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打てば響く会話(コンラッド視点)
しおりを挟む最近、兄の様子がおかしい。
学園の寮にいるとは言え、休日になれば家に帰る事が多いので屋敷の変化に気づけるほど顔を出している。
休日には開けた庭で訓練をしているはずの兄ヴォルフに手合わせをお願いしようとしていたのだが、今朝は早くから出かけていると聞いた。
しかも、ここ最近はずっとそうなのだという。
朝食も取らずに出て行くから家の者は心配していたが、父は何も言わない。
むしろ、好きにさせたほうが良いと言うのだと聞いた。
兄らしくない……
兄は、もっと自由な方だったはず。
マイペースで、誰かにペースを乱されることを良しとはしない。
それは、幼なじみの全員が知っていることで、極力ペースを乱すような誘いなども遠慮しているフシがある。
無表情で考えていることがわかりづらいところもあるし、長年一緒にいても理解出来ていない。
喜怒哀楽が全く表情に出てこない兄と対等に話せるのは、レオ様とシモン様くらいである。
特に、このお二人は兄に何と思われても気にしていないから言えるというだけで、兄の感情を把握出来ているわけではない。
イーダリア様とトリス様も、何となくわかるというだけだ。
かくいう、弟の私や父も、兄の感情の変化を正確には把握出来ていなかった。
いつも平坦な感情、動かないのは表情だけでは無く感情もそうなのだろうと噂されているが、あながち間違いでは無いと思っている。
しかし、そのためなのか誰にでも平等で、権力や力に屈しない強い心を持っていた。
私の自慢の兄である。
そんな兄と本日は待ち合わせをしていた。
学園のテラス、昼食というには遅すぎる時間ではあるが、過ごしやすくて卒業生もよく顔を見せる場所であるから、問題も無いだろう。
そして、どこから情報が漏れたのか、幼なじみのマリアベルだけではなく、彼女の姉のイーダリア様やトリス様、レオ様とシモン様も同席するという……どうしてこうなった? という状況に頭を抱え、兄が不機嫌にならないことを祈り、痛む胃を抱えてその時を待っていたのである。
「なんだか……勢揃いだな」
兄の声に振り向くと、いつもの兄……というには、何か違う……言葉にするのは難しいが……な、なんだろうか、こう……こざっぱりしている? 兄がいた。
どことなくオシャレになったかも?
鎧は白の騎士団が身につけるものだが、持っている小物や着ている物や髪型などが……少し違う気がする。
それは全員が感じていたのか、ポカーンと兄を見つめて言葉も出てこない。
「お昼は食べてこられたのですか?」
「いや、昼前に軽く食べてだけで、此方の用事が終わってから取る予定だ」
「まあ、そうなのですか」
ニコニコと笑いながらマリアベルが何事も無く話しているが、もしかして……知っていた……のか?
「あ、兄上、ご足労いただき、誠に申し訳ございません。学園外に持ち出すことが出来ない書類でしたので……」
「いや、父は忙しいために私が来ることになってしまったが……」
「いいえ! こちらこそ、申し訳ございません! 兄上にお願いして欲しいと無理を言いました」
「そうだったのか」
感情のこもらない平坦な声は変わらず、同席している幼なじみに動じる事も無く、軽い挨拶を交わして席に着き、私が差し出した書類を手に取り、次々に目を通していく。
召喚術師科に通う幼なじみたちとは違い、一足先に卒業して忙しくしている兄への質問を受け流しながらパラリと何枚目かの書類をめくったところで、一旦手を止める。
何か気になる記入事項でもあっただろうか……みんなが息を詰めて成り行きを見守っていると、兄の視線がスッと動く。
書類ではなく遠くへ向けられた視線が左右へ動くのを訝しみ、全員がそちらを見るのだが、その視線の先に居た人物に首を傾げてしまう。
……女性の冒険者?
