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第十一章 命を背負う覚悟
11-34 お昼のメニューを考え中
しおりを挟む朝食の片付けが終わり、殆どの人が部屋へ戻ってベッドで横になっている状態だが、早朝よりは快復へ向かっているようだ。
その証拠に、リュート様の周囲に残った召喚獣はわずかで、殆どが主の元へと戻った。
しかし、補給……なのか、それともただ単にリュート様を相手に甘えているのか判らない子たちが数匹残っている。
真白が牽制していてぴーぴー言っているが、それも含めて楽しんでいるようであった。
その輪に加わることなく、私は真っ青な空を見上げる。
空は青いのに、何故か心が晴れない。
「みんながそれぞれ出来る事をしようと動いているのに……私は手が空いてしまいました」
「いや、ルナ様はちょっと休みましょうよ」
「ダイナスの言う通りっすよ……ルナ様は起きてから働きづめじゃないっすか!」
「でも……リュート様もそうですし……」
「比較対象がおかしいということに気づいてください。それに、リュート様は、ちゃんとタイミングを見て体を休めていますから……」
問題児トリオのお説教じみた言葉を聞いていたのだが、私はあまり役に立っていないのでは無いかと不安になっていた。
小さなチェリシュもポーション作りで忙しくしているし、時空神様も飛び回っている。
リュート様は召喚獣達の状態を確認しながらも、この砦の中で行われている事を全て把握してアクセン先生やオルソ先生と連絡をとっている状況だ。
ロン兄様はジーニアスさんが持っていったパンの調査のフォローに行ってしまったし、オルソ先生は外、アクセン先生は中の指揮を執っている。
動ける者が少ないから皆が警戒しているという空気は感じられた。
しかし、そういう時ほど安全だということを私は知っていたのだ。
「警戒している相手に、真正面からぶつかるほど馬鹿なことは無い。相手を油断させ、警戒を解くように動く。隙が出来ないのなら作れば良い。なに、簡単なことだ……相手が望むこと、『こうなればいい』と考えている状況になったのだと錯覚させるだけだ」
あの時は「そういう考え方で動いているのか」と感心していたが、今考えると、とても恐ろしいことを言っていたのだと身震いしてしまう。
さすがは、グレンドルグ王国でも英雄と名高い騎士団長の息子……容赦が無い。
しかし……ベオルフ様ならこの状況下で、どういう策略を巡らせるのだろう。
この強固な砦をこじ開けるなら、どう動き、どう錯覚させるのが良いと考えるのだろうか――
基本的に一人で動くことが多いベオルフ様の視点は、リュート様とは違うところにある。
おそらく、ベオルフ様が思いつく作戦は、リュート様にとっての盲点になるはずだ。
「せめて……話が出来れば良かったのですが……」
思わずイルカムを指先で撫でてしまった。
もし、ベオルフ様と会話ができたら……きっと、良い知恵を貸してくれたはずだ。
ここにいる皆が頼りないからという話では無い。
おそらく、戦う事に長けている人だからこそ見える物もあるだろうと考えてのことであった。
「もっと……戦術書とか、そういうものに詳しければ良かったです」
「ルナ様は【神々の晩餐】という最強のスキルがあるじゃないですか。美味しい料理でリュート様を笑顔にして活力を与える。それは、今まで誰にも出来なかったことです。もっと自信を持ってください」
「そうっすよ! リュート様のおこぼれで、俺たちもニッコニコっす!」
「本当に美味しい料理が食べられますし、体の調子も良いです。ルナ様の料理を食べ続けているからこそ、今回も動けるのだと思います」
確かに彼らは、この中でリュート様の次に一番食べる機会が多かったのではないだろうか。
それでなくても、パンの作り方を習得して自ら研究している。
黒の騎士団が動けるのは、私の料理だけではない気がしていたが、コレかも知れないと顔を上げた。
私の【神々の晩餐】だけではなく、大地母神の加護とも言うべきパンの効果が作用して、普段の力を倍増させているのでは無いだろうか。
互いの加護が相乗効果を生み出したのだとしたら……?
「パンは大地母神様が人間に与えたのだから、その食べ物に祈りが込められていても不思議じゃ無い……大地母神様が望むパンに近づけば近づくほど、加護の力が強くなるとしたら……?」
初めて作ったパンより効果があるように感じているのは、どんどん私やリュート様や時空神様が口にしていたパンにクオリティが近づいてきたからだと考えれば納得もいく。
彼女の中で、『パンのイメージ』が存在するのだろう。
大地母神様が望むパンとは何か。
ふわふわで柔らかなパン。
だけれど、それだけではないはずだ。
大地母神様が「美味しい」と思ったパンがあるはず……!
