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第十一章 命を背負う覚悟
11-12 黒狼の主ハティの狙い
しおりを挟むとりあえず、真白がいると真面目な話も出来ないので、紫黒とノエルに任せようとアイコンタクトを取る。
すると、私の考えを察したノエルが耳をピーンッ! と立てて目を輝かせ、頭上に居た紫黒がノエルの方へと優雅に飛んでいく。
真白とは違う移動方法に違和感を覚えるが、鳥類は此方が正解だと思い出し、どれほど真白が『飛ぶ』のではなく『跳ねる』という方法で移動しているのか考え込んでしまった。
そのうち、翼が退化しそう……
ノエルと紫黒に任せた真白は、一緒に遊べるのが嬉しいのか弾むように跳んでいって戯れ付いている。
仲良しさんですね……と、微笑ましい光景を心ゆくまで見ていたいのだが、今はそれよりも先ほどの話の続きを優先しようと、ベオルフ様に声をかけた。
「何故、十年前の熱病が黒狼の主ハティの仕業だと考えたのですか?」
何の確証も無く、こんなことを言い出す人ではない。
彼が何を掴んだのか、詳しく知っておきたかった。
「うむ……実は、黒狼の主ハティの力なのだが、紫黒の見解では、人の命が終わる時に放つマナを取り込み、力にしているのではないかという話であった」
「……本来は、世界に還っていく力を己に取り込んでいるということなのですね」
「そういうことだ。だから、多少の無茶やあり得ない力を有している。それに、ヤツが力を欲するときに大量虐殺が起こる」
「自らが不足している部分を、他人の命で補っているということですか?」
「そうなる」
それが事実なら、自分の力では無く、人の命を対価にして力を得ているようなものだ。
今まで出会ってきた人たちとは明らかに違う。
人々から奪ったモノで、己の力としているなんて……そんなことが可能なのだろうか。
しかし、紫黒の見解に間違いはないはずだし、黒狼の主ハティと対峙した回数が多いベオルフ様がそれに間違い無いと感じているなら、それが事実なのだ。
自らの力を、何の罪も無い人たちから搾取して、好き勝手に使っているなんて許されることでは無い。
リュート様やベオルフ様のように、毎日の鍛錬や経験から培ったモノでは無い、偽物の……しかも、誰かの命を犠牲にして得る力などあってはならない。
そのためだけに犠牲になる命を何だと思っているのだろうか。
激しい怒りを覚えて唇を強く噛みしめる。
あまりにも強く噛みしめた為か、すっと唇をベオルフ様の指が撫でた。
驚いて彼を見ると、厳しい表情で左右に首を振られた。
唇が傷つくからダメだと言っているのだろう。
再度撫でられて力を抜くと、彼の目元が和らぐ。
私の心配ばかり……
この事実を知ったとき、ベオルフ様も激しい怒りを感じたのだろうか。
「……それが事実なら、黒狼の主ハティが強大な力を持っているのは……それだけ沢山の人が犠牲になったあとだということですよね。それが、十年前の熱病だとおっしゃりたいのですね?」
「ヤツも馬鹿ではない。大量に力が欲しいが、不自然に沢山の人が消えれば騒ぎになる。つまり、出来るだけ秘密裏に事を進めなければならない。そして、大勢の人が亡くなっても不自然ではない状況を作り出す必要があった……」
「十年前の熱病で、沢山の方が犠牲になりました。確かに、なかなか治せないような致死性の高い流行病であれば、人が亡くなっても違和感が無い……」
