416 / 558
第十章 森の泉に住まう者
10-37 作業しやすい環境
しおりを挟む「さて……どうしましょうか」
フレンチトースト――実は奥が深かったりする。
今回はフレンチトーストサンドも作ろうとしているから、そう感じるのかも知れない。
味は、しょっぱい系、甘い系、甘塩っぱい系の3系統からなり、具材もバリエーションが豊富だ。
フレンチトーストと聞いてまず頭に思い浮かべるのは、卵液につけてバターをひいたフライパンで焼いて中まで火を通し、粉砂糖かメープルシロップか蜂蜜をかけていただくタイプが一般的だ。
そこへオプションとして、アイスを乗せたり、ジャムや果物をトッピングしたりするものもある。
甘い系だけでも途方もないアレンジができるというのに、しょっぱい系では肉系か魚系か、野菜やチーズは……と、悩んでしまうほどだ。
さらに、甘塩っぱい系が追加されてしまえば――
「うぅ……リュート様の好みを聞いておけば良かった……」
いつもは彼が食べたいものを具体的に提案してくれているから助かっているが、今回はそれが無い。
「ああ……コレが『何でもいいよは困る!』という世間の奥様方の悩みなのですね……」
「ルナちゃん……あー、まあ、リュートくんは食べたい物をしっかり伝えてくるからネ」
「とても有り難いのです。今回は、種類が多すぎて困っております」
「オーソドックスなフレンチトーストで良いんじゃナイ?」
「ずっと甘い系が続くのはどうかと……」
「それもそうカ……」
普段はリュート様が「こういうものが食べたい」と示唆してくれるし、何気ない会話からイメージを膨らませてくれるので、作る事に迷いは無かった。
しかし、本人は隠していたようだが集落を襲ってくる魔物へ意識がむいていたため、そういう話を一緒にする時間が取れなかったのだ。
魔物だけでは無く、集落のことも考えて動いていた彼に、そんな時間があるはずがない。
よく考えてみたら、学業だけでは無く各種方面からの相談事に案件、商会を運営していくために必要な手続きや付き合いもあったはず……
それなのに、かなり私の事を優先して動いてくれていた事実を改めて実感して頭が下がる思いだ。
「うぅ……私が至らないばかりに、リュート様に多大なるご迷惑を……」
「ルナちゃん、考えがそれてるヨ」
時空神様のツッコミで我に返り、お昼のメニューで悩んでいると、目の前にあるカウンター席に座っていたお子様組が顔を寄せ合い、何やらごにょごにょ話しはじめた。
どうしたのだろうかと思い見ていると、「決定なの!」というチェリシュの言葉でお子様組会議は終了したのか、まん丸で大きな瞳をキラキラ輝かせて此方を見つめ返してきた。
「ど、どうしたのですか?」
「今回はチェリシュたちからリクエストなの!」
「食べてみたいのがあるから、作ってー!」
意外な言葉に驚きつつも「何が食べたいですか?」と問いかけてみる。
すると、チェリシュと真白は顔を見合わせてにぱーっと笑って同時に言った。
「チェリシュのキャベツさんなの!」
なるほど。
チェリシュが折角たくさんくれたキャベツを使おうということかと納得し、私は冷蔵庫からキャベツを取り出してカウンターに置いた。
見事なキャベツにモカとヌルが「すごーい!」と大はしゃぎをして、チェリシュと……何故か真白まで得意げだ。
「サンドイッチにするなら、千切りが良いかもしれませんね……鶏の胸肉を低温でしっとりと仕上げて、彩りにニンジンも千切りにして挟んでみましょうか」
「わーいなの!」
「しっとりした鶏肉だよー!」
共食にならないのかと毎回心配になるのだが、神獣は別格だと言うし……人間の固定概念が違和感を抱かせるのだろうと無理矢理に納得させて手早くリュート様お手製の調理器具でキャベツとニンジンの千切りを作りながら、鶏の胸肉の処理を開始した。
叩いて厚みを整えた胸肉に塩コショウをしてからフライフィッシュの浮き袋へ入れて空気を抜き、スープクッカーの中に並べて入れて熱湯を注ぐ。
あとは保温調理で料理が終盤にさしかかるころには完成するだろう。
放っておけば勝手に完成しているのが本当にありがたい。
「定番のハムチーズも作るカイ?」
「勿論作ります! リュート様は、チーズが好きそうなので」
「あー、わかるカモ」
「普通のフレンチトーストは、ひたひたに浸す方が好きなので、パンにフォークで穴を空けて……というのを、チェリシュと真白にお願いできますか?」