時空神様は何か知らないだろうかと考えて空を見上げると、タイミング良く時空神様が姿を現した。
「ルナちゃん、父上から伝言ガ……」
「丁度良かった! って……え? オーディナル様から?」
「まずは父上の伝言ネ。時間が無いので、短時間になるけれども一度顔を出すッテ。その後に、ベオルフの方にも顔を出して、何も無ければすぐ戻ってくるそうダヨ」
「そうですか……わかりました。オーディナル様に無理をしないようにお伝えください」
「で? ルナちゃんの用事ハ?」
「えーと……大地母神様のことで……」
「何かあったカイ?」
声のトーンが変わり、真剣な眼差しを向けられるのだが、内容は深刻なモノでは無いので申し訳なさが募る。
「え、えっと……大地母神様の好みのパンって……なんだったかなーと思いまして……」
「あぁ……んー……ヒント! 長くて外側がカリカリで中がモチモチなのと、リンゴを使ったサクサクな……パン? カナ」
どうやら、そのまま名前を出して伝えることはできなかったようだ。
カリカリでもちもち……しかも、長いとくれば、おそらくバゲットだろう。
私も大好きだし、スープ系にも良くあう。
パンの実で作るパンとしても適している。
続いて、リンゴを使ったサクサクな……パン?
何故疑問形?
多分、これにも意味がある。
時空神様の言い方は、私に伝わりやすい言葉を選んでいるはずだ。
そう考えたら、パンと分類するには、いささか疑問が残る物なのだろう。
「リンゴを使ったサクサク……あ……あーっ! でも、それって、パンの実では作れませんよね?」
「ソウダネ」
「私……ノエルのリンゴとベオルフ様のパン生地を一緒に使うメニューばかりを考えておりました……そっか……そうですよね! 別々でも問題ないですものね。よし、決まりました!」
「昼食は決まったカイ?」
「はい! 柑橘系の鶏塩鍋風の具だくさんスープにガーリックトースト。デザートはアップルパイを作ります!」
「イイネ」
ニッコリと笑う時空神様の表情で、正解であったことに頬を緩める。
「タラコや明太子がないのは悔やまれるネ」
「食ったばかりなのに、食欲を刺激する話を……」
頭上には真白、右肩にはガルム、左肩にサラム、背中にはファスがしがみつき、右手にチル、左手にタロモという、保育士さん顔負けのイクメンパパ状態でやって来たリュート様が軽く溜め息をつく。
「食べたばかりだけど、足りなかったカイ?」
「いや、思いだし……いや、まあ、なんつーか……うん、旨そうだったからな」
私と時空神様だけならまだしも、今は召喚獣達がまとわりついているので、ヘタなことも言えない。
いつものように、声を潜めても筒抜けになってしまう。
「みんな戻らなくて良いのですか?」
『近くにいると気を遣うから』
チルが控えめに言うと、みんなが同時に頷く。
みんな主のことは心配だけれども、必要以上に気を遣う彼らを見ていたくは無いのだと気づいた。
『それに、リュートのそばなら面白いことが多いしー』
ファスが目を爛々と輝かせて楽しげに笑う。
リュート様で遊ぶ気満々と言ったところか……
まあ……チェリシュみたいにリュート様の背中に張り付いているのはご愛敬だ。
「ふーむ……そうですね……ファスがそんなに遊びたいのなら、頼みがあるのですが良いですか?」
『なになにー?』
「真白ちゃんもやるー! ルナ、何をして欲しいのーっ!?」
そこで、私は時空神様に目配せをして例のアレを取り出して貰った。
現れたのは、先日大活躍してくれたボール型のアイスマシーン。
数が増えているのは、何故だろう?
