ロード・オブ・ファンタジア

月代 雪花菜

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一つ頼まれて欲しいことがある

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 ヴォルフの幼なじみというマリアベルという女性は、天真爛漫で愛嬌があり、誰とでもすぐに仲良くなれる特技でもあるのかと思えるほど自然に、ルナたちと連絡先を交換したばかりか、いつの間にか、休みの日に店に来る約束までしていた。
 侮れない……

「オーディナル様の加護を持つ方ですから、月の女神様が直接お会いになるそうです」

 そういって案内されたのは透明な水と硝子が美しい、白と青銀が輝く神秘的な広間だ。
 言葉を放つのも難しいくらい、何かに圧倒されてしまうが、月の女神とおぼしき石像の後ろからひょっこりと顔を出した小さな人影には見覚えがあった。

「チェリシュじゃねーか」
「リューなの! みんな来てるのっ! きゃーっ!」
「チェリシュっ!」

 喜びの声を上げて駆け出したルナを見て、ハルくんが「あっ」と声をあげ、珍しくアーヤが「ダメ!」と鋭い声を出す。
 考えるより先に体が動いたのは俺だけでは無かったようで、俺とヴォルフの二人で転びかけているルナを抱き留める形になってしまった。
 いや、ルナを抱き留めてバランスを崩したところを、ヴォルフが俺たちごと支えたという構図だろうか。
 か、格好がつかない……

 そこに構わずダイブしてきたチェリシュを受け止め、ヴォルフから珍しく「くっ」という苦悶の声が聞こえた。
 さ、さすがに、俺たち3人を支えるのは難しいよな。

「だ、大丈夫か? ヴォルフ」
「問題無い」
「本当かよ……でも、助かった。ありがとうな」
「怪我が無いのならそれで良い」
「ヴォルフ様、すみません、ありがとうございますっ」
「ありがとうなの!」

 俺たち3人からの礼を受け、ヤレヤレと言った様子を見せているヴォルフではあるが、口元が緩やかな弧を描いているのを見逃さなかった。

「珍しい……ヴォルフ兄様が笑っていますね」
「ルナに甘いからねー」
「やっぱり……そういうことなのですね」
「かも? お兄ちゃんもうかうかしていられないんじゃなーい?」

 おい、聞こえているぞ。
 ルナはチェリシュとの会話に夢中になっているが、俺とヴォルフにはシッカリ聞こえてしまって、かなり気まずい。

「お前の妹はろくな事を言わんな」
「マジですまん」
「お前の苦労が絶えない理由がわかる気がする」
「本当に、あのバカ妹は……」
「そう言いながらも、面倒を見てしまうお前の性分がアレを育ててしまったのだ。仕方が無かろう」
「俺の責任かよ」
「半分は、お前の責任だ」

 キッパリと言い切られてしまい、反論する言葉も見つからない。
 確かに……甘やかしてきた部分もあるかもしれないが、あの破天荒さは育ててきたものではないぞ。
 天性の物だ。
 俺のせいではない……多分……な?

『面白い人間たちだな。私の前でありながら、スルーを決め込むとは、何とも良い度胸だ』

 凜とした声が響いたと思ったら石像が光り輝きだす。
 そして、おぼろげに銀色の髪をした凜々しい女性が現れたのだが───え、なに、すげー中性的だけど……女神……だよな?
 一抹の不安を覚えてしまうほど、女神と言うイメージからはかけ離れているように見える。
 まだ、どこぞの美少年と言われた方がしっくりくるほどだ。

「ママなの!」
『えらくチェリシュがなついているのだな。良い人間であることに間違いはないのだろうが……ほう? 畏れもせずに目を合わせて来るか』
「目を見て話せと教えられたもんで……」
『ほほう? 親の教えがよほど良いと見える。気に入った』

 そういって、月の女神は俺の頭にぽんっと触れる。
 何だ?
 気に入られるようなことがあっただろうか……

「いや、今回は俺では無くて、ルナの……」
『わかっている。その娘なら問題は無い。大地の盾を守護に持つ者が認めた者が、邪な心を持っているはずも無いだろう』
「大地の盾を守護に持つ?」
『何だ、ヴォルフ……その辺りは話していないのか』
「どういうタイミングで話すべき事ですか?」
『ふむ……まあ、そうだな。アレも、そう使う必要の無い神器。話題に上がることもないか』
「もし、こんな短期間に話す必要がある状況になっていたのなら、危険すぎて反対に心配になります……が……いや、なりそう……か?」
「おかしいですね。どうしてそこで、私を見つめるのでしょう」