「頑張りますなの!」
「お任せー!」
両手にフォークを持って気合いたっぷりな様子を見せるチェリシュの横で、翼をばさーっと広げて高らかにくちばしを見せてくる真白――
「真白……貴女まさか……くちばしで穴を空ける気じゃ……」
「任せて!」
「え……えぇぇぇと……ダメですよ? 人様が食べる物に口をつけるのはいけません」
「くちばしだって!」
「貴女にとっては、お口ですよね?」
「えー……高速で空けられるのにー」
「ダメです。いけません」
えーっ!? とブーブー文句を言う真白を指でエイッと突いて転がすと、遊んで貰っていると思ったのか、キャッキャ笑い出す。
ベオルフ様のマネをしたのだが、効果覿面だ。
さすがはベオルフ様……真白の扱いをよく知っている。
「じゃあ、その穴開けはボクがやるにゃ~」
そう言って、今度はモカがにょきっと伸びた爪を見せてきた。
た、確かに……キャットシー族は包丁と爪を両方使って調理するとカカオから聞いていたので、意外にも鋭い爪に驚いてしまう。
やはり、子供とはいえどキャットシー族……恐ろしく鋭い。
「この爪で厚さ2ミリの鉄板を切り裂けるくらいになったら、お料理ができるようになるにゃ~! ボクたちはまだ子供だから、無理ですにゃ~」
「……え? て、鉄板を切り裂くのですか?」
「鋭さが命なのにゃ~」
お料理に物理的な攻撃力は必要無いはずだが、魔物が多い世界である。
包丁では加工できない食材があるのかもしれない。
私はリュート様お手製の調理器具を使っている事が多いから気づいていないだけで、本来は金属製の包丁で加工できない食材が存在した可能性も……
「キャットシー族は、爪が鋭くないと良い料理ができないっていう価値観があるからネ。ルナちゃんがこの世界では異質なんダヨ」
「そうなのですね……」
「その世界での常識が他の世界にとっての非常識って、良くあることダネ」
様々な世界を見てきた時空神様が言うのだから間違いは無いだろう。
国が違えば文化も変わる。
日本で当たり前に食べている物でも、他国では「信じられない」と言われる物も存在するので、それと同じようなものだと納得した。
「とりあえず、スタンダードタイプ、映えのチキンと生野菜のサンド、定番のハムチーズにお好みで蜂蜜をつけられる甘塩っぱい系を追加して……3種類で良いでしょうか」
「うんうん、美味しそうダネ」
方向性が決まり、次々に必要な食材を出し、先ほどの食事の際、コーヒーの粉を沢山食べて産んでくれたラエラエの卵を洗浄石で綺麗にしてからボウルに割り入れる。
私と時空神様が卵液の準備をしている間も、お子様組は楽しそうにパンにフォークや爪を使って穴を空けている。
みんなが頑張って穴を空けて卵液がしみこみやすくなったパンを平たいトレイに並べて、卵液を流し込む。
フレンチサンドに使うパンは、スライスして卵液に潜らせるだけで良いのだが、フレンチトーストはひたひたにして、外はカリッ! 中はトロッとした食感を味わって欲しい。
「今は下ごしらえの段階ですから、ある程度できたらカレースパイスも準備しましょうか」
「カレーなのー!」
「カレーもいっぱーい作ろー!」
カレーが初見であるモカとヌルは、チェリシュ達の大はしゃぎを見て絶対に美味しい物だと確信したのか、目を輝かせている。
「あっ」
声がした方を見れば、チェリシュが手に持っていたフォークを落としてしまったようで、拾おうとジタバタしていた。
危ないのでフォローに回ろうとしたのだが、それよりも早くヌルが新たなフォークをチェリシュに差し出し、落ちているフォークを回収して洗浄石で綺麗にし、元々あった場所へ収納している。
流れるような動きに感心していたのだが、ヌルは本当によく気がつく。
持ち前の観察眼を活かして、縁の下の力持ちのような立ち位置で何かを運んだり、周囲を綺麗にしたりして、常に作業しやすい環境をキープし続けている。
時空神様のフォローとはまた違うところの手助けをしてくれているので、作業スピードが倍ほど違う。
「私……この状況に慣れたら、とても大変な事になりそうです……」
私の呟きが聞こえたのか、時空神様がぷっと吹き出し、それをお子様組が不思議そうに眺める。
ナンデモナイデスヨと、何故か片言になりつつもお子様組の気を逸らしていると、遠くで何かの音がしたような気がした。
――リュート様?
