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第十一章 命を背負う覚悟
11-17 黒い亡霊
しおりを挟む外へ出てもベオルフ様は私を降ろすことはなく、そのまま歩みを進める。
甘やかされているのか、それとも私が迷子になるとでも考えているのか……
何を考えているのだろうかと彼を見るが、他意は無いようだ。
もしかして、疲れが顔に出ている……とか?
そんなことを考えていた私は、ベオルフ様の夢へお邪魔するときに通る見慣れた道へ戻ってきていることに気づいた。
一つの扉を指し示し、あの扉だと告げたと同時に、ベオルフ様は頷き――ピクリと何かに反応して身を翻す。
一気に距離を取り、星空のような空間に点在する大理石の柱へ身を潜めるベオルフ様。
え?
な、なに?
ベオルフ様が纏う空気が変わった。
彼が警戒モードに入ったと悟り、私は口元を手で覆う。
何が起きているのか判らなくても、こういう時のベオルフ様の判断は誰よりも素早く正確だ。
先ほどまで立っていた場所の様子を窺う彼に従い、視線をそちらへ向ける。
すると、何かが降り立つ姿が見えた。
それは、まるで亡霊のような黒い影で――背筋にゾクリとしたものが走る。
アレは……良くないモノだ。
直感でそう思った私は、黙ったまま視線をあげてベオルフ様を見つめる。
私が言わなくても判っていたのだろうベオルフ様は無言で頷き、ノエルたちにアイコンタクトを送る。
見つかってはいけない……だけれど、万が一の時を考えてか、ノエルが戦闘態勢に入った。
真白と紫黒も何らかの力を使ったようで、目の前に輝くベールのようなものが出現する。
私たちの存在を周囲に悟らせないようにしているようだ。
『これで、相手に悟られることはなく移動することが出来る』
直接頭に紫黒の声が響く。
あの黒い亡霊に見つからないよう、みんなが最善を尽くしている。
それくらいマズイ相手なのだが――私はそんな黒い亡霊をどこかで見たような気がした。
気のせい……だろうか。
しかし、ゾワリとする恐怖感とも嫌悪感とも着かない複雑なモノを感じる。
ゆらゆらと揺らめきながら、扉の周囲を探っている不気味な亡霊。
これでは、ベオルフ様の夢に繋がる扉へ飛び込むことも難しい。
取りあえず、見つからないよう更に距離を取る判断を下した彼は、相手から視線を逸らすこと無く、「大丈夫だ」というように一度だけ私の頭から頬を優しく撫でてから移動を開始した。
静かだが鋭い視線で黒い亡霊を見ている彼は、今何を考えているのだろうか。
ただ、相手が少しでも奇妙な動きをしたら対処出来るように全身の神経を集中させていることだけは判る。
ピリピリした空気が漂い、いつものベオルフ様ではないような感じだが、恐ろしくは無い。
むしろ、よく知っているようにも感じた。
戦っているベオルフ様を見る機会は、それほど多くなかったはずだが……
その間にも、黒い亡霊と距離を取り、安全圏内だと思われるところまで移動が完了して暫く経ってから、ベオルフ様は警戒モードを解除した。
完全に解除したわけではないのだろうが、ピリピリした空気が霧散している。
「ベオルフ様……アレは?」
「わからん……だが、良からぬモノだな」
「凄い死臭がしたもんねー」
ノエルが鼻を押さえて不機嫌そうに呟くのが見えた。
その姿は可愛らしいのだが、本当に嫌だったのだろう。
見たことが無いほど顔を顰めている。
「とりあえず、あの周辺は見張られちゃってるねー」
「どうするか……」
真白と紫黒も困った様子で唸っているし、何か良い案は無いだろうかと考えていた私は閃いた。
ベオルフ様のところがダメなのなら、私のところはどうだろう。
王太子殿下の夢にもお邪魔することが出来たのだから、私のところでも問題は無いはずだ。
「……では、今日は私の方へ来るというのはどうでしょう」
私の言葉を聞いたベオルフ様が此方を見て数回瞬きをしてから、ナルホドと頷く。
おそらく、オーディナル様と時空神様なら問題なく此方へやって来るはずだ。
再び私の先導で移動を開始したベオルフ様は、頑なに私を降ろそうとしない。
……まあ、先ほどの黒い亡霊が追いかけてきた時、私の足ではすぐに追いつかれそうな感じはするが、私を抱えて走るベオルフ様は大丈夫なのだろうか。
私を抱えていても、私より走るのが速いなんてこと……あ……ありません……よね?
