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第十四章 大地母神マーテル
14-24 意外な事実
しおりを挟む「お前の言っている事が真実であれば、一つだけ説明のつかないことがある」
リガルド様の言葉に、リュート様は眉をひそめた。
何か変なことを言っただろうかと、彼は自分の言動を振り返ってみているようだが、心当たりは無い。
私から見ても、おかしな点は無かったように思う。
しかし、次のリガルド様の言葉で、彼が何に疑問を覚えているのか納得してしまった。
「以前いた世界は魔物がおらず、魔法の無い世界だといったな? では、何故これほどの魔法の才能を開花させることができたのだ」
「あー……そこかぁ……」
疑問点を察したは良いが、今度はどう説明すれば伝わるのかと、彼は真剣に悩み出す。
リュート様の魔法が規格外なのは本人の持つ魔力も大きいけれども、それだけではないとここに居る誰もが理解していた。
彼の術式を見た事があるのなら当然だ。
「どう説明すれば伝わるだろう……。簡単に言うと、この世界にある術式と似たプログラムというものを扱うSE……って、専門用語ばっかりでわかんねーよな」
うーんっと唸るリュート様に、私は苦笑してしまう。
日本人であれば、その説明で何となく理解出来るが、彼らにとっては未知の言葉だ。
SEやプログラムなんていきなり言われて理解出来るわけが無い。
途方に暮れているリュート様を見かねたのか、時空神様が笑いながらフォローを入れる。
「リュートくんは、この世界でいうところの術式を専門的に扱う技術者だったんダヨ。つまり、術式のスペシャリストだったワケ。魔法は無くても、それと同等の力がある世界なんダヨ」
「魔法と……同等の力……ですか」
にわかには信じられないという様子のリガルド様に、時空神様は言葉を続けた。
「道具を使えば火を熾せる。なんなら、海水を飲み水に変える事も出来るし、その気になれば力を持たない人間でも魔物と戦えるだけの道具だってあるヨ。そこの世界で一番凄いのは、専門家でなくても興味を持てば、誰だって情報を共有できることダネ。その情報を扱う道具を制御することに長けているのが、リュートくんの前世だったんダヨ」
時空神様の説明を聞いていたリガルド様ではなく、二つ隣に座っていた宰相のギュンター様が驚きの声を上げる。
「そういうことなのですね……。リュートが情報の扱いに繊細なのは、その知識があり、どれほど危険なものか熟知しているから……」
「変に秘密主義で何を考えているか判らない部分があって、いきなり物作りなんかを始めたのは……そういう前世の記憶が作用していたってことになるのかな」
トリス様から色々聞いていたのだろう。
娘の言葉を鵜呑みにせず、目の前の彼と時空神様の言葉を聞き判断しているヤネン様も、納得した様子だ。
何度も頷いて、本のように分厚いノートに何かを書き留めている。
私にはその分厚いノートの方が気になるけれども……見せては貰えないだろうと諦めた。
「じゃあ、いきなり商会を立ち上げたのも……」
「あ……いや、それはもう……なんつーか……便利な物が欲しかったし、旨い物を食べたかっただけだよ。社会経験があるんで、仕事に必要な流れが判っているから、商会を立ち上げる事に不安や抵抗感は無かったかな。幸いなことに、キュステという優秀な相棒とギムレットという技術責任者もいたから実現したって感じ」
今まで黙って聞いていたレオ様の父であるタデオ様に、リュート様はそう返答する。
そこが一番気になっていたのか、タデオ様は「なるほどなぁ」と言ったきり、それ以上語ることは無いというように目の前のピザに手を伸ばして頬張った。
「貴方が人より博識なのは、前世の記憶とこの世界の記憶があるからなのですね。貴方にしか無い視点があっても事実を知れば理解出来ますし、他者には違和感と映ったとしても仕方の無いことです。リガルド……これでも納得できませんか?」
メロウヘザー様の言葉に、リガルド様は厳しい視線を返す。
まるで「いらないことを言うな」とでも言いたげな視線に、メロウヘザー様は呆れた溜め息をつく。
「リュートの魔力が一気に膨れ上がったことも気にしているようだが……、前世の記憶を取り戻した者にはよくあることだ」
オーディナル様が唐突に言った言葉を聞いたリガルド様は、驚き目を見張る。
おそらく、リガルド様が考えていることを読み取ったのだろう。
それにより、考えているだけでは答えが出ないと判断したのか、リガルド様はオーディナル様へ質問をぶつけ始めた。
「では……オーディナル様の加護を持つ者を、リュートへ預けた理由は……?」
「相性が良かったのだ。前世は同郷かつ僕の愛し子が執着する料理の話にも、引くこと無くついて行ける。あとは、ベオルフと敵対しない。これが最重要事項だ」
「その……ベオルフという者は?」
