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第十章 森の泉に住まう者

10-45 出発と私にしか出来ないこと

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 みんながフレンチトースト三種盛りを食べ終えるくらいに、リュート様も食べ終わっていたのだが、オルソ先生は心配そうに彼を見る。

「それくらいの量で足りるのか? いつものお前なら、もっと食べるだろうに……」
「あー、ルナの料理は回復量が違うんだ。だから、随分助かってる」
「ほう……そういう部分でも相性が良いとは羨ましい限りだな」

 柔らかな笑みを浮かべるオルソ先生に照れ笑いを返していた私は、時空神様に「そろそろ出すカイ?」と声をかけられたので静かに頷いた。
 時空神様が取り出した小さなグラスに入ったアイスクリームを取り出し、リュート様に準備してもらっていた濃いめのコーヒーをかけて全員に配る。

「アフォガードというデザートです。濃いめのコーヒーをかけておりますので、アイスクリームの甘さとコーヒーの香りと苦みが楽しめる一品です」

 子供達は少量にしておいたので、苦くて食べられないということはないだろう。
 それでも食べられないという場合は、チョコレートをかけてもいい。
 大人のデザートで考えるなら、ラム酒などをかけて食べるのも美味しいのだが、今から色々と行動しなければならない人たちにアルコールはダメだ。

「美味しいコーヒーにアイスクリーム……絶対に美味しいやつだよなぁ」

 スプーンを手にとって迷わずひと匙すくって口へ運んだリュート様は、嬉しそうに頬を緩める。

「うわぁ……もっと濃くても良かったな」
「お酒を飲んでいい時でしたら、リキュールやラム酒もオススメです」
「今は無理だけど、帰ったらやろう」
「リュート様、その時は俺たちも呼んで欲しいっす!」
「わかったわかった」

 問題児トリオたちが騒ぎ出したのを見て、リュート様は呆れたような表情を浮かべながらも承諾した。
 オルソ先生も気に入ったのか、目尻が下がっている。
 それをコッソリ見ていた時空神様が、何故かガッツポーズを取っているのだけれども、これはもしかしたらリュート様と同じなのかもしれないと感じた。
 時空神様は日本だけではなく、違う世界で美味しい物を食べてきただろうから、それを理解されないのは辛かったのでは無いだろうか。

「陽輝はイラストレーターとしても売れてるケド、絶対に料理研究家に転身するべきだよネ」
「……私もそう思います」

 みんなに認められる趣味が仕事になるのは素敵なことだ。
 しかも、それが二種類もあるなんて、何て恵まれているのだろうか。
 もし、動画など出すことになったらアシスタントを買って出て、オーディナル様に頼まれた仕事をないがしろにしないだろうかと心配になる。
 こっそりと私と時空神様が話をしているのが気になったのか、スプーンを持ってアイスを掬おうと試みていた真白が此方を見てコロリと転がった。

「まっしろちゃん、おしい……なの!」
「もうちょっとだったのにー!」

 少し目を離したらコレである。
 スプーンに掬って真白に食べさせている間に、チェリシュもアフォガードを口へ運んで両頬を手で押さえた。

「ひえひえのうまうまなのー! そして、チェリシュはちょっぴり大人になっちゃったの」
「真白ちゃんもー!」

 チェリシュと真白の様子を見ていた子供達は、親から食べさせて貰うのでは無く、自分たちで苦労してスプーンで掬いアフォガードを口へ運ぶ。
 口の周りをベトベトにしながら食べている姿に親たちはオロオロしていたが、リュート様が何も言わずに洗浄石を差し出して「使ってくれ」と言うと、礼を言って受け取り、子供達を綺麗にしていた。
 色々と汚してしまうのが子供ですから、洗浄石があると楽ですよね!
 できれば、兄に子供が出来たらお祝いでプレゼントしたいくらいだ。

「ボクたちも大人になっちゃったにゃ~」

 モカがにゅふふと笑うので、真白とチェリシュもマネして笑うのだが、それがまた可愛らしくて映像に収めたい欲求が……!
 可愛いは罪なのです!

「ん……? あー……はい。此方、リュート・ラングレイ」

 リュート様のほうは食べ終わった食器を片付けていたのだが、慌てて地図を開き、再度ルート確認をしはじめ、かなり入念なチェックをしていた。
 どうやらアクセン先生から通信が入っているようで、会話をしながらチェック地点を書き込んでいく。
 予定通りに進んでも、早くて一時間のコースだそうだ。
 リュート様とヤンさんがどれだけ素早く移動してきたか、その会話だけでわかってしまう。

「じゃあ、その合流地点で落ち合おう。俺の方が先に着くだろうから、周辺のクリアリングをしておく……え? いや、それくらいの距離ならすぐ到着するけど……は? あー、ルナの料理で補給済みだから、いつもの倍は移動できるかな……へ? あー、じゃあ、こっちな、了解」

