黎明の守護騎士

月代 雪花菜

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狭間の村と風の渓谷へ

57.良からぬモノだな

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「よし、料理のことも覚えたし、緑茶の栽培方法も覚えた。あとは、貴族の間で流行している茶と食べ物の調査だな」

 王太子殿下は一つ一つ確認をしながら、自分の頭に入っている情報を整理しているようであった。
 まあ、それだけわかっていれば問題ないだろう。

「マテオさんがほうじ茶という物を持っていたので、おそらく緑茶の情報もあるとは思いますが……」
「え? ほうじ茶ですか?」

 私の言葉に反応したのは、ルナティエラ嬢のほうだった。
 何か気になることがあるのかと首を傾げていると、彼女が意外なことを言う。

「え? だって、ほうじ茶は緑茶を炒った物ですよ?」

 その言葉に、私と王太子殿下は言葉を失った。
 は? 同じ物?

「ほうじ茶は、風味が落ちた緑茶を美味しく飲むために考えられた手法のようです。これはお茶屋さんに聞いたので、間違いないかと……」
「風味が落ちた? あれほど香ばしいのにか?」
「それは炒めたか焙煎したからだと思います。それを、焙じるというのですが、ほうじ茶の名前の由来はそこからきているのですよ」
「香りが飛んだ緑茶を、美味しく飲むために考えたお茶か……それも凄いな」
「風味が落ちて緑茶の香りが楽しめなくなったら、焦げないように炒めたら良いのです。そうすれば、二度楽しめますよ?」
「それは凄いな……」

 前から思っていたが、ルナティエラ嬢が前にいた世界は、食に貪欲だ。
 いかに美味しく食べるかという努力を惜しまない。
 風味が落ちたからといって捨てるのではなく、それを美味しく飲めないか試行錯誤して辿り着いた手法だろう。
 根底にあるのは、自分たちが作った物への愛情ではないだろうか。

「お茶っ葉を粉末状にして、パン生地に混ぜても美味しいと思いますし……」
「パンにも混ぜるのか?」
「美味しいですよ?」
「わー! ボクもそれ食べてみたーい!」
「真白ちゃんもー!」
「私も……興味がある」

 神獣達が目をキラキラさせてルナティエラ嬢の周りに群がる。
 ルナティエラ嬢はそれを見て軽やかに笑っているだけだが、とても嬉しそうだ。
 自分が提案するレシピに興味津々な神獣達が、可愛くて仕方が無いのだろう。

「ふむ……紅茶も、そういう利用法が出来れば良いのだがな……」
「紅茶もできます。細かく砕いてパンに練り込むのですが、甘い系とよく合います。リンゴのジャムを添えてもいいですし、甘く煮詰めた物を包んで焼いても美味しいです」
「……ベオルフ、レシピを頼む」

 私にどうして頼むのだ……と半ば呆れながらも、何となく理解出来てしまった。
 これ以上は覚えられる自信が無いのだろう。
 さすがに詰め込みすぎたか――

「ルナティエラ嬢……そろそろ、お暇しよう。さすがに王太子殿下も限界だ」
「そ、そうですね。私たちが疲れさせては元も子もありませんね」

 えーっと、真白とノエルが声を上げる中、紫黒はさっさと私の肩へ戻ってきた。
 理解が早くて助かる。

「王太子殿下。食べる物や飲むものには気をつけてください。人は命をいただいて生きています。そして、その食べる物が体を作るのですから……」
「わかった。先ほどのレシピを取り入れながら、健康にも気をつけるし、適度な休憩を入れよう」
「そうしていただけると嬉しいです」
「全く……残念でならないな」
「そんな王太子殿下に、真白ちゃんたちからプレゼントをあげたから、起きたら確認してねー!」

 それは初耳なのだが?
 私とルナティエラ嬢が無言で真白をジトリと見つめる。
 その視線に気づいた真白は慌てて左右に首を振った。

「ち、ちがうよ? 悪戯じゃないよ? 手紙のやり取りがすぐにできるような機能をペンダントにつけただけだよー!」
「ノエルが手紙を運ぶと言っていたが、密に連絡を取るときはノエルがそれだけ離れなくてはならなくなる。リスクを伴う可能性は出来るだけ低くした方が良い」
「あと一箇所くらいなら設置可能だよ?」
「ならば、母上と連絡を取りたいな」
「わかったー! 真白ちゃんが設置しておいてあげるー! だから、褒めて褒めてー!」

