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第十一章 命を背負う覚悟

11-11 シリアスブレイカーとアイスブルーの瞳

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 それからしばらくの間、ベオルフ様と王太子殿下が私は有能だと力説してくださったが、私はもっと有能な人を知っているので複雑な気持ちになる。
 まあ……リュート様と比べる事が、そもそも間違っているのかも知れない。
 あの方は、前世で社会人としての実績も積んでいるし、かなり仕事が出来る人だったようだ。
 それは、普段の仕事ぶりを見ているだけで判る。
 なまじ仕事が出来すぎるからこそ無理も無茶も通してしまい、周囲が彼の限界を把握出来ずにいるのだ。
 王太子殿下はヘタをするとそういう領域に足を踏み入れてしまいそうなので、今の状態を知っている補佐官がいれば、王太子殿下が無茶をしても止めてくれるだろう。
 有能すぎるというのも困りものである。
 そう考えると、ベオルフ様は自分の限界を知っているだけマシなのだろうか――
 隣の彼を見上げるが、王太子殿下の話に耳を傾けているようで、私には気づいていない。
 いや、ベオルフ様もベオルフ様でタチが悪い。
 限界を知っていて、それを見なかったことにしてしまうところがある。
 でも、それは全て私の為だ。
 だからこそ……無理はして欲しくない。
 苦しんで欲しくないと願う。

「これほど出来るルナティエラ嬢との婚約を破棄した愚弟は、馬鹿を通り越して言葉通りの愚か者だな。貴女がいれば、私の王太子の座も簡単に奪い取れたろうに……」
「それは無理です。セルフィス殿下には王太子殿下のように上に立つ者の覚悟がございません。私は、大きな責務を背負う方の背中を近くで見ているからわかるのですが、途方もない覚悟と信念を持っていて……そんな方だから、周りが着いてくるのだと実感しているところです」
「それは凄い方だな……見習いたいものだ」
「何をおっしゃいますか。王太子殿下は、既にその覚悟をお持ちでしょう?」

 王太子殿下の覚悟など、見ていれば判る。
 この方は、この国のために努力を惜しまない。
 それを知っているから、ベオルフ様も手を貸しているし助言もするのだ。
 私の隣で深く頷く彼と笑う私を、目を丸くして見ていた王太子殿下は、一瞬だけ顔を歪めてから深々と頭を下げた。

「ありがとう……」

 深い思いのこもった言葉と声であった。
 私とベオルフ様は、顔を見合わせて微笑む。
 おそらく、今まで辛いことが沢山あったのだろう。
 王太子という立場なのだから、当たり前と言えばそうなのだが、王族といえども楽な道へ流れてしまう人もいる。
 楽な道を選ぶこと無く、歯を食いしばって険しい道のりを自分の足で歩いてきた王太子殿下であるからこそ、次の王となるのだ。
 セルフィス殿下……貴方には、その覚悟も努力も……何もかもが足りないのです。
 だから、望んではいけない。
 それを望むことは破滅への道だと理解して欲しい。
 努力も苦労も無く自分には無いものを求め、これ以上、黒狼の主ハティや今のミュリア様の手を取らないことを祈るばかりだ。

「ルナティエラ嬢の助言に従って、補佐官を雇おうと思う。仕事のみで手が回らなくなっている状態は良くないからな」
「そうですね……黒狼の主ハティが暗躍している現在。少しでも動ける方が欲しい。まだ私の憶測の域を超えてはいないのですが、もしかしたら、十年前の熱病も、奴等の仕業かもしれないのです」
「なんだとっ!?」

 さすがにコレは聞き捨てならないと王太子殿下が大きな声を上げる。
 私もベオルフ様の言葉に驚いていたのだが、それよりもマズイことが起こった。
 頭上から「うー」という声が聞こえたのだ。
 マ・ズ・イ
 慌てて頭上の白い毛玉を捕まえようと手を伸ばしたのだが、一足遅かった。
 私の頭上にいたのは紫黒だけで、真白はどこにも居ない。
 手の中の紫黒は驚いているのか、少しだけオロオロしていたが、とりあえずヨシヨシと撫でておいた。
 それから、真白が飛びついたであろうベオルフ様の方を見ると、彼は真白を片手で軽々と受けとめていて……さ、さすがですね、ベオルフ様。
 ベオルフ様の手に、これでもかというスピードでスリスリしている真白に呆れながら、本当に彼のことが好きなのだな……と、改めて感じてしまう。
 真白がこれだけの愛情表現をする相手は、ベオルフ様以外に知らない。
 紫黒とオーディナル様を相手にしている時とも違うから言葉にするのは難しいが、強いて言うなら子供が親に甘えているような感じに似ている。

「やっぱりベオルフが落ち着くー!」

 真白……それは、ちょっとショックですよ?