 どうやらアクセン先生の予想以上のスピードで駆け抜けていくようで、あちらも慌てたようだ。
 最初に地図に描かれた集合地点より湿地帯寄りの場所へ変更となった。

「大丈夫なのか?」

 さすがにオルソ先生も心配そうに眉を寄せるが、リュート様はケロリとした表情で、反対にどうしてそんなことを聞くのか不思議そうにしている。

「あー、オルソ先生ダメっすよ。最近のリュート様は魔力フルチャージ状態なんで、化け物じみてるっす」

 ごすっ! ……と、鈍い音が聞こえて、再びモンドさんが転がった。
 お腹いっぱいだーとテーブルの上で転がってぽっこりしたお腹を見せている真白と同じである。
 まあ、チェリシュにお腹を突かれていない分、まだマシ……ではなかったかと苦笑した。
 ジーニアスさんとダイナスさんが、リュート様に裏拳で叩かれた額に追い打ちをかけていたのである。

「酷いっすぅぅ」
「誰が化け物だ」
「リュート様っすよ! あの速度はありえねーっす!」
「お前の鍛錬が足りねーんだよ!」
「無茶っすよー!」

 本来ならそんな言われ方をしたら怒るところだが、戯れているとわかっているから何も言わない。
 何せ、リュート様の口角が上がっているのだ。
 不快に思っていない証拠である。

「それなら良いのだが……」
「オルソ先生、本当に気にしなくて大丈夫ですよ。リュート様は以前のように魔力が枯渇しそうなギリギリのラインを行ったり来たりしている状態ではなく、今は望めば望むだけ回復できる状態なのですから」
「全てルナ様のおかげです」
「あ……そうだ。リュート様、このコーヒーの回復力も侮れませんので、コレを……ルナ様のサンドイッチと一緒にお召し上がりください」

 やいやい言っている三人の横からヤンさんが筒状の物を差し出す。
 どうやらボトルにコーヒーを淹れてくれたようで、リュート様は嬉しそうに礼を言って受け取った。

「よし、俺は彼方へ向かいながら周囲の魔物をクリアリングしねーとな。怖くて動けないヤツも出てきそうだし……」
「それこそ訓練の意味ねーっすよ」
「馬鹿を言え、今は緊急事態だ。ロン兄から黒の騎士団へ連絡が入っているが、駆けつけるのに時間がかかるだろう。おそらく間に合わないと考えて動くしか無い」
「え? じゃあ団長が直々に来るっすか?」
「おそらく、二人とも来るはずだ。聖都から離れているとは言え、人を食らう知能ある魔物は殲滅対象だからな」
「ここにいる奴だけが全てとは限らんから、広範囲の調査が必要になるしな。知能ある人食いの魔物が出たのに黒の騎士団がノータッチなわけがないだろう……まあ、だからこそ合流が一番良いと考えたのだ。引き返すという考えもあったが……」
「おそらく、既にあちら側には監視がついているはずだ」
「ああ、だからこそ合流する方向に話をまとめた。引き返せば即座に攻撃をしかけられて死者が出るだろう」
「もっと早く把握していれば……」
「いや、湿地帯に入ってからアクセンが嫌な予感がすると言っていたから、おそらくその時から見張られたのでは無いかと考えている」

 オルソ先生の言葉にリュート様も頷く。
 彼も何らかの違和感を覚えていたらしい。
 話にあったとおり、お父様とテオ兄様が来てくれるなら、これほど心強いことはない。
 しかし、リュート様の読みでは間に合わないだろうということなので、此方もできる限りの準備をしておいたほうが良いだろう。

「じゃあ、そろそろ向かうが……その前に、もう一度各自の持ち場確認をしようか」
「了解っす」
「リュート様が不在の間に守らなければなりませんから……」
「安心して行けるように、指示をお願いします」

 立ち上がってアイギスを纏った彼の言葉を聞いた問題児トリオの顔つきが変わる。
 一気に場の空気が引き締まり、全員が彼を注目した。
 リュート様が打ち合わせをしている間に片付けを終えた私たちは、リュート様が移動する後ろについて歩き出す。
 向かうのは、結界の出入り口――

「まずはそうだな……モカ。お前は絶対に抜け出したりするなよ? 食料はルナに言えば出てくる。皆が飢える心配は無い。お前が無事に俺たちがいる場所まで来られたのは奇跡に近い。あんな無茶はもうするな」
「うん、わかったにゃ~。もう抜け出さないにゃ~」
「ヌル。モカと子供達を見ていてくれ。お前の魔力を満タンにしておくから、何かあったら頼む」
≪わかりました! いってらっしゃいませ!≫