「僕の愛し子にとっては、兄のような存在だが……人間の言う兄とは定義が違うのかもしれない。どちらかといえば、我々寄りだ」
オーディナル様とリガルド様の問答を聞きながら、私は小首を傾げる。
神族寄りの兄妹とは、どういうものなのだろうかと疑問を覚えたからだ。
「存在が似ていて、同一の何かを魂の根幹に持つという意味じゃ」
「例えるなら……真白と紫黒みたいな感じダネ」
アーゼンラーナ様と時空神様の説明で、ナルホド! と納得したのは良いが、いきなり自分の名前が出たからか、今まで大人しくしていた真白がグリンッと勢いよく此方を見た。
暇を持て余していたのか、目が爛々と輝く。
「なになになにー?」
勢いのまま此方へやってこようとする真白の動きを読んでいたのか、無言で捕獲したリュート様は、二人の問答を邪魔しないように『軽いモニュモニュの刑』に処す。
いつもなら大騒ぎの真白だが、ここは空気を読んだのだろう。
控えめに「ぴょぉぉぅっ」と声を上げるだけだ。
以前の真白なら考えられないことだが、こういう気遣いができるようになった。
ここ数日で成長したものだと感心していたら、オーディナル様から呆れた声が聞こえてくる。
「質問攻めだな。まあ……立場上仕方の無いことだし、其方以外が問うたなら後々面倒なことにもなりかねないほど、きわどい内容だ」
「申し訳ございません。しかし、立場上……確認しておく必要がありました」
「まあ、温厚で思慮深いため、其方の言葉に理解を示すだろうが……リュートに甘えすぎではないか?」
「賢い子であるから、その辺りは大丈夫かと……」
「リュート以外にその手は通用しないと知れ。他の孫にやれば嫌われるぞ」
苦笑を浮かべるリュート様とお父様を横目に、オーディナル様は深い溜め息をつく。
よいしょよいしょと言いながら、いつの間にか移動してきたチェリシュを抱っこしながら、オーディナル様は軽く首を横へ振った。
「本当はリュートが心配で、現当主を行動不能にして駆けつけたくせに……涼しい顔をしおって」
「そこまでお見通しですか」
「憎まれ役を買って出るのが得意そうだから、少し視ただけだ」
「当主という立場上、どうしても確認しなければならないこともあります。しかも、相手はリュートです。我が孫のことで、他の者に口を出されるのは……腹が立ちます。それ故の妥協案です」
憮然とした表情で受け答えをするリガルド様からは、刺々しい雰囲気が消えていた。
オーディナル様を相手にしても態度を変えない豪胆さを持つリガルド様は、さすがリュート様やモア様の親族という感じだが、明らかに何かが変わったように感じる。
「ジュストの件でリュートは注視されております。人とは違う行動が目立てば目立つほど、疑念は深まるもの……それが前世の記憶故だというのなら、我々は知るべきだと思いましたので質問攻めにしてしまいました。ご無礼をお許しください」
「別に責めているわけではない。むしろ、感心すらしている。魔塔の新人にリュートの調査を最初の試練にするほど孫を溺愛しているくせに、そこまで言動が伴わないとは……」
………………はい?
いま……何か問題発言が聞こえたような……?
私は顔を上げてリュート様を見つめるが、彼も初耳だったのだろう。
青を基調としたアースアイを丸くして、瞬きを繰り返していた。
ただ一人、リガルド様だけは不味いことを暴露されたと言わんばかりの様子で視線をソッと逸らし、誤魔化すように軽く咳払いをしている。
当然、そのことを知っていたのだろうメロウヘザー様は、ジトリとした眼差しで彼を見ていた。
「まだやっているのですか?」
「伝統だからな」
「どこぞの学園教師に植え付けられた良からぬ考えを変え、リュートの最新情報を得るのには丁度良いでしょうが……。そこで公私混同するのですか?」
「意識改革がメインだから致し方あるまい」
「あ、あの……うちの教師が……本当に申し訳ありません」
軽口を交わすリガルド様とメロウヘザー様に、何故か頭を下げるアクセン先生という構図となり、私たちはただ唖然と見つめるしかない。
どうやら……私が考えていたよりも、リガルド様はリュート様に甘いようである。
「心配ないヨ。アレは一種のツンデレみたいなものじゃないカナ」
時空神様の言葉を聞き、何となくだが「なるほど……」と納得してしまった。
当主として言葉は厳しいけれども、リュート様を責めているわけでは無い。
全て確認を取っているのだ。
「言葉が厳しくて口調が淡々としているから誤解されがちですが……ただ、リュート様のことが心配だったのですね」
「そういうことじゃ。あとは、話してくれない孫のことを知りたくて、裏で暴走しておったという話であろう」
ああ……やはり、お母様の父親なのだ――という、奇妙な感心を覚えながら、私は呆然としているリュート様と顔を見合わせて同時に吹き出した。
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