 びゅんっと跳ねてきた真白をキャッチしてヨシヨシと撫でていると、軟体動物のように溶けていく。
 今度は軟体動物にでもなるつもりだろうか。

「溶けてますね……」
「本当だな」
「真白ちゃん……しあわせー」

 とりあえず、軟体動物の領域へ足を踏み入れた真白をルナティエラ嬢の頭上へ戻し、右肩のノエルと、左肩の紫黒にも礼を言いながら撫でてやる。
 どちらも嬉しそうにしているので良かったと考えていたら、私も私もとキラキラした瞳で催促してくるルナティエラ嬢の頭を撫でる。
 口元がふにょっと動いたかと思ったら、「力が抜けちゃいますねぇ……これは、嬉しいのですが困りました」とルナティエラ嬢が情けない声を出す。
 やれやれ……
 ほうじ茶と緑茶の知識も披露してくれたことだし、これくらいはいいだろうと彼女を抱き上げた。
 ひゃっという短い悲鳴は聞こえたが、抵抗することもなく大人しくしている。
 色々と頑張って疲れてきたのだろう。
 こういう時くらい、甘やかしても良いはずだ。
 大人しくしていろと言ってから、王太子殿下の方へ顔を向ける。

「それでは、王太子殿下。また何かあればお邪魔しますので……」
「え、あ……うーん……わかった……ていうか……お前は……」
「何か?」
「いや……いい。何か……ちょっと慣れてきた自分がいるから、もういい」
「そうですか」

 それでは失礼致しますと頭を下げたあと、私たちは扉の外へ出た。
 いつもの空間へ移動するには少し歩く必要があるだろう。
 歩いている……というよりは、浮遊しているような感覚の中、馴染みの場所へ近づいている事に気づく。

「あ、あの扉です」

 ルナティエラ嬢が指し示す方へ体を向けて移動していたのだが、何か不穏な物を感じて周囲を見渡す。
 妙だ……何か嫌な予感がする。
 ルナティエラ嬢に教えられた扉とは違う方向へ一旦退き、程よい障害物になりそうな物を探す。
 星空のような空間に点在する柱へ身を潜めると、誰かの声が聞こえた気がした。
 とろけていた真白も、ルナティエラ嬢の頭上で起き上がり、周囲を警戒する。
 一人だけ状況が飲み込めていなかったルナティエラ嬢も、空気を察して口元を手で覆った。
 先ほどいた場所に誰かが降り立った。
 真っ黒な影は揺らめき、人の形を成してはいない。
 まるで亡霊のようだと感じていると、ルナティエラ嬢も同じ事を考えたのか体を微かに震わせる。
 アレに見つかってはいけない――
 そう、直感的に思ったのだ。
 私の左肩の紫黒とルナティエラ嬢の頭上の真白が顔を見合わせて頷き合う。
 ノエルは気づかれたときに飛びかかれるよう、戦闘態勢に入ったようだ。
 真白と紫黒は何の力を発動させたのか、目の前にほのかに輝くベールのようなものが出現する。
 それは、私たちの周囲を覆っているようであった。

『これで、相手に悟られることはなく移動することが出来る』

 紫黒の言葉が頭に響く。
 私の扉だと思われる場所の周囲を嗅ぎ回る黒い亡霊は、ゆらゆらと揺らめき、辺りを窺っているようだ。
 このままでは、扉の中へ入るのも難しい。
 とりあえず、距離を取った方が良いと判断した私は、黒い亡霊から身を隠しつつ後方へ下がる。
 黒い亡霊の姿が見えなくなったところで、ふぅ……と、息を吐いた。

「ベオルフ様……アレは?」
「わからん……だが、良からぬモノだな」
「凄い死臭がしたもんねー」

 ノエルは鼻を押さえて不機嫌そうに呟く。
 今まで見たことがない類いの物ではあるが……おそらく、黒狼の主ハティの関係者だろう。
 どことなく似通った部分があった。

「とりあえず、あの周辺は見張られちゃってるねー」
「どうするか……」

 真白と紫黒もうーんと唸っている。
 アレはヘタに手を出すのではなく、回避した方が良いと理解しているのだろう。

「……では、今日は私の方へ来るというのはどうでしょう」

 意外な言葉であったが、私の方へ来るのとルナティエラ嬢の方へ行くのは大差ないので、問題無いはずだ。
 ただ、主神オーディナルと時空神が困るくらいか?
 そう考えながらも移動を開始すると、何故か途中で主神オーディナルと時空神が待っていた。
 まるで、今回は此方へ来ると判っていたようだ。

「ああ、来た来た。じゃあ、ルナちゃんの方へ行こうか。報告したいこともあるしね」

 時空神が軽い口調で私たちを案内してくれるのだが、疲れてぐったりとしている主神オーディナルを引きずっているので、何ともシュールな光景だ。
 それを見かねた紫黒と真白が主神オーディナルの肩にとまり「大丈夫?」と声をかける。
 コクコクと言葉もなく頷いてはいるが覇気は無い。
 これは大変だったのだろうなと察して、私とルナティエラ嬢は顔を見合わせると苦笑をうかべるのであった。

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