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第十三章 グレンドルグ王国

13-15 遅すぎる覚悟と抱える闇

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 オーディナル様と時空神様のおかげなのか、ミュリア様の頭上からズリ落ちること無く暴れ回る。
 普段から、こんなに暴れ回ることがないので呼吸が荒くなるのは仕方が無い。

 あと、五本は引っこ抜きますよ!
 
 ゼーゼー言いながらも、ミュリア様の手を避けてよろける体を、見計らったように伸びてきた手が優しく包み込んだ。
 呼吸を整えながら私の体を拘束する手の主へ視線を向ける。
 視線の先にあったアイスブルーの瞳には、呆れと心配の色が入り交じっていた。

「真白、そのくらいにして――」

 不意に彼の言葉が途切れた。
 それだけで、真白では無く私である事に気づかれたと悟った私は、探るように此方を凝視する彼の視線に耐えきれず、誤魔化すように笑みを浮かべながら視線を逸らす。
 しかし、その行動は疑惑を確信へ変えてしまったのだろう。
 ベオルフ様は自分の見ているものを今一度確かめるように、眉間を揉みほぐしてから私を凝視した。

 まあ……バレますよね。
 
 居たたまれない感覚に羞恥心が刺激されるけれども、後悔はしていない。
 むしろ、少しスッキリした気分だ。
 自分が認識している以上に、鬱憤がたまっていたらしい。

 しかし、リュート様がこの場にいなくて良かった。
 真白の真似をするばかりか、ミュリア様の頭上でジタバタ暴れる姿など、リュート様には見せられない。
 そんな私に一段と顔を寄せたベオルフ様は、心底呆れたという含みのある声で話しかけてくる。

「何をしているのだ……」
「だ、だって……色々な意味で……あぶなかったから」

 ここでミュリア様たちに私がいるとバレたらマズイので、できる限り真白の真似をする。
 今は距離も近いため、いつも通りの言い方だとミュリア様にバレてしまう。
 彼女は黒狼の主ハティと繋がっているのだから、ヘタな情報を与えたくない。

「大人しくしていろ」
「いーやーでーすー」
「あのなぁ……」
「ま、真白ちゃんは、気に入らないんだもん! だから、自分でやるもーん!」

 私のこの言葉に、ベオルフ様の眉がピクリと動いた。
 ベオルフ様がここでミュリア様を斬り捨てては意味が無い。
 私たちからしたら幸いなことに、ミュリア様は頭で考えるよりも感情に任せて暴走してしまう残念な人だ。
 だからこそ、上手く扱えば謎に包まれた黒狼の主ハティの情報源になり得る。

 挑発にも乗りやすいし口も軽い。
 何より、私を敵対視しているので、煽りやすいのである。
 まあ……そういう危険性を考えて、大した情報は持っていないかも知れない。
 だが、彼らにとって無価値な情報でも、此方にとって大きな意味を持つ可能性があるのだ。
 
「……それが答えか?」
「そうなの。それが、真白ちゃんの答えなの」

 殺すのは可哀想……という気持ちも、多少はある。
 しかし、そう言っても彼は納得しない。
 むしろ……『それなら殺さなければ良いのだろう』という解釈になり、動けないように手足を切り落とすなどと平気で言い出しかねないのだ。
 基本的に、私以外の人に対して興味関心が薄い。
 それどころか、敵対している者に慈悲の心すら持ち合わせない人であると再認識する。

 ベオルフ様は極端すぎるのです……

「困ったヤツだ……」

 彼から不意に零れ落ちた言葉で、一旦、『切捨御免』は保留となったようだ。
 貴族=武士と考えるなら、その言葉は適切とは言えないかな? ……などと、どうでも良い事を考えている私に、ベオルフ様が触れるか触れないかの位置まで頬を寄せてくれる。
 それが嬉しくて、彼の頬に翼を広げてぎゅっと抱きついた。
 自分の怒りや感情を抑えてでも、私の考えを優先してくれるのだから甘い人だとは思う。
 だからこそ、疑いようも無いほど大事にされていることが感じられ、それが嬉しくて仕方が無い。

「神獣だかなんだか知らないけれども……こんな……無礼なことして、タダで済むと思っているのっ!? 私はヒロインなのよ!? 絶対に許さないんだから!」
「ミュリア、やめろ。ベオルフは……間違っていない。その小鳥はただ単にベオルフを慕っているだけだ。傷つけないでやってくれ」

 意外にもミュリア様を止めたのはセルフィス殿下だった。
 それで、変なところに火がついたのか、ミュリア様は更に声を荒らげる。

「私を傷つけた鳥なのにっ!? セルフィス……貴方、私と小鳥、どちらが大切なの!」
「ミュリアが大切だから、我慢してくれと言っているんだ。神獣様は、オーディナル様に連なる方だろう。だったら、滅多なことをしてはいけない」
「どうして……セルフィス。今までだったら……私を最優先に考えてくれたでしょう? 庇ってくれていたでしょう? 優しくしてくれたじゃない」

 困惑したミュリア様の声。
 それはそうだろう。
 自分が物語の主人公だと信じて疑わない彼女にとって、この状況は理解出来ない物に違いない。
 誰もが自分を肯定し、守ってくれる。
 それが、彼女の持つヒロイン像だ。
 何をしても許されるのがヒロインだと言うのなら、彼女はヒロインの何を見てきたのだろうか。
 彼女は、それが許され、認められるだけのことをしてきた。
 沢山の苦労を背負い、沢山の努力を重ねた結果に得た物だ。
 