「チェリシュが楽しんでいたと聞いた父上が張り切っちゃって……まあ、増えるヨネ」
「オーディナル様……」
「ジジ馬鹿炸裂だな」
リュート様の辛辣な言葉に、時空神様がブッと吹き出す。
とりあえず、元気が有り余ってしまっているファスたちには、ボール型のアイスマシーンで、美味しいアイスクリームでも作って貰おう。
アップルパイに添えるアイスクリームは……本当に美味しいですものね。
「手をシッカリ冷やして、パイ生地作りをしなければ……パイ生地はパンの部類に入りますか?」
「妹が譲らなかったからネ。勿論、大丈夫ダヨ」
「さて、黒の騎士団で手が空いている方々にお願いしたいことがあるのですが……リュート様とアイスクリーム作り、私とパイ生地作り、どちらか手伝っていただけませんか?」
「勿論、ルナ様の方へ!」
「ズルイ! 俺だってルナ様のほうがいい!」
「焼成係は、リュート様の方な!」
「いやいや、ここは公平にジャンケンだろ!?」
朝食の効果があったのか、多少は動けるようになった人が出てきたので、休息を取るように言われていた彼らに頼むのは気が引けたのだが……
パンの仕込みに関する手際の良さや、技術力はピカイチなのだ。
「新しい手法なので、出来るだけ全員に作り方を見て欲しいのですが……」
「よし、二交代制な」
「いや、三交代だろ? いくら休憩でも、外の様子も把握しておきたいしさ」
「参謀のほうも動きがあったら連絡入るだろうし……外回りの連中がヘルプか?」
「さすがに無理があるだろ。リュート様にしごかれ隊でいいんじゃね?」
「参謀の報せを心待ちにする日が来るとは……」
わざとらしく目頭を押さえて、大仰に天を仰ぐ。
「……お前らまとめて、今から外へ叩き出してやろうか」
地を這うようなリュート様の声に体を強ばらせた元クラスメイトたちは、全員が私の後ろへ避難する。
「る、ルナ様のお願いを無下にする気ですかっ!?」
「リュート様、酷い!」
「可愛いルナ様のお願いを無視するなんて、人として最低ー!」
「おーまーえーらー」
真白を相手にしているときと同じような感じで追いかけっこが始まり、真白や召喚獣達はキャーキャー言って楽しんでいる。
時空神様がタイミングを見計らってボール型アイスマシーンをリュート様へ投げて寄越すと、力一杯蹴ったボールがモンドさんの後頭部へ直撃した。
「……中身、まだ入れていませんよ?」
「ああ、アレは入れておいたヨ。チェリシュが食べたいっていうから、作っておいたんダ」
「あんなに強い力で蹴っても壊れないのですね……さすがはオーディナル様です!」
「補強しておいたと言っていたカナ」
ボールと一緒になって転がる真白と、ボールに目がないネコ科の召喚獣であるファスとガルムが飛びつく。
それを見越して、時空神様が準備したボールが投げ込まれた。
「困りましたね。生地作り班は、ダイナスさんとジーニアスさんだけしか残っていないのですが……」
「すみません。アイツらはすぐリュート様に戯れつくもので……」
「心からお詫びします」
本当に申し訳なさそうに頭を下げるダイナスさんとジーニアスさんを見ながら、リュート様が楽しそうで何よりだと笑う。
いつの間にか、キャットシー族の子供達も加わり、賑やかになってきた。
大人達はチェリシュやロヴィーサ様たちとポーション製造班で頑張っているし、リュート様のところは良い託児所になりつつある。
この砦で最大戦力の彼が子守をしている姿を見た人たちは、楽しげに笑いながら様子を見ていたり、一緒に面倒をみようと話しかけたりと様々だ。
初日とは大分対応が違ってきている。
その中でも目立ったのは魔法科の勇者だ。
彼は動けるまでに回復したのか、小さな子たちの相手をするためにやって来てくれたらしい。
少しずつでも回復の兆しが見えているからか、皆の表情は明るかった。
和やかで平和な光景だと和んでいた――次の瞬間。
ゾワッと全身に言い知れぬ悪寒がした。
「……っ!?」
「ルナちゃん?」
私は弾かれたように振り向いて背後を確認する。
私の後ろは石造りの壁で何も無い。
しかし、言葉に出来ない何かを感じたのだ。
生ぬるい風が首筋を撫でたような……言い知れぬ嫌な感覚である。
嫌な感じ……
未だにゾワゾワする首筋を軽く撫で、とりあえず、パイ生地を作ろうと時空神様たちへ声をかける。
気のせい……?
念のためにもう一度周囲を見渡すが、何も変なことは無い。
大騒ぎになったヤトロスたちも、今は部屋で休んでいるはずだ。
思い当たる節の無い私は、小首を傾げながらリュート様を見つめる。
彼は何も感じていないようだし……考えすぎだろうか。
むしろ、先ほどの事があったせいで、変に意識しすぎているのかもしれないと気持ちを切り替え、中庭を後にして厨房へと戻るのだった。
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