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でもさ、それは可哀想だと思うよ?
しおりを挟む後日、詳しい日程を確認するということで話はまとまったのがいいが、キュステやこの店のことを放っておくわけにもいかねーよな。
居心地が良いこの店が、あのどうしようもないヤツに蹂躙されるのは面白くない。
それに、キュステはともかく、シロたちがラビアンローズの男どもにセクハラされても困る。
出されたお茶を一口飲み、自分の考えに没頭するために俺はテーブルに肘を付いた左手で口元を覆った。
ラビアンローズは既にギルドハウスを持っているが、内部で派閥があるようで、マスターのミュリアが現在のギルドハウスを放棄して、この店ともう一箇所をギルドハウスとして活用したいと言えば、サブマスターが反対することはないだろう。
そう、ヤツは反対しないのだ。
そこが厄介だと、改めて感じてしまう。
同じギルドのメンバーであっても、向いている方向がバラバラすぎる。
軽く頭痛を覚えて、それを紛らわせるように近くにあった手触りの良い何かを指に巻き付けた。
その柔らかな感触だけで、少し癒やされた気分になるから不思議だ。
感触を楽しみながらも、考えはまとめていかないとな……
廃課金者であり闘技場と呼ばれるプレイヤー同士が戦うフィールドで、常に名を連ねているラビアンローズのサブマスターは、ギルド内に自分の派閥を持ち、マスターのミュリアのご機嫌伺いにうんざりし始めているという噂だ。
彼女に対しての熱が冷めたのか、それとも、もともと利用するだけ利用するつもりだったのかはわからないが、キュステがいるからこちらに入り浸るだろうミュリアと、その信者は彼にとっていい厄介払いである。
彼が違うギルドハウスにいれば、ギルドで狩りをしたりイベントをする時以外顔を合わせることもない。
そこまでして離れたいと考えるなら、ギルドを辞めればいい話である。
内部崩壊したとしても、人望があれば着いてくるやつだっているだろう。
いまいち何を考えているかわからない人物である。
何分、人だけは多いギルドだ。
情報の集まり方は違うだろう。
俺が持っている情報など自分でかき集めたものに過ぎないし、自らで検証したといっても限界がある。
圧倒的な人数差だ。
サブマスターの彼が、ギルドツリーの情報を持っていてもおかしくないのかもしれない。
だから、ラビアンローズのマスターが初心者のエリアにいた?
勧誘かと思っていたが、もしかしたら……
「あ、考えがまとまった?」
丁度良いタイミングで声をかけてきたアーヤに視線を向けると、ニヤニヤと俺の弱みでも握ったかのような顔をしている。
なんだよ……その表情は。
「お兄ちゃんが考えに没頭している時って、肘をついて口元覆って眉根にシワ寄せて考え込むよねー。んで、右手は何かしら動かしている感じ。学生の頃はよくペンを回してたっけ」
「……ん?」
よく見てるな……と、数回まばたきをして妹の言葉を聞いていたのだが、次の瞬間アーヤは俺の右手を指差した。
「でもさ、それは可哀想だと思うよ?ずーっといじられて、本人が真っ赤になって硬直しているから、そろそろ離してあげたら?」
「は?」
何の話だ?
俺は指摘された方向へ視線をやり、何かとても手触りの良い物に指を絡めていることに気づいた。
天色の長い……髪……?
ま、まさ……か……!
バッと慌てて隣へ視線を向けると、耳まで真っ赤にしてぷるぷる震えているルナの俯いた姿が見える。
マジでヤバイ、やらかした!
「ごめん!手触りが良かったもんでつい!え……っと、痛かったよな、ごめんな」
「い、いいえ!全然痛くなかったです!」
勢いよくこちらを見て首を振る彼女に気遣ってもらえる状態ではない。
こ、これは本当にマズイことをしてしまった。
「本当にごめんな。意図してやったわけじゃないのが一番困るよな。考えに没頭すると、右手が寂しくなるのか、つい……」
「その……あの……えっと……少しでもお役に立てたのなら……よ、良かったです……か、考えは……まとまり……ましたでしょうか……」
真っ赤になり言葉につまりながらも、気にしてない大丈夫だというように振る舞ってくれる健気なルナに感謝しつつ、俺はコクリと頷く。
「ああ、考えはある程度まとまった。ルナの髪の手触りが良かったおかげかもな」
「じゃ、じゃあ、考えをまとめるのに右手が寂しくなったら、いつでも遠慮なく触ってくださいね」
いや……それは……その言い方はどうなんだ?
触ってくださいって……女性がいうセリフじゃないような気がするんだけど……
「ルーナー?そのセリフはお兄ちゃん的にアウトー」
「え、変だった?」
「変だし、言われた方も戸惑うと思うよ?ほら、現にリュート様も固まっちゃったでしょ?」
「まあ、そんな風に言われても、うちの兄が良からぬことをするタイプじゃないのが救いよね」
「そうだね。リュート様だからいいけど、他の人に言ったら駄目だからね?」
「リュート様以外に触れられたくありません」
ムッと唇を突き出して心外だとハルくんに向かって抗議をするルナの言葉は、俺にとっていろいろと心臓に悪い系のダメージが……
いやしかし、良い手触りだったな。
しかも、今後も触ってOKとか、本当にいいのだろうか。
あ、いや、下心ではなく……その……まあ……手触りが良くて、右手が寂しいから……だし、他意はない!断じて無い!
誰に対してなのか心のなかで言い訳をし、じわじわと体温が高くなっていくのを感じながらも、止めることができない。
何故か、ヴォルフとキュステから憐れみの視線を受けるのだけど、こっち見んな。
そっちで話をしてろ。
なにか言いたげな憐れみの視線を向けるキュステの綺麗な顔に苛立ち、テーブルの下にある長い脚を蹴飛ばす。
「痛っ!そ、それはあんまりやわぁ……僕が何した言うん」
「うるせーよ」
アーヤがニヤニヤしているのも癪にさわるが、妹はいつものことなのでスルーだ。
ヴォルフは嫌味などではなく、どちらかというとルナに呆れている感があったので、こっちもセーフ。
しかし、お前は駄目だキュステ。
大人しく蹴られてろ。
「席が近くなくて良かった……いつもだったらアレ、俺がやられてんじゃね?」
「拳くんは一言多いからよ」
ハルくんのお説教と抗議するルナの声に紛れて、怯える拳星と呆れた様子のチルルの声が聞こえてきたが、とりあえず目の前のキュステを蹴りつつ上がった体温を誤魔化し続けるしかなかった。
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