人の命を対価にしているのだから、どれくらいの犠牲が必要かわからないが、おそらく少数では無いのだろう。
あれだけ大がかりな熱病という病を広めて死者を出した。
つまり……あの力の代償は大きい。
それこそ、数千、数万単位で人の命を対価にしているのだ。
十年、それで力を使っていたとしたら……次も病か、それ以上に人が死ぬ状況を作り出すだろう。
そこで私は両国間に起こるであろう戦争を思い出す。
発端は、王太子殿下の暗殺――
暗殺した者がエスターテ王国の者であった為に、両国間に深い溝が出来てしまい、そこから戦争へ突入してしまう。
セルフィス殿下とミュリア様は、オーディナル様の加護を得て、戦争を勝利へと導くのが物語のストーリーだが……今はそれも難しい。
しかし、ミュリア様はそれを諦めていないように感じる。
ベオルフ様は、そのシナリオを黒狼の主ハティがうまく利用していると考えているのだろう。
ミュリア様を協力者として、シナリオ通りに進んでいるように見せかけて、自分は力を得るために暗躍する。
協力しているように見せかけて、時々ちぐはぐに見えるのは、これが原因では無いだろうか。
「セルフィス殿下とミュリア・セルシア男爵令嬢は、現在城で幽閉されている。ルナティエラ嬢……貴女なら、ミュリア・セルシア男爵令嬢を動かすにはどうする?」
「ミュリア様を動かす……つまり、城から解放するということですよね」
「そうなるな」
「……国王陛下の力が及ばない者を使います。国外の王族、もしくは……神殿関係者ですね」
「私は後者だと睨んでいる」
「どうして後者だと思うのですか?」
「おそらくだが……国外の王族の線を、私が潰したからだな」
サラリと、とんでもないことを言い出したベオルフ様に眩暈を覚えてしまう。
しかし、彼ならやりかねないと、すぐに考えを改めて「ナルホド」と呟いた。
頭の中で、様々な可能性を探り、一つ一つ確かめていく。
もう少しすれば、兄から詳しい情報も入りそうだが、いま私が持っている情報だけで考えるなら、十中八九、神殿を巻き込むだろうと予想はついた。
王族が介入できない相手で、今現在不安定な組織と言えば神殿だ。
大司祭が体調不良のため、後継者争いをしている神殿に働きかければ協力する者も出てくるだろう。
しかし、表だって戦争に加担することは出来ない。
民衆からの心証が悪いからだ。
だが、それも神職がそれらしく言い訳することも出来るのを、私は知っている。
「戦争を起こそうとしているのに神殿を使おうとしているようですが、神殿は争いを好みません。しかし、『聖戦』という大義名分があれば神殿は動きますよね」
私の言葉で全てを理解したのか、ベオルフ様が眉間に皺を寄せる。
「……セルフィス殿下とミュリア・セルシア男爵令嬢を主神オーディナルの加護を受けし者だとして、隣国へ戦いを挑むということか?」
「しかし……起点となるのは、やはり王太子殿下の暗殺だと思われます。王太子殿下の身の安全を確保しつつ、ベオルフ様には頑張っていただきたいことがあるのですが……」
ニッコリと微笑んで彼を見つめると、ベオルフ様の右眉がピクリと動いた。
いやですね、そんなに警戒することは無いでしょう?
ジトリと此方を見つめてくる彼に笑みを深めると、諦めたような低い声で「なんだ?」と尋ねてくる。
ご理解いただけたようで嬉しいです!
