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第二章 外堀はこうして埋められる
2-14 苺(ベリリ)たっぷりロールケーキ
生地をオーブンで焼いている間に、今まで作った料理をお弁当箱に詰めていきますよっ!
……って、そういえば、こういうお弁当箱って普通にあるのですね。
不思議に思ってたずねてみたら、この世界には木箱加工品がよくあるようで、リュート様も何かと使うから頼んでレシピを作ってもらい習得済みだという。
つまり、リュート様の手作りお弁当箱!
道理で重箱っぽい仕様だなって思いました。
こちらにも、重箱という物があるのかと思っていたのですが……リュート様が私のことを考えて作ってくださったことが嬉しいです!
でも……これもいつ作ったのですか?
お風呂に入っている間でしょうか……あの時は、め、眼鏡をかけてっ! 書類のお仕事もなさっていたようですし、そんな時間があったのか不思議になってしまいます。
彩りなどの配置を考え詰めていると、リュート様が感心したように声をあげ、私の頭を優しく撫でて褒めてくださいました。
うふふっ、もっと褒めてください。
その感情のままにリュート様に寄り添うと、彼も私の肩を優しく抱いてくれて幸福感が胸いっぱいに溢れます。
またたく間に所狭しと並べられたおかずたちは、彩りも綺麗で、フタを開けるだけで楽しくなりそうですね。
惜しむべきは、これをおにぎりで出来なかったことでしょうか。
おにぎり……お米さん、あなたをいつか発見してみせます!
心に固く誓い、このお弁当箱にいっぱいにおにぎりを詰められる日を夢見ていましょう。
もし、そんな日がきたら、リュート様は喜んでくださるかしら。
そうならいいなと思いながら、お弁当は詰め終わったので、次!
生クリームを泡立てましょう!
ボウルに生クリームを軽く泡立ててお砂糖を加え、ツノが立つくらいまで泡立てます。
ハンドミキサーのおかげで、苦労もなく泡立てられて楽ですね。
オーブンのロールケーキの生地はうまくできたのでしょうか……リュート様が取り出してカウンターに並べます。
一枚は、リュート様とお昼にいただく用、もう一枚は、キルシュの仲間たち用に焼きましたけれど……
「すげぇ……見たことある生地だ。ふんわりしてる……うわぁ……見たかキュステ! これがふんわり生地ってやつだ!」
目を輝かせて言うリュート様は、鬼の首でも取ったかのように笑っていますけれど、そんなにバカにされてきたのですか?
よし、キュステさんにはいつかお仕置きしましょう。
リュート様を馬鹿にするなんて万死に値します。
生地の粗熱を取っている間は手持ち無沙汰ですね。
そう考えていると、リュート様が冷蔵庫に入れたら良いとおっしゃってくださいました。
大丈夫なのでしょうか……
「さっきの火魔法の話じゃないが、氷魔法だってそれなりに強い物を使っている。だから、熱いものを入れても、すぐに熱を取ってくれるはずだ」
「リュート様が使う氷魔法は……ま、まさかの絶対零度……です?」
恐る恐るたずねると、とてもいい笑顔を返してくださいました。
リュート様って……騎士というより魔法使いの特性のほうが強い気がします。
でも、剣と盾の扱いや、見ほれるほどしなやかで逞しい肉体は、聖騎士の名に恥じないくらい鍛えられていますから、わずかに魔法が性に合っているという程度かもしれません。
さて、冷蔵庫に生地を入れて、暫く冷やすことにしましょう。
「魔法は便利ですね……リュート様は肉体が騎士様なのに、魔法使いの適正が上ですよね」
「うーん……魔法ってのはさ、大きな物を使えば使うほど、体力を使うんだ」
「え……」
なんですかソレ……初耳というか、私の魔法使いのイメージを覆していませんか?
だって、魔法使いは総じて線が細い感じなのですが……
「まあ、教本と睨めっこして術式の勉強をしているからか、ほとんどの魔法使いが体を鍛える暇がなくひ弱だ。でも、上位魔法を使おうと思ったら、肉体の強化もある程度必要になる。だから、魔法使いはその欠点を補うために強化魔法アイテムを所持している」
「強化魔法?」
「肉体強化系のアクセだな」
「そうだったのですか……道理で昨日の先生もジャラジャラつけていたわけです」
「そういうこと。ああでもしないと、魔法を術式により具現化した時の衝撃に耐えられないんだ」
「衝撃……ですか?」
「属性魔法は威力が高い分、自らにも影響を及ぼすというのが一般的な見解だ。まあ、上手くやればソレも全くないんだが……他の連中の様子を見ていると、術式の命令系統で粗があるんだろう。隙間から漏れ出た魔力で身を傷つけることもあるようだな」
つまり、ツメが甘いんだよ。というリュート様は、肉体強化系アクセサリー無しで制御してみせたのでしょう。
彼らにとっての常識をくつがえす存在……それだけやっかみも買うことになったはず。
リュート様の努力も知らないで、好き勝手言っている人たちの姿が目に浮かぶようですね。
だいたい、リュート様は体も鍛えていますし、魔法の術式もすっごく緻密なのですよ?
