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第四章 心を満たす魔法の手
こうしたほうが美味しそう?
しおりを挟む青い顔をしているリュート様が可哀想になってきた私は、カゴにあったパンを手に取り、アイテムポーチから取り出したバターをたっぷり塗り、荒ぶる彼の口元へ差し出します。
暫くそれをキョトンとして眺めていた彼は、私とパンを見比べて目をしばたかせますが、その仕草はチェリシュに似ているような……と考えたら、自然と口持ちが緩みました。
やはり、父娘は似るものなのですね。
「はい、お口直しにどうぞ」
「バターのいい香り……バターを塗ったの?」
「真ん中を割いてタップリ塗っておきましたので、お召し上がりください」
うわぁと少年のように目を輝かせたリュート様は、パンを受け取ろうと手を伸ばしかけ、何か考えついたのか手を止めてパンを取らずに、私の手首を大きな手で掴み固定すると、顔をゆっくり近づけてきました。
わ……わ……わわわわっ!
麗しい顔が近い、近い、近いですーっ!
何故私の顔の近くに手を固定したのですかっ!?
な、何か企んでいる……わけではないのですね……だ、だって、嬉しそうにバターたっぷりのパンしか見ていませんもの!
で、でもですね、私には刺激が強すぎて……す、すっごーく、ドキドキするので、あの……できれば……できれば腕を離してくださいいぃぃっ!
周囲の静けさと心の中で悲鳴を上げている私に気づきもせず、リュート様はパックンと大きな口を開いてかぶりつくと、幸せそうに頬をほころばせました。
「うわぁ……焼き立てパンにバター……旨すぎ」
その食べ方を見た周囲の方々は残っているパンを手に取り、セバスさんとキュステさんがすかさず準備してくれたバターを塗って、改めて食べ……あ、悶えていますね。
じゅわっと溶けたバターとパンの組み合わせは最高ですもの!
まあ……カロリー爆弾ですが、ここにいる方々は半端ない運動量と魔力消費量なので、問題はないでしょう。
「チェリシュもー、チェリシュもなのーっ」
よじよじとリュート様の体を登ってきたチェリシュが、固定された私の手にある食べかけのパンをパクリと頬張り「にゅあぁ」と声を上げました。
「旨いだろ?」
「おいしいの!パパとママがいいなーって、バーちゃんもよだれダラダラなの」
「おい……女神の威厳はどこいった」
いつもお世話になっている太陽神様と月の女神様には、お渡ししたいくらいですが……知識の女神様、よだれはいけません。
わかりますが、ソレは女性としても駄目です。
ニコニコ笑っているチェリシュがコッソリと私に「バーちゃんが、『みんなが新しい味を知って、知識とおなかが満たされてニコニコしているのが一番嬉しいね。私も食べてみたーい』っていっているの」と教えてくれて……なんだか、憎めない女神様だなぁと思いました。
今後の予定について話し合った結果、パンのレシピを早急に作成して、弟子4人と、念の為に作る自信がないだろう黒騎士様たちに伝授することとなり、数名がホッとした顔をしているので、こういう時にレシピって便利だと感じてしまいます。
初見でも、レシピさえあれば失敗なく作れますもの。
さすがにパンはみんなが作れることもあり、レジェンドにはならないだろうという愛の女神様の判断があったからできるわけですが……
「万が一、レジェンド級であったとしても、妾たちが秩序の神を説得するから安心すると良い」
どうやらレシピの格付けや作成して良いかどうかの判定、アイテム作成によるルール違反がないかどうかを判断しているのは秩序の神様のようで、少し素直ではないし無愛想だけど、こういうことには柔軟な対応を見せるから大丈夫だということでした。
じゃ、じゃあ……レシピなしの生産系で罰を与えているのは、秩序の神様なのですね。
砕けたり溶けたりするのはしょうがないかもしれませんが、爆発するように弾けてしまうのはやりすぎです。
そうせざるを得ない何かがあったのでしょうか……謎ですね。
「必要なら、パンを作って見せるということも必要になるかもしれないから助かるよ」
ロン兄様の言葉を聞いた私は、それなら酵母のレシピも必要だし、彼らにとっては手軽に食べることが出来るジャガイモのレシピもおまけにつけることにしました。
「それは黒騎士の経費から落とそう」
既存のレシピをコピーして配ろうとしたのですが、意外にもテオ兄様がやんわりとそれを止めます。
三兄弟の中で一番体つきが大きいだけあり、近くに立つと迫力があるテオ兄様を見上げました。
でも、怖いとかそういう感じではありませんよ?
