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第十三章 グレンドルグ王国

13-16 揺れるモノと背負うモノ

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 セルフィス殿下が訓練場から去り、王太子殿下とフルーネフェルト卿の手合わせが開始される。
 国王陛下と宰相様は何やら相談をしている様子であったが、その前を通り過ぎ、私を伴ったベオルフ様が皆の元へ戻った。
 そこまでは良かったのだが……

「全く……よく、真白のように飛んでこれたものだ」

 ぷらんぷらん――。
 つまみ上げられて揺れる私の体と、ジッと見つめてくる呆れの色が濃いアイスブルーの瞳。
 こうして見ると、リュート様のアースアイとは別の美しさがあると実感する。
 いや……それよりも、つまみ上げられて宙ぶらりんの私の体をどうにかしようと、彼へ抗議を開始した。
 
「ぷらんぷらんしますから、つままないでくださいー」
「痛くは無かろう」
「そういう問題ではございませんーっ」

 痛くは無い。
 しかし、視界が揺れて落ち着かないのだ。
 まあ、こういう状態になってもベオルフ様だったら私を落とすことは無いという、絶対的な信用があるから許容できることである。
 これがキュステさんだったら、リュート様を呼んでお説教をしていただくところだ。
 
「あんな危険な真似はしないで欲しいのだが?」
「じゃあ、ベオルフ様も短絡的にならないでください。ミュリア様に対しての嫌悪感は判りますが、アレはダメです」

 私の言葉を聞いたベオルフ様が片目を軽く伏せる。
 これは、不味いことがバレた時のクセだ。
 本人は気づいていないだろうが、それが判るくらい付き合いは長い。
 本気でミュリア様を亡き者にしようとしていたのには驚いたが、色々と考えて大変なことになるのは目に見えているし、自分の為に人を殺して欲しくは無かった。
 それに、殺して背負う命がミュリア様だというのにも引っかかる。
 変に縁を繋いで欲しくないのだ。
 
「……貴方は、どうしてそういう事が鋭いのだろうな」
「ふーふーふー、私も日々、成長しているのですよ?」

 コレもひとえに、リュート様のところで出会った人々との繋がりである。
 個人的に修行をしている成果もあるが、沢山の人との繋がりは、より沢山の考えを知る切っ掛けとなった。
 だからこそ、今まで気づかなかったベオルフ様の隠しておきたい部分も見えてきたのだ。

「まあ……お互い、ミュリア・セルシア男爵令嬢には、色々思うところがあるだろうからな」
「そうですね。そこは否定しません」

 その存在を思い出すだけで胃痛がしてきそうな相手というのも珍しい。
 同じ世界の出身である彼女が、この世界を混沌としたものへ導こうとしている事実が許せないのだ。
 しかも、ゲームの世界と勘違いして――である。
 ただ、ゲームに忠実に行動しているのなら判るが、自分の良いように解釈して、多方面に迷惑をかけまくっている状況はいただけない。
 それに、ベオルフ様にちょっかいをかけてくるのも腹が立つ。
 ベオルフ様はそれを気にしている気配が無いけれども、私はとても気になっていますからねっ!?
 もう少し、狙われていると警戒して欲しいなぁ……と、心の中でぼやきながら溜め息をつく。

「……もう少し暴れて、髪の毛を引っこ抜けば良かった……十本は引っこ抜けたのですが……甘かったですね」

 いや、それ以上は引き抜いていただろう……というベオルフ様の言葉はスルーしていたのだが、話を聞いていた周囲からは笑いが漏れた。
 
 あ……しまった――また、ベオルフ様に集中して、周囲に人がいることを忘れておりました!
 
 慌てて表情を取り繕うが、ぷらんぷらんと揺れている体では格好がつかない。
 そんな私の耳に、両親の声が届く。

「全く……幼い頃と変わらないな」
「本当に困った子だわ」

 その言葉に、私は照れくさくなってしまう。
 しかし、それと同時に……幼い頃のことをシッカリと覚えている両親に安堵した。
 全く関心が無いなんてことはないと、それだけで理解出来たからだ。

「まあ、こういう部分は変わっていないようです」

 何故そこでベオルフ様が答えるのだろうか。
 ムッとして彼を見つめ、私がミュリア様に感じていた不満を口にする。
 
「むー……だ、だって……やっぱり……あの……その……腹が立つんですもの! ベオルフ様を判っているように語るからつい!」
「あー……アレか。誰のことを言っていたのだろうな。私には覚えが無いのだが?」

 その時だった、フルーネフェルト卿と王太子殿下の手合わせを見ていたガイセルク様が此方を見て、爆弾を投下した。
 
「兄上の、普段の行いを良いように過大解釈したのではないでしょうか。そういう女生徒って多かったように思いますし」

 その言葉を聞いて動揺したのは他ならぬベオルフ様だ。
 彼はギョッとした表情で、ガイセルク様を見つめ返す。

「兄上は自覚が無かったようですが、なんというか……私の友人が言うには、女性の妄想癖を刺激するような立ち振る舞いをしていると……ぶっきらぼうだけど、紳士的な部分もあってツボなんだとか!」
「わけがわからん」

