ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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ここでは、フラップ

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 母が何の職業についたのかは知らないが、何かやってみたかった職業があったらしく、説明する必要もなかったし、多少のトラブルはあったが、予定よりも早くログインが出来る状態になったことを智哉へ連絡する。
 すると、すぐにログインするという返答が来た。
 あの状態でログアウトしたために、気が気ではなかったのだろう。
 初心者の村から動かないように母に伝えると、「わかった。一歩も動かない」というので、この慎重さを綾音にも学んでほしかったと小さく嘆息してしまったのは仕方がないことだろう。
 とりあえず、全員がログインの態勢に入り、俺も部屋から一つ昔の型である『Virtual Spirit』を持ってきて母に渡すと、使い方を軽く説明して、ちゃんと接続ができたことを確認する。
 起動音は聞こえるし、ランプもしっかり点灯しているので大丈夫だ。
 一つ前の型だから、処理速度は落ちるかもしれない。
 ゲームが気に入って続けるようなら、新しく購入したほうが良さそうである。
 結月ちゃんの隣に腰を下ろしてデバイスを装着すると、慣れた手付きで起動し、ロード・オブ・ファンタジアに接続した。

 一瞬、全ての世界から切り離されているような、全く何も感じない状態になったあと、ゆっくりと感覚が戻ってくる。
 背中に感じる柔らかなベッドの感触。
 家の空気とは明らかに違う、何とも言えない独特の雰囲気。
 ふぅ……と息をついて目を開くと、何故か俺をジーッと見つめるルナと目が合った。
 蜂蜜のように濃厚な黄金色の瞳が綺麗だな……なんて考えていたら、どこからともなく咳払いが聞こえ、慌てて周囲を見渡すと、部屋に全員が勢揃いしているという状況に驚き、ベッドから飛び起きた。
 アーヤと拳星とチルルがニヤニヤ笑っているのは華麗にスルーだ。
 ハルくんの意味深な笑みのほうが怖い。
 い、いや、何もしてねーからなっ!?

「な……ど、どうした?」
「お母さんを迎えに行くんでしょー? 下手に単独行動していると大変そうだからー」

 確かにアーヤの言う通りだ。
 初心者エリアから母を連れてくるだけなら、俺がやろうかと思っていたのだが、ルナたちもチュートリアルを終わらせてはいない。
 その辺りもどうするかなぁとぼやくと、チルルが驚きの声を上げる。

「え……まだ終わってなかったのっ!?」
「どっかの誰かが暴走しやがったからな……」

 あー……と声を出し、納得した様子の拳星に鋭い視線を向けたアーヤは、足を踏んでやろうとしているようで、狭い部屋での追いかけっこが始まってしまった。

「お前ら、いい加減に……って、あぶなっ!」

 拳星がルナにぶつかり、体勢を崩してしまいこちらへ飛び込んでくるように倒れるので、何とか抱きかかえたのは良いが、ベッドの上に再び仰向けになって倒れてしまう。
 場所を考えて暴れてくれ……
 本当に、お前らはっ!
 一言文句を言ってやろうとアーヤたちを睨みつけると、何やらニヤニヤとした笑みを浮かべた表情が見えてしまい、同時に嫌な予感が頭をよぎる。

「ベッドの上で抱き合っているなんて、大胆ねーっ」
「あーやーねー」
「ヤダなぁ、ここではアーヤだってばぁ」

 楽しそうに笑いながらも、とっさに距離を取るところは、さすがは我が妹という感じだ。
 問答無用で蹴り飛ばしてやろうと思ったのだが、あの位置では届かない。

「あ、あの……も、もう……大丈夫……です」

 ん? 何が?
 疑問符を頭に浮かべながら腕の中の彼女を見ると、真っ赤になってこちらを見上げていた。
 どこに手をついたらいいのかわからず、身を固くして戸惑っている彼女は耳まで赤く染まっている。
 そ、そうか、俺が抱きしめているから抜け出せないのかっ!
 こ、これ……マズイっ!

「もー、ウチのギルドマスターに迷惑をかけちゃダメでしょ? すみません、リュート様」

 そう言って、ルナの体を抱えるようにして支えて立たせてくれたのはハルくんだった。
 マジで助かった……
 あのままだと、俺も真っ赤になって硬直するところだ。

「ありがとう、ハルくん」
「いえいえ、こちらこそ妹がすみません」

 ニッコリと笑ってくれているので、ホッとしたのは言うまでもない。
 本来なら、怒られそうな状況である。

「拳くんもゴメンナサイは? 女の子にぶつかったんだから……」
「あ、はいっ、すみませんっ! ごめんなさいっ」

 チルルに言われてハッとした拳星は、慌ててルナに頭を下げて謝罪をしているが、ハルくんに問答無用とでも言うかのように、手に持っていた杖で頭を軽く殴られていた。
 突起物が多い杖だったので、かなり痛かったのだろうか、拳星は頭を押さえて呻いている。
 自業自得だ。

「ねーねー、お母さんが待っているから行こうよー!」
「お前も反省しろ」

 コツンと頭をゲンコツで軽く叩くと、痛いと文句を言っていたが、すぐにルナに抱きついて「ごめんねぇ、あのバカが」と反省しているのかいないのか、かなり微妙な謝罪をしていた。