とっても優しい雰囲気があるので、怖いとか恐ろしいという感じは微塵も存在しません。
どちらかというと、マイナスイオンが出ていそうな感じです。
「テオ兄様……お心遣いありがとうございます。でも、これはこの先も迷惑をかける予感しかしない迷惑料の先払いと言うかなんというか……」
「いや、レシピは黒騎士だけではなく、白騎士も検討していると聞く。あとでうるさくなってはかなわないから、配った枚数と種類を明記しておいて欲しい」
「まあ、それがいいよね。きっとルナちゃんのレシピは人気が出すぎて、売り切れ続出になるだろうから……」
いくらレシピギルドでも、一日に作成できる枚数は決まっているのだとか。
ですから、それを上回る人々が買い求めたりしたら、たちまち売り切れ状態になり、手に入れることも難しくなるというお話を、サラ様が丁寧に教えて下さいました。
「ですが……一日50枚が限度なのですよね?そんなに買い求める方がいらっしゃるでしょうか……」
「ルナは自分のレシピを過小評価し過ぎだ。旨い料理を食べたら、人はもう戻れねーんだよ……」
しみじみ呟くリュート様の言葉が、やけに重く響きます。
そ、そうですね……美味しい料理の味を知っていると、他の料理が味気なくて……つ、辛いですよね。
「大げさじゃのう」
「じゃあ、アレンの爺さんは唐揚げがなくても耐えられるんだな?」
「むっ……うぅむ……アレほど酒に合う料理はそうないじゃろうな……」
「わかったろ?知らなかった頃には戻れねーんだよ」
「大変なの。チェリシュも戻れないのっ……うまうまなのっ」
ガックリと肩の力を落として呟くリュート様の食べかけていたパンをぱっくんと最後まで食べてしまったチェリシュが、にぱーっと笑いました。
「あ……チェーリーシュー」
「食べちゃったの」
嬉しそうに笑っているチェリシュのおでこと自分のおでこをくっつけて、グリグリしているリュート様ときゃーと嬉しそうに声を上げるチェリシュの父娘感に和みます。
しかし、リュート様の食べ物の恨みは怖そうですから、とりあえずまだ残っているパンの1つを取ってバターをたっぷり塗って差し出しました。
……って、だから、どうして私の手首を掴んで固定するのですかああぁぁっ!?
「チェリシュもー、チェリシュもなのーっ」
「チェリシュは次な」
あーんっと口を開いて近づくリュート様の色気ったら!
というか……そろそろ、自分が無意識に色気を滲み出していると気づいてください。
私の心臓が大変なんですもの!
そんなリュート様から慌てて視線を外して彷徨わせていると、チェリシュが何か難しい顔をして考え込み、私の左手を見て顔を輝かせます。
「ルーの左手があいていたの!左手にも持って欲しいの」
「二人共、自分の手にとって食べるという選択肢はっ!?」
「こっちのほうが旨そう」
「ルーが持ってると美味しいの、まちがいないの」
誰か、この父娘をどうにかしてください!
無理無理と首を振って近づいてきたキュステさんは、パンにバターを塗って私の左手に握らせます。
「奥様、ガンバ」
止めるという選択肢より、完璧なフォローを選ぶのですかっ!?
「あはは、それはいいね。テオ兄も食べる?」
ロン兄様の手にあるパンを無言で見たテオ兄様はぱくりと食べて、違いがわからないと首を傾げていますが、どうやらロン兄様の目的はそこではなかったようで……くるりとサラ様の方を見て微笑みかけます。
「やってみます?兄の餌付け」
「はっ!?え、あ、は、はいぃっ!?」
ナイスです、ロン兄様!
真っ赤になってオロオロしているサラ様を、テオ兄様はジーッと見つめ、目元を緩めて珍しく声を出して笑いました。
ハハッというような短い笑い声でしたが、私もお母様も驚いて目を丸くします。
やっぱり兄弟ですね、笑うと少年っぽい雰囲気になって、とても素敵ですよテオ兄様!
「てか、俺は餌付けされていたのか」
「なんだ。自覚がなかったのか」
「ルナなら別にいいや」
「でしょうね……」
「はいはい、そういうと思ったよ」
レオ様とイーダ様とボリス様に呆れた口調で言われたリュート様は、別段気にした様子もなく、私の手にあるパンにかじりつきました。
いつもだったら二口で食べてしまいそうなのに、今日はやけにゆっくりのような……?
チェリシュの愛らしさとリュート様の麗しさに、ほんわかしたいのか照れたいのかわからない複雑な心境で、私は二人が食べ終わるまで手首を固定し続けました。
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