 ヌルが移動してきて頭を差し出すので、リュート様は優しく撫でてから魔力を流し始める。
 その間にも各自への注意事項は続く。

「ヤンはさっき言った範囲で見張りをしておいてくれ。発見しても仕掛けるなよ? 連絡はオルソ先生にしてくれ」
「了解です」
「モンドとジーニアスはダイナスの手伝いをして、倒壊しそうな家を修繕しておいてくれ」
「了解です」
「任せて欲しいっす!」
「村でやっていたように迅速に行動しましょう」
「村で……え? それって遅かったら飯抜きになるっすよっ!?」
「ほー、それは面白そうだな」
「リュート様ああぁぁぁっ!」

 モンドさんのいらない一言で、夕飯没収の危機を迎えたダイナスさんとジーニアスさんが声を上げる。
 さすがにそれは可哀想だと思ったのか、リュート様はそれ以上何も言わなかったが、からかって遊んでいるようだ。
 そんな彼から時折漏れ出てくるピリッとした気配が、外へ出てからの行動に不安を抱かせる。
 おそらく、外はかなり危険な状態になっているのだろう。
 結界も時空神様が交代した。
 リュート様も単独で向かうという。
 冷静に考えれば、この場にいる最高戦力が力を温存せずに自分たちで対処している状態だ。
 双方が悟られないように全力を尽くしているというだけで、相手の厄介さがわかるというものである。

「オルソ先生、俺がいない間は戦闘指揮をお願いします」
「心配せず行ってこい。この四人がいれば何とかなる」
「はい」

 信頼する先生に任せたことで安心することが出来たのか、リュート様は柔らかな笑顔を見せた。
 続いて時空神様の方へ視線を移す。

「時空神はディードリンテ様とチェリシュと真白を頼む」
「おや? ルナちゃんはいいのカイ?」
「本当は頼みたいんだけどさ……ルナにはルナにしか出来ない仕事があるって気づいちまったんだよな……」
「そっか……うん、わかったヨ」

 時空神様は何故か嬉しそうにリュート様と一緒に私の方へ向き直った。
 真剣なリュート様の表情――
 いつもとは違う彼の雰囲気を感じて、私は黙ったまま彼の言葉を待つ。

「ルナ……オルソ先生に任せていれば、襲撃が来ても何とかなる。戦闘は問題ない。しかし、集落の人たちは恐ろしい思いをするだろう。それはルナも例外じゃ無いとわかっている。でも……ルナだったら、その恐怖をねじ伏せてくれると信じている。ここにいる人たちの心を守ってくれ」

 リュート様の言葉を聞いた私は目を見開く。
 心を守る――それが私にしかできないことだと、リュート様は考えたのだ。
 私にもできることがある。
 リュート様が信じてくれるのだ。
 その期待に……彼の心に応えたい。

「お任せください。これでも、元は貴族の子女です。色々な物で鍛えられておりますから」
「ルナは心が何よりも強いからな。何かあったら俺に連絡するのは徹底してくれ。ルナの通信は何よりも優先的に繋がるようになっているから」

 彼に信頼して貰えるほどの何かが自分にはあるという自信と、何よりも優先されている事実が胸を熱くする。
 守られるだけではない。
 私も誰かを守ることが出来るのだと、自然な笑みがこぼれた。

「此方のことは心配しないでください。私たちでしたら大丈夫です」
「ああ、任せた!」

 静かにお弁当の包みを差し出すと、彼は礼を言ってそれを宝物だとでもいうように大切にしまいこんだ。
 頭部全体をアイギスで保護したリュート様の瞳の部分が青く輝く。
 表情は見えないが、彼はきっと微笑んでいることだろう。

「チェリシュと真白は時空神の指示に従って避難すること。勿論、ディードリンテ様も……ルナの事はルナの判断に任せて大丈夫だから、信じて動いてくれ」
「わかったー!」
「チェリシュもルーを信じるの!」
「我々は相手の力の一端にならぬよう、全力で逃げますね」

 チェリシュの頭上でふんふんっと鼻息を荒くしている真白と、握りこぶしを作ってコクコク頷くチェリシュ。
 その後ろで聖泉の女神ディードリンテ様が悪戯っぽく笑った。

「じゃあ、行ってくる。みんなを守るために全力を尽くしてくる!」

 時空神様が入り口を開くと同時に、リュート様が走り出す。
 高く飛び、一気に森の中を駆け抜けていく背中は、すぐに見えなくなったが不安は無い。
 リュート様が帰ってくるまでに、やらなければならないことが沢山ある。
 一緒に外へ出て周辺の警戒に当たったヤンさんを見届けた時空神様は結界を閉じて振り返った。

「さて、やる事が多そうダネ」
「はい。私に考えがあるのですが……皆様、手伝っていただけませんか?」

 私のその一言で、全員の視線が集まる。
 やる気に満ちたその瞳を見つめ返しながら、私は一欠片の不安も残さずかき消すように微笑むのであった。

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