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第九章 遠征討伐訓練
9-7 諦めが肝心、間違いは……どうしましょう
しおりを挟むベオルフ様と真白のやり取りに和んでいると、オーディナル様と時空神様との打ち合わせも終わったようで、本日の細かな報告会も終了した。
あと、リュート様に頼まれていた伝言をオーディナル様に伝え、心から感謝していたことを告げると、まんざらでもない様子で微笑みを浮かべる。
リュート様にだけ素直ではないオーディナル様だが、信頼はしているようだから不思議な関係とも言えた。
「そうだ。もう少ししたら、陽輝ともまた会えるから、楽しみにしておくと良いよ」
「カレーの礼も言いたいから助かる」
「そっちもうまくいったみたいだね」
「いや、まだまだだ……」
「陽輝の域を目指しているのは立派だけど、初心者なんだから仕方ないよ。料理は何度も作って精進あるのみだよ」
「そうだな」
ベオルフ様が頷く姿を嬉しそうに見つめていた時空神様は、チラリと此方を見て兄そっくりな表情を浮かべる。
あ……これは心配しているときの顔ですよね。
「ルナちゃんのほうは、明日からの遠征討伐訓練で無理をしないようにね。初日は移動だけだって聞いていたから心配はしていないけど、しっかり沢山学んできてね」
「はいっ」
まるで学校の先生みたいだなと考えながらも頷いていると、隣のベオルフ様が微妙に体を揺らした。
こういう些細な反応をするときの彼は、スルーしては駄目だと良く知っているので、どうしたのかと尋ねるように瞳を覗き込むと、とても複雑な感情が入り交じっていて正確に何を考えているのか読むことは難しい。
なんですか、その表情は……
「何か気にかかることがありましたか?」
「いや……ルナティエラ嬢……転けるなよ?」
「転けません!」
本当は違う事を言いたかったのだろう。
いつもとは違い、歯切れが悪い。
らしくないな……と、思いながらも深くは突っ込んで聞かなかったのは、彼がとても渋い顔をしたからだろう。
こういう反応を見せるときは「確証がないから答えられない」と言って、貝のように口を閉じてしまうのだ。
その予想はだいたい当たっているから、気にせず言ってくれても良いのにとは思うのだが、彼のポリシーに反するのだろう。
まあ、そういうところがベオルフ様らしいと思いますから、待つことにしましょう。
「あ、そうだ! 今度また過去へ行くかもしれないし、あのお馬鹿さんたちに何をして欲しいか考えておいてね!」
「え、えっと?」
ベオルフ様の様子を眺めていた私の目の前に、ぬっと現れた丸っこくて白い毛玉は、可愛らしい仕草とともに元気よく言い放つのだが、どういう意味だろうと首を傾げて彼女の言葉を待っていると、とんでもないことを言い始めたのである。
「今回は過去へ行ってね、酷い奴らがいっぱーいいたの! で、ベオルフは黒いヤツを窓の外へ放り投げて、ヘンテコ王子が座っている椅子を蹴り倒したくらいで終わらせちゃったんだけど、お仕置きとしては軽すぎるでしょ? だから、絶賛リクエスト受付中なの!」
う……うん?
えーと……窓の外へ放り投げられたのは、多分……黒狼の主・ハティですよね?
それから、セルフィス殿下が座っている椅子を蹴り飛ばして転ばせたのでしょうか。
真白の口から告げられた真実に眩暈が襲ってくる。
な……何をやっているのですか! ベオルフ様っ!
「バレたらどうするのですかっ!?」
「大丈夫だ。見えていないのは確認済みだ」
「そういう問題なのですかっ!?」
シレッとして言うのだが、彼にしては珍しいことをしていると感じた。
いつもなら黙ってふつふつと湧き上がる怒りをため込んでいるところだろうに……
「見事な転けっぷりだったから、尻が真っ青になっただろうな」
「それは愉快だ。よくやったベオルフ」
「紫黒……オーディナル様……」
全く、この方々はっ!