 ベオルフ様は一刀両断しているが、私にはわかる。
 そういうシチュエーションに弱い女性は多い。
 それに、ギャップ萌えという言葉もあるくらいだ。
 ちょっと違うけれども、不良少年が動物に優しいというだけでときめいてしまう人は、一定数存在するのである。
 まあ、ベオルフ様が不良少年というわけではないが、心情的には近いのでは無いだろうか。
 
「まあ……お前って、なんつーか……弱っている人を放っておけないだろう? 普段は興味が無いように見えて、いざってときは助けてくれるから、勘違いしちまうんだろうさ」
「そういうものなのか?」
「そういうものですよ、ベオルフ様。女性は、そういうシチュエーションに弱いと聞きますから」

 私の考えを代弁するように、ラハトさんとマテオさんがガイセルク様の言葉を補足する。
 ベオルフ様のお母様も「人タラシねぇ」と笑っているところを見れば、今までにもそういう事をしてきたのだろう。
 ジトリと彼を見て、本当に人タラシで困りますよねぇ……と、心の中でベオルフ様のお母様に激しく同意しておいた。
 すると、私の視線に気づいた彼が、片眉を上げて口を開く。

「言いたいことがあるなら口にすればどうだ」
「いいえ、知っておりましたから。今頃気づいたんだなぁ……と」
「面倒なことだ」
「モテモテなのに、そういうクールというか……無関心というか……あ、だから、先ほどのスレイブでしたっけ? ああいう人にも好かれるのかも?」

 彼の熱の籠もった視線を思い出して口にすると、明らかにベオルフ様が顔を顰めた。
 
「ヤメロ。鳥肌が立つ」
「……本気で嫌なんですね」
「当たり前だろう」
 
 全身全霊で「嫌だ!」と言っているような彼に、思わず笑いがこみ上げる。
 あれだけ真っ直ぐな好意を向けられても、やはり度が過ぎると逃げてしまいたくなるのだろう。
 まあ……あの熱量と、何とも言えない……恋する乙女な視線を同性から向けられるのは、ノーマルな彼からしたら恐怖以外の何物でも無いのかも知れない。
 動揺を隠し、乱れた心を鎮めるためなのか、私の頭を撫でまわす指先。
 そこに隠しきれない心が透けて見えるようで、私は更に笑ってしまう。
 あのベオルフ様をここまで動揺させるとは、スレイブ……なかなかやりますね!

「アイツ……どっかで見たことあるんだよなぁ……」

 そう呟いたのは、ラハトさんだった。
 彼から飛び出した言葉の内容に、ベオルフ様だけではなく私も驚く。

「そうなのか?」
「ああ……どこかで見たんだ。あれだけ綺麗な顔立ちをしているんだから目立つよな。うーん、どこだったっけ……?」
「私の従者になる前は、傭兵として各地を転々としていたらしいからな。その時に会ったのでは無いのか?」
「あー……その可能性はあるな。俺も、転々としていたし……」

 元々は、黒狼の主ハティの元で働いていた彼だ。
 王国中を走り回っていたようなので、どこかで会っていても不思議では無い。
 もし、何かしらのトラブル関連で出会っていたとしても、彼がラハトさんに気づくことは無いだろう。
 全くの別人なのだから……
 そういう意味でも、黒狼の主ハティの部下であったラルムという人物が、ラハトとして生まれ変わって良かったと思う。
 ベオルフ様が変なトラブルに巻き込まれる事だけは防ぎたい。
 
 その時だった。
 宰相様とセルフィス殿下の今後について話をしていた国王陛下が此方へやってくるのが見えた。
 ベオルフ様は気づいていないようなので、未だ宙ぶらりんの体を揺すって知らせる。
 
「ベオルフ……セルフィスのことで……父として礼を言わせて欲しい」
 
 あくまで、セルフィス殿下の父としてというスタンスで話をしてくるが、他の人たちがいる前ではマズイのではないだろうか。
 国王陛下はおそらく、セルフィス殿下を止められた。
 しかし、国の行く末を考えて、切り捨ててしまった方だ。
 国王としては優秀。
 だが……人の親としては、やってはいけないことをしたという自覚があるからの謝罪なのだと感じた。
 
「王族の重責……ですね」

 ベオルフ様も気づいていたようだ。
 その一言で、全てが伝わる。
 
「言い訳にするつもりはないし、もっとやりようはあっただろう。だが……大きな被害を出さずにあぶり出すには……最善の方法であった」

 国王陛下も人の親としての苦悩があったはずだ。
 だからこそ、これほどまでに覇気が無く、やつれているのだろう。
 しかし、彼は家族よりも国を守ることを優先する。
 どちらも守れたら理想的だが……やはり、あくまで理想論であって、現実的では無いのだ。
 特に、今回の件は国を根底から揺るがす出来事である。
 一部の貴族が秘密裏に進めているだろう企て。
 ミュリア様の暴走。
 そして、未熟なセルフィス殿下の増長。
 全てを明るみに出すことで処罰できれば、国の憂いは無くなる――とは言い切れないが、大分マシになる。
 これを見過ごし、よしとすれば、あっという間に国は滅んでいたに違いない。

