ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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嗅覚が麻痺しているという噂は本当だったのか

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 ルナは結局妹たちに気づくことはなく、ベリリのカッティングを終えてボウルに盛り付けているし、いつの間にか戻ってきていたカフェとラテ、キュステたちはトレイに全て乗せて運んでいる。
 俺が行こうとするとキュステにやんわりと止められてしまうから、実は手持ち無沙汰であったのだが、俺がそばにいるとルナが嬉しそうだからそのままでいろとヴォルフにまで言われる始末であった。
 ったく……マジで困った連中だよな。
 アーヤとチルルに至ってはニヤニヤし遠くから見ているのだが、本当にルナにバレたらどーすんだよ、マジでやめてくれ。
 その点、ヴォルフは無表情だから助かる……のか?
 てか、ハルくんはどうした。
 こういう時に注意してきそうな気がしたのだが、一定の距離を保っているからなのか止める気配すらない。
 いや……アレは何気にロンバウドに止められていないか?
 どうしてアンタまでアーヤの仲間に入ってんのっ!? 
 言いたいことや聞きたいことは山ほどあったが、ルナが笑顔で振り向いて「リュート様はどういった食べ方が好きですか? 」なんて嬉しそうに聞いてくるから、そんな些細なことがどうでもよくなってしまうのは問題だろうか。
 まあ……いいよな。

 最後の具材をトレイに乗せて運べば、庭のバーベキユーコンロの上には、香ばしく焼けた肉や野菜がてんこ盛りで、カフェとラテが尻尾を揺らしながら焼いている。
 興味津々の天馬たちは、庭の隅っこから邪魔にならないように配慮してこちらを見ていた。
 そういえば、アイツラの食事はどうするんだろうか。

「さあ、ジャンジャン食べてやっ! ほら、ルナさんはスキルレベルを上げる絶好の機会やから、遠慮のう焼きまくって!」
「はいっ!」

 焼きますよーっ! と気合を入れたルナは、皿に盛られた肉を次々に焼いていく。
 どうやら料理レベルが上がっていくスピードが早いのか、時折パネル操作をしている様子を見せながらも、ちょっとびっくりした様子を見せていた。
 残念なのは、この焼き肉の醍醐味である匂いが俺たちにはわからないことだ。
 今後のアップデートで変わるらしいが、記憶が保管するのか味には大差がない。
 本来なら鼻に抜ける香りなども加味されて旨いと感じるはずなのに……違和感でしか無いが、キュステたちはいい匂いだと言っているから早くアップデートして欲しいところである。

「こんなに煙が出ているのに匂いがしないなんて変なのー」
「本当よね……」

 アーヤとチルルが皿に盛られた肉を食べながら、美味しい!とは思っているのだが匂いがしない違和感に耐えきれず、そんな感想を漏らした。

「やはり、主神オーディナルの加護を持つ者たちは、嗅覚が麻痺しているという噂は本当だったのか」
「時々スゴイ臭いをさせているのに、平然と歩いている人もいるしね」

 ヴォルフとロンバウドの言葉に、俺達はしばし固まる。
 スゴイ匂いをさせて……?
 もしかして、俺たちも臭う……とか?
 アーヤは珍しく動揺したように、慌てて鼻を鳴らしくんくんと匂いを嗅いでいる。
 そんなことをしても、嗅覚を実装されていない俺たちにはわかんねーぞ。
 周囲がそれぞれの反応をしている中、ピシリと固まって動かないルナを見たヴォルフは、いろいろと察したように「大丈夫だ、ここにいるメンバーからはそんな匂いはしない」とフォローしてくれた。
 だが、そうなると今度はどういう時にすごい臭いをさせていたのか気になってくる。

「ほら、聖都の西の奥に広がる湿地帯があるでしょ? あちらの方に酷く臭う場所があるんだよ。あの沼の泥なんて体につけて帰ってきたら、酷い異臭がして大変なんだよね」

 ロンバウドが説明してくれた場所はまだ行ったことがなかったが、そういうクエストが確かにあったことを思い出す。
 俺たちは遠距離攻撃メンバーに欠けるので除外していたが、沼に生息する植物が種を飛ばして攻撃してくるんじゃなかったっけ?
 このメンバーなら行けるだろうが、異臭をさせてというのは……ちょっと迷惑だよな。

「さすがに面と向かって臭いとは言えんだろうから、街の者たちも苦労しているようだ」
「あー……なんか……すまねぇ。一応、情報を共有するところがあるから書き込んどくわ……拳星」
「任された!」