 ヴォルフとルナの漫才が始まったので、思わずチェリシュと顔を見合わせて笑ってしまったが、当の本人たちは至って真剣な表情で話をしている。
 それがまた面白いのだが、全く気づいていないようだ。

「ほらほら、ルナもヴォルフもその辺にしなさい。お話が進まないでしょ」

 見かねたハルくんが止めに入るのだが、どうみても長兄と双子か年子の兄妹である。
 仲が良くて何よりだが、話が進まないのは困るのでハルくんには感謝だ。

『ナルホド。そうか、これはこれで面白い関係性だな。しかも、ヴォルフにこんな態度を取らせるという事にも興味が引かれる……よし、転職の手助けだったな。簡単に済ませてやる代わりに、一つ頼まれて欲しいことがある』
「な、なんなりとお申し付けください」
『わが娘、チェリシュは春の間、どうしても地上に滞在しなければならない。神殿に預けていたのだが、どうも良くないようでな。お前たちのギルドで預かってくれないか? 勿論、ヴォルフ、お前もだ』

 それって、チェリシュの気持ちを無視した物では無いか?
 思わず目の前の女神を睨み付けてしまう。

「子供の気持ちを無視して話を進めるんじゃねーよ。そういう時は、一番にチェリシュの気持ちを確認するべきだ」
『……ふむ。そうだな。お前の言う通りだ。チェリシュ、母が悪かった』
「悪くないの。チェリシュの気持ちをわかっているから言ったの。チェリシュはちゃーんとわかってるのっ」
「こういう時は、ちゃんと言った方が良いぞ」
「リューたちと一緒にいたいって……ママは気づいてくれたの。だから、ママは悪くないの。チェリシュが言わなかったからなの。ごめんしゃいなの」
「あー、いや、すまねーな。変に口を出してしまった……」
「んーん。リューはチェリシュを心配してくれたの。ありがたいことなの。リューは優しいから、一緒にいると心がぽかぽかになるのっ」

 きゃーと言いながら、俺に抱きついてくる小さな体を抱きしめ返す。
 全く……
 小さいのに、人の気持ちに聡いヤツだ。
 だからこそ心配になる。
 人の気持ちに聡いということは、悪意にも敏感だと言うことだから───
 きっと、神殿でうまくいっていないのは、そういうことなのだろう。
 見た目だけで判断する馬鹿は、どこにでもいる。
 そういうところまでリアルな世界だということに呆れかえってしまったが、この世界で人が生きて、普通に生活をしているのだと考えれば、なんらおかしいことでは無い。
 善人だけの世界なんて、どこにも存在しないのだ。

「チェリシュは、俺たちが預かる。あの店にいれば、黒や白の騎士団がいつもいて、危ない目にもあわないだろうし、そういう奴らは出禁にするから問題ないしな」
「出禁なの?」
「おう。既に、出禁になっている奴らもいるんだぞ」
「それは凄いのっ」

 俺とチェリシュの会話を、笑顔で聞いていた月の女神は、ルナの方を見て尋ねる。

『ルナはどうする? ヴォルフ、お前もだ』
「私にも、チェリシュを預かることに異存はございません。チェリシュが望んでくれるのなら、一緒にいたいです」
「彼らはずっと居るわけではないから、そのサポートは私がしましょう」
『ふむ。さすがは父上の加護を持つ者たちだ』
「私は違います」
『……ほう? まあ、今はそう思っていると良い』

 何だ?
 えらく、意味深な言葉だな。
 とりあえず、チェリシュは俺たち預かりってことで話がまとまった。
 アーヤやフラップが可愛い可愛いと目に入れても痛くないような可愛がり方をしているが、そこにチルルも参加して、俺たち男性陣は苦笑を浮かべるしか無い。
 ルナはというと、月の女神から力を注がれ、簡易的な儀式の真っ最中だ。

 これで、ルナの転職は問題無くクリアだな。
 あとは、アーヤとフラップとハルくんだが、3人は聖都の中でクエストを完了することができるので問題無いだろう。
 唯一、破天荒な妹は気になるが、二次転職で問題を起こすほうが難しい。
 そうだ、だからこれは単なる杞憂───
 何故か、そう思い込もうとしている自分がいることに気づき、同時に襲いかかる不安を、ルナの笑顔を見ることで気づかなかったことにしたのである。

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