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第二章 外堀はこうして埋められる
2-16 イーダ様の好きという気持ちは切なくて……
しおりを挟む「貴方達、まだ寮にいましたの?」
「お、イーダこそ今からかよ」
男子寮を出て女子寮との共有スペースである中央広場に来たのですが、そこで優雅にお茶をしているイーダ様がいらっしゃいました。
トリス様の姿がないところを見ると、シモン様と出かけられたのでしょうね。
そして、イーダ様とご一緒されている方……深緑の髪を無造作に一纏めにし、開けているかいないのかジッと見なければ判別つかないような細い水色の瞳の彼女は、どこかで見たような気がします。
「ロヴィーサもいたか。頼んでた物、近日中にいけそうか?」
「あ……それなら、あるよ」
お茶を飲んでほーっとしていたところで声をかけられ、彼女は脇においてあった大きな荷物を漁っているようである。
誰だろうと思い出せなくて首を捻っている様子に苦笑したリュート様が、こっそりと私の耳に唇を寄せて小さく呟く。
「クラスメイトのロヴィーサ・アクセンだ」
「え? ……あ、アクセン?」
「そう。あの悪先の従兄妹なんだよ」
だから、コイツも変わり者だぞと言われるのだけれど……今の所、どこが変わっているかわからない。
しかし、なるほど……と、思う。
細い水色の瞳は、確かにアクセン先生とそっくりです。
そんなことを考えていると、彼女は荷物から大きな袋を出してきて、リュート様に渡した。
「すげー量だな。大丈夫かよ」
「うん。それは今まで使われること無く保管されていたものだから……ほら、ポーションの効果を高めるベースハーブが見つかってから、ハーブの消費量が減っただろう? この量を作っても、使い切れる人がいなくてね」
「え……ハーブなんですか?」
「ああ。ルナには必要だろ? いっぱい使うもんな」
はいっ! と何度も頷き言うと、イーダ様は微笑み、ロヴィーサ様は驚いたように私を見ている。
「そんなに沢山使うのかい? ポーションでもそれほど必要ないから、余りがちになっちゃうんだ。何か特別なものでも?」
「いえ、お料理に使う調味料に必要なんです」
「へ?」
目を丸くしたロヴィーサ様は、どういうこと? というように、イーダ様とリュート様を交互に見ます。
え、言葉の通りなのですが……
何か、変なことだったのでしょうか。
「この、ボクのハーブたちが料理? た、食べてみたい! すごい! ハーブが料理! その発想は無かった! このローズマリーもコリアンダーもタイムもセージも全部料理になるのか!」
うわー、すごいなーっ!
と、あまりにも大きな声で叫んだあと、目を血走らせてこちらを見る彼女にマズイものを感じます。
こ、これは、この雰囲気は確かにアクセン先生と同じですねっ!
「ルナが怯えるヤメロ」
私に思わず詰め寄ろうとしたロヴィーサ様を、リュート様が彼女の額を片手で押さえることで止める。
慣れていますね……リュート様。
「うぐっ……リュートくん、君にはこの偉大さが理解できないのかい!? ハーブたちの新たな門出だよなのに!」
「うるせーわ。そんなに気になるなら、店に来い。昨日からスープの味が変わってる」
「あのトマトスープはアレで完成だろうに」
「いいや、今の方が段違いに旨い」
「ええ、それはわたくしも保証しますわ」
リュート様の言葉に訝しげな視線を投げかけていたのに、イーダ様の後方支援により、一気にロヴィーサ様のテンションが上った。
勢いがありすぎて怖いくらいに!