流れていく景色を見ながら、認めたくない現実というモノもあるのだと改めて感じてしまう。
一応、ここが不可思議な空間であり、非日常的な場所だということを考慮しても、このスピード……リュート様にも劣らない感じがしますが?
そろそろベオルフ様は人間を辞めたと言われそうな水準に到達しそうだなと感じ、それに振り回されるだろう周囲の人たちに少しだけ同情してしまう。
それが原因でどうこうなるような関係性では無いようなのが救いである。
ベオルフ様にも、親友と呼べる人が居たら良かったのに……
「ああ、来た来た。じゃあ、ルナちゃんの方へ行こうか。報告したいこともあるしね」
ある程度進んだところで合流した時空神様は、まるで最初から此方へ来るのがわかっていたかのような対応であった。
おそらく、事前に見えていた未来なのだろう。
王太子殿下の夢にお邪魔することも大事だったから、あえて私の行動を制限しなかったのかも知れない。
ヤレヤレと溜め息をつきそうになった私は、ベオルフ様が絶句している姿を見て首を傾げる。
何かあったのだろうか。
ベオルフ様が見ているのは、いつもと変わらない時空神様――のはずだったのだが、彼が引きずっている方に問題があった。
あの……何故オーディナル様を荷物のように引きずっていらっしゃるのですかっ!?
ズルズルと引きずられたままの状態でぐったりしているオーディナル様……
何があったのかと、私で無くても心配になる。
思わず真白と紫黒が飛んでいき、オーディナル様の肩へ着地した。
口々に「大丈夫?」と声をかけているが、頷くだけで声も出ない様子だ。
こ……こんなにオーディナル様が衰弱しているなんて……予想外でした。
思わずベオルフ様と顔を見合わせて苦笑を浮かべてしまう。
先ほどまであった、不気味な黒い亡霊への気味悪さなど飛んで行ってしまうほどの衝撃だったが、慣れた様子でオーディナル様の首根っこを掴んで引きずっている辺り、これが初めてでは無いのだろう。
オーディナル様……あまり無理をしないでくださいね?
そんな和んだ空気の中、再びベオルフ様がピリッとした空気を纏ったのを感じた。
時空神様も歩みを止めて、ベオルフ様と同じ方角をジッと見ている。
何があったのだろうと確認するため視線を向けて……息を止めた。
私の方も見張られているっ!?
夢を介して私たちが会っていることは黒狼の主ハティに知られている。
初めて夢を介して移動しようとしたときも邪魔をされたが、チェリシュから貰った神石のクローバーのおかげで襲撃されることは無くなった。
今回、王太子殿下の夢に引っ張られたこともあり、いつもとルートが変わってしまった事が、大きな原因かも知れないが……
私たちが神石のクローバーに守られている外では、こんな不気味な者たちが徘徊していたというのだろうか。
「どちらも見張られていたか……」
ベオルフ様の意識せずに呟いた言葉を聞いた私たちは、誰もが無言で私の門の前にいる人物を見つめる。
先ほどの黒い亡霊とは違い、ちゃんとした人に見える。
しかし、纏っている空気というか……気配が少し異質だ。
何か、色々な物が混じっているように感じた。
私の扉の正確な位置は見えていないのか、行ったり来たりしている。
此方にはまだ気づいていないようで安心したが、油断は出来ない。
ベオルフ様は相手から身を隠すように物陰に隠れ、私を降ろして口元を大きな手で覆ってきた。
静かにするように……と伝える為のジェスチャーに頷き返す。
いつの間にか姿が消えている時空神様とオーディナル様と紫黒と真白。
ノエルは私たちの足元で、戦闘態勢を取っている。
コレはまた……大変だ。
今回は、次から次へ――と考えつつも、この場を無事に乗り切る為に、ベオルフ様の邪魔にならないようにしようと、気を引き締めて相手を観察することに専念した。
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