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第二章 外堀はこうして埋められる
ご褒美の……
しおりを挟む無事にレシピの譲渡が出来た私たちは、カフェとラテが最後の仕込みに入り、私も今晩来るリュート様のお父様とロン兄様を持て成すために、お店とは別メニューに取り掛かりましょう。
あ、ちなみに、ハーブソルトはカフェとラテにお願いされたので、大量に作っておきました。
わざわざ計量しなくても「これくらい」がわかる『神々の晩餐』スキルって、凄いと思います。
おかげで、手早く作ることが出来ますものね。
さて、お野菜などの材料を食料庫に取りに行きましょう。
チェリシュはシロたちに可愛らしいエプロンを用意してもらえるようで、キュステさんと一緒に待っていますが、戻った時には愛らしく着飾っていることでしょう。
間違いなく、映像に収めなくてはなりませんね。
リュート様は、キュステさんと今晩の予定について話し合っているようでした。
お父様が来られるということで、キュステさんはリュート様とお父様が店内で喧嘩をし始めないか気にしておりましたが、ロン兄様が来ると聞き「それなら安心やなぁ」とホッとした様子を見せます。
どうやら、店の平穏はロン兄様にかかっているようですね。
従業員休憩室から出て食料倉庫に向かい、大きな扉を開いて中へ入ると案の定真っ暗でした。
えっと……照明のスイッチはどこかしら。
壁をペタペタ触って探していると、体をグイッと力強く引かれて壁に押し付けられてしまいました。
反射的に悲鳴を上げそうになった口を、大きな手が塞ぎます。
その手の感触と戸口から差し込む光から相手が誰であるか理解した私は、脱力しながら悪戯がすぎる目の前の人を見上げました。
「悲鳴はナシな?」
そう言いながら口を塞ぐ手を離してくださいましたけど、これはなんの悪戯ですか?
「リュート様。いきなりこんなことをしたら、誰だって驚いてしまいますよ?」
「ごめん。ちょっと我慢きかなくて……少しだけ、ごめんな」
我慢?少しだけごめんって何が?
目をパチクリさせて自分の状況を把握しようと視線を動かした私は、いわゆる壁ドン状態であることに気づき、一気に顔が真っ赤になってしまいました。
リュート様!?
こ、これはダメです、いけません!
女性がキュンキュンしてしまうシチュエーションを、リュート様みたいなイケメンがしてはダメなんですよっ!?
心臓を確実に止める気ならば仕方ありませんが、そうではないならダメですからね?
現に、私の心臓がドキドキバクバクうるさいですもの。
しかも、薄明かりで見えるリュート様の麗しい表情には、陰りが見えるような……?
そのせいなのか、どこか切なくも見える表情が凶悪なほどの色気を醸し出していて、何だかいけないことをしている気持ちになってしまいます。
そっと私の耳に唇を寄せたリュート様は、甘く低く囁きました。
「この後、面倒なことがあるから……エネルギー補給させてくれ」
その言葉とともに、力強い腕の中に閉じ込められ、全身でリュート様を感じているのではないかと錯覚するほど、彼に包まれます。
うっとりする絶妙な力加減と、いつもよりほんの少し高い体温。
とても好ましい香りだけではなく、彼の呼吸すら甘く感じる。
「少しだけ……このままで……頼む」
低く掠れた甘い声が耳朶をかすめ、思考を溶かしていくような熱を持って、甘い蜜のようにとろりと耳に流し込まれた声に抗うなんて考えが浮かぶはずもなく、リュート様の望むままに身を預けた。
おずおずと腕を彼の背にまわすと、少しだけ力を込められる。
それが胸の鼓動を早め、少し苦しいほどであった。
「これで……エネルギー補給になりますか?」
「なるよ」
「それなら良いのですが……」
「正直、コレ以上は俺がヤバイから」
これ以上?