 肉をたらふく食べているので機嫌のいい拳星は、そう返事をするとすぐさま掲示板に書き込んでいるようであった。
 まあ、攻略掲示板ではないが、小ネタや雑談掲示板にこういう情報が載れば、気をつけてくれる人たちも現れるだろう。
 むしろ、どうして周囲の人達が避けていたか理解して、恥ずかしい思いをするかも知れないが……知らないよりはマシだ。
 アップデートで嗅覚が実装された時に思い知ることになるんだろうしな。

「お兄ちゃん、この肉すっごく美味しいよね! 牛肉っぽいけどこう……脂身が甘いっていうかなんていうか!」
「そうだな。上品でしつこくない脂身だな。肉も柔らかいし言うことなしだ」
「料理人の腕が良いからだろう」

 ヴォルフがそういうと、ルナとカフェとラテが嬉しそうに手をぱちんっとハイタッチのように叩き合わせる。
 ロンバウドも意外だなとでも言いたげに肉を咀嚼し、上質だねぇと満足げだ。

「お肉もうまうまなの」
「そうだね。ほら、タレで口周りがべったりになっているよ」

 拭くもの拭くもの……と、ハルくんがチェリシュを抱っこしたまま慌てたように周囲を探しているので、俺は二人に歩み寄りチェリシュの口周りを綺麗にしてやった。

「ありがとうございます」
「ありがとうなのっ」
「ほら、ハルくんも食べな。チェリシュは俺が見ているから」
「でも……」
「俺はけっこう食べたからな」

 ほらと食べ終えた皿の山を見せて笑うと、ハルくんは苦笑して頷き、肉と野菜を盛った皿をアーヤから受け取って食べはじめる。
 チェリシュはもくもくと、その小さな体のどこに入るのかと聞きたくなるくらいの量を食べていた。
 すげーな……

「チェリシュ、焼きジャガも食べるか?」
「あいっ!」

 ルナも食べているのか気になって見ていると、焼くことに夢中になっているようで、全く手をつけて……いや、世話焼きヴォルフ兄さんが居たわ。
 焼けた肉や野菜を皿に盛るついでに、別の皿に取り分けているルナの分だと思われる肉や野菜を彼女の口にも運んでいる。
 パクリと食べて美味しいですねぇと笑ってから、また肉を焼くのに集中しているようだ。
 マジお前、兄貴だろ。
 ハルくんは今の兄だけど、ヴォルフは前世か何かで兄だったと言われても頷くレベルでスゴイ。
 俺がやろうとしたら、首を必死に振り遠慮して食ってくれなかったんだよな……
 反対に山盛りの焼き肉と野菜の皿を渡されたので大人しく食べていたのだが、正直に言えば残念である。
 まあ、今は手のかかるチェリシュの面倒を大人しく見ておこう。

「さて、デザートは少し後にして、先にこっちをやっちゃおうか。俺はもう少ししたら一度、戻らなくちゃいけないからね」

 みんなが食事を堪能し、ある程度お腹も満たされた頃、ロンバウドが空いたテーブルの上に持ってきた宝箱を見て自然と全員が集まった。
 そこで、俺とヴォルフは視線を合わせ、頷き合う。

「あのさ……1つ言いづらいんだけど……こういうのもゲットしてきちまったんだよな」

 アイテムボックスから出した宝箱を、ロンバウドが持ってきてくれた宝箱の隣に並べる。
 同じようなデザインで、同じような大きさ。
 違うのは、宝珠の色だけである。

「これも?」
「アンピプテラから落ちた宝箱で、やっぱり開閉ができなかったんだ」
「なるほど……変異種からも出るわけか」

 そう言ってロンバウドは興味深そうに2つの宝箱を眺めたあと、ヴォルフの方を見た。

「魔力は大丈夫かい?」
「問題ありません」
「じゃあ、こっちから開けようか」

 俺たちが新たに持ってきたほうを先に開封するようで、ロンバウドとヴォルフが揃い宝箱の宝珠に触れる。
 流れていく魔力に反応してか宝箱の宝珠が色を変え、続いて音声が聞こえてきた。

『認証者氏名と魔力パターンを照合します。氏名を登録してください』
「黒の騎士団参謀ロンバウド・ラングレイ」
「白の騎士団ヴォルフ・クルトヘイム」

 二人が名乗りを上げ、宝珠が黄金に輝き『照合完了。本人に間違いはありません。開封します』という言葉と共に、宝珠が消失してしまう。
 え……なに、マジですごい仕掛けなんだが……こんな宝箱があったのか。
 ベータテストでも話題に上がらなかったんだけど、どういう仕組で……

「お兄ちゃん、考え込んでいるのは良いけどさ。代表して開けてよね。せっかく二人が解除してくれたんだからー、ぼやぼやしてないでー」

 待ちきれない様子のアーヤに急かされ、俺は宝箱の蓋に手をかける。
 全員が固唾を呑んで見守る中、俺はゆっくりと蓋を開いた。
 
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