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第八章 海の覇者
クラーケンのカルパッチョと緑のお化け
しおりを挟むボイルしたクラーケンの身をチェックしてから、粗熱を取るためにトレイの上へ置く。
続いて、生食用にとっておいた部位を取り出し、包丁で出来るだけ薄く切り始めた私を見て、弟子たちも慌ただしく動き出しました。
まずは、生クラーケンのカルパッチョからです。
この料理は、家族で入った近所のイタリアンレストランで食べたことがありました。
バジルの香りがとても良く、ワインビネガーとトマトの酸味でさっぱりとした味わいだったと記憶しております。
他の料理が味の濃い物になりそうですから、さっぱり系は、そのお店でいただいた生ダコのカルパッチョを参考に作っていきましょう。
準備をするものは、バジルの葉、ワインビネガー、自家製ハーブソルト、砂糖、胡椒、オリーブオイル。
手っ取り早く行きますよ!
ボウルにワインビネガーを入れ、そこに自家製ハーブソルトと砂糖と胡椒を加えて、よく混ぜていきます。
乳化するくらいまで混ぜたら、今度は刻んだバジルを適量入れていきましょう。
これだけでも、美味しいソースができあがっておりますが、一番気を遣うのはここではありません。
クラーケンの腕を、どれだけ薄く切れるかにかかっております。
向こうが透けて見えるくらい切れたら最高ですが、慣れないうちは大変かもしれません。
「お師匠様の包丁使いは、本当に凄いですね……」
「溜め息が出てしまいますにゃぁ」
マリアベルとミルクが褒めてくれるのは嬉しいのですが、兄の腕前には届いていないことがわかっているので、もっと精進をしないといけません。
しかし、弟子に褒められるというのは、とても嬉しくて、ついつい頬が緩んでしまいます。
「師匠、カルパッチョならガラスの器がいいにゃ?」
「へぇ、そういう決まりでもあんの?」
「見た目が涼しげだにゃっ!」
「なるほど……見た目かぁ」
カフェとラテの言葉を聞いて頷いているカカオは、この中で一番勉強熱心ですよね。
こうしてみていると、この5人はとてもバランスが良いように感じられました。
俺様口調だけれども、勉強熱心で意外と優等生なカカオ。
穏やかで平均的に何でもこなしていく、堅実なカフェ。
元気いっぱいで頑張り屋さんだけれど、得意不得意が顕著に表われるラテ。
優しくて消極的なところがあるけれども、料理の盛り付けに関しては誰よりもセンスが光るミルク。
そんな、4人の弟子たちをサポートしつつ、機転を利かせて円滑に滞ることが無いよう、配慮やカバーをしてくれるマリアベル。
ここにチェリシュが加わると、本当に無敵なのではないでしょうか。
「彩りが、大事……なのっ」
指をぴっと立てて注目を集めてから、自信満々に言い切ったチェリシュの言葉を聞いた他の弟子たちは、「おぉーっ」と声を上げて感心しているようで、その光景を見ているだけで和んでしまいます。
私の弟子たちは可愛らしくて、料理に集中するのが時々辛い。
い、いえ、ここは気を散らさずに頑張りましょう。
気合いを入れてから、綺麗に薄切りにされたタコを円形に並べ、空いている中央には、キュステさんにお願いして探してきていただいた、ベビーリーフのような野菜を盛り付けます。
此方では『ブッシュリーフ』と言い、エルフ族が一好んで食べる葉物野菜だと説明してくれました。
味を確認するために数枚口に運んでみたのですが、私が知るベビーリーフと味と食感に大差はありませんでした。
エルフの国では珍しくない野菜ですが、他の大陸ではあまり見ないということから、入手困難であったはずなのに、いとも簡単に手に入れてくるキュステさんは有能すぎませんかっ!?
そんなことを考えながらもトマトをカッティングして彩りよく配置し、クラーケンの薄切りにソースをかけて、一皿目ができあがります。
あとは、冷やすだけですね!
「あとは、ボクに任せて欲しいですにゃっ!」
「はい。ラテにお任せしますね。よろしくお願いします」
「任されましたにゃっ」
尻尾をゆらゆらさせて上機嫌にカルパッチョの調理に取りかかるラテを見送り、次の料理を作ることにしましょう。
次は、アレン様が気にしていた唐揚げです。
タコの唐揚げを作った人はわかるのですが、このタコの唐揚げを作っている時に大変なのは、油跳ねです。
これは、皮と身の間に空気が溜まり、加熱することで膨らんで弾けるからなのですが、今回はクラーケンの腕が大きすぎたので、そういった問題は考えなくて良いかもしれません。
扱いやすい大きさにカッティングしたために、皮が全くついていない部位という場所も存在するので、ここは唐揚げに最適な部位だと言えます。
つまり、油跳ねの心配も無く、お料理が出来ると言うことですね。
まずは、一口大に切ったクラーケンの身に、塩と胡椒、生姜のすりおろし、料理酒よりも少量の焼酎を加え、軽く揉み込みます。
焼酎はクセもありますし、アルコール度数が高いので、少量がベストですね。
しかし、お料理を作るときに毎回考えてしまうのですが───
「醤油があれば良かったのにネ……」
だ、ダメですよ、時空神様。
私の心を読んだかのようなタイミングで、グサリと刺さる言葉をこぼさないでください。
「せめて、青のりがあれば良かったのですが……」
「ん? 青のり……青のり……あー、アレかー……って、アレ? 目の前の海にあるから、すぐに手に入るヨ?」
時空神様の言葉に驚き、作業中の手を止めて凝視していると、キュステさんが真剣な表情で私の求める食材の特徴を時空神様に確認したかと思うと、すぐさま海の方へ走って行き、躊躇うこと無く飛び込んでしまいました。
え、えええぇぇっ!?