オーディナル神の加護を持つ異世界の来訪者たちをそう呼ぶのだが、彼らにはあまり良い印象は無い。
魔物討伐を率先してしてくれるのはありがたいのだが、素行が良くないし、此方を人とも思わない態度を取る者さえ居る。
ギルド抗争で被害を受けたという話も聞くし、野蛮な人たちで良識が無いというイメージが強い。
特に、父と兄が責任者として統率を取っている白の騎士団は冒険者と密接な関わりを持つ。
もしかして、警戒しているのか?
見た目は可憐な少女のようにしか見えないが、兄に警戒されるくらい悪事を働いているのかもしれない。
そう考えている私の隣にいた兄は無言で立ち上がり、その少女へ向かって歩き出したのだ。
こ……これは、マズイかもしれない。
兄の幼なじみである方々と顔を見合わせて止めようかと相談している中、何故かマリアベルだけニヤニヤしていることが気になったけれども、次の瞬間に聞こえた小さな悲鳴に驚き、慌てて視線を其方へ向ける。
するとそこには、何かに躓き体のバランスを見事に崩して宙に浮いた少女の体があったのだ。
えっ!? そ、そこで転ぶのっ!?
思わず声が出そうになったが、それより早くに駆けつけた兄が彼女を支えたのである。
まるで、彼女が転ぶとわかっていたかのような動きで……私たちは全員が言葉を失ってしまう。
支えられた彼女は支えた兄を見て驚いた表情をして瞬きをしたあと、ふわりと笑って礼を言っていたかと思ったら、ムッとした表情を見せて兄の腕をペチペチと叩く。
え、えっと……え?
そして、それよりも驚いたのは――えっと……嘘でしょ? 兄が……笑った!?
叩かれたままで居るのかと思いきや、彼女は足を痛めたのか動けず、その体を軽々抱き上げた兄が此方へ向かって歩いてくる。
呆然としている私たちに気づいた彼女は真っ赤になって下ろすように懇願しているのだが、兄は聞く耳を持たずに歩みを進めた。
「ここに座れ」
「い、いえ……あの……その……ご友人が沢山いらっしゃる中に……お邪魔するほどのことでも……」
「これはまた酷く捻ったものだな」
「こ、これも、自分で……」
「黙っていろ」
椅子に座らせて跪き細い足首を確認していた兄の手から淡い輝きが放たれる。
癒やしの魔法ではあるが、兄が使うのは珍しい。
兄は常に魔力を放出しているようなスキルを持つために、普段から必要以上の魔法を使うことを嫌う。
それなのに……珍しいな。
「あ、あの……いきなりお邪魔してすみません」
「い、いいえ……あの……ヴォルフとはお知り合いで?」
いち早く我に返ったらしいシモン様が、彼女に応対する。
さすがは、宰相の称号を持つ方だ……その冷静さが羨ましい。
「はい。いつもお世話になっております。私はアルベニーリ騎士団のルナティエラと申します」
アルベニーリ騎士団って……確か、ここ最近話題に上がることが多いギルドではないか?