「私ではダメということでしょうか……」
「違うのー! ルナもだけどベオルフも落ち着くのー! でも、ルナは忙しそうだし……」
「気を遣ってくれたのですか……ありがとう、真白」
「うん! 真白ちゃんはえらーい!」

 なんだかんだ言って、真白に心配をかけているのか……少しだけ申し訳無いなと考えていたら、王太子殿下がポカーンとした顔をして真白を見ているのが視界の端に見えた。
 あ……えっと……わかりますよ?
 今、すごく真面目な話をしていましたが……真白には通用しないというか……
 とりあえず真白のことをどうやって説明しようかと考えていたら、王太子殿下は片手で目元を覆って唸りだしてしまった。
 申し訳ありませんが、できれば慣れてください。
 真白はこういう子です。
 タイミングなど色々とマズイのですが、これに助けられることも多いので……
 王太子殿下を見つめ、心の中で必死に言い訳を並べていた私の耳に、真白の声が飛び込んでくる。

「ベオルフごめんねええぇぇ」

 何に対しての謝罪なのだろうか……と、考えてから浮かんだのは【慈愛の祈り】を使ってしまった事だ。
 確かに、あの力を使った事により、彼に負担をかける可能性がある。
 しかし、真白の説明では誤解を招く恐れがあるので、慌てて口を挟んだ。

「あ、あの……真白、それは私から……」
「あのねー、ルナが無茶しちゃったのー。だから、すこーし……今日の補給は大変かもー?」
「……ほう?」

 すぅっと此方へ向けられたベオルフ様の視線――
 ま、マズイ……これは……本気でヤバイときの……お説教が来るときの目つきです!
 全身から嫌な汗が噴き出るような感覚を覚えて、口元がひくりと引きつる。

「あ、えっと……あの……その……悪気があったわけでは……致し方なくというか……その、私では制御出来ないというか……」

 何とか判って貰おうと説明をするのだが、うまく言葉が浮かんでこない。
 覗き込んでくるベオルフ様の瞳は厳しいもので、嘘偽りを許さないと言っているようだ。
 嘘でもないし、偽りも無い。
 だけれど、彼に余計な負担をかけてしまう後ろめたさがあった。
 私にそれほど負担はかかっていないはずだが、足りないものを補い合うベオルフ様はどうかと聞かれたら判らないのだ。
 彼に対しての申し訳なさがあるので、どうしても居心地が悪い。
 私の瞳から考えている事を読み取るためか、ベオルフ様は私の顎を指で掴む。
 顔が動かせずにおずおずと見つめ返すと、綺麗なアイスブルーの瞳が此方を真っ直ぐ見つめていた。
 距離が近いため、彼の瞳がいつもよりよく見える。
 相変わらず、透明感があって綺麗な瞳だなぁ……夜空に浮かぶ青白くて美しい月のようだ。
 暢気にそんなことを考えていたら、咳払いが聞こえてきた。
 そういえば王太子殿下もいたのだと思い出したが、ベオルフ様に顎を掴まれているので顔を動かすことが出来ない。
 視線だけ動かして見ると、王太子殿下は頬を赤らめて居心地が悪そうにしている。

「なんですか……?」

 不機嫌というわけでは無いのだろうが、いつもより少しだけ低いベオルフ様の声が響く。

「あ、いや……その……私がいることを……忘れているのでは無いかと思ってな」
「忘れておりません」
「そ、そう……か?」

 本当に? と、再度問いかけそうな声のトーンだ。
 王太子殿下との会話が続くのなら、私は自由にして欲しい……

「も、もう手を離してくださいー」

 スッと此方へ向けられたアイスブルーの瞳は、少しだけ厳しい色を持って私を見つめる。

「無茶をしたのだろう」
「そ、それは……その……ごめんなさい」
「消耗が激しいようだな。ここまでよく持ったものだ」
「大丈夫ですよ?」

 元気ですと主張するが、普段より少しだけ疲れた感覚があるのがバレているのだろう。
 わずかに目を細めるベオルフ様に誤魔化しは通用しないのだと感じて、それ以上は言わない。
 あまり誤魔化していたら、彼が強硬手段に出てしまう。
 王太子殿下を前にして、いきなり『魔力調整』……いや、ベオルフ様との間に行われているコレは『魔力交換』に近いかも知れないソレを行うわけにはいかない。
 それに、今回消耗しているのは、おそらく【慈愛の祈り】だけではなく、リュート様が臨戦態勢に入っていた影響が大きいように感じる。
 コレを言ったら彼が心配するので、あえて伝えてはいない。
 召喚主と召喚獣の間にあるモノだから、誰のせいでもないが……そういって納得するような方ではないのだ。
 こんなことで気に病んで欲しくないし、彼の行動に制限をかけたくは無い。
 リュート様はうまく誤魔化せたのに……本当に隠し事が出来ない相手だと私はアイスブルーの瞳を見つめ、ほんの少しだけ唇を尖らせた。

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