体に、冷たい風が心地いい。
だんだん空が赤く染まっていく中進んでいると、小さな村のようなところに着いた。
(あれ? 何かがおかしい? ……あっ)
ふと変な感じがして、ぐるりと辺りを見回すと、おかしなことに気が付いた。
なんと、この村にはどういうわけか、人の気配がほとんどない。
街道では、普通に人とすれ違ったりしたのに、ここは廃墟かと思うくらい閑散としている。
まるで、建物を残して、人だけが消えてしまったみたいに。
「……これは妙だな。魔物に襲われた、というわけでもあるまい」
ガルも、その不可思議な光景が気になったみたい。
(魔物っぽい気配はない……ん?)
原因がわからず二人で首を傾げていると、どこからか爆発音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、かすかに、でも連続して爆発音がする。
(この音は、そんなに遠くない)
近くで誰かが戦っているのかな。
もし誰かがいるのなら、この村に人がいない理由を知っているかも。
「あっち!」
村の様子も気になるけど、まずは音の正体を確かめに行きたい。
ガルも私の意図を察してくれたらしく、音がするほうへ足を向けた。
「顔は隠せ。行くぞ」
「うん!」
ガルは、私が顔を隠したのを確認すると、風を操って足音を消しながら走り出した。
ただ魔物が暴れているんだったら、近づいても危険なだけ。
だからガルは、わざと道を逸れて、木々に隠れながら進む。
これなら、こっそりと確かめられるからね。
「っ⁉」
そのとき、私たちのすぐ近くで、とても大きな爆発音が聞こえた。
震動がお腹に響いて、思わず体が強張る。
ガルが風で衝撃を和らげてくれたおかげで、すぐなんともなくなったけど。
「近いな……この向こうか」
ガルはそう言って、慎重に足を進める。
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