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初心者エリアで暴走したのを、俺は忘れちゃいねーぞ

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『そうだ。娘が面倒をかけるのだから、少しだけ色をつけてやろう』

 別れ際に月の女神はそう言うと、ルナに向かって手をかざす。
 何が起こったのかわからなかったが、どうやら称号を獲得したらしい。
 本来、称号は職業にまつわる物が多い。
 時に、特殊なクエストをクリアした報酬で得られる物が多い為に、コレクション性の高いコンテンツであった。

「え……えっと……こ、この称号って……」
『私が認めた癒やし手ということだ。この地上では、マリアベル以外に存在しない称号ではあるが、同等の素質を感じる。まあ、大した物では無いから遠慮無く受け取ってくれ』
「同じなのですかっ!? お揃いですねっ」

 マリアベルが嬉しそうにルナに抱きつき、ルナは困惑した様子で周囲を見渡しているが、称号だけなら問題は無いから安心して良いと言ったのは良いが、ニヤリと笑う月の女神が気になる。
 まさか……何かあるのか?
 チラリとヴォルフを見るが、彼は無言のままだ。
 つまり、害は無いし、ルナの不利になることはないということだろう。
 もし問題があれば、きっと声を上げているはずである。

「ねーねー、どういう称号なの?」
「あー、私も知りたい!」
「称号……見たい」

 アーヤとチルルとフラップにせがまれたルナは、新たに獲得した称号をセットしたようである。
 ルナティエラと名前が表示されている上に、『月の癒やし手』という称号が浮かんだ。
 なるほど……これは神秘的でコレクター心を揺さぶるような称号だ。
 特に、ミュリアみたいなヤツが欲しがりそうである。
 いや、姫とか聖女とか巫女とか、そういう感じの物では無いと動かないか?
 俺が持っている称号は、『先駆け』と『聖なる騎士』である。
 前者の称号は、βテストに参加していた者たちに与えられる称号で、後者はメイン職業が騎士で、『虚空の洞窟』というダンジョンをクリアした者に贈られる称号であった。
 ちなみに、チルルは『森の守護者』で、拳星は『正義の拳』という称号を獲得している。

「効果が、回復魔法+10%UP・詠唱速度UP……ですね」

 ん?
 ちょっと待て……称号にステータスアップの効果がついている……だと?
 しかも、それっておかしくねーかっ!?
 回復魔法の効果が10%UPって、現段階では効果は薄いが、どんどん後になると響いてくるヤツなんじゃ……
 大きくはない数字だが、装備によってはとんでもない効果をもたらすような気がする。
 それに、詠唱速度UPってさ……数値はどこいった?
 いやいやいやいや、明記していない時点でヤバイ気がするんだがっ!?

 ジトリと月の女神に視線を送ると、それくらいは必要だろうとシニカルな笑みを浮かべられてしまった。
 どういう意味で必要なんだ?
 そうなると、このマリアベルってヤツも相当な使い手ってことか?
 マジかよ……

『それで娘が怪我をしたら癒やして欲しい。何かあったときは頼む』
「は、はいっ! まずは怪我をさせないように、細心の注意をいたします! 転職だけでは無く称号もありがとうございました」
「チェリシュも注意なのっ」
「一緒に注意しましょうね」
「あいっ!」

 うん、可愛い。
 なんて言えばいいのか……可愛いんだよなぁ……本当に可愛いんだって!
 ルナとチェリシュの愛らしさをなんて言えば良いの?
 言葉で説明するのが難しいくらい、可愛らしくて無邪気で、ぎゅーってしたくなるくらい愛おしい。
 さすがに、皆の前だから自重するけど……

『素直で良い娘だ。───ふむ、そうだ。何か困ったことがあれば、お前たちに何かを頼むかもしれんが、その時は頼む』
「……へ?」

 月の女神の言葉と同時に、ピコンッとシステム音が鳴り、ウィンドウが開く。
 そこには、目を疑うような言葉が並んでいたのである。

【月の女神からの依頼を受注できるようになりました】

 いや、待て……待て待て待てっ!
 十神の一柱からの依頼ってなに?
 絶対に高難易度の厄介ごとだとしか思えねーんだけどっ!?