 決して、授業をボイコットし、窓から逃走を図るような人が得られるような物では無い。

「甘やかすだけが優しさでは無いよ。私は……本当は……ベオルフたちに、そう教わってきた」

 遠い過去を思い出すように空を見上げたセルフィス殿下は、そう言ってからギュッと目を閉じる。
 口元を引き結んだ彼は、再びミュリア様へ視線を戻す。

「ミュリアにも、そうするべきだったんだ。すまない……私が間違っていた。ミュリア……二人でやり直そう。罪は罪として認め、今後のために償っていこう。私は……努力する。一度失った信頼は戻らないけど……でも……頑張ろうと思う」

 セルフィス殿下は、本当に反省したのだと、このときになって理解した。
 さきほどまでの言い訳じみた言葉ではなく、自分の非を認め、それを全て背負って前を向くことを選んだ彼は、決意の籠もった瞳で彼女を見つめている。

 遅すぎるという言葉は多々あるだろうが、彼がようやく歩き出そうとしているのだと知り、それが嬉しい。
 しかし、その喜びもミュリア様の目を見た瞬間に吹き飛んだ。
 彼女の瞳が、暗い何かを宿していたからである。

「……そう……貴方も……結局は私を見捨てるのね……」

 ゾッとするほど冷たい声だった。
 これが、ミュリア様の本質なのだろうか。
 深い闇を抱えているような、底知れぬ何かを感じる。
 彼女の抱える闇を垣間見た瞬間、何故、黒狼の主ハティと手を結ぶような愚かな真似をしたのか理解したような気がした。
 彼女の本質は、黒狼の主ハティと変わらない。
 そして、彼女の愛情は求めるばかりの一方的な物なのだと……

 しかし、それでは……セルフィス殿下は報われない。
 彼は、彼女と共に歩む道を選んだのだ。
 どれほど愚かなことをしでかそうとも、今後も共に歩んでいこうと決めた彼の心は、彼女に届かなかった。

 互いに、一方的な愛情を求めた結果かもしれないが、あまりにも悲しすぎる。

「見捨てたりしない。私も一緒に償う。二人で幸せになるためにも、これからは頑張ろう。二人なら、努力していけるはずだから」

 それでも、セルフィス殿下はミュリア様に語りかけた。
 とても真剣な面持ちで、これ以上ミュリア様が堕ちてしまわないよう、必死に手を伸ばしているようにも見える。
 しかし、彼の言葉や声は、彼女の闇を打ち払うには不足していた。

「……そうね。貴方の言う通りだわ。私も……二人の未来を考えて、精進しなくては……もっと頑張ったら、みんなに認めて貰えるかもしれないものね? 今のままでは良くないわ。きっと……この私たちの決意は、神様にも届くはずよね?」
「あ、ああ。そうだ、ミュリア……判ってくれて、ありがとう。やはり、ミュリアは素直で健気で素晴らしい女性だ」
「私……頑張るわ。先生、今までのご無礼をお許しください。私……これから気持ちを入れ替えて頑張ります」
「……え、ええ……では……授業に戻りましょうか」
「はい。……皆様、お騒がせして申し訳ございませんでした。それでは、失礼いたします」

 言葉だけ聞けば、彼女がセルフィス殿下の言葉に感化され、改心したように見えただろう。
 大人しく教師と共に訓練場を後にするミュリア様の背を見送る私の中に、大きな不安が渦巻く。

「言葉だけにならないようにな」
「わかっている……もしも、また道を踏み外すようなら、今度は容赦なく斬り捨ててくれ。……我慢してくれて、感謝する」
「……何のことだ」
「とぼけるなよ……一応、これでも付き合いだけは長いんだから……」

 どうやら、セルフィス殿下もベオルフ様の考えに気づいていたらしい。
 昔は、こういう面もあった。
 王太子殿下ほど威厳を保てない彼は、彼なりに考えて、その場を穏便に治める努力をしていた。
 卒業前の一年は目も当てられない部分が多かったが、彼の外面の良さに騙される人が多いのは、そういう事を積み重ねた結果である。
 王太子殿下とは反対に、人付き合いに興味の無いベオルフ様は、周囲から厳しくて恐ろしい人だと誤解されることが多かった。
 それを、友人としてフォローした時もあったくらいだ。
 だからこそ、ベオルフ様は友人関係を続けていられたのだし、今だって、何だかんだ言って見捨てられないのだ。

 全く空気が読めない人でも無かったのに……いつから変わってしまったのだろう。
 あのまま成長していれば、おそらく、私たちは良い関係を築けていたはずだったのに……

 全ては、黒狼の主ハティの思惑どおりに事が運んだのだろうか。
 それとも、こうなる運命だったのだろうか。
 今となっては、判らないことではあるが――

「もう……大丈夫そうですね」

 みっともないくらい泣き、喚き、絶望を知ったセルフィス殿下は、一歩を踏み出す覚悟をした。
 彼の道は茨の道だが、その歩みを止めることはもう無いだろう。
 それだけの覚悟が見て取れる。
 黒狼の主ハティの甘言に騙されること無く、ミュリア様の誘惑に惑わされること無く、この先の人生を歩んでいって欲しいと、心から願うのだった。
 
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