時空神様は言葉もなく片手で額を押さえつつ首を左右に振っている。
きっと、やってはいけない系のことをやらかしたに違いない。
「まあ……ベオルフだったら何とかなるかなぁ……たぶん……」
「ベオルフ様のチートって、リュート様とはまた違うベクトルですよね」
「一緒だったら怖いよ。リュートくんみたいな魔王は1人で良いし、ベオルフみたいな規格外が他にもいたら、色々と大変だと思うよ?」
時空神様から見ても、リュート様は魔王なのですね……そう考えていた私の視界が一瞬歪んだ。
今回は早い……かな。
「本当は、ベオルフ様と一緒にお料理をしたかったのですが……」
「ああ。私もそう考えていたが……時間か」
「今日は、お互いに消耗が激しかったみたいですね」
「そうだな」
クラクラするような眠気が頭の奥底に感じられ、だんだん意識を保っているのが難しくなってくる感覚にも慣れてきた。
どうやら、今回はこれで時間切れのようである。
まだ話をしなければならないことがあったようにも思うのに、体に力が入らない。
「2人は疲れているだろうから、ゆっくりおやすみ。細かい報告は俺がやっておくから、安心して休むと良いよ」
「すみません……時空神様……兄のほうも……」
「任せておいて」
よしよしと頭を撫でられるのだが、触れ方が前世の兄に似ていて……一緒にいると、こういうところも似てくる物だろうかと不思議に感じた。
意識はふわふわしているのに、体を力強く包み込んでくれているベオルフ様の腕の感触だけはシッカリ感じていて、妙な感じだ。
膝の上に飛び乗って甘えてくるノエルを撫で、紫黒と真白も撫でてやる。
「今日は……癒やしがいっぱいですねぇ……ベオルフ様のエナガ姿が一番でしたが……」
「そうか?」
「はい……また……今度、癒やしてくださいね」
「……気が向いたらな」
「約束しましたからね? ぜーったい……です」
「お前たち2人が変じて、癒やしてくれても良いのだぞ?」
オーディナル様の笑いを含んだ言葉に「それも良いですねぇ」と返していると、ベオルフ様の呆れた溜め息が聞こえてきた。
否定する言葉はなく、ただ困ったような呆れたような溜め息――諦めが肝心ですよ、ベオルフ様。
口元に弧を描きながら、ゆるゆると滑り落ちるように意識が遠くなっていく。
眠りが先に来る場合は、あの苦しみを味わうことが少なくて済むから助かるな……というベオルフ様の言葉に、ちゃんと頷けただろうか……
それを確認する術もなく、繋いでいた手の感触がなくなっていることが、少しだけ寂しく感じたのである。
あちらから帰ってきて、どれくらいの時間が経過したのだろう。
いつものように籠の中へ寝かされていた私は、エナガの姿であることを確認してもぞもぞと動き出す。
しかし、いつもよりも籠の中が窮屈だと感じた。
あれ? リュート様のポッケサイズだったら窮屈だなんてあり得ないのですが……間違えてしまったのでしょうか。
それとも、寝ぼけてサイズ変更をしてしまったのかと首を傾げた視野の端に、自分とは違う白い羽毛が見えた。
あ……もしかして、紫黒が先に来てしまったのかしらと考えて、其方を見てから固まる。
真っ白な羽毛。
丸っこい体。
そして、立派な冠羽の色は――天色……
ま……真白? 何故貴女がここにいるのですかっ!?
「ま、真白……真白、起きてください。真白っ」
「んー……もうちょっとぉ……」
間違いなく真白の声……ベオルフ様に似た紫黒がこんなしゃべり方をしたら、天と地がひっくり返ります!
あ、でも、それはそれで……聞いてみたいかも?
そんなくだらないことを考えながら真白の体をゆさゆさ揺らしていると「ん……」と、低い声が聞こえた。
「んー? 寝ぼけてんのか? ほら、ここで……ゆっくり眠ってろ……」
いえ、どちらかといえば、寝ぼけているのはリュート様ですからあぁぁぁっ!
ひょいっと籠からさらわれて、リュート様の枕元で寝かされた私は、麗しい彼の顔を至近距離で見つめるというご褒美をいただき、言葉も出ません。
すーすーと、警戒することなく静かな寝息を立てているリュート様は、相変わらず素敵すぎますっ!
――でも、変ですね。真白という侵入者に、リュート様が気づかないなんて……
さすがは、鳳凰の子ということなのだろうが、オーディナル様と来る予定だった紫黒ではなく、真白がここにいることに驚きを隠せない。
今頃、紫黒がベオルフ様に似た深い溜め息をついているような気がしてならないのだが、私にはどうすることも出来ない。無力な私をどうか許して欲しいと心の中で謝罪する。
「んー? 今度は唸って……どうした?」
うっすらと目を開いたリュート様からとろけるような甘い声で問いかけられ、壊れ物でも扱うかのように優しく撫でられてしまい、思考がフリーズした私の様子を、夢とうつつを行ったり来たりしている状態で嬉しそうに見つめるリュート様……
だ、大丈夫です。
心配しないでください。
とりあえず、眠っていても大丈夫ですよ?
そんな言葉が頭の中に浮かんでは消えていくのだが、言葉になる事は無かった。
「ふわふわ……すげー……癒やされるなぁ」
私の羽毛に頬をすり寄せ、とろけるほど幸せな笑みを浮かべる彼の笑顔にノックアウトされた私が意識を手放そうとした瞬間、「んー? ここはどこー?」という間の抜けた声が響き渡る。
さすがに聞き覚えのない声に意識が覚醒したのか、リュート様の表情がキリッと引き締まり、声のした方へ素早く視線をやるのだが、次の瞬間には固まって私と真白を交互に見つめた。
「え……えっと……あれ? 分身の術?」
「私は忍びではありませんよ、リュート様」
「あれ? ベオルフは……いない? 目の前にルナ……ってことは……も、もしかして、私……行き先を間違えちゃった? ど、どうしようーっ!」
「どうしようなのー!」
いつの間に起きたのか、籠に忍び寄っていたチェリシュが真白を拾い上げ、二人揃って「どうしよう、どうしよう」と大騒ぎしはじめてしまった。
「いや、どうしようは……こっちの台詞じゃねーかな……」
リュート様の呟きは「どうしようー」コーラスにかき消され、私が「朝から騒ぐものではありません」と注意するまで、チェリシュと真白は楽しげに「どうしよう~♪」と歌い続けるのであった。
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