 どうやら皆にも同じ通知がいっているようで、顔を引きつらせる者、戸惑う者、キラキラ目を輝かせる者と、その反応は千差万別。

「月の女神様、これは困ります。私に加護を与えている大地母神様の許可を得てください」
『既に話は通してある。それだけ、ヴォルフには期待しているということだ。大丈夫だ、頼むときは、そこの連中とセットにしてやるという意味だと考えていれば良い』
「そういうことでしたら、承知しました」

 ヴォルフ、お前もか……
 思わずヴォルフの肩を叩くと、ヴォルフからも「厄介なことになったな」と言わんばかりの視線を返された。
 まあ、運命共同体じゃねーけど、ここまで関わったら諦めて同行してくれると有り難い。
 ヴォルフがいてくれると心強いし、この世界に関しての知識が不足して困るという事態は免れるので、本当に助かる。

「ヴォルフ様も一緒なのですね。心強いです」
「心強いのっ」
「……まあ、放って置いたら危ない人もいるからな」
「どうして此方をジッと見つめるのでしょうね……」
「じーっ……なの!」

 なんだか定番になりつつあるルナとヴォルフのやり取りに苦笑しつつ、放って置いたらヤバイのは、アーヤのほうだと思うんだがな……と呟く俺の横っ腹に、妹の跳び蹴りが入った。
 思わず吹っ飛ぶ俺からルナとチェリシュを守って、身を翻したヴォルフは流石である。

「───っ! いっ……痛ぇなっ!」

 突然の衝撃に受け身をとるので精一杯で床に倒れてしまったが、すぐに起き上がりアーヤに怒鳴った。

「失礼極まりないと思わないワケっ!?」
「事実だろうがっ! 初心者エリアで暴走したのを、俺は忘れちゃいねーぞ」
「あ、アレは……ほら、好奇心?」
「好奇心……わかります」
「ほらーっ! やっぱり私の天使っ!」

 両手を広げてアーヤがルナに抱きつこうとしたのだが、側に居たヴォルフがスッと動いてアーヤの腕を掴んだかと思うと、後ろ手に組ませて捕まえ、俺の方へ押しつけてくる。
 さすが白騎士。
 流れるような動きで拘束したな。

「え、な、何コレ、動けないというか……抜け出せないっ!?」
「どうやら説教が必要なようだ」
「おう、俺もそう思っていたところだ。手間を取らせてすまねーな」
「え……え? ちょ、ちょっと、何その連係プレー!」
「女の子が跳び蹴りは良くない」
「え、お、お母さんまでっ!?」

 助けを求めるようにルナの方を見たアーヤであったが、ルナの方はというと、ヴォルフの拘束術に驚き、やり方を教えて欲しいとお願いしているところであった。
 えっと……ルナ?
 料理人であり聖職者が拘束術を覚えてどーすんだ?
 真面目なヴォルフは丁寧に教えているようだが、果たしてルナに出来るのかは謎である。
 チェリシュもマネているが、どう見ても踊っているようにしか見えない。
 ルナの方はヴォルフが、チェリシュは近づいてきたハルくんが見てくれているし、月の女神とマリアベルを交えて、拳星チルル夫妻は楽しそうに話をしているようだから問題は無いだろう。

「さーて……妹よ。楽しい時間の始まりだな?」
「ちょ、待って……マジで待って。ゲーム内でもお説教とか洒落になってないから!」
「大丈夫。お母さんも一緒にしてあげる」
「か、勘弁してーっ!」

 こうして、アーヤはしばらくの間、俺とフラップによって、たっぷりとお説教を食らうのであった。

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