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第九章 遠征討伐訓練
9-10 充電中です!
しおりを挟む「えーと……小麦粉は――」
厨房の隣にある食料貯蔵庫は、大型の冷蔵庫が壁一面に備わっているだけではなく、常温保存している物でも一定の温度を保つように工夫されているのか、見えないカーテンみたいな物で遮られた棚が規則正しく並んでいる。
おそらく、術式か何かで気温や湿度を管理されているのだろう。
地下に続く階段が奥にはあり、そちらにはお酒を貯蔵しているらしい。
店の貯蔵庫も、日光や湿度や気温や通気性などを考慮してあるので、その影響なのだろうか、それともカカオのこだわりなのか、いつ来ても凄い食料貯蔵庫だなぁと感心しつつ、粉類をストックしてあるブースを探す。
よく使う物は手前の方に管理してあるようだが、小麦粉類は種類が多いのか、中程にあったはずだと記憶を辿り、奥へ入っていくとお目当ての物はすぐに見つかった。
「あ、あった……えーと……うどんに良い小麦粉は……」
何種類かある中で、一つだけがほんのり輝いて見えるのは料理スキルの賜物だろうか。
料理スキルを会得してから、キッチンタイマーいらずなだけではなく、何が最適な食材であるか判断する能力も格段に上がっている。
料理スキル様々だと小麦粉に手を伸ばそうとしたのだが、不意に伸びてきた手が、それを無造作に掴んだ。
「これか?」
「はい。この小麦粉が良いみたいです」
「ルナの料理スキルには、高度な目利きの効果もあるみたいだな」
私の背後から腕を伸ばして小麦粉を取ると収納してしまったリュート様の距離感に、ドキドキしつつも頷く。
せ、背中が……その……くっついているというか……こう……壁ドンならぬ、棚ドンみたいな感じですよっ!?
「も、戻りましょうか」
リュート様の男らしいところにドキドキしてしまっているのを悟られたくなくて体を横に向けるのだが、彼の腕が進路を塞いでいる。
い、いえ……ですから、棚ドンは……ちょ、ちょっと……心臓に悪いというか……
「ゆっくりって言われたろ?」
「い、いえいえ、しょ、食材は見つかりましたからっ」
「俺の用事は終わってないからダメだな」
「リュート様の……用事?」
問いかけてはいるのだが、彼の方へ体を向けるには勇気が必要だ。
視線を彷徨わせて、この状況を客観的に判断したのが良かったのか悪かったのか、顔は熱くなるし変な汗が出てくる。
嫌なのでは無く、単純に恥ずかしい。
近すぎますよ……と、小さな声で呟くのだが、彼は離れるどころか苦笑を浮かべただけのようである。
「ちょっと動くなよ?」
更にグッと近づいた彼の息づかいに心臓は張り裂けんばかりに動き出し、奇妙な叫び声を出してしまわないか気をつけるのに精一杯だ。
リュート様の長い指が耳たぶに触れてから、顔を寄せるのが視界の端に映り込む。
ひいいぃぃぃぃぃっ!
リュート様のドアップは、私の心臓を止めてしまいます――――っ!
直視したら死ぬっ! と直感でそう考えた私は、ぎゅっと目をつむってしまったのだが、彼の呼吸が耳たぶにかかり、ちゅっという小さな音とともに感じる柔らかさをより一層感じることになってしまい、全身だけではなく思考も一時停止してしまった。
「ん……これで良いかな」
何が楽しいのか、楽しげな笑い声のあとに聞こえた言葉の意味を理解しようと頭を動かしたいのだが、沸騰してしまった脳内ではそれも難しい。
「すげー真っ赤」
「りゅ……りゅーとさまぁ?」
「んー……ルナ不足の充電と、ロン兄から貰った物をルナに装着しただけなんだけど……役得だったな」
「ロン兄様から?」
何とか、それだけを理解して問い返すと、彼はソッと耳たぶに再び触れる。
「ロン兄がイルカムを作っている商会にかけあって、魔力抵抗アップの付属品を注文してくれたんだってさ。俺が使う魔力でイルカムが壊れるって話したことがあったろ?」
「あ……確かに……」
「ルナは俺のそばにいるから、その影響も大きい。それに巻き込まれて壊れてしまわないように補強してくれるアイテムだ。ルナ自身も魔力量が多いし神族とも接することが多いから、万が一のためにってロン兄が考えてくれたんだ」
なるほど……確かにリュート様の魔力を近くで一番感じ、十神との関わりも多い。
それに、チェリシュがずっとそばにいるのだから必要な対策である。
「小さな宝石を装着してあるから、チャラチャラ音がするかもしれないけれども、性能はバッチリだから今後は壊れる心配もない」
改めて耳に装着しているイルカムに触れてみると、小さくて硬質な物が垂れ下がっている。
触れるとチャリッと響く音が耳に心地良く、見た目もさらに可愛らしくなったのかもしれない。
以前、リュート様がロン兄様のセンスは素晴らしいと言っていたので、何も心配することはなかった。
「俺の魔力を馴染ませておいたから、緊急事態に陥った時は意識せずとも俺に繋がる。声を出せない状況でも、アラートで感じるから安心だな」
「……子供に持たせる見守り防犯ブザーみたいなことになっておりませんか?」
「アレは自分で起動させるだろう? 此方は自動感知だ」
いえ、そこが重要ではなく――とブツブツ呟いていたら彼の端正な顔が近づいた。
どことなく、悪戯っぽい雰囲気が漂うので身構えてしまうのだが……こういう時のリュート様は危険である。
「俺のも登録してくれねーかな」
チャリッという音に導かれて見た彼のイルカムには、青銀色の短い鎖の先に彼の髪色のような漆黒に輝く宝石が装着されている。
い、イケメンは何を装着していても似合いますね。とても似合っていてカッコイイですっ! さすがはロン兄様のナイスセンス!