他の方々の魔法陣を見たことはないですけれど……でも、あれだけ様々な文字と模様が組み合わさった魔法陣なんて見たことがありません。
兄が見ていた漫画やアニメの魔法陣では書き込みが全然足りませんね。
「さて、そろそろ冷えた頃だろう」
リュート様が出してきてくださった生地は、ひんやり冷えていて、これなら問題なさそうです。
天板の生地を、トルティーヤを包んだ物と同じ紙の上にうつし、同じく冷やしてあった生クリームを生地に塗り、カッティングしたベリリをなるべく中央になるように配置して、さて……いきますよ!
生地が割れないように気をつけながら、ゆっくりと……くるりんっ!
「リュート様、どうですかっ」
「思わず息を止めちまった……成功だな!」
えっへんと胸を張ると、それはクセかなにかなのかな……と、リュート様は苦笑した。
今回はやめなさいと言わないのですね。
反対に、よくやったというように頭を撫でてくださいました。
すっごく嬉しいです!
「しかし、すっげーな! ルナは本当に凄い! ロールケーキだ……俺の知ってるロールケーキがここにある……すげーわ……」
私の頭を何度か撫でたあと、凄い凄いと完成したばかりのロールケーキを、色々な角度から眺めるリュート様が可愛らしい。
こんなに喜んでいただけると嬉しいですね。
もう一本もくるんっと巻いて、両端を切り落とし、それをリュート様の口元に運ぶ。
「はい、あーん」
いいのっ!? という顔をしたリュート様は、次の瞬間、とても嬉しそうに顔をほころばせて、私の手にあるロールケーキの端っこにかじりついた。
「ん……うぁ……うまっ! すっごい旨い! 程よい甘さでふんわりしっとり生地に、濃厚なクリームとベリリの甘酸っぱい感じが合わさって、すげーわ……これは……ヤバイ、みんなハマる」
「良かった。リュート様が喜んでくださるくらいなら、大丈夫ですね」
「こんなに旨いロールケーキ初めてだ! 絶対に有名店より旨い!」
「褒め過ぎですよ。素人が作ったものですから」
「そんなことないって! ほらっ」
置いてあった端っこの一つをつまみ上げたリュート様が、私の口元に持ってきたので、反射的にパクリと食べてしまったけれど……ま、また……あーんを……してしまいました!
あれ? 私、さっき……自分からやっていたような?
「旨いだろ?」
「え、あ……そうですね、いつも私が作る物より、美味しいかも……」
「上達してるってことだろ」
生地はふんわりしているけれどしっとりとしていて、ここまで理想的な物が出来上がったのは初めてである。
でも、本当に文句のつけようがないくらい大成功!
生クリームも濃厚で、ベリリの甘酸っぱさがとてもバランス良いと思います。
これで、あの丸っこいフォルムの苺だったら、デコレーションをするのに……
あ、でも、持ち運びを考えたら、このままのほうが良いのかしら。
「ぷっ……ルナ、お約束すぎんだろ」
はい?
何が? と首を傾げていたら、彼は私の方に歩み寄ってきた。
「クリームついてる」
「え……あ……」
どこか意味深に笑っているリュート様が、私の口元についているというクリームを、親指でくいっと拭う。
そして、私の目をジッと見つめながら、親指に付着しているクリームを、色気たっぷりにぺろりと舐めたのだ。
「っ!?」
ひゃああぁぁぁっ!
だ、ダメです!
それはいけませんよっ!?
違う意味でも、お約束すぎます!
あわわわわっと真っ赤になって狼狽えている私の耳元に、彼は低い声で囁くように呟く。
「ごちそーさん」
きゅぅ……と、気を失っていいですか?
も、もう……なんで、こうも色気たっぷりなのですか!
私、何かしたのでしょうか。
こんなに色気たっぷりで迫られる、なにかのスイッチを押したのですか!?
真っ赤になって震える私の体を優しく包み込んだリュート様は、ふぅ……と吐息をつく。
打って変わった気配を感じて、不思議に思い目を瞬いたあと見上げれば、リュート様の影のある表情が見えた。
「弁当とデザートが完成か……すげーな……俺が知っているものばかりで、こんなに沢山料理って出来るもんなんだな」
ちっとも知らなかった……と、リュート様が苦笑する。
料理をしたことない人が作れたら驚きですよと笑い返すと、それもそうかと少し寂しげに微笑んだ。
リュート様にとってのお料理とは……何なのだろうか。
何故、こんなにも求めているのでしょう。
美味しいものが食べたかった。ということだけでは説明が付かないような物を感じます。
いつか、話してくださるでしょうか。
その寂しげな微笑みの意味を───
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