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伝手があるのだから、活用しない手はない
しおりを挟むテオドールとロンバウドは食事をするようなので、とりあえず母を連れて皆がいる個室へ向かった。
この店に個室なんてあったのか……
通路を歩いて行き、部屋の中に入ると、いつもの面々が中央に置かれているテーブル席に腰をかけ、それぞれ食事を頼んで飲んだり食べたりしていたようだ。
いや、お前ら……リアルでも食ってきたところだろ?
おふくろと面識がある拳星がペコリと頭を下げて挨拶をした横で、チルルは丁寧な挨拶をしてくれた。
礼儀正しい人たちとインプットされたのか、母はにこりと笑うのだが、それが愛らしかったためだろう。
アーヤとチルルがおふくろをぎゅーっと抱きしめる。
「ヤダ、すごく可愛いっ!」
「お母さん可愛いっ! ねーねー、職業は結局何にしたのっ!?」
「ルナちゃんを参考にして、生産職をメインにした。【醸造家】という生産職」
珍しい……
正直に言うと、調薬師や料理人や鍛冶師などの人気のある職とは違い、あまりパッとしたものがない醸造家は、生産職でも一番不人気とされている。
飲み物である酒関連に強いこだわりを持っている者が、サブで選ぶと聞いたことはあるが、メイン職業に選ぶ人は稀だ。
「ねえ、お兄ちゃん。醸造家って何ができるのー?」
「主にステータス付与などの効果がある飲料や酒、調味料関連の作成だな」
「ポーションは?」
「それは調薬師の仕事だ。醸造家が作るドリンクは、その辺で売っている物よりも良い効果を得られる可能性はあるが……あまり情報がない職業でもある」
確かに聞いたこと無いよなと、拳星やチルルも頷く。
だが、やってみたいと思って選んだ職業だから、出来るだけのフォローはしたいところだ。
「ダメ……だった?」
「いや、おふくろ……フラップがやりたいんだろ? 別に良いじゃん。ゲームは楽しまなきゃ損だ」
「ん……わかった」
ふにゃりと笑う母は本当に嬉しそうで、心から良かったと思えた。
まあ、情報が無いのなら、手探りで探していけば良い。
さっきも言ったように、ゲームは楽しんだもん勝ちだ。
楽しみ方は千差万別。
どこぞの歩く災厄のように、他人へ迷惑をかけていないのなら、全く問題は無い。
「お母さん、サブは何にしたのー?」
「精霊使い……二次職でやってみたいのがあった」
「精霊使いの二次職っていったら、エレメンタリストか召喚術師だろ? どっち?」
「どっちも。だから、迷ってる」
「まあ、今は迷っていてもいいさ。その内、決めれば良いだろうし」
「お兄ちゃん、その職業ってどこがどう違うの?」
コイツは自分の職業以外に興味が無いのか?
いや、自分で調べるのが面倒だから、聞いた方が早いって感じだな。
全くもって、面倒なことばかり……
まあ、おふくろに説明するのにも丁度いいか。
「エレメンタリストは精霊、召喚術師は従魔と一緒に戦うジョブだな。三次職になれば、召喚できる数も増えるが、二次職だと一体が限界だったはずだ」
「へぇ、それも面白そうだねー」
「確か、エレメンタリストは、火、水、風、土の、いずれかを選択するんですよね?」
さすがハルくん。
アーヤと同じ初心者とは思えない情報量である。
これは、本当に職業を下調べして決めてきたんだなと感じた。
「その通り。火は力、水は精神、土は防御、風は素早さをアップさせる効果を持つ。召喚獣は完全ランダム召喚だと聞いた。属性やステータスも決められていないから、これでリセマラする人が居ると……」
「どんだけ時間をかける気なんだよ……ガチ勢過ぎるだろ」
拳星の言葉に、ハルくんとチルルが苦笑を浮かべる。
俺も同意見なので、似たような表情をしていることだろう。
「リセマラ?」
聞いたことが無い単語に、母が首を傾げるので、わかりやすく説明をいれる。
リセマラはリセットマラソンの意味で、お目当ての物がゲットできるまで、インストールとアンインストールを繰り返す行為が長時間にわたることから、そう呼ばれていた。
「ネット用語は疎い」
「まあ、しょうがねーよな。でも、まずはどの職業もチュートリアルをクリアしねーと……って、そういえば、二人もまだだよな」
「ルナも……ですね」
今後の予定は、まずチュートリアルのクリアを目指し、続いて各メイン職に与えられるお使いクエストだ。
見事にバラバラだから、個人個人でやってもらわなければならない。
そう考えていたとき、遠くから何やら音が聞こえてきたかと思えば、コンコンコンッとドアがノックされて、返事を待たずにルナがひょっこり顔を出す。
「ん? どうした?」
「あの、気になることを聞いたので、ヴォルフ様も同席してよろしいでしょうか」
「ああ。もちろ……ん?」
どうやら食事中であった彼は、ルナに腕を引っ張られてここまで無理矢理連れてこられたようで、片手に料理が盛られた皿、口にはフォーク……って、あぶねーなっ!