不安に思っている私のイルカムに、珍しく通信が入る。
かけてきたのはリュート様であった。
『馬鹿三人と合流した。あと……魔物の痕跡を見つけたので早急に戻る。時空神様とディードリンテ様に話があるから、伝えておいてくれないか?』
「わ、わかりました……あの……今、音が……」
『ああ、モンドが派手に転けただけだから心配ない』
そういうのだが、リュート様の声にいつもの柔らかさは無い。
どうやら、とんでもないことになったらしいということだけは理解出来た。
『杞憂であって欲しかったんだがな……』
最後の呟きは誰に向けられた物だったのだろうか。
リュート様の暗い声に少しだけ不安になったのだが、近くに居るのかモンドさんたちの賑やかな声が聞こえてきてリュート様は大丈夫だと感じた。
そうだ、彼らがいるなら大丈夫。
「リュート様、無事に戻ってきてくださいね。お昼のフレンチトーストは、甘い系、しょっぱい系、甘塩っぱい系の三種盛りですよ」
『うわっ! マジでっ!? それは楽しみだ! あと、ぐるっと周囲を探索してから急いで戻る! またあとで!』
一転して明るい声を出す彼にホッとしながら通話を終えた私は、気合いを入れて腕まくりをした。
「アイスクリームも作らないとネ」
「はい! 時空神様、よろしくお願いいたします!」
「ウンウン、ルナちゃんは元気が一番ダヨ」
帰ってきたリュート様が終始暗い顔をしなくても良いように、せめて食事の時くらいは幸せだと感じられるように、私は私のできる全力を料理にぶつけようと、時空神様と一緒にアイスクリーム作りを開始するのであった。
443
あなたにおすすめの小説
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
白い結婚を捨てた王妃は、もう二度と振り向かない ――愛さぬと言った王子が全てを失うまで』
鍛高譚
恋愛
「私は王妃を愛さない。彼女とは白い結婚を誓う」
華やかな王宮の大聖堂で交わされたのは、愛の誓いではなく、冷たい拒絶の言葉だった。
王子アルフォンスの婚姻相手として選ばれたレイチェル・ウィンザー。しかし彼女は、王妃としての立場を与えられながらも、夫からも宮廷からも冷遇され、孤独な日々を強いられる。王の寵愛はすべて聖女ミレイユに注がれ、王宮の権力は彼女の手に落ちていった。侮蔑と屈辱に耐える中、レイチェルは誇りを失わず、密かに反撃の機会をうかがう。
そんな折、隣国の公爵アレクサンダーが彼女の前に現れる。「君の目はまだ死んでいないな」――その言葉に、彼女の中で何かが目覚める。彼はレイチェルに自由と新たな未来を提示し、密かに王宮からの脱出を計画する。
レイチェルが去ったことで、王宮は急速に崩壊していく。聖女ミレイユの策略が暴かれ、アルフォンスは自らの過ちに気づくも、時すでに遅し。彼が頼るべき王妃は、もはや遠く、隣国で新たな人生を歩んでいた。
「お願いだ……戻ってきてくれ……」
王国を失い、誇りを失い、全てを失った王子の懇願に、レイチェルはただ冷たく微笑む。
「もう遅いわ」
愛のない結婚を捨て、誇り高き未来へと進む王妃のざまぁ劇。
裏切りと策略が渦巻く宮廷で、彼女は己の運命を切り開く。
これは、偽りの婚姻から真の誓いへと至る、誇り高き王妃の物語。
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』
夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」
教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。
ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。
王命による“形式結婚”。
夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。
だから、はい、離婚。勝手に。
白い結婚だったので、勝手に離婚しました。
何か問題あります?
公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
谷 優
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。
ただ、愛されたいと願った。
そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。
◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。
【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました
山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。
王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。
レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。
3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。
将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ!
「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」
ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている?
婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?
〈完結〉【書籍化&コミカライズ・取り下げ予定】記憶を失ったらあなたへの恋心も消えました。
ごろごろみかん。
恋愛
婚約者には、何よりも大切にしている義妹がいる、らしい。
ある日、私は階段から転がり落ち、目が覚めた時には全てを忘れていた。
対面した婚約者は、
「お前がどうしても、というからこの婚約を結んだ。そんなことも覚えていないのか」
……とても偉そう。日記を見るに、以前の私は彼を慕っていたらしいけれど。
「階段から転げ落ちた衝撃であなたへの恋心もなくなったみたいです。ですから婚約は解消していただいて構いません。今まで無理を言って申し訳ありませんでした」
今の私はあなたを愛していません。
気弱令嬢(だった)シャーロットの逆襲が始まる。
☆タイトルコロコロ変えてすみません、これで決定、のはず。
☆商業化が決定したため取り下げ予定です(完結まで更新します)
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
番外編を閲覧することが出来ません。
過去1ヶ月以内にレジーナの小説・漫画を1話以上レンタルしている
と、レジーナのすべての番外編を読むことができます。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。