神々の加護を受けたばかりではなく創世神ルミナスラ様の加護も与えられたという、とんでもないギルドだ。
そのギルドを取り仕切る男が、黒の騎士団のテオドール様とロンバウド様に気に入られているという話も聞く。
良い意味でも悪い意味でも、この聖都で今一番注目されている者たちだ。
「今日はリュートが一緒では無いのだな」
「リュート様はお仕事の電話が……あ、えっと、連絡が入って、元の世界に一度戻ってしまったので……」
「春の女神様は?」
「リュート様のそばで、お昼寝中です」
「それで一人だったのか」
「は、はい。皆は転職クエスト中で、私に出来る生産クエストを受けて、配達の途中なのです」
「配達……な。その割には行ったり来たり、同じ場所をグルグルしていたようだが?」
「み、見ていたのですかっ!?」
「たまたま視界に入っただけだ」
「絶対に、私の様子を見て笑っていたのでしょう……」
「知らんな」
「ぜーったいに笑っていましたねっ!? 嘘をついてもわかるんですからね? ヴォルフ様はそういうところがわかりやすいのですから!」
「あまり言われないのだがな」
「すぐにからかうところは直した方が良いですよ?」
「貴女は面白いから、つい……な」
「人をオモチャか何かと勘違いしておりませんか?」
治療をしながら軽口を叩く兄と、無表情で無感情のように感じる兄の言葉や声に動じること無く、私たちでも理解することが出来ない兄の感情を言い当てていく彼女……
この方は……どうしてそんなに兄のことがわかるのだろう。
「どこへ行く予定だ」
「学園長のお部屋です」
「ああ、あそこは少し入り組んでいる。案内をしてやろう」
「……報酬は何が良いでしょう」
「白の騎士団である私に、報酬など必要ない」
「とはおっしゃいますが、お腹は空いていませんか? お昼時に来ていらっしゃいませんでしたもの。それとも、ここで食べて行かれるのですか?」
「いや、用事を終わらせたらそちらへ顔を出す予定だった」
「ランチタイムが終わってしまいますよ?」
「……仕方があるまい」
「ふふっ……では、私が持っているハンバーガーセットで手を打ってください」
「チーズでは無いのか」
「お待ちください。チーズを追加しますから! あ、こ、ここは持ち込みOKですか?」
「問題無い」
「それは良かったです」
打てば響く会話というのは、こういうものだろうか。
というか……私の兄は、こんなに饒舌だったか?
むしろ、どうしてこんなに表情が動かない兄に動じること無く話をすることが出来るのだろう。
幼なじみたちは慣れているから平気だが、彼女はそれほど長い付き合いだと思えない。
「よし、足を動かしてみてくれ。痛みはあるか?」
「いえ、痛みが引きました。ありがとうございます。お礼もかねて、チーズハンバーガーセットをどうぞお召し上がりください」
「貴女は食べないのか?」
「では、皆様とクッキーをいただきますね」
そういって、彼女はテーブルの上に色とりどりのクッキーを沢山出してくれた。
良いのだろうか……いや、それよりも呆然としていて自己紹介がまだだったなと思い出し、慌てて挨拶をする。
一通り自己紹介が終わってわかったことなのだが、どうやらマリアベルとは知り合いのようで、とても会話が弾んでいた。
女性同士の会話に入るのも躊躇われ、遠慮無くどうぞと言われたクッキーを食べてみるが、食べたことが無いくらい美味しい。
聖都で売っているクッキーの中でもトップクラスではないだろうか。
ということは……兄が食べている料理はもっと美味しいのかもしれない。
何とも言えない美味しそうな香りがするし……昼食を食べたあとだというのに、食べたくなってしまう。
その兄は、チーズハンバーガーセットという、チーズハンバーガーと揚げたポテトとドリンクとサラダを無表情で食べている。
その中からポテトをつまみ上げたかと思うと隣の彼女の口元へ運び、目の前のポテトを何の躊躇いも無く食べた彼女は、何事も無かったようにマリアベルたちと会話を再開する。
さすがは女性同士、打ち解けるのが早い……いや、そうではなくて!
兄上……何をやっているのですか? 餌付け……ですか? せっせとポテトを彼女の口元へ運んでおりますが……嫌いな食べ物は無かったはずですよね?
私の疑問と同様の物をレオ様とシモン様も感じていたようで、黙って兄の手を視線で追う。
何本目だろうか、とうとう彼女が唇を尖らせて兄の方を見る。
「私はひな鳥ではございませんよ?」
「楽しくてつい……」
「もう……ほら、ヴォルフ様もちゃんと食べてください」
白くて細い指がポテトをつまみ上げて兄の口元へ運ぶ。
それを彼女同様に躊躇うこと無くパクリと食べた兄は、いつも通りの無表情なのだが――とても嬉しそうに見えた。
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