どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。

皇 翼

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11.

朝。特に約束してはいなかったが、ラウンジで朝食を食べていたレオンハルトとセルジュを見つけ、話しかけに行った。別に雑談しに行ったのではない。謝礼とさようならの言葉を伝えようと思っただけだ。

「おはようございます、レオンハルトさん、セルジュさん」
「おはよう、よく眠れたか?」
「はい、宿を取っていただき、有難うございました。それでは私はもう――」
「待ってくれ」

私はもう旅に出ます。さようなら。そうお金を渡した上で伝えようとしたのだが、レオンハルトに遮られる。
これ以上情報が向こうに渡らないうちに離れたかったのだが、そうすんなりとはいかないようだ。

「このジョルカ共和国全土で、宿だけじゃなく、食事処、商店、移動手段すらも全て身分証明が求められるが、お前は大丈夫なのか?」

言葉に詰まる。
ジョルカ共和国はかなり広大な国だ。そこで休みなし、移動手段もほぼ使えず、自分の足――徒歩で移動し続けるのは辛いどころの話ではないだろう。それに、食料の補充もできない。

「だから、せめてジョルカ共和国から出るまで一緒に行動をしないか?途中の国で別れても、俺たちのアストラディア王国まで一緒に来るでも良い」

とてもありがたい提案ではあった。しかし、どうしても気になることがある。

「そんなことをして、貴方にメリットはありませんよね?」

そう。私を連れて言ったところで、彼らに何もメリットはない。
それどころか余計な手間が増えるだろう。お金目的か?とは思ったが、先程別れの言葉を言おうとした時に渡したお金は受け取りを拒否されてしまった。
それでは、私を捕縛しておいて、誰かに差し出すつもりなのか?疑いは募るばかりで晴れない。

「そんなことをして、貴方にメリットはありませんよね?」

一瞬の沈黙。
先に口を開いたのはレオンハルトだった。

「あるさ」

氷のような灰青色の瞳が、じっとこちらを射抜く。

「君は昨日、魔法を二つ同時展開していた。片方は魔道具での結界術、もう片方は攻撃用の鋪野の魔法。あの規模で無詠唱。あれは強者だからできることだ」

言葉に、僅かに息が止まる。どうやらあの戦闘は最初から最後まで見られていたようだと確信する。それに何をやっていたのかすら理解されてしまっている。私が使用していた魔道具は、とても小さく、見つけ辛いものだというのに。確実にレオンハルトかセルジュのどちらかが魔力の流れがきちんと読めるほどの魔法の実力者なのだろう。可能性の高さからすると、セルジュの方だろうか。レオンハルトは物理攻撃特化というタイプに見えた。

「……見ていたんですか」
「観察は得意なんだ」

レオンハルトが低く続けた。

「西方では、最近魔物の動きが妙だ。単独行動のはずの個体が連携していたり、雑魚のはずが妙に魔力が強くなっていたり。昨日のラミアーもそうだ。俺たちはそれを警戒している」

あのラミア―は異常個体だったのかと改めて認識する。
そして魔物の動きがおかしくなっていることも。

「お前は明らかに素人とは違う動きをする。状況判断が早い。戦えるし、支援もできる。足手まといにはならないどころか、こちらの助けになるだろう」
「つまり……」

セルジュが薄く笑う。

「メリットは十分にありますね。レオンハルト様が言う通り、こちらとしても、この危険な旅路で少しでも戦力が欲しい。無事に祖国に帰るために。それだけでも、メリットはありますよ」

利用価値がある、と。
それを隠さず言うあたりが逆に誠実だ。

「それに、もしお前に何かしらをする気があるなら、昨夜の時点でやっている」

自分の安全の面で彼らを疑っていたことを見破られている。
図星を刺されたようで、胸がわずかに痛む。

「……言葉だけでは、信用できる根拠にはなりません」
「なら契約にしよう」

セルジュが懐から小さな魔法陣の刻まれた銀板を取り出す。

「同行はジョルカ共和国国境まで。それ以上の強制はしないし、君の身の安全を守るし、他人に害させたりもしない。お互いにお互いを守ろう。ちなみに、違反した瞬間に、セルジュは魔法が全く使えなくなり、俺は全身が麻痺して動けなくなる術式だ。君なら、この魔法陣も解析して読めるだろう」

魔法陣を見てみると、確かにそういう魔法が使われている。こちらには何のデメリットもない契約。本気だ。軽い提案ではない。
私は視線を落とし、思考を巡らせる。

ジョルカ共和国は広大だ。
身分証明なしでは宿も商店も利用不可。徒歩のみで横断するのは現実的ではない。

それに。
昨日のラミアー。
単独行動ではない可能性。もし本当に魔物の動きが異常なら、暫くの生活の心配だけではなく、身の安全の上でも単独行動は危険すぎる。ジョルカ共和国でも、街と街の間は何も整備されていない魔物が蔓延っている場所が多くあるはずだ。

「……分かりました」

ゆっくりと顔を上げ、二人にそれぞれ視線を合わせてから返事をする。

「ジョルカ共和国を出るまで、同行します」

セルジュがにやりと笑った。

「賢明だ」

レオンハルトは安堵したようにそう言い、ほんの僅かに息を吐いた。

「準備が整い次第出発する。国境までは1か月ほどだ」

1か月。移動手段をきちんと手配して使用して、それだ。レオンハルトに提案される前の自分の考えがどれだけ甘かったかを思い知らされたようだった。

「一つだけ言っておきます」

彼らが『契約』という形で示してくれたその誠意を私も少し返したくなった。

「私は守られるだけの立場でいるつもりはありません。貴方達二人よりも戦ってみせます。……今の私にはそれくらいしかできないので、それくらいはさせていただきます」

レオンハルトの瞳が、僅かに柔らいだ。

「――そんなことは……いや、いい。頼りにしている。これからまた暫くの間、よろしく頼む」

頼りにしている。それは、短い言葉だったが、妙に胸に残った。
――こうして私は、
望まぬ形で再び彼らと道を共にすることになった。ジョルカ共和国の国境まで。

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