「ほら、ルナ。俺がやったみたいに魔力パターンを直接登録して」
「……え、えっと」
直接登録って……さ、先ほどみたいに……って……あの……本当にそういう方法で登録するのですかっ!?
いえ、他にやり方があるでしょう? 同性だったらどうするのですかっ!?
私の視線で言いたいことが伝わっているはずなのに、彼はニッと笑って「ほら」と急かすだけである。
い、意地悪――っ!
心の中で叫びながらも、屈んでくれる彼の肩に手を添えて少しだけつま先立つ。
こ、こうなったら……や、やるしかないっ!
形の良い耳に装着されたドラゴンの翼をモチーフにしたイルカムに唇を寄せ、軽く触れる。
すると、イルカムは淡く輝き登録を終えたのか、光はすぐに消えてしまった。
魔力を流す訓練のおかげか、こういう事もかなりスムーズに出来るようになったと思う。
「で、できました……よ?」
「ん、ありがとう」
とても嬉しそうな声で礼を言った彼は、お礼と言わんばかりにぎゅっと抱きしめてくる。
え、えっと……?
「充電中」
低く甘い声でそれだけ言った声は、私の髪に顔を埋めているからかくぐもっていて、少しだけくすぐったい。
た、確かに……不足していた……かも?
ドキドキしてしまって心臓には負担がかかるのだけれども、こうして二人きりになる時間は最近あまり無かったかな? と思い出す。
そのたびに心臓に多大なる負荷をかけてしまうのだが、喜びのほうが大きい。
大好きなぬくもりと匂いに包まれているだけで幸せなのだが、落ち着く暇が無いのも事実だ。
異様に早い鼓動と、確実に赤くなっている顔。
いや、顔だけで済んでいるとは思えないほど、全身が熱い。
ベオルフ様が相手だったら穏やかでいられる心も、リュート様を相手にすると乱されるだけ乱されてしまうから困りものである。
暫く無言の時間が過ぎ、不意にリュート様の気配が変わったのに気づく。
どうしたのだろう……
「ルナ。今日の遠征討伐訓練は、危険な場面に遭遇するかもしれないし、俺が一時的に離れる場合も出てくるだろう。安全には細心の注意を払っておくが、何かあったらコレで連絡してくれ……」
「はい、わかりましひゃっ!」
わかりましたと言いたかった私が急に変な声を上げてしまったのにはワケがある。
再び、リュート様が私の耳たぶに唇を寄せて、ちゅっ……としただけではなく食んだのだ。
それはもう、ぱくっ! と――――
「わ、私の……耳は……た、食べ物では……ありま……せんっ」
「すげー真っ赤。そういう、可愛い反応をするから……」
ボソリと小さくだが、低く甘くかすれた声で告げられた声に全身が震えた。
何か不味いスイッチが入ったように感じたのだが、暫くの沈黙のあと彼から深い溜め息が漏れて、楽しげな笑い声に変わる。
「ルナらしいっていうか、可愛いっていうか、マジで俺の精神が試されるよな」
「た、試される?」
「そうだよ。すげー試されてる。可愛すぎて食べちまいたいから」
「で、ですから、私は食べ物では……」
抗議するように言うと彼はさらに笑い出すのだが、抱きしめる力は強くなるばかりだ。
「食わねーよ。だから、今日を乗り切る為にもいっぱい充電させてくれ」
「は……はい」
今日は移動だけだというのに、何故そこまでの悲壮感を漂わせるのだろう。
そう考えていた私を包み込むリュート様の背中に、おずおずと腕を回す。
広い背中に添えるだけではあったが、それが嬉しかったのか、頬を寄せてくれるリュート様のぬくもりをしっかりと感じながら目を閉じる。
いつもより少し早い鼓動。私と同じだ……
お互いに心臓に負担をかけているけれども、この瞬間はかけがえのない物であると感じているし、他の人に話したくはない特別な時――
「深刻なルナ不足は、やっぱり定期的に充電しておかねーとな」
「私もリュート様不足を補わないとです」
「え……あ、お、おう……ルナなら大歓迎だから、どーんと来い」
額をぐりぐりこすりつけて甘える仕草を見せる私に、リュート様の満足げな笑い声が漏れる。
二人きりの特別な時間を簡単に確保出来ないとわかっているが、これからも大事にしたい。
彼専属の召喚獣である私にだけ見せてくれる優しく甘い笑みを、他の誰にも見せて欲しくはないな……と、ちょっぴり我が儘なことを考えながら、彼の背に添えている腕に少しだけ力を込めるのであった。
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