 ただ、人の親……セルフィス殿下の父としては、やるせなかっただろうと容易に想像はつく。
 
「それなら、最後まで見捨てず……見守ってあげてください。本人は変わろうとしております故」
「ああ……もとより、そのつもりだ」
『私から言わせれば、王族の責務にかまけて、全て勘違いしていた者の末路という感じだがな。権力をふりかざすだけが王族では無い。それと引き換えに大いなる責任が伴うことを知らない者は、ただ破滅するだけだ』

 そこで厳しい言葉を投げかけたのはオーディナル様だ。
 あまりの正論パンチに、国王陛下が可哀想になってきてしまう。
 元々は、セルフィス殿下を信じ、よかれと思って婚約を決めたのだ。
 まさか、ソレがセルフィス殿下の破滅の一歩に繋がるとは考えても見なかっただろう。
 しかし……オーディナル様は優しい神様だ。
 正論をぶつけて終わりということはしない。
 だからこそ、『しかし……』と言葉を続ける。
 
『どちらも守る事が出来たなら、お前はそうしていたはずだ。お前の決断はハティをあぶり出し表舞台へ引きずり出した。それだけでも、大きな成果だと思うぞ』
「……あの者が裏で蠢く内は、我が国に未来はありませんでした。そう……オーディナル様のご助言があったからこそ、王として決断しただけに過ぎません」
 
 国王陛下の言葉を聞いたオーディナル様は、珍しく苦笑を浮かべる。
 
『子を犠牲にしなければならない親心は判っているつもりだ。僕も経験があるからな……』
「オーディナル様も……ですか?」
『ああ……僕も息子を犠牲にして、今がある』
『父上……』
『……判っている。アレしかなかったと……だが、それでもやるせないのが親心だ。永遠に背負い続ける業だ』
「私も、オーディナル様と同様に、生涯、背負い続けていく所存です」
『お前は、まだ何とかなる。兆しがあったのだから、未来は明るいものになるかもしれん。これからが、お前たち親子の心が試される時だ』
「はい……ベオルフのおかげで、息子が良き方向へ歩み始めました。遅くなりましたが、親として見守り導いていこうと思います」

 オーディナル様も苦しんだ結果に導き出した答えがある。
 ただ、オーディナル様の場合は国ではなく世界規模だ。
 その肩にのし掛かる重圧は、国王陛下の比では無い。
 それなのに、全く感じさせないオーディナル様は、やはり素晴らしい神なのだと実感した。

 国王陛下も、今後は父としてセルフィス殿下を見守ることを決めたようなので、これについても一安心だ。
 ここに来て、ようやくグレンドルグ王国に光が見えてきたように思えるのは私だけだろうか。
 
 しかし――光が強くなれば、闇もまた濃くなるものだ。
 
 私の脳裏には、「結局は貴方も私を見捨てるのね」と言っていた彼女の表情が蘇る。
 この世界……いや、全てを呪っているかのような、深くて冷たい闇を抱えた彼女。
 暗く深淵を覗き込んでしまったような瞳――
 傍若無人な彼女よりもタチが悪い。

「あとは、あの態度が気になるところだな……」

 どうやら、同じタイミングで同じようなことを考えていたらしいベオルフ様の言葉に、私は頷く。
 
「ミュリア様でしょう? 何か企んでましたよね。十分に気をつけてくださいね? きっと、ベオルフ様に良からぬ事をしようと画策しています。あとは、セルフィス殿下も警戒した方が良いと思われます」
「そうだな。おそらく……セルフィス殿下は切り捨てられたのだろう。だからこそ、危険だ」
『……ふむ。ならば、ヘタに手出しが出来ぬように対策を練ろうか』

 好戦的なオーディナル様の言葉に私たちは揃って苦笑し、足元では紫黒を頭の上に乗せたノエルが騒ぎ出す。
 何はともあれ、話し合いが必要だ。
 今後の行動をある程度決めて対策を立てておかなければ、また後手に回ってしまいかねない。

「ベオルフ様」
「ん?」
「とりあえず……このぷらんぷらんとした状態を解除してください。宙ぶらりんは飽きました」
「それでは、お仕置きにならないだろう」

 え?
 これって、お仕置きだったのですか?

 小首を傾げる私に対し、不敵な笑みを浮かべるベオルフ様。
 イマイチお仕置きになっている気はしないのですが……という言葉を飲み込み、代わりに湧き上がる笑いを堪えるのに、私は暫く苦労するのであった。
 
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