まあ、そうだよな。
ルナが片腕を引っ張ってきたわけだから、昼食を確保できただけでも御の字か。
すまねーな、ヴォルフ。
空いている席に皿を置いて、口にくわえていたフォークを手に持ってから、ルナの方をジロリと見つめる。
「あのな……」
「す、すみませんっ、い、急いでいたもので……だ、だって……あんな話を聞いたら、急がないとって……思いません?」
「わからなくもないが、余裕を持って移動させてくれ」
「すみません」
しゅんっとしてしまったルナに、お説教モードのヴォルフ。
なんだか、この二人の兄妹感が強くなってねーか?
責任感のある寡黙な兄と、天然の入った手のかかる妹って感じがして、見ているだけで微笑ましいっていうか、笑いを誘うような会話が多くなっているような気がする。
「ところで、あんな話って?」
チルルの問いかけに、二人はハッとした顔をして全員を見渡してから視線だけをあわせて、どちらが話をするか決めているようだ。
小さな溜め息と共にヴォルフが折れたのだろう、席に着いた彼はおもむろに口を開く。
「どうやら、ラビアンローズの者たちがアイリオ村を見張っているらしい」
「……は?」
コレには、お袋以外のメンバーが思わず顔を引きつらせてしまう。
初心者がチュートリアルを受ける村を見張っているとか、マジかよ……
「お前たちと接触する手段を断たれた為、どうにか捕まえようとしているようだ」
「ギルドの宝珠に関する情報が欲しいのか」
「それ以外には考えつかん。情報を開示しても良いだろうが、それにより神々に迷惑がかかっても困る。我々、白の騎士団や黒の騎士団ならば問題ないだろうが……」
「いや、それでも迷惑がかかるだろ?」
「我々は、そういう事にも慣れている。むしろ、統率が取れた組織だから問題は無い」
この間に、何故騒ぐのか理由がわかっていないおふくろに、ハルくんが簡単な説明をしてくれている。
本当に助かるよ。
「しかし、困ったな。そうなると、みんなのチュートリアルが進まない……」
「ちゅーとりある?」
「あー、えーと……初歩的な物を教えてくれるところっていうか……」
「冒険の初歩を教えるなら、白か黒の騎士団でもやっているな」
ヴォルフの何気ない言葉に、俺たちはポカーンとしてしまう。
え、えっと……マジで?
「お前たち冒険者は知らないだろうが、黒の騎士団は本格的なところまで教えてくれるし、魔物の知識も得られるだろう。伝手があるのだから、活用しない手はない」
基礎的な知識で良いなら、白の騎士団で今からでも予定を取れるが? と、ヴォルフが何でも無いことのように言うから驚きだ。
「で、でも……手続きとかあるんだろ?」
「私が教えるから問題は無い。資格も持っている」
本日、ヴォルフの言葉に何度驚けば良いのだろうか。
えっと、お前って……最高かよっ!
一も二も無くヴォルフに教えを請うが、何故かマジマジとルナを見て……「ちょっと大変そうだが、引き受けよう」と快諾してくれたのは有り難い。
ただ、ルナが唇を尖らせてジトリとヴォルフを睨み付けている様子に、全員が笑いをかみ殺すのに大変だったのは言うまでも無かった。
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