「わかった! 今晩味わってくる! その料理を作るために、沢山のハーブが必要なのか……なるほど、そうか、ボクのハーブが、可愛い子たちが新たな世界へと飛び立つんだな。こうしちゃいられない! プルル、行くよ! ハーブをもっと量産するんだ!」
そういうが早いか、彼女は彼女の周りでふよふよ浮かんでいた半透明の小さなお魚に声をかけると、一目散にどこかを目指して駆けていきました。
……うん、血筋って争えないのですね。
「だから言ったろ。変わり者だと」
「は、はい……」
「アクセンの家は、『研究者』の称号を持つ家だからな。どうしても、変わり者が多い。ビルツは召喚獣、ロヴィーサは薬草やハーブ、彼女の母親は化石だと言うからな」
うわぁ……すごい家系ですねぇ。
こうしてみると、称号持ちって凄いのか、特化しすぎて恐ろしいことになっている人なのかわかりません。
ヤレヤレとハーブが沢山入った袋をアイテムボックスに入れたリュート様は、行くか……と私に声をかけるのだけれど、男子寮の方から何やら騒ぎ声が聞こえてくる。
「あー……コンラッド、やっぱ倒れやがったな……」
「あら、またですの?」
「ったく、しょうがねーな」
リュート様が溜め息をついて私を見ると、ソッと手を取り眉尻を下げる。
「今年15歳になったばかりだし、成長には個人差があるから焦るなと言ってあるんだがな……すまないが、ちょっと行ってくる。アイツの鎧とか槍は特注で、他の連中じゃ重すぎて運べねーんだわ。俺がちょっと魔法使って運んでくるから、ここでイーダと待っててくれないか」
「は、はい。お待ちしておりますね」
「……ごめんな」
「いいえ! 大切な後輩さんでしょう? 私は、ここでイーダ様とお茶をしておりますから……ね?」
ね? のところを小首を傾げて微笑んだら、ジッとこちらを見つめたリュート様の腕が伸びてきて、私の体を思った以上に強い力で引き寄せて抱きしめられてしまう。
良い香りが鼻孔をくすぐり、安心するぬくもりに包まれる。
うっとりするような力加減で抱擁されるのは、嬉しすぎてくらくらしてしまいそうです。
「ありがとう」
耳元で甘く囁かれ、ぞくぞくするような感覚に顔が真っ赤に染まってしまい。
さすがにこれは恥ずかしいと、顔を伏せた。
うわぁ……外でされるとまた違う緊張に包まれてしまいますね。
心臓がバクバクいって……人目があるから羞恥心で涙目になりますが!
「あんまり可愛い顔してると心配だな……イーダ頼んだぞ」
「お任せなさい。それにその表情の原因は貴方でしょうに……コンラッドをお願いしますわ。あの方の弟なんですから……」
「……そうだな」
あの方?
どこか憂いを含んだイーダ様の瞳に、リュート様も苦い物を噛み締めたように一度目を伏せ、再び私を見つめてぎゅうぅぅっと強く抱きしめたあと、踵を返し男子寮の方へと走って行ってしまった。
その後ろ姿を見送り、少しだけ寂しくなる。
リュート様……早くお戻りくださいね。
「コンラッドも、兄を越えようと必死なんですわね」
「兄……?」
「ええ……まあ、まずはお座りなさい。少し時間がかかるでしょうし」
促されるままイーダ様の対面に座ると、彼女は苦笑したあと話してくださった。
「わたくしたちには、もうひとり幼馴染みがおりましたの。ヴォルフ・クルトヘイムといって『守護騎士』の称号を持つ家の跡取りでしたの」
この国の騎士団は、大きく2つに分類されるという。
1つは、リュート様の持つ称号である『聖騎士』が取りまとめる、黒の騎士団。
揃いの黒い鎧を身に纏い、様々な場所へおもむき魔物を討伐することを主としている。
もう1つは、先程の後輩騎士コンラッド様が持つ称号『守護騎士』が取りまとめる、白の騎士団。
こちらは揃いの白い鎧を身に纏い、王宮警備や街の警備などを主に行うということであった。
「ヴォルフは、魔法耐性が高く『絶対防御』という稀なスキルを持っておりましたのよ。リュートと仲が良くて、いつか二人で双璧となり、この国を守るのだと堅く誓い合っておりましたの」
魔法が当たり前にある世界での『魔法耐性』は、それだけでも大いなるスキルだと思えるのに、なんですか、そのチート臭のする『絶対防御』って……絶対にまともに相手にしたらマズイ系スキルですよね。
