ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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災いの象徴

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 これ……どうやって説明したらいいんだ?

「オーディナルの加護を持つ物が、借り物の姿を使い、この世界へ訪れているという話は本当だったのだな」

 奇妙な沈黙が落ちる中、この状況をなんとかしようと言葉を探している俺の耳に、低く通る声が届いた。

「テオドール……」

 こちらの世界では、そういう認識なのだと知り、なるほどな……と納得してしまう。
 公式の設定での冒険者は、創造神オーディナルから加護を与えられた腕に覚えのある者たちである。
 自分たちで作ったアバターを『借り物の肉体』として考えるとするなら、なんらおかしい話では無い。
 つまり、これが公式の設定なのだろう。
 しかも、その設定はごく一部の者しか知らないということだ。
 まあ、俺たちでさえ知らなかったのだから、仕方が無いといえるだろう。
 とりあえず、みんなにもコレは報告して情報共有しておかないとな……
 この世界の住人と交わり生活をするのなら、必要な情報だ。

「お初にお目にかかる。黒の騎士団を統括するラングレイ家の次期当主である、テオドールと申します。世話になっているのはこちらの方なので、今後もどうぞよろしくお願いしたい」
「ご丁寧に、ありがとうございます。息子の力が役に立っているのなら良かった……ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私は、リュートの母で、フラップと申します」
「彼はとても良い人物です。その彼を育ててくださったフラップ殿には感謝しかありません」
「そう言っていただけるだけで、とても嬉しいです。でも、育ててくれたのは私の父と母で……私は働いて稼ぐことしか出来なかった、未熟な母親で……」

 テオドールと挨拶をしていた母の言葉に、俺は慌てる。
 いや、それはねーよ!

「おふくろが稼いできてくれたから、俺達は学びたいことを学べた。今の俺達があるのは、おふくろのおかげだよ」
「……そ、そう……か」

 珍しくふにゃりと笑うおふくろに、コレは困ったと溜め息をつく。
 ゲームの中だからなのか、やけに素直な言葉を聞かせてくれる。
 いつもなら、こういうことは言わないで黙ってしまうタイプだったが……もしかしたら、おふくろにとって、こういう場所は良い効果があるかもしれない。
 日常にとらわれず、素直になれる場所……
 連れてきて良かった───そう、心から思えたのである。
 普段はクールだが、時々盛大にボケを披露してくれる母ではあるが、この際、大目に見ようと考えた。

 俺たちの様子を微笑ましそうに見ていたテオドールとロンバウドは、ピクリと反応したかと思ったら、同時にある方向を見つめて眉をひそめる。
 なんだ?

 しかし、俺が問う……いや、二人が何かを言う前に、聞き覚えのある声が飛んできた。

「ここで立ち話している暇はあらへんで。はよ店に行かんと、ヤバイ奴が追ってきてるんやわっ」

 え?
 キュステが走ってきたのは驚いたが、「ヤバイ奴」という単語に嫌な予感しかしない。
 そうだった……俺、今……かなりヤバイ状況にいたんだ……
 追いかけてきている相手が誰か確かめようとキュステの方へ向き直った瞬間、俺の視界に、人混みの向こうでふわりと揺れるパステルピンクの髪が映り込む。

 やべぇっ!

 全身の血の気が引き、心のなかで叫ぶと同時に問答無用で母を抱き上げ、無言で顔を見合わせて頷き合うと一目散に走り出した。
 オロオロと驚いた様子で必死にしがみついてくる母には申し訳ないが、アレに捕まるなんてとんでもない事態だけは、なんとしても回避しなければならない。
 俺たちが本気で走る速度に、あの頭の中がお花畑───いや、歩く人災のミュリアが追いつけるはずもなく、店の扉を開くために腕を伸ばしたのだが、それよりも早く、扉が開いたので勢いのままに駆け込んだ。
 全員が駆け込んだのを確認して扉をキッチリと閉じた背の高い男は、此方を見ながら抑揚のない声で呟く。

「騒がしいヤツだな」
「……なんだ。ヴォルフも来ていたのか」
「今日は非番だ。食事はなるべく此方で食べるようにしている」
「常連さんやもんねぇ」

 それだけ言うと、ヴォルフはカウンター席に戻り、タイミングよく料理を持って出てきたルナが此方を見て目をパチクリさせていた。

「あ、リュート様、お帰りなさいませ! ヴォルフ様、ソースは二種類ございますが……」
「両方いただこう」
「はいっ!」

 どうやら、ヴォルフに昼飯を作っている最中のようだ。
 本当に幸せそうに料理を作っているよな……
 そう考えていると、ヴォルフがチラリと此方を見てから奥の方を指差す。

「お前の仲間は、あちらにいる。急いでいた理由はアレか。なるほど……捕まらずに済んで良かったな」

 指差す方向とは違い、俺の背後を見ているヴォルフの視線をたどっていくと、大きなガラス越しに外が見え、店の壁と柵の隙間からパステルピンクの髪が見えた。

「うげっ……チラチラ見えているだけでも精神的にヤバイ。あの人災なんとかなんねーのかっ!?」
「そろそろ、聖都への出入りを禁止される可能性が高いな」
「マジで?」
「先日の一件もあり、要注意ギルドリストのトップに躍り出たようだ」

 それは俺たちにとっての朗報だが、次の活動拠点にされる街や村にとっては悲報でしか無い。
 あのギルドを、諸手を挙げて迎え入れるところがあるとも思えないからだ。
 絶対に、行く先々で問題を起こすに違いない。
 本当に歩く人災だよな……

 ゆらりゆらり揺れて見えるパステルピンクの髪が、そのうち『災いの象徴』だと言われるのでは無いかと感じながら、引きつる顔をそのままに、ヴォルフと並んで溜め息をつくのであった。

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