頭に頬を擦り寄せられ、体をシッカリ抱きしめられている状況下で望むこと……
チラリと下からリュート様を見上げると、私を見つめる熱い眼差しとかち合い、呼吸が止まるのではないかというほどの衝撃を覚えた。
何故そんなに熱い眼差しで私を見つめるのでしょうか……
そこから先を考えようとすると、何かに邪魔されるような感覚を覚えます。
今はまだ無理なのだと、落胆にも似た思いが胸をよぎりますが、そんな私の気を自らに向けろというように、リュート様の手が私の頬を愛しげに撫でました。
「そんな泣きそうな顔をするな。変なことはしねーよ」
「そこは心配しておりません……ただ、何かに阻害されるように思考を停止させられているのだと改めて感じ、情けないのです」
「へぇ……いい兆候だな。でも、焦らなくていい。俺たちはこれからだろ?」
これから……という言葉に嬉しくなってしまいます。
だって、ずっと一緒にいられるのだと言ってくださっているのですもの。
嬉しくないはずがありません。
ふとした瞬間にあちらの世界を思い出します。
そして、現状との違いに何も感じないはずがないのですが……リュート様の優しいぬくもりが、全てを癒してくれるようで、全てを預けて甘えてしまいたくなる。
そんなことしていいのかしら……と、思わなくもないけれども、それでいいのだとリュート様が包み込んでくれるのを、私はもう知っていた。
とても優しくて甘い人である。
海浜公園では死ぬかも知れないと思う出来事さえあったが、彼は身を呈して全てを守った。
これからも、そうやって自らを傷つけても守りたいものを守るのでしょう。
でしたら、私がこの方を守らなくては……
その思いが籠もってしまったのか、私にしては強く彼を抱きしめていたようで、リュート様が驚いた顔をしたあと、嬉しそうに微笑みました。
「もっと甘えてくれねーかな……そしたら、俺がとっても嬉しい」
「じゃあ甘えます。チェリシュみたいにベッタリと」
「いいよ。ルナなら大歓迎だ」
もう、そんなこと言って後悔しても知らないんですからね?
私は意外と甘えたなんですよ?
リュート様にすりすり額をこすりつけたあと、彼のぬくもりを堪能する。
私だけに与えられた、極上の時間です。
だって、リュート様を独占できているのですもの。
嬉しくなってしまいます。
しかも、こんなに熱い眼差しを向けていただいて、求められるような力加減の抱擁は、多分ですが……誰も経験がないでしょう?
もし既に経験者がいるなら、少し面白くありませんが……今は、私だけですもの。
過去にはこだわらない……ですよ?
ちょっと気になりますけど……ええ、本当にほんの少しです。
「俺に抱きしめられているのに悩みだすとかどういうことだよ」
「こんな抱擁を誰かが経験していたら……と……ですね……」
「は?あるわけねーだろ。ルナだけだよ」
本当に?
問いかける視線を送ると、彼はヤレヤレとため息をついたあと、意味ありげに顔を寄せてきて……え、あ、あの……近い……です、近いですリュート様!
ま、まさか……え?まさかですよねっ!?
内心パニックになりかけていた私を焦点が合うギリギリまで顔を寄せ見つめていたリュート様がフッと微笑み、顔を横にずらして耳に唇を寄せます。
「暗がりでもわかるくらい顔真っ赤……可愛いよ」
ぞくんっ
今までで一番ぞくりとしました。
足の爪先から体のてっぺんに電流が抜けていくような感覚……
耳たぶに触れる熱い吐息がくすぐったいなんてものではなく、そこから体が発火するのではないかと思えるような熱を覚える。
熱い……
吐息を耳にかけないでください。
なんだか、とっても変な感覚ですから!
「そんな可愛い顔されたら、俺がマズイって言ってんのにな……困ったヤツ」
低く……とても低く響く声の甘さと熱は、いつもより強くて私の心臓がそれに呼応するように激しくなった。
「なあ、俺……ちゃんと守れたよな」
海浜公園でのことでしょうか……勿論ですとも。
リュート様がいなければ、きっとテオ兄様が来るまで持ちこたえることすら出来なかったでしょう。
沢山の方々が傷つき、苦しんだに違いありません。
だから、無言でこくりと頷きます。
「頑張ったよな?」
「……は、はい」
何か含むものがあるのを今の言葉で感じました。
何を考えていらっしゃるのでしょう……
「じゃあ、ご褒美ちょうだい」
はい?