でも、リュート様がそれほどの誓いを立てる方でしたら、どうしてお近くにいらっしゃらないのでしょう。
騎士科にいらっしゃるのかしら……それとも、すでに騎士団に入られたのかしら。
でも……先ほどイーダ様は『幼馴染みがおりました』と過去形で言わなかったでしょうか。
イーダ様の表情が暗いこともあり、なんだかとても嫌な予感がして、胸がドキドキしてきました。
「でも、その誓いが果たされることは、もう永遠にありませんの」
何かを堪えるように絞り出された声と言葉に、嫌な予感が的中してしまったのだと唇を噛みしめる。
「幼い頃の話よ。いつも私達幼馴染みが揃って遊んでいる場所に、何の前触れもなく真っ黒な炎をまとった一匹の大きな魔物が現れたのです。その魔物は、わたくしたちを襲い、追い詰められ、あやまって川に落ちてしまったわたくしを……ヴォルフは助けてくださったのです」
とても痛ましい表情と声が響く。
いつものイーダ様からは考えられないくらい、弱々しく……今にも消えてしまいそうである。
「わたくしを助け上げ、再び襲ってきた魔獣に体当たりをして共に濁流に飲まれる姿を……今でも鮮明に思い出せますわ。何日もかけて探しましたが……彼も魔獣も見つかることはありませんでした」
「それで……亡くなったと……?」
「ええ。死体は見つかりませんでしたが、状況が絶望的でしたから……」
確かに、幼い子供が濁流に魔物と共に流されて……タダで済むはずがない。
死体が見つからなかったのが良かったのか悪かったのかさえわからないけれども、状況から考えて生存確率は極めて低かった。
それに、生きているなら、今頃名乗り出ているはずである。
つまりは……そういうことなのだろうと、胸が痛んだ。
「あのとき、誰もが自分にもう少し力があったのならと……とても後悔しましたのよ。それから、遊び呆けている暇がないというくらい、わたくしたちは鍛錬しましたの。ヴォルフに助けられた命を無駄にしないように……もう、二度と大切なものを失わないために……」
目を伏せるイーダ様に、なんて声をかけていいかなんてわからない。
人の死の重みを背負った者の気持ちは、多分……残してきてしまった私には想像もつかないことだと思う。
父と母と兄も……こんな風に悲しんでいるのだろうか。
「まあ、そんなことがあって、コンラッドに対しては、わたくしたち全員、彼を守れなかった負い目からか甘くなってしまいますの」
「そうでしたか……」
誰かに任せてもいいだろうに自らが行くというのは、その時の記憶がそうさせるのかもしれないけれど、多分……リュート様が行ったのはそれだけではない。
「でも、リュート様が向かわれたのは、きっと、自分でお説教をするためです。大丈夫、イーダ様が必要以上に抱え込むことはないのですよ」
「必要以上に……抱え込む?」
「はい。その方の死を乗り越えるのは、並大抵のことではないと見ていたらわかります。忘れろなんていいません。責めるなともいいません。でも、必要以上に自分を責めるのは違うと思います」
「そう……かしら」
「だって……置いていった側としては、そんなこと大切な人に言われたら……辛いです」
「……ルナ?」
兄や両親がそう思っていたら……辛い。
私は大丈夫だから、自分の人生をしっかり生きて欲しいって思う。
もう何もできないし、私の死を嘆き悲しんでくれているのだとわかるのだけれど、でも……私のことを本当に思うなら、精一杯幸せになるように生きて欲しい。
だって、大切だからこそ、笑顔で居て欲しいと心から願うから……
「もう二度と届かなくても、そばにいることが出来なくても、大切な人には幸せになって欲しいです。精一杯生きて欲しいです。遠くからでも、それを願っていますもの。絶対に」
「そう……そうね、ルナは……あちらに置いてきた人たちもいるのでしたわね……らしくありませんでしたわ。彼のことになると、どうしても感傷的になっていけませんわね」
きっと大好きだったんだ……イーダ様は、そのヴォルフ様を───
リュート様がもし私のために死んでしまったら……気も狂わんばかりに泣き叫び、自分を壊してしまうのではないだろうか。
イーダ様は強い……でも、弱い。
だから、みんながそばにいるのだろうと思った。
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