どうやら婚約者の隣は私のものではなくなってしまったようなので、その場所、全てお譲りします。

皇 翼

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14.

その後の戦闘は、まるで別物だった。
腕輪を嵌めたレオンハルトの動きは明らかに速く、鋭かった。さきほどまで壁に叩きつけられていた人物とは思えない。また吸収してきた、別の部隊であろう、同じ魔物たちに対してでも、だ。

大剣が振るわれる度に、虫の魔物の紫色の体液が宙を舞う。周囲には、青臭い臭いが立ち込めた。
そうして、私達の通る道は魔物の血に染まっていった――。

ほどなくして、峡谷に再び静寂が戻った。
護衛対象の馬車も無事、目的地だったハートリアという街に到着。依頼は無事完遂だ。

******

夜。
峡谷を抜けた先の小さな街――ハートリアのレストランで、私達3人は食事をとっていた。
さすがに今回は、誰も軽口を叩かなかった。セルジュが腕を組み、レオンハルトを睨みつける。とても彼に対して怒っているようだ。

「問題ない、とは何だったんですか」
「……動けただろう」
「動けると無事は全く別です。貴方、任務を終えて、きちんと解析したら、骨が何本か完全に折れていたじゃないですか。その状態で戦い続けるだなんて、頭おかしいんですか??どれだけ肝が冷えたと?」
「それは……すまない」

冷たい声だが、その奥に安堵が混じっている。
私は黙って水を差し出した。痛みからか、先程まで目に見えるくらいの量の汗を彼が流していたから。
レオンハルトは受け取り、ゆっくりと飲んだ。続く、沈黙。
やがてレオンハルトが、静かに言った。

「助かった」

視線は私に向いている。

「結界がなければ、本当に、間に合わなかった。死ぬよりもひどい目に遭っていたかもしれない」
「そうですよ!ミアータさん、本当に!ありがとうございました。貴女がいてくれて、本当によかった」
「……当然のことをしたまでですよ。別にそこまで大それたなことはしていません。それに貴方だったら、なんとかできたかもしれないですし」
「違う!そんなことはない!!ミアータ、お前は本当にすごいことをしたんだ」

本当に大したことじゃない、当然の、誰でもやるであろう選択をしただけだ。
それなのに、その言葉はレオンハルトから即座に否定された。私は、何も言えなくなってしまう。否、何を言えばいいのか分からなかった。

「俺は、あの時、判断を誤った」

峡谷での戦闘にて、前に出すぎたこと。

「俺の実力不足、そして完全なる油断だ。正直に言うと、完全に動けなくなっていた。魔物が目の前で襲って来ようとした時は、死をも覚悟した。……それを救ってくれたのが、お前だった。ミアータは本当にすごいんだよ、すごいことをしたんだ。ありがとう」

セルジュが小さく息を吐く。

「珍しく素直ですね。いつもこうであれば……」
「事実だ。それと、俺はいつでも素直だ」

レオンハルトは腕輪に触れた。

「これも、本来は自分のためだったんだろう。それすらも分け与えてくれた」

少しだけ、言葉に詰まる。特に自分で何も考えずに、身体が動いて渡していた。

「……ええ。自分のために作っていた者でした」
「なぜ迷わず渡せた」

問われて、初めて気付く。
迷わなかった。本当に、一瞬も。

「パーティの前衛の欠損は避けるべきだからです」
「合理的だな」

よくよく考えると、そんな冷たい理由からではなかったが、なんだか認めるのは照れくさかったから、言わなかった。
だが、セルジュが横から口を挟む。

「いいえ、嘘ですね」
「なっ……」
「あなた、あの時明らかに顔色が変わっていましたよ。そんな理性のある状態であの出力の炎は出ません。確実にタガが外れていました。貴女は分かりやすい」

言い返そうとするが、言葉が出ない。セルジュの言葉を受けて、レオンハルトが静かにこちらを見る。灰青の瞳は、以前より柔らかい。その優しい瞳に囚われると、なんだか嘘を吐きづらかった。
セルジュが指摘した通り、事実照れ隠しで嘘を吐いていたからだ。

「……俺は」

少しだけ間を置く。

「リーシャのことをもう仲間だと思っている」

胸の奥が、僅かに熱を持つ。

「共に戦うなら、変な遠慮はするな」
「同意見です。ミアータさんは遠慮しすぎなところがありますから、もっと頼ってほしいくらいです。仲間なのですから」

その言葉は、命令ではなく、願いに近かった。
セルジュがやれやれと肩をすくめる。

「……はあ。恥ずかしさが勝って、誤魔化しましたが、私も貴方達のことを既に『信頼に足る仲間』だと認識しているようです。だから勝手に身体が動いていました」

共に死線を潜り抜け、助け、助けられて生き残ってきた。その経験は何よりも強い絆を生んでいた。背中を任せられる安心感。
似たような、何か事情を抱えていて身分を明かせないという共通点があるからというのもあるかもしれない。私達はお互いのフルネームも、産まれも、育ちも、身分も知らないのに、いつのまにか信頼し合っていた。

「嬉しいよ、そう言ってもらえて。俺達だけの片思いかと思っていた」

冗談っぽくレオンハルトが笑う。
最近は、レオンハルトもセルジュも、柔らかく笑うようになった。最初の頃はお互いに信用しようとしながらも、どことなくぎこちない関係性だったが、その面影はない。きっと私も同じように向こうは感じているだろう。
彼らにだったら、旅の終わりに本当の姿を見せて、素性を全て明かしても良いかもしれない。それくらいの信頼は生まれていた――。

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