「ベオルフ様には、オーディナル様の加護を持つ者として、大々的に噂を広めていただきたいのです。つまり、力を出し惜しみせず、ぱーっと使ってください」
やはりか……とでも言いたげな表情をするベオルフ様に、私は「ふふっ」と笑ってしまった。
私の考えを予想していたことが嬉しく、この件で断ることはないだろうと確信したからだ。
おそらく、黒狼の主ハティとミュリア様はセルフィス殿下が本物の【黎明の守護騎士】だと周囲に認識させようと躍起になるだろう。
しかし、そこは何としても妨害して欲しい。
力をパーッと使ってとは言ったが、彼の場合、全くといって良いほど力を行使しないので、これくらい言った方がバランスが取れる。
「考えはわかるが……そうなれば、また貴女との噂が……」
何を気にしているのかと思えば、その件だったのかと思い、少しだけ考える。
もし、これがセルフィス殿下であれば全力で拒否するが、ベオルフ様であれば問題ない。
むしろ、此方が申し訳無いくらいで……
「私に関わる噂は好きにしてください。私の事は気にせず、ベオルフ様がやりやすいようにしてください。黒狼の主ハティを野放しにして、ミュリア様が思い描く通りに事が運ぶ方が危険です」
「しかし……」
「黒狼の主ハティが神殿と手を結んだのであれば、必ずオーディナル様の加護を持つ【黎明の守護騎士】が神殿側についていることにしたいはずです。聖女も出来ればどうにかしたいのですが、そちらはどうすることもできません。ですが、ベオルフ様が間違い無く【黎明の守護騎士】であると周囲に知らしめる事が出来れば、相手も簡単には動けません」
神殿に【聖女】と【黎明の守護騎士】という二枚のカードを揃わせてはいけない。
その二枚のカードを取得してしまったら、彼らは簡単に【聖戦】という禁断の言葉を口にして、人々を死へと導く。
結果、それは黒狼の主ハティの力となり、オーディナル様を苦しめる。
オーディナル様が神殿に降臨できるのなら、それが手っ取り早いが、今まで神殿には干渉していないことから見て、制約か何かが発動しているのだろう。
神殿関係は神にとっても難しいところであるということは、チェリシュの件からも学んでいる。
簡単に関与できるのであれば、すでにオーディナル様も手を打っていたはずだ。
「神殿が間違っていることをしていたら、『違う』と声を大にして、神殿だけでは無く民衆にも訴える必要があるのですが、偽物のレッテルを貼られた【黎明の守護騎士】では効果がありません」
「神殿が簡単に動けないように、黒狼の主ハティの力で偽の【聖女】となるだろうミュリア・セルシア男爵令嬢と、【黎明の守護騎士】である私が真っ向から対立する構図を作れば良いのだな?」
やはり、ベオルフ様は優秀な方だと改めて感じる。
私の言いたいことを瞬時に理解して、実行しようとしてくれているのが嬉しい。
「そういうことです。ミュリア様には黒狼の主ハティがいるので、おそらく不可思議な力を見せつけてくるでしょうが……その点なら、ベオルフ様も負けておりません。何せ、本物のオーディナル様がいらっしゃるのですもの」
「だが……ルナティエラ嬢。あの方に羽目を外せとか言い出すのでは無いぞ……」
「少しくらいなら良いのではありませんか?」
「駄目だ。取り返しの付かないことをやりかねない」
「でも、それがオーディナル様ですもの」
「振り回される身にもなってくれ……」
「ベオルフ様なら、制御できますよね?」
「あのな……」
これは半分は本心だが、半分は冗談だ。
ベオルフ様なら、オーディナル様とうまく連携を取ってくれると信じているから言えるようなことである。
それくらい信用しているし、頼りにもしているのだ。
ベオルフ様は呆れたように此方を見ているが、オーディナル様の力を酷使するような事はしないだろうし、ちゃんと制御してくれる彼だからこそ、いつもより少しだけ、その制御を緩めても良いのだと言葉にして伝えておいた。
「ベオルフ様が【黎明の守護騎士】であることを疑われてはいけません。黒狼の主ハティは、おそらく全力でその名を奪いに来ると思います。聖戦を発動させるには、【黎明の守護騎士】の名が必要なのですから……」
「厄介なことだ」
「だからこそ、オーディナル様はベオルフ様に加護を与えたのだと思います。ただ、あのミュリア様を聖女にするのは難しいと思いますが……」
「現実を思い知るといいのだ……」
破天荒……というよりは、全くこの世界の常識を知らない無知な彼女を、どうやって聖女にするのか見物ではある。
しかし、此方も悠長に眺めているだけなんて愚かなことはしない。
できる限り手を打とう。
私たちの手にある【黎明の守護騎士】というカードだけは渡してはいけないのだから――
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