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第十四章 大地母神マーテル
14-25 秘密で仕込んでいた物
しおりを挟むその後はリガルド様が落ち着いたこともあり、最初はピリッとした空気を纏っていた場も和んでいた。
ツンデレなのだと考えて言動を見てみると、そこまで怖い物では無い。
どちらかというと、リュート様を溺愛しているのではないかと思われる言動が目立つ。
最初から判っていたのか、リュート様に大きな変化は見られない。
ある程度のことは許してしまう懐の広さを持つ彼だからこそ、リガルド様とも良好な関係を築けていたのだろう。
さすがはリュート様!
空気が軽くなるにつれ、今まで空気を読んでいた真白も段々と騒がしくなり、ここぞとばかりにリュート様に甘えて食べさせて貰っている。
素直に甘えられるのが真白の美点である。それが少し……ほんの少しだけ羨ましくなってしまった。
チェリシュもオーディナル様に食べさせて貰って大満足といった様子だし、何と言うか……ちょっぴり甘えたくなったのは気が緩んだせいだろうか。
気を紛らわそうと視線を彷徨わせた私の心中を察してか、時空神様から笑い声が漏れた。
「ルナちゃん、ちゃんと食べているカイ?」
ギクリとして、私は自分の皿の上を見つめる。
先程リュート様が焼いてくれた魚が手つかずで残っている事に気づき、慌てて箸を手に取ったが遅かった。
「ルナ?」
ま……マズイです。
ソロリとリュート様の方を見ると、ジトリとした視線を向けてくる青を基調としたアースアイ。
その目は「油断をすればコレか」と言わんばかりである。
彼は溜め息をつき、私の前から皿を取り上げ、綺麗に魚の身をほぐして私へ差し出した。
「あ……あの……、自分で……食べます……よ?」
「いいから食べなさい」
「で、ですが……」
視線が痛いのです!
お父様は勿論のこと、アクセン先生とランディオ様、シグ様やメロウヘザー様は慣れているけれども、他の当主の方々の視線が突き刺さっておりますから!
そう言えたらどれほど楽だろうかと内心泣きながら、こうなったら梃子でも動かないリュート様の差し出した魚を、おずおずと頬張る。
蛍が太鼓判を押すだけあって、魚の白身は生臭いという事は無く口の中でホロホロとほどけていく。
上品な味わいだがうま味たっぷりの魚を味わいながら、リュート様をチラリと見た。
彼は次の魚の身を準備しているようで慌ててしまう。
「リュート様、本当に一人で食べられますからっ」
「油断ならねぇ……最近、やっと食べるようになったと思ったらコレだ」
「ちょ、ちょっとボンヤリしていただけですから!」
「ふーん?」
あ、全然信用していないときのベオルフ様と同じ目をしていますよっ!?
変なところで似ている二人に感心しつつ、サッとリュート様の手から皿を取り返す。
「リュート様も、ちゃんと食べてくださいね」
「ルナが食べるならな?」
「ちゃ、ちゃんと食べます!」
そう断言したのに疑わしいという視線を向けていた彼は、無造作に手を伸ばして私の頬へ触れる。
「顔色が悪りぃし……肌も冷たい。まだ本調子じゃねーんだから、栄養補給は基本だろ? シグにはそう言えるのに、自分のこととなったらコレなんだから心配だ」
優しく頬を撫でられくすぐったさに身を捩るが、全く離れてくれない手にドキドキしてしまう。
それどころか……先程よりも当主の方々の視線が痛いのですが……?
「ねーねー、リュートのおじいちゃんが凄い目で見てるよー」
真白に指摘されて気づいた彼は、片眉を上げてリガルド様を見つめ返す。
その目は「何か問題でもあった?」と問いかけているように見える。
「リュート……まさか――」
そこで言葉を切ったリガルド様は、バッとお父様の方へ顔を向ける。
すると、そうなることが判っていたのだろう。
お父様は何でも無いような素振りで頷く。
言葉は無かった。
詳しい説明など無かったのに、リガルド様の疑問は解消されたようである。
暫く天を仰いでいたリガルド様はリュート様へ向き直り、激しく抗議した。
「そういうことは、早く報せるべきだろう!」
「え? 母さんから聞いて無いのか?」
「聞いておらん!」
「ボリスは?」
「アレは最近ゴーレムの話ばかりで、他の話をする余裕すら無い」
「あ……その件は俺が原因だな」
「それは聞いた。何でも事業を成功させるために、どうしてもゴーレムが必要らしいな。ボリスにしてみれば出資者がいて好きなことができるのだから夢のような状態だろう。費用面は大丈夫なのか? かなり無駄遣いをしているようだが……」
「いや、アレは必要経費だってわかっているし、余裕を持って費用を確保しているから問題ない。それに……俺……これから、とんでもねー金額稼ぐ予定になっているし……」
「ノートPCですね」
どういうことだとリガルド様が発言する前に、宰相のギュンター様が口を開いた。
間違いなく、城で働く書類整備に追われている人々が欲しがるアイテムである。
念入りに説明を受けていたようなので、かなりの受注が見込めるとリュート様は想定しているようだ。
性能から考えても間違いなく、とんでもない数の注文が入るだろう。
むしろ、生産が追いつかないという状態が続きそうである。
「ヤバイんだよなぁ……ノートPCもアレなんだけど、調味料工房とカメラも結構大変なんだ。ディードとヌルが監督してくれていて稼働中なんだが……生産された数より求める数が明らかに多いらしい」
「え? そ、そんなに売れているのですか?」
「遠征組の家族が事前連絡を受けて確保しているのもあるけど、店の常連とか、黒の騎士団とか……白の騎士団関係者、あと、城の連中も買い求めているようだから」