きゅ、キュステさん、行動が早すぎませんかっ!?
驚き声が出ない私に対し、時空神様は「どうやら手に入るみたいダヨ」と楽しげに笑いながらおっしゃってくださったのですが、笑い事ではないような……
ま、まあ、確かに海にあるものですが、簡単に手に入るのでしょうか。
日本だったら漁業権が絡んできてしまうので海から勝手に採取なんて事はできませんが、フォルディア王国では大丈夫みたいですね。
「キュステのヤツ、どこへ行ったんだ?」
アイギスを脱いで普段着に戻ったリュート様は、眼鏡をかけたまま此方へ歩いてきて尋ねてくるのですが……め、眼鏡っ! 眼鏡姿のリュート様っ!
どういうことですか?
今日は、私にご褒美の眼福フルコースですかっ!?
「ああ、青のりが必要だったみたいだカラ、お願いしたんだヨ」
「あー、それはいいなっ! それで、ルナはどうしたんだ?」
「気にしなくてイイヨ。兄妹揃って似た者同士というか、なんというか……」
そ、それはベオルフ様のことではなく、兄の方ですよね?
あー、きっと、時空神様の前で綾音ちゃんに見とれていたりしたのでしょう。
私の親友は美人さんですから、仕方がありません。
かくいう私も人のことが言えないくらい、リュート様に見とれていたわけですが……
だ、だって、騎士モードのリュート様も、お仕事モードのリュート様もカッコイイのですもの!
鋭い雰囲気を醸し出す騎士モードは、触れたら切り裂かれそうな鋭さを内包していて、判断力の素早さや周囲の動きを把握して展開する術式の素晴らしさに息をのむほどの魅力を感じます。
そして、お仕事モードのリュート様は、眼鏡の奥に理知的な瞳の輝きを宿し、見事な集中力を持って、素晴らしい道具を創り上げていく尊さを感じました。
どちらも、捨てがたい魅力があります。
まあ、そんなカッコイイリュート様ですが、個人的に一番気に入っているのは、私に甘えてくる時だなんて……みんなの前では口が裂けても言えませんね。
「ルーが、にまにましているの」
「ん? 何か楽しいことでも考えてんだろうな。幸せそうな時間を邪魔したら駄目だぞ」
「あいっ! むー、やっぱり、気になるの。リュー、それがお料理の鉄板……なの?」
「ああ。まだ加工途中なんだけどな。ルナに、これくらいのくぼみでいいか聞きに来たんだが……」
はっ!
い、いけません。
慌てて気を引き締めた私は、リュート様が持ってきた鉄板のくぼみを確認します。
「少し大きめなのですね」
「大きすぎたか?」
「いいえ、それだと一口で無理矢理に頬張ろうと考える人は少なくなると思いますから、良いのでは無いでしょうか」
「それでも頬張るヤツはいると思うがな……」
心当たりがあるのか、半眼でどこか遠くを見つめていたリュート様は、ハッと我に返り、私が調理する時に不都合は無いのかと最終確認をしてくださいました。
「この鉄板が、新しい料理に関係ありますかにゃ? 屋台でもできますかにゃ?」
やはり、そこが気になりますか。
私たちの会話を聞いていたらしいナナトが、耳をピクピクさせて此方へやってきます。
爛々と目を輝かせている様子を見ていると、そのうち目がお金にでも変化しそうですよね。
リュート様もヤレヤレといった様子でしたが、そこへタイミング良く海に飛び込んで戻ってきたキュステさんが声をかけてきました。
「奥様。これくらいでええかなぁ」
「みゃーっ! キューちゃんが、緑のお化けに食べられてるのーっ!」
リュート様に抱き上げられていたチェリシュが悲鳴を上げ、慌てた様子と聞き慣れない「緑のお化け」をいぶかしげに思いながらも、声をした方へ振り返り見た私は、なるほど……と納得しつつも、頬が引きつるのを感じました。
緑のお化け───それは、これでもかというほどの海藻を身に纏ったキュステさんだったのです。
あおさらしきものと、昆布やわかめなどの海藻を沢山採ってきてくれたのは嬉しいのですが、何故全身に巻き付いているのか……
「横着して、竜形態で泳ぎ回ってきたんだろ」
「さすが、だんさんはよーわかってはるねぇ。多かったら奥様が喜ばはるやろう思うたんやけど、ちょっとやり過ぎたわぁ」
色男が台無しなほど、緑一色に染まっているキュステさんに、お礼を言いながら、その姿をマジマジと見つめた私は、堪えきれずに吹き出します。
その笑いに釣られたのか、みんなの我慢の限界を迎えたのか、周囲に笑いが沸き起こり、キュステさんは照れたように肩をすくめて笑い、チェリシュが心配そうに海藻を一本一本、手を伸ばして排除している心優しい姿に癒やされました。
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