「とりあえず、おふくろは俺が連れてくるわ。みんなは、店で待機。キュステから情報を聞いてから、本日の予定を決めよう」
「それが良いと思う。きっとお店も大変だったはずだし……」

 チルルが賛同の声を上げ、全員が頷くのを見届けてから、俺はギルドハウス内にあるエリア移動用のポータルを使って、初心者エリアへ移動して周囲を見渡す。
 初心者の村は普段あまり人がいないはずだが、遠くに色々なパーティーが活動している様子が窺えた。
 目を凝らしてみると、言い合いをしている様子も見受けられ、何やら不穏な雰囲気が漂っている。
 むしろ、どこかで見たことがあるような連中が、初心者エリアにこぞって出張してきて、根こそぎモンスターを狩っているのだ。
 これって……ギルドハウスの宝珠狙いか?
 俺たちが初心者エリアにいたことが、情報として出回ったのだろう。
 そこで、このお祭り騒ぎである。
 初心者にはいい迷惑だ。

 バレない内に退散しようと辺りを見渡し、キャラクターネームを検索していく。
 名前は確か、フラップ……だったか?
 音羽という名前をひっくり返し、羽音にして、そこから連想されたひらひらするイメージから名前を取ったようだ。
 最初は自分の本名を登録しようとしていて、かなり焦ったが、自分の名前にちなんだ物にしてくれたようでホッとした。
 呼ばれても気づかないかもしれないと言うことだったが、すぐに慣れるから大丈夫だと説得をするのに時間はかかったが、初心者ならではの心配だと理解していたので、根気よく説明して良かった。
 むしろ、個人情報がゲームの世界を我が物顔で闊歩している方が怖いわっ!

 人は多いが、初心者らしいキャラクターはとても少ない。
 それらしい人影を探していた俺の手を、誰かがぎゅっと握る。
 ギョッとして声が出そうになったのだが、恐る恐る握られている左手を見つめた。
 小さな手が俺の手を必死に掴んでいる。

「おふくろ?」
「ここでは、フラップ」
「あ、ああ……そうだな。え、えっと……なんで、フォルクス族なんだ?」
「やりたかった職業ボーナスがついていた」
「あー……やりたい職業って、生産系だったのか」
「うん。ルナちゃん、楽しそうに話していたから、やってみたい」

 どうやら、ルナが楽しそうに料理の話をしていたので、自分も生産職をやりたくなったようだ。
 生産系のボーナスがついている種族は、主にドワーフと小動物系獣人族である。
 成功率UPのボーナスがついているため、効率重視の人たちは、それぞれ適した種族を選択していた。

 しかし……どこからどう見ても幼女……いや少女か? 絶妙なラインである。
 大きな白く尖った耳、切りそろえられたミルク色の前髪の下にある真っ赤な瞳はルビーのように輝き、動くと柔らかそうに揺れる長い髪は後ろにゆるく結われていた。
 自分の母親だと考えると複雑ではあるが、客観的に見るとミステリアスな雰囲気を漂わせる美少女である。
 真っ白なふさふさな九本の尻尾がゆらゆら揺れているところを見ると、上機嫌なのだろう。
 やれやれ……

「とりあえず、移動したいんだけど良いかな。此処は今ヤバイんだ」
「うん。あまりいい感じがしないからお願い」
「こっちのポータルで移動しよう。目的地は聖都な」

 こういう時に、おふくろは冷静に聞いてくれるから助かる。
 何故この母から、アーヤのような娘が生まれてきたのか不思議になってしまう。
 初心者エリアでいきなり暴れていなくて良かったと、心底思ってしまった。

 さほど苦労することも無く聖都へ移動し、店の方へ歩きだすと「やあ」と声をかけられて振り返ると、見知った男が立っていた。

「今から店に行くのかい?」
「あ、はい。黒騎士の参謀さんも?」

 一応、外であるから丁寧な言葉づかいで会話をする選択をしたのだが、それが気に入らなかったのだろうか、彼の眉がピクリと跳ねる。
 え、いや、外だからな?
 人の目もあるからさっ!

「いつもみたいに名前で呼んで欲しいな。それとも、俺の名前を忘れちゃった?」
「いえ、世話になったロンバウドさんの名前を、忘れるワケないじゃないですか」
「君だったら『さん』もいらないのに」
「いえ、一応……黒の騎士団の方ですから……」
「巷で高名なアルベニーリ騎士団のギルドマスターに敬称をつけて呼ばれるなんて、こちらが恐縮してしまうよ」

 やーめーてーくーれー

 俺の表情から考えていることがわかったのか、楽しそうに笑うロンバウドを恨めしげに見ていると、手をつないだままであったフラップがペコリと頭を下げる。

「いつも息子がお世話になっております」
「……え?」

 あー……やりやがった……
 ロンバウドのポカーンとした表情に、俺は何も言えなくなり、途方に暮れて空いている右手で目元を覆い天を仰いだ。
 うちの母が少々天然な行動をするということを失念していた自らを、このときばかりは恨むしかなかった。

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