ご褒美……ですか?
私がリュート様にあげられるものって、何かありましたでしょうか。
お料理のおねだり……とか?
「ご褒美は……何がいいですか?」
「何がいいと思う?」
先程より一層甘さを帯びた声に、再び体温が上昇しはじめました。
なんだか……この問いかけに答えてはいけない気がするのに、唇は「わかりません」と言葉を紡ぐ。
リュート様が何を望んでいるのか知りたいという欲求に勝てませんでした……だ、だって、気になりますもの!
「わかんねーの?」
耳に触れた熱い吐息に、ぞわわっと背筋から這い上がる何かに刺激され、足に力が入らなくなってきている気がします。
た、立っていられなくなりそう……
「わ、わからない……ので……お、教えて……ください……」
その言葉を待っていたのだと、彼の低い笑い声を聞いて悟った。
だけど、私はもういっぱいいっぱいです!
体は熱いし、力が入らないし、思考も溶かされたようにトロトロになりつつありますもの!
「ルナ……頬でいいからさ」
「は……はい」
「ちゅーして?」
は……はいいいぃぃっ!?
ご、ご褒美のちゅーってよく聞きますけど、リュート様がそれをねだるのですか!?
だ、ダメです、心臓が壊れそうなくらい騒いでいますし、口の中が干上がって声が出せません。
「やっぱ……ダメかな」
しゅんっとしてしまったリュート様を見た私は、反射的に首を横に降ってしまいました。
あ……と、思っても後の祭り。
嬉しそうに目を細める彼の姿に、やってしまったという言葉が浮かんでは消えていきます。
も、ものすごく恥ずかしくても、リュート様が望んでいるのでしたら……ど、努力するところですよ、私!
あんなに血を流して頑張ったリュート様のおねだりを、無碍に出来ませんもの!
しかし……本当に私がほっぺにちゅーして、ご褒美になるのでしょうか。
「ご……ご褒美に……なるのです……?」
「なるよ」
「本当……に?」
「ああ」
確認をとっても、ご褒美になるらしいですし、とても期待に満ちた目で見られておりますから、頑張りましょう。
羞恥心に震えながら、「頬ですよね?」と確認すると、にじむような喜びをたたえた笑顔で「うん」と頷かれ、後には引けない物を感じました。
は、恥ずかしい!
でも……でも、ご褒美……リュート様に頑張ったご褒美をあげたい気持ちもあります。
しかも、私を望んでくださるのが嬉しくて……
顔の位置を下げてくれているリュート様の頬に、唇を寄せました。
見ているのも辛くなった至近距離に目を閉じた私は、リュート様の頬に近づく気配に胸が高鳴ります。
周囲の時が止まったかのような静けさの中、ドキドキという自らの心臓の鼓動を聞きながら、唇に微かに感じた、女性が羨みそうな滑らかな肌の感触に驚き身を離すと、ほんのりと頬を染めたリュート様がはにかむように笑う姿が見え、本当にしてしまったのだと羞恥心に全身を真っ赤に染めて震えてしまいました。
や、やってしまいました!
でも……なんて顔をして喜ぶのでしょう、この方は!
見ているこちらも嬉しくなってしまうような……本当にご褒美になっているのだと実感できる彼の表情に、ドキドキが止まりません。
「ありがとう」
ふにゃりと笑ったリュート様に、言葉に出来ない感情を覚え、ぎゅーっと抱きついてしまいます。
恥ずかしさを紛らわすためだと思われてしまったようですが、いま頑張った私にもご褒美なのですよ?
リュート様に包み込まれるようにぎゅーっとされるのが、大好きなのですもの。
頭に擦り寄せられる頬と、柔らかな感触にうっとりします。
恥ずかしかった……
でも、これからもリュート様にこのご褒美をおねだりされたら、羞恥心に震える結果になるとわかっていても、またやるだろう自分がいることを認識してしまいました。
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