「うわぁ……」
「ボリスのゴーレムが完成すれば24時間稼働して何とかなる感じか? コレ……まだ、カレーは手つかずだからな? ハーブソルトにケチャップとマヨネーズだけで、この騒動だ。ソースとカレールーが加わったら……目も当てられない」
マズイ……正直、本当にマズイことになっていると頭を抱えたくなる。
そして、私はまだリュート様に言っていない『あるもの』を仕込んでいたのだ。
ここ最近、片方の発酵石の器が使えなかった理由は、コレが原因である。
時空神様と私で、リュート様を驚かせようと企んだ一品……それが、そろそろ完成するのだ。
実験的に作ったのだが思いのほか上手くいっていることに驚いていて、なかなか言い出せずにいたのである。
「……ルナ? 何か隠し事か?」
「……え?」
「あのな……一応、俺……ルナの事、誰よりも見てるつもりなんだけど?」
「え、えっと……な、何のことでしょう」
私が何とか誤魔化そうとしたのだが、ここで真白がいらぬ一言を発した。
「あー! もしかして、ルナとゼルでコソコソ作っていた物が完成したのー?」
「……ほう?」
リュート様の鋭い視線が私と時空神様に突き刺さる。
内心「まーしーろー!」と叫んでいたが、声には出さない。
「ルナ? 隠し事は無しだろ?」
「え、えっと……ま、まだ……完成しておりませんので……」
「完成してなくても、作っている物は言えるよな?」
「確か、発酵石の器を一つ占拠して作っていたみたいだよー」
「まーしーろー!」
今度は我慢できずに叫ぶ。
子供がお父さんに報告しているような光景である。
上機嫌で知っていることを話す真白に、素直すぎるのも困りものだと頭を抱える。
せっかく驚かせようと作っていた物だが、今となってはリュート様を追い詰める品になっていないか不安になってきているので黙りを決め込みたいが……難しい。
「発酵石の器を使って? 乾物も作っていたよな?」
「あ、それは……大量に確保したので暫くは大丈夫だと思います。昆布、わかめ、寒天、ひじきに干し椎茸。他にも、海苔と貝柱も乾燥させました」
「乾物のレパートリーがスゲーことになってるな」
「食事を作ることを禁止されている時に時空神様が手伝ってくださったので、細かい作業ができました」
「それは、休んでねーだろ……休ませるために作るなって言ったのに……! 時空神も止めろよな!」
「ムリムリ。ルナちゃんから料理を取ったら萎れちゃうから、ある程度は……ネ」
一応軽作業だけに厳選してやっていたよ……と報告する時空神様に呆れ、リュート様はガックリと肩を落とした。
オーディナル様を筆頭に、当主の方々も黙って成り行きを見守っている。
全員食事をしながら傍観することにしたようだ。
「……で? 何を作ったんだ?」
「え、えっと……それは……その……」
時空神様と顔を見合わせ、これ以上隠しても意味は無いと判断し、時空神様に例の品を持ってきて貰う。
箱形の発酵石の器に入っているのは、現時点で未完成の『とある物』だ。
「んー……あと少しだし、どうせなら完成品を見せたいよネ。仕方ない……チャッチャとやっちゃいますカ」
これくらいなら問題ないだろうと、時空神様が力を注ぐ。
ほんの数秒のことだったが、結構力を注いでくれたようである。
ただ、オーディナル様が魔改造した発酵石の器のおかげで予想よりもはるかに楽だったようだ。
さすがはオーディナル様。発酵石の器の潜在能力が半端ない。
「僕の愛し子の力が十分に巡っているな。これなら本来の数倍の力を発揮していることだろう」
満足げに頷くオーディナル様の言葉に唖然としてしまうが、ソレも織り込み済みで調整しているところがオーディナル様である。
文句があるなら力をセーブすれば良い話だ。
ただ、それだけのことである。
まあ……リュート様の食べっぷりから考えたら、フル稼働して何とかなるといったレベルだと最近は理解しているので、文句どころか感謝したいくらいだ。
「ルナちゃん、中身を確認してみるカイ? それとも、このままリュートくんに渡すカイ?」
「いえ、このまま渡しても、リュート様は何が何だか判らないと思います。一度濾さないといけませんし……」
「確かにソウダネ。匂いもマズイ……カナ?」
「ですね」
匂いを気にしている私たちへ確認を取るようにリュート様が口を開く。
「発酵食品なんだよな?」
「はい。発酵させてあります。一つは一度作ったことがあるので確実にできていると思いますが、もう一つは……実験で作ったので……」
「まさしく、実験だったネ」
「レシピを知りませんから手探りでしたし」
私と時空神様が顔を見合わせて苦笑を浮かべる。
成功するとは限らない、本当に実験であったのだ。
一応、知識として存在しているが、実際に作ったことが無い物なので、正直に言うと自信は皆無である。
「時空神様、匂いを遮断することはできますか?」
「任せてヨ」
私たちは二人がかりで発酵石の器の中身を確認した。
中に入っている物は、お世辞にも美味しそうとは思えない状態である。
だが、これが成功の証だと知っている私と時空神様は満面の笑みを浮かべた。
「ぎゃーっ! ドロドロしてるー! こんなの食べられないでしょー! ルナが珍しく失敗したーっ!?」
ぽよんぽよん跳ねて私たちの手元を確認した真白が騒ぎ出す。
まあ、見た目はアレだけれど……と苦笑を浮かべている私が何を作ったのか、同郷のリュート様でも理解出来なかったようでポカンとしている。
とりあえず、彼が知っている状態にするため、私たちは残された工程をやり